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「サンタガール」

聖夜を間近に控える頃になると、巷には華やいだ空気が一層漂うようになってくる。
有線から聞こえてくるのも、先ほどからずっとクリスマスソングばかりだ。
閉店後の小さな喫茶店の窓越しに見る駅前の夜景も、イルミネーションが瞬くように
なってどことなくウキウキした気分になる。
「ラ〜ストクリッスマ〜ス……ンフフフ〜ン……」
有線に合わせて口ずさみながら、恵介は喫茶店の窓にクリスマスの飾り付けをしていた。
椅子の上で軽く背伸びをし、金色や緑色に光るリボンを波状にたわませながら、窓を
縁取ってゆく。ダウンライトだけの薄暗い店内に、リボンのきらめきが華やぐ。
「うんうん、ケイは意外と手際がいいんだな」
既に照明が落とされたカウンターにもたれ、マスターがタバコに火をつけながら言った。
「ふぅー……。こんな飾りつけは滅多に、というか、ここ数年してなかったからね。
やっぱり女の子チャンのバイトがいると違うやね〜。オジサン、ビックリよ」
ぷかりと煙を浮かべ、マスターはにんまりとした。

「なあ、クリス?」

名前を呼ばれて、恵介と一緒に作業をしていた少女、クリスは少しはにかんだ様子で笑った。
床に置いた大きな紙袋からリボンの続きを取り出す手を止め、長いまつ毛の下に隠れた碧眼を
節目がちにして、ちょっともじもじしている。
クリスはつい2ヶ月前に入ってきたばかりの新人だったが、マスターも恵介も、彼女の事は
良く知っていた。今からちょうど一年前、恵介がこの小さな喫茶店で働き始めたぐらいから、
客としてちょくちょく顔を出していたのだ。
一度見れば忘れられない、160cm前後のすらりとしたスタイル、ゆるいウェーブのかかった
肩までのブロンド、コーヒーの黒とは対照的な白い雪のような肌、窓際の席でペーパーバックの
字を静かに追う優しげな碧眼。そして何より、

「キャラメルモカ、を……ク、クダッサイ?」
いつまでたっても上達しない、おずおずとした可愛らしい日本語。

「いいよねえ?」「実にいいです」
絵に描いたような白人少女が来るたびに、マスターと恵介は、こんな深いメッセージを
目線だけで交していたものだった。そのたびに、マスターは奥さんに耳を引っ張られて
厨房へと姿を消した。恐ろしい女の観察力である。
その奥さんが少し体調を崩し、急きょバイトを追加する事になったのが2ヶ月前の秋口だ。
「ア、あのゥ」
恵介が店のドアに「バイト急募」のポスターを貼った翌日、カランコロンと店のドアを鳴らし、
いつものように彼女は現れた。しかし、普段なら窓際へと足を運ぶはずの彼女がドアの
ところでぴたりと立ち止まり、しげしげとポスターを眺めてから、カウンターにいる恵介と
マスターに向けて控えめな声で言った。

「アノ、ワタシ……名前クリス、でス。『クリスティアナ・マンシッカ』でス。フルネーム。」

いきなりの自己紹介に恵介とマスターは、やれ可愛い名前だぴったりだ、やれ変わった苗字だ
聞いたことねぇと、大げさに頷いて見せた。
「ソれデワタシハ、エート……Yes……Ah……コノタビ……No……」
ちょっと思考時間が必要だったのだろう、口ごもっていた彼女はようやくこう言った。

「ワタシ、ココデ? 働ケ……働ケテテモいぃデスか?」

英語のペーパーバックを胸の辺りできゅっと抱きしめ、何かの判決でも待つように神妙な
面持ちの彼女を見て、男二人は二つ返事だった。
「今すぐ、今日からいいよねえ?」「実に、いいです」

クリスは口数こそ少ないが――そもそも日本語が不得手だったが――良く働くフィンランド系の
少女だった。
白の襟付きシャツに黒のニットベストと膝丈スカート、それにエプロンという飾り気無い
喫茶店の制服も、クリスのようなすらりとした白人が着用すると、それだけで魅力が数十倍に
膨れ上がった。ポニーテールに纏めた癖のある金髪もステキだ。小さめのベストを山なりに
押し上げ、動くたびに揺れる胸も、いい感じに目のやり場に困る。
「本格的に、いいよねえ?」「実ッ……に! いいですッ」

