長崎の実家近くには世界文化遺産がある。「小菅修船場跡」である。2015年7月に「明治日本の産業革命遺産」の構成遺産の1つとして世界文化遺産に登録された。小菅修船場には日本最古の煉瓦造りの建物とされる曳揚げ小屋がある。曳揚げ小屋には蒸気機関と曳揚げ装置がある。小菅修船場は1868年に完成した日本で最初の近代的ドックであった。明治になって近代国家への脱皮をはかっていた政府は蒸気機関の船をイギリス商人より購入する。新船をイギリスなどから購入するのは難しく、中古の船しか買うことが出来なかった。中古のために故障することが多く、中国の上海まで運んで修理するしか方法がなかった。そこで中古船を修理するための修船場が必要になった。修船場造りに奔走したのがスコットランド人商人のトーマス・グラバーと薩摩藩士の五代友厚や小松帯刀等であった。小菅という場所は小さな入江になっていて、波を受けない場所である。ソロバンドックという名称を別に持つ。満潮時に修繕する船を台車に乗せてソロバン様になっている基盤の上を転がして、蒸気機関の曳揚げ機で陸地に曳揚げる。グラバーは南山手の外国人居留地に住んでいた。鎖国時代が長く続いていた日本では外国人は居留地に住むことを強制され、居留地から出る場合も制限があり遠出は出来なかった。そういう意味で南山手居留地から近い小菅はグラバーにとっては好都合だった。小菅が選ばれたのは他に湧水があり、修船場で活用できたことがあげられる。
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