【ビンヤミン・ベンエリエゼル】

イスラエルの資源開発相。労働党の議員。愛称「フアド」。

―――

1936年2月、イラクで生まれる、1950年にイスラエルに移住する。

1984年、退役後、エゼル・ワイツマン(後の大統領)の政党「ヤハッド」。ヤハッドは後に労働党と合併。議員として数々の役柄を経て、1992年労働党勝利の結果、建設相に任命される。1994年には、ラビン首相(当時)によりチュニジアに派遣され、イスラエル閣僚として始めて、PLOのアラファト議長(当時)と会見した。

1999年には、バラク首相(当時)から、通信相と副首相に、2000年には建設相に任命される。2001年の連立政権では、シャロン首相から、国防相に任命される。


ベンエリエゼルが国防相に任命されたのは、エルアクサ・インティファーダが最も激しかった頃。この間、パレスチナ自治区への侵攻やテロ組織幹部暗殺などが、実行される。

2001年の党内選挙では勝利し、党首に就任するものの、党内での人気は低迷。2003年、国家予選における争点の結果、ベンエリエゼルは、労働党を内閣脱退に導く。

この後、総選挙前に行われた党内選挙では、アムラム・ミツナに敗北。ミツナ率いる労働党は、歴史的敗北を喫し、野党に回る。


2005年、分離計画承認後、労働党は内閣入りし、ベンエリエゼルは資源開発大臣に任命。その後、労働党はペレツの党首就任を受け内閣脱退。2006年、再び度開発大臣に任命される。



参考:
http://he.wikipedia.org/wiki/%D7%91%D7%A0%D7%99%D7...
2006年07月26日(水) 04:08:51 Modified by moshejp




スマートフォン版で見る

×

この広告は60日間更新がないwikiに表示されております。