言葉が通じづらいのも何のその、クリスは殆ど毎日店に顔を出した。屈託の無い笑顔と
時々発せられる妙な日本語も、意外と常連さんたちからの評判も良く、すぐにこの小さな
喫茶店に馴染んだ。
「注文お決まりですか」
恵介がオーダー片手にテーブルへ近づくと、ある壮年の常連などはシッシと手を振って、
「お前じゃなくてだ……クリスちゃーん、ブレンドとエビグラタンね!」
と、カウンターの奥にいるクリスに直接オーダーを出す始末だった。
でも、そんなぞんざいな扱いを受けても、恵介は全く気にならなかった。
むしろ、名前を呼ばれるたびにニッコリと微笑んで振り返り、指で「OK!」のサインを
作る彼女の愛らしい仕草が見れたのが嬉しかった。
しょっちゅう注文を間違えても、誰一人として怒る客もいない。
クリスが注文を間違える時は、いつもコーヒーを客のところへ持っていって、そこで
初めて気付く。するとクリスは一瞬ポカンとして、ハっとしてがくーんと肩を落として、
最後にため息混じりにこう言うのだった。
「Ah……ゴメンだったネ」
この愉快な落胆百面相振りを、とろけ切った顔で眺めている輩までいるほどである。
「あ、オジサン思うんだけど」
そうしてペコペコ謝っているクリスの後姿を見ていたマスターがある日、ポンと手を打った。
「全部の客のオーダーを『ハイパーメガナポリタン極盛り』にすり替えても、大丈夫じゃね?」
こんなよからぬ企みを、マスターが思いつくほどである。

「まあ、何だか天使みたいな娘だよなあ、クリスは。彼女そのものも、この店にとっても」
休憩時間になると、マスターは天井に向かうたばこの煙を眺めながらよくそうつぶやく。
「イチゲンさんも増えたしさ。ったく、オジサンが既婚じゃなかったらねえ……」
口ひげ生やした50オトコが何抜かしてんだという言葉を飲み込みつつ、恵介は窓際に置かれた
シクラメンの鉢の手入れをしているクリスを見て、いつしか胸が高鳴るのを覚えていた。

ひなびた喫茶店の常連でさえ、多くの人間を見てきたマスターでさえもゾッコンなのだから、
そんなクリスに対して大学生の恵介が恋をするなという方がムリだったのかもしれない。

陶製の鉢を拭いて、水が足りているかを観察して……というだけの仕草だが、クリスが微笑み
ながらそばにいるだけで、シクラメンの淡い色彩がどんどん蘇っていくようにさえ見える。
てきぱきとカップとソーサーを洗っているときも、奥のキッチンでマスターを手伝って料理の
下ごしらえをしているときも――注文は間違えても、料理は上手だった――、クリスはいつも
笑顔を絶やさず、とても楽しそうに仕事をしていた。
彼女と一緒に働けて、恵介は心底幸せだった。

――もちろん、ポニーテールだからこその真っ白なうなじだとか。
「ケイ」
――テーブル拭きの時に、ボタンの甘い襟の間から少しだけ見え隠れする胸の谷間だとか。
「ケイ?」
――床でちり取りをしているときに、いつもちょっとだけ覗ける下着とかフトモモとか……!
「ケイスk」

「おいッ、ケイ!!」
「へっ、あ、はい?」

めくるめく妄想の世界から一転、マスターの大声で恵介は現実に引き戻された。
見れば、クリスがリボンの続きを手渡そうと、キョトンとした青い目で椅子の上の恵介を
見上げている。
「えっ、あーゴメンゴメン」
「ケイ、ドウシマシタのカ?」
取り繕うとしていたところに、クリスの変な語感の直球が投げ込まれて、恵介の胸が再び
ドキリと跳ねる。
「どうも、しないしない! しないのか? しないのだ! ノープロブレン!」

――言えない! 「アナタの思い出を脳内ロードーショーしてました」だなんて!

身振り手振りとぎこちない笑顔で誤魔化しつつ、恵介はクリスから受け取ったリボンを窓に
取り付けた。
「ホントに何でもないんだよ?」
だが、次のリボンを受け取ろうとして恵介が振り向くと、クリスは手に何も持っていなかった。
代わりにその白い手が、薄暗い店の中でぼんやり光りながら、まっすぐ恵介のおでこに届く。
見た目のとおり、ひんやりと冷たい。
でも触れた瞬間、恵介の内側からはこんこんと熱が湧き出してくる。
「顔が、赤イよネ?」
クリスの真剣な面持ちに、恵介は動くことが出来なかった。もっと顔が赤くなっちゃう
じゃないか、そう思った。そっちではマスターが、「おー」と意味深な棒読みをしている。
黙れオッサン、と思う。
「フム……フム。ケイ?」
自分の額と恵介の額の間を幾度か往復して、クリスは首をかしげつつも、ようやく指で
「OK?」と恵介に意思表示を示してきた。
またしてもぼんやりしかけた頭を振って、すかさず恵介も「OK」を作り、今度こそ
リボンの続きが手渡される。どうやら納得してくれたらしい。クリスに笑顔が戻った。
「ごめんなあ。クリス」
今日の古新聞を片付けながら、マスターが言った。
「ケイな、隠してるけど実は病気なんだよ。『エロガッパ病』っていうんだけどさ」
「エロ……What?」
日本語に疎いクリスが、またも真剣に声色を曇らせたのが、恵介には背中で分かった。
「いや何、美女のオッパイを見るとすぐに治――」
「黙らんかいッ、このセクハラマスター!」
意気揚々と続けようとするマスターの口を、恵介は怒りを込めた靴投げで見事封じた。
パリンカシャンという、どこか清清しくも忌々しいあの音と共に。


