【労働党】

シオニズム系社会民主党。建国前からあったいくつかの社会主義政党が合併して、今の労働党になる。合併があったのは、六日戦争後、イスラエルが豊かになり社会主義イデオロギーが弱体化していた頃。

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1968年成立。主体となったマパイ党(エレツ・イスラエル労働党)は、それまで政権を握り続けていた。

1977年、初めて政権をリクード党に譲る。1984年には連立政権では、ペレスとシャミールが2年ずつ交代で首相を務める。1990年には、シャミール政権打倒の裏工作がばれ、労働党は内閣から離脱する。

1992年、ラビン率いる労働党は、政権を奪回した。しかし、ラビン首相暗殺後の選挙では、総選挙で勝利するものの、首相の直接選挙で敗北し、政権を失う。

1999年に行われた選挙では、バラクが勝利し、労働党は再び政権を握る。しかし、2001年に行われた、首相の直接選挙で、バラクがシャロンに破れる。これにより、政権はリクード党にわたり、労働党は連立政権に入閣する。

2003年に行われた総選挙では、アムラム・ミツナ率いる労働党は、リクード党に大敗。始めは野党に入るものの、シャロン首相の「分離計画」を実行する為、内閣に入る。これにより、連立政権が発足。


その後、アミール・ペレツ率いる政党「アム・エハッド」と合併してからは、社会的に左派の価値観を推し進めていくことを、再び宣言する。


2005年11月、アミール・ペレツが党首に当選。連立脱退する。2006年総選挙では、19議席獲得。オルメルト内閣に参加する。
2006年05月03日(水) 19:51:03 Modified by moshejp




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