※※侠│


セクハラを防ぐ代償は、ティーカップ2つだった。店の飾りつけにカップの破片の片付けが
プラスされ、既に時計は22時を回っている。
恵介は通いに使っているスクーターを押しながら、クリスの最寄り駅への道を急いでいた。
「ごめんね、すっかり遅くなっちゃったね。ソーリー。クリス」
「No Problem!」
街路樹に掛けられた青いイルミネーションの光に浮かび上がるクリスが、ふわふわと
暖かそうな白のマフラーを下げ、ニコリと微笑んだ。本当にいい娘だなあと恵介は思う。
「しかしビックリしたなあ、クリスの持ち物!」
クリスの手にぶら下がる大きな紙袋を指差して、恵介は少し大げさに言った。
「リボンだけじゃなく、クリスマスリースにツリー用の電飾もあるし、ステンシル用の
白いスプレーまで入ってる。それにサンタの帽子まで! 随分と本格的だし、準備イイね?」
「ハイ! デコレーション。大好キよ。ナゼなら、MYグランパは……」
「グランパ? クリスのおじいさん?」
恵介が聞き返した途端、ニコニコしていたクリスが落し物でもしたみたいにぴたりと足を止めた。
まただ、と恵介は心の中で呟いた。いつもはまっすぐなクリスの目が、自分のプライベートを
話すときに限って、一瞬何かを探るようなためらいを見せるのだ。
「どうしたの、クリス?」
「Ah……ケイ、ゴメン。何モナイの」
そしてクリスは決まって赤いダウンジャケットに包まれた肩をオーバーにすくめ、すぐに
また白い歯を見せるのだった。
気持ちの中では引っかかりながらも、その無邪気な表情には恵介も笑顔で応じずにいられない。

――まあ、いっか。

二人は並んで駅へと近づいていく。

クリスはプライベートの事はおろか、普段もあまり喋らない。恵介の学校にいる女の子と比べると、
エネルギー消費量は半分くらいに感じる。だけれど、恵介はクリスが別に退屈しているとか、
怒っているとか、言葉の壁を感じているとか、そういうのでは無い事は分かっていた。
「キレイですネ……ケイ?」
そう小さく呟いた彼女は自分の周り、見るもの全てを楽しそうに受け止めていた。
バイトの時間もそうだが、このクリスマスシーズンに入って、その様子はさらに強まっている。
街路樹も、華やかな音楽も、通りを行き交うカップルも、全てが宝物であるかのように
見つめながら、クリスは柔らかなブロンドを弾ませて駅への道を歩いてゆく。

その斜め後ろでは人知れず、恵介の胸がそのブロンドと同じリズムで、再び鼓動を早めていた。
今日の仕事が終わる頃、クリスが着替えでフロアを離れた時の事だ。もう照明を全て落とした
暗い店内で、マスターが恵介にそっとこう話し始めたのだ。

「ケイよぉ。クリスな、彼氏いないらしいぞ」

マフラーを巻きかけていた恵介は、危うく立ちながらにして絞首自害に至るところだった。
――このオッサン……! あのクリスから、いつどこでどうやってそんな情報を?!
ゴホゴホと咳き込む恵介を尻目に、マスターはギュっと灰皿にタバコを押し付け、レジに
足を向けた。
「クリスマスイブはな、夕方頃からはウチの嫁はんに店に出てもらうからよ」
何を言っているのか飲み込めない恵介を放ったまま、マスターはレジの下にある引き出し
から紙切れを取り出すと、その場にしゃがみこんだままの恵介の目前でちらつかせた。
「ホレ、冬のボーナス。この前、新聞屋に貰ったんだ」
暗がりに浮かぶそれは、人気テーマパークのペアチケットだった。
「オジサンは、若人に道譲るから。こんなチャンス二度とねぇぞ」

――マジ、かよ……?

遠ざかりかけたクリスを慌てて追いかけながら、恵介はポケットを探った。夢ではない。
魔法のチケットが二枚、カサコソと頼りない感触を示している。

恵介はまるで、カンペキな積み込みがなされた雀卓に座っているかのような気持ちだった。
ざわ・・・ざわ・・・と、つい口を突いて出てしまう程である。
なぜなら、マスターはセクハラバカオヤジだが、こと恋愛沙汰についてだけは100発100中
の勘の持ち主だからだ。
スポーツ新聞を開けば、芸能人カップルの破局タイミングを月刻みで言い当てるは序の口。
知り合う気配も無いような若い男と女の客が、そのうち急接近するぞと予言をし、数ヵ月後には
結婚式の写真が店に飾られるなんて事もある。
挙句の果てには、道端の猫に仔猫が生まれる事まで分かってしまう程なのだ。
そんな色ボケ、もとい愛の伝道師に
「ハァお前、クリスに脈無いと思ってんの? 普段からあんなに仲良くしてんのに?!」
何て肩を叩かれて笑われた日には、もう男としては黙ってられない。

――も、もう突貫しか無いぜ!

そうだ、と恵介も自信を取り戻した。この2ヶ月でクリスとは、結構仲良くなったのだ。
クリスは家族の仕事の都合で来日中の、某女子大(これ重要)の留学生だということ。
さらにバイトは喫茶店だけだということ(とても重要)。
趣味は読書に加え何と日曜大工で、特技は世界中の国名や地形を把握していること……。
自分の事をあまり話そうとしないクリスから、恵介は少しずつ少しずつ、それこそ
ドリップコーヒーのように、なんとかどうにかここまで聞き出した。
それだけじゃない。恵介は、バイトが終わってからクリスと一緒に買い物をした事もある。
ハンバーガーを食べながら、クリスの日本語の宿題を手伝った事もある。
手はまだ繋いでいないけれど、映画に誘った事だってあるのだ。

自分の事はあまり話さないクリスも、恵介と遊ぶ時はいつも楽しそうにしてくれた。
別れ際に、彼女は決まって言う。
「マタ、遊ビマショね? ケイ?」
正式に出会って早2ヶ月。奥手な恵介にとってはかなり上出来な成り行きだった。

――ダイジョウブ、ダイジョウブ!

少年恵介はフンと鼻を鳴らし、ずんずんとクリスに近づいて横に並んだ。そこで咳払いを
ひとつ。名前を呼ぶ間でもなく、クリスが恵介に振り向く。キラキラの、とびきりの笑顔で。
恵介がせっかく切り出しかけた言葉が、臆病にも肺へと逃げ込む。
心臓が、バカみたいに血液をぐるぐると身体中に送る。
ポケットに突っ込んだ手が震える。
駅はもうすぐ目の前。彼女も目の前。

いくしかなかった。

「クリスっ!」
暗がりじゃなかったら、きっとさっきよりも顔が赤かったに違いない。通行人が振り返り
そうなぐらいにひっくり返った声を振り絞り、恵介はギリギリ一杯、無理やり笑みを作って
深く息を吸って、切り出した。

「クリスマスイブ、普段どおり、アルバイトでしょ? その、俺も一緒にアルバイトでさ。
それでっ、クリス知ってる? マスターの奥さん最近元気になってさっ、良かったよね?
それであの、イブには仕事に戻れるらしくて、だから夕方からシフトが変わってもらえて、
だから、その後、もし、時間あったら……ぁ」
ここで息が切れた。あるいは勇気が切れたとも言えた。
泳いだ目のまま話を続けちゃいけない、そうも感じていた。
だから恵介は一度息を整えて、しっかりと彼女を見つめ直した。

クリスは相変わらず、恵介ににっこりと微笑んでいた。

でも普段と違って、なんだかすごく、残念そうに。悲しそうに。

細められた目から、瞳と同じブルーの涙がにじみそうなぐらいの、痛切な笑みで。

その顔に呆気にとられた恵介には、「しまった」と思う時間さえ無かった。

「Ah……ゴメンナサイだヨぅ……ケイ?」

ふわりとした白い息と共に、クリスの口から謝罪の言葉が漏れた。
チケットを握りしめ、ポケットから突き出しかけていた恵介の右手から、あっという間に
力が抜けていく。彼女の顔を眺めているだけで、やり場を失いかけていた身体の熱が
音も無く、すーっと地面へと引いていくのが分かった。
クリスはいつも以上にか弱い声で、ぽつりぽつりと呟く。
「クリスマスイヴ、アルバイトモ、ワタシお休みダよ……。マスターニ、まだ言っテナイ」

さっきまでの自分が嘘のように馬鹿に冷静になった頭で、恵介は自分の言葉を巻き戻す。

――俺、確か……。今こう言ったんだ。
『……だからその後、もし、時間があったら』
――なんだ。なあんだ。
――俺、まだ何も本題に触れてないんじゃん。

「そノ、イヴの日ハ……Ah……ソノ……」
「あっ、そうなんだ、別にゴメン。ソーリー。そりゃそうだよ、クリスも忙しいよね!」
まだ何か言おうとしているクリスを、恵介はいきなり、無理矢理に明るい声で遮った。
彼女の表情を、伺う事もせずに。
そそくさとスクーターのスタンドを立てて、恵介はクリスの背中を押すようにして、
いつの間にか到着していた駅の構内へと誘う。

――気のせいだったよな。

またしても、恵介は自分だけの結論を作った。

――悲しそうな顔なんて、してなかったよな。

そうだ。クリスマスイブに用事があるのに、悲しむはずなんて無い。
無理な部分も破綻もどこにも無い、しごく当然の結論、世界の法則だ。
幸せな日なんだから。誰かと過ごすなら、誰にとっても。
当たり前すぎて、何だか虚しくなってくるぐらいだ。

恵介はその後のことは良く覚えていない。自分の言葉も。どうやって帰ったのかも。
幸せそうな笑みに違いなかった――そう決め付けた、クリスの本当の表情も。

ただひとつだけ確実なことは、コートのポケットの中に入っていたチケットがくしゃくしゃに
潰れていた、それだけだった。


※※窟│


何とも言えない日々が始まった。


翌日、恵介がバイトに行くと、いきなりマスターに拳骨で頭を殴られた。クリスからしばらく
バイトを休むという電話があったそうなのだ。ケイお前何しやがった。いきなりラブホに
でも誘ったのか。いい加減にしやがれ。お前に渡したのは紙のコンドームだったか。エロガッパ。
あまりの罵詈雑言に耐え切れず、恵介も腹いせに、しわしわのチケットをカウンターに音を
立てて叩きつけた。かっこ悪い、サイテーの涙が頬を伝って止まらなかった。誤解はすぐ
解かれたが、今度は自己嫌悪に陥ったマスターを立て直すために開店が1時間遅れた。


何とも言えない日々が流れる。あの日に向けて。


クリスマスの素敵な飾り付けをお客は誉めてくれたが、恵介にとっては憂鬱そのものな
眺めだった。
たったひとりの女性が居なくなっただけで、狭いはずの喫茶店が体育館ぐらいに感じられた。
シクラメンの手入れを忘れて、今度は奥さんに怒られた。
この間、恵介は皿洗いで2度も手を滑らせた。


何とも言えないまま、あの日はもう目の前だった。


マスターはアルバイトを休んでも良いと、恵介に告げた。「そんな景気の悪い顔されたら、
お前この店がサブプライムだぜ」と冴えない冗談までつけて、常連にため息をつかせた。
「何だ、クリスちゃん泣かせたのはケイ君なのか」そんな事を言う常連のオヤジのコーヒーに
タバスコを垂らそうとしたのは、意外な事にマスターだった。マスターは奥さんに耳を
引っ張られて店の奥へと消えていった。恵介は何だか、もっと何とも言えない気持ちになった。

そしてクリスマスイブ。何とも言えなかったが、恵介は今日も店に出た。


クリスが用意してくれたサンタ帽を被って、普段どおりに店を掃除し、普段どおりに接客した。
そうする他に無かった。
クリスが恵介のことを知るのは、この日のこの時間、この店に居るという事だけだったからだ。
休憩時間になると、恵介は彼女のいつもいた窓際の席に腰掛けて窓の飾りを眺めた。緑や赤の
リボンで縁取られた真ん中に、クリスお手製のステンシルで描かれたそりに乗ったサンタの
スプレーアートがにっこりと笑っている。
その下にあるのは、マスターと恵介、それからクリスの簡単な似顔絵のステンシルだ。
マスターは手にケーキ、恵介は大きな靴下、クリスはプレゼントの箱を持って、三人で
「ウェルカム!」と言っている。これまたみんな笑顔で、自然とこっちの顔までほころんで
しまう。
親に手を引かれて店の外を通った子供が、似顔絵を指差して可笑しそうに笑っている。
外は寒いはずのなのに、とても暖かな、オレンジ色をした笑顔だった。
恵介ももう、窓の飾りを見て憂鬱な気持ちにはならなかった。むしろ、ずっと見ていたい、
そう思い始めていた。

こんなに素敵な飾りも、明日にはきれいに取り払われてしまうからだ。

「クリス……」
そんな事をしたら、そっと名前を呟いたその人も、もう二度と戻ってこないような……
恵介はそんな気がしていた。

「この飾りよお、せめてこの『ウェルカム』の部分だけでも……しばらく取っておこうや」
ふうっとタバコの煙を吐いて、マスターが言う。恵介の肩を、ポンと叩く。
「あと、バイトの募集もしねえ。オジサン決めたからよ。ケイ、絶対に辞めんなよ」
「それじゃ、いつまでも忘れられないじゃないですか」
今更になって隠す失恋ではない。恵介が素直に答えると、マスターはタバコを灰皿に置いた。
「忘れてもらっちゃ、困るんだよ。彼女もきっとそう思ってる」
もう一度恵介の肩を叩き少し強い口調で言うと、夕方の準備のためにマスターは厨房へと
引っ込んだ。
「何の根拠があって、そんな事……」
穏やかな冬の西日を半分ぐらい吸い込んで光る、使い古した木のテーブルにぐったりとしなびて、
恵介は時間が流れるのに身を任せた。
「俺は、マスターとは違うんだ。クリスのこと、全然分からなかった」
有線からは、あの時と同じ曲が流れている。

「ラーストクリスマス……」

――これ、失恋の曲だよね、確か。
そんな事を思いながら、恵介はいつの間にかまどろみに落ちていた。
いつだったか、クリスがまだお客だった頃、こうしてこの席でうたた寝していたことがあった。
手でペーパーバックのページを支えたまま、こくり、こくりと……。長いまつげを重ねて、
気持ちよさそうに舟を漕いでいた。
しばらく経って、ぱちりと目を覚ましたクリスと目が合った時の表情を、恵介は忘れられない。
どこかバツの悪そうな照れ笑いの表情。
窓際の陽だまりを甘くあまく煮詰めたような、とろけてしまいそうな可愛いらしさ。
恵介はその時、完全に心を奪われてしまったのだった。
でも、心は奪われるだけ奪われて、目下消息不明のままだ。事件解決の糸口さえ無い。
今になって思えば、あまりにも出来すぎな、不思議な出会いだったようにさえ感じられる。

でも、会いたい。恵介は諦め切れなかった。心から会いたいと、そう願っていた。
出来ることなら、恵介はクリスにもう一度会って、ちゃんと自分の手で心を渡したかった。

――目を覚ましたら、そこに居てくれたり……して……さ。

無謀な願いがよぎった胸の奥がきゅうっと苦しくなって、まぶたの内側も熱くなる。
「今夜は所によりィ、雪のちらつくホワイトクリスマスになるでしょお〜!」
浮かれ声の女性DJの言葉がトドメだった。恵介はたまらずテーブルに突っ伏した。


※※権│


それからどれだけ時間が経ったろうか。

カラン、カラン。

自分のテーブルのすぐ後ろ、店の入り口のドアに吊るされたベルが来客を知らせて、恵介は
条件反射的にがばりと頭を上げた。すっかり眠ってしまっていたらしい。
しかし振り向く前に、恵介の視線はガラス越しの風景の変貌ぶりに釘付けになってしまった。
起き抜けの視界に飛び込んできたのは、夜闇に鮮やかなイルミネーションと粉雪が踊る、
光に彩られた見事な幻想世界だったからだ。
「おぉ……『所によった』わけか……ってそれどころじゃないや」
しばし口を開いたままだった恵介は我に返り、腕時計に目をやる。時間は既に18時。
お客がいても全然おかしくない時間である。
「いらっしゃいま……せ、え?」
恵介は接客モードに頭を切り替え、ドアに佇む人影に向けて挨拶をしたが、その姿を見て
ぎょっとした。カウンターにいたマスターと奥さんも、顔を見合わせている。
恰幅の良すぎる真っ赤な上下に包まれた、太鼓のようなお腹。それを覆わんばかりの白い
フサフサカールの口ひげ。ドアを半ば塞ぐほどの大きさに膨れ上がった、白い袋。
そして、丸メガネの奥でチョボチョボとまばたきする、人懐こい老人の碧眼。

客は、コンビニが急造で用意する貧相なアレとは全く違う、正真正銘のサンタクロースだった。

「ホホーウ! メッリィー……クリッスマース!」

店の奥まで響く陽気な声と、頭の上にちょこんと載ったサンタ帽をうやうやしげに下ろして
お辞儀をするその姿に、店員三名はもはや一切の疑いを捨てていた。
「メ、メリーっ!」
矢面に立たされている恵介など、クリスに貰った帽子を下ろしてぎこちなくお辞儀し返す
始末である。
と、サンタクロースは窓の方をゆっくりと振り返り、クリスの作ったステンシルの似顔絵を
指差した。そしてそのまま、その人差し指をこれまたゆっくり、ぐるーんと恵介の顔に向けて、
目のシワを際立たせて笑う。

「アァーッ ユーッ……ミスタ・ケイスッケ?」

下手すれば幼稚園生でも分かりそうなとっても親切な英語に、恵介はブンブン首を縦に振った。
それを見たサンタクロースはのそり、のそりと店内に足を踏み入れ、おもむろに恵介を抱きしめた。
「わぷっ?」
「ホホ! ナイストゥ ミーチュ……ハジメ、マシテ! サンタックロース でース!」
サンタクロースはとても大きい。口ひげのフサフサと胸の肉に顔が埋もれて、普通の日本人の
恵介は、身動き取れないままじたばたするしかない。
「実ハ今日、サンタクロースカラ、ケイスッケにプレッゼント、ありまス! だから来たノ!」
「っぷは、ハァハァ……プレゼント?」
「そでス!」
恵介をようやく解放したサンタクロースは、ドアを塞いでいた白い袋を両手でよいしょと
抱えると、そっと窓際のテーブルの上に置いた。何やら巨大な物が入っているようだが、
中身は分からない。思い当たる節も無い。
そもそも、何で自分なのかも恵介には分からない。
「ケイスッケ?」
そんな気持ちを見透かしてか、サンタクロースがピコンと恵介にウインクする。
「とりあえず開けてみろ――ってか。 オープン、これ? OK?」
恵介が尋ねると、サンタクロースは右手を挙げて、人差し指と親指でわっかを作った。

その仕草を見た途端、恵介の背中に、電撃が走った。

――OKサイン? クリスマスの周到な準備? MYグランパ? フィンランド人――??
ありとあらゆる情報が、恵介の脳みその中をつむじ風の如く駆け巡った。

「まさか――まさかまさかまさかっ?!」
野に放たれた動物の勢いで、恵介は袋を縛るリボンに手を掛けた。
瞬間、リボンは色とりどりの光を撒き散らしながら自らするりとその縛り口を解いた。
そして白い袋が、魔法のテーブルクロスのように、ふわりとテーブルの上に広がる。

その真ん中には、赤ちゃんのように丸くなって眠る、サンタ姿のクリスが包まれていた。

「あ……あぁ……クリス!」
クリスを起こせばよいのか、サンタクロースに礼を言えばいいのか、それともマスターの
勘の鋭さを喜べばいいのか。
彼女の名を呼びながら、恵介はたっぷり5秒は視線を定められずにいた。
「ケイスッケ……」
そんな恵介をなだめるように、サンタクロースは恵介の頭をそっと撫ぜる。
「クリスティアナネ、ココ数日ズっと眠らズ、今日の準備バカりしてタのデス。ダカラ
寝てマス。本当ハ、コレカラ、世界ジュを回ル仕事アルんダケド……」
サンタクロースはひげをびよんと伸ばして離し、クリスがするように、にっこりと微笑んだ。
「良イ子にプレゼントあげルが、サンタクロース。クリスティアナは、ケイスッケに。
ダカラ、ケイスッケも……」
頭の上に載せられていたサンタクロースの大きな手に、恵介は震える手を重ねた。
「もう、いくらでも包んでください。俺、喜んでクリスのプレゼントになりますから!」

恵介がそう叫ぶや否や、マスターが素っ頓狂な声を上げた。
「ハッハーイ! メリークリスマッス!」

見ればその手にはウィスキーとグラスが握られている。
「もうマジ、オジサン感動しましたから! サンタ、あんたホントにいい仕事してんな!」
「次に生まれる時はサンタ一択!」などと叫びながら、マスターはグラスをぐいっとサンタ
クロースに押し付け、床にこぼれるのも構わずとくとくとウィスキーを注いだ。
サンタクロースも慣れたものだ。ホホウと笑いながら、今度はマスターに注ぎ返す。
「「メッリー、クリスマース!」」
声とグラスを合わせるや否や、ふたりはグラスを思い切り直角に傾け、琥珀色の液体を
あっという間に胃の中に収めてしまった。すぐに二杯目、三杯目。恐ろしいハイペースである。

「ン……」

突然始まった大騒ぎに、ついにクリスがもそりと身体を強張らせ、とろんとした目を開いた。
「クリス、クリス!」
テーブルに顔をこすり付けるようにして、横を向いたクリスの表情を覗き込みながら、
恵介は何度も名前を呼んだ。
まるで雛鳥に、二度と忘れないよう自分を刷り込むかのように。
「ケイ……ス、ケ?」
「クリスっ!」
恵介が再び名前を呼んだ瞬間、クリスの目がぱちりと開き、テーブルの上に半身になって
起き上がった。まだ事態を把握し切れず、それこそ孵ったばかりの雛鳥のようにキョロキョロと
あたりを見回すクリスに、サンタクロースが何やらどこかの言葉で話しかけた。
「グランパ……あ……アァ……!」
するとクリスは一瞬の驚きの表情の後、じわあとその青い瞳に涙を浮かべ、みるみるうちに
顔をくしゃくしゃにして、テーブルから跳ぶようにして恵介に抱きついた。

「ケイ……! ひっく、ゴメンナサイだヨ……ひくっ、とても会イタカっタの……!」
「俺もだよクリス! こんな事情があったなんて、知らなくて……ゴメン!」

ぎゅっと抱き寄せるクリスは、泣き止む様子が無い。
震える身体は、思っていたよりずっと華奢だ。
「ホントハ、嬉シかったダッタ。イヴは、一緒ニ遊ビタかったダッタよお……ケイと!」
「うん、うん……!」
「But、シークレット、ダッタ。ワタシ、サンタクロースだってケイ知っテシマッタラ、
 モウ、会エナイの決マリダッタ……」
「そんな……嘘だろ?」

息を飲んだ恵介の首筋に、不意にひやりとした物がくっつけられる。恵介はヒっと飛び上がった。
冷たいものの正体はビールジョッキだ。顔を服と同じぐらい赤くした、サンタクロースの
仕業である。
サンタクロースはひげが泡だらけになるのも構わず、ごくごくと喉を鳴らしてジョッキを
一瞬で空っぽにした。そして、身を寄せ合ったままの二人にウインクする。
「プハ……ホホ。サンタクロース、ドリンク、トゥーマッチ。ふたりのコト、何モ知ラナイ、
覚エテナイ」
「かあああ! サンタマジ男だわ! 見ざっル、言わざっル、聞かざっル。ジャパンの諺!」
もはやじゃれ合う酔っ払いと化したサンタクロースとマスターの言葉を聞いた恵介の顔に、
今度こそ幸せが蘇った。
クリスも涙でせっかくの白い顔が真っ赤だが、もう悲しみの雫が頬を伝うことは無い。

「クリス……」
「ケイスケ! ケイスケ!」

知っている日本語がそれだけのように、クリスが泣き腫らした顔で恵介の名を何度も呼ぶ。
二人は、身体がくっついて二度と離れないぐらいに、もう一度強く抱き合った。
そしておでこをこすりつけ、いたずらっぽく見詰め合うと、自然と唇を重ね合った。

「かああ、てめェケイスケ! オジサンにもチッスさせろおい――ぐぇ」
完璧に出来上がったマスターが飛び掛ろうとして、空中でハエの如く叩き落される。
後ろから現れたのは、マスターを撃墜したフライパンを携えた奥さんだ。マスターを虎の
絨毯の如く踏み敷きながら、ふたりに近づく。
「ほら。もうお店始めるから。コドモはさっさと雪で遊んでらっしゃい!」
呆れ顔の奥さんはエプロンのポケットをまさぐると、いつぞやの紙切れを恵介の手に
丸め込んで握らせた。忘れもしない、テーマパークのチケットだ。
「ったく。ゴミ箱からサルベージしておいたわよ。感謝しなさい?」
「奥さん……!」
「はいはい、開店かいてーん」
感謝をする間も無く、奥さんはカンコンコンとフライパンをノックした。
ついでにサンタクロースを見上げて、冗談ぽくにらみつける。
「ったく、あんたも! これから仕事だってのに、そんなに呑んで大丈夫なワケ!?」
「ホホ、ノンプロブレン、ママさん。平気デス」
でも……と、サンタクロースは指を鳴らして奥さんに言った。
「キャラメルモカ、一杯欲シイですネ。クリスティアナに、美味しィ聞イテマス!」
「ふうん。しっかりとツケとくからね」
「ホホウ、厳シイ!」
「また来なさいってこーと!」

そんなやり取りを見ていた恵介とクリスは、同時にクスクス笑いあった。気持ちまで
通じ合ったかのような心地のまま手を取り合って、店のドアを抜け夜空を眺める。
「キレイ……デすネ」
「うん」
ふたりは冷たい空気を孕んだ夜空から舞い降りる粉雪をしばらく目で追っていたが、
やがてクリスの青い瞳が、恵介へと注がれた。
いつも色々な物を映しては、全てを幸せに変えていったクリスの瞳が、今はじっと恵介
だけに向けられている。そうして幸せになるのは、恵介も一緒だった。

「ケイ……メリークリスマス」
「メリークリスマス。クリスティアナ」

もうこれ以上言葉は要らない。
そんな気持ちを視線で絡み合わせたふたりは顔を赤らめ、もう一度、そっと互いの唇で
生まれたばかりの愛を確かめ合うのだった。


〜おすまい〜



作者 7-81(6-496氏)
2011年06月16日(木) 14:46:35 Modified by goodfan_seo




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