Wiki内検索
一覧
連絡事項
09/06/10
ふみお氏の一身上の都合により、氏のSSはまとめから削除されました
あしからずご了承ください
最近更新したページ
最新コメント
FrontPage by 10月22日に更新したひと
SS一覧 by ヘタレS
6-548 by るんるん
FrontPage by 管理人
FrontPage by 7-139
タグ
(´・ω・) 1-108 1-130 1-180 1-194 1-213 1-24 1-247 1-286 1-311 1-32 1-362 1-379 1-46 1-486 1-517 1-639 1-644 1-654 1-76 2-112 2-15 2-163 2-178 2-185 2-219 2-220 2-360 2-457 2-489 2-49 2-491 2-493 2-498 2-539 2-545 2-587 3-114 3-120 3-128 3-130 3-142 3-149 3-151 3-186 3-240 3-295 3-304 3-382 3-389 3-552 3-560 3-619 3-635 3-644 3-68 4-112 4-113 4-119 4-136 4-156 4-158 4-181 4-199 4-213 4-418 4-468 5-102 5-158 5-192 5-230 5-233 5-238 5-254 5-265 5-271 5-275 5-285 5-321 5-372 5-378 5-413 5-422 5-436 5-438 5-454 5-50 5-516 5-544 5-596 5-612 5-630 5-635 5-637 5-714 5-73 5-754 5-759 5-772 5-79 5-808 5-813 5-818 5-825 5-831 5-913 5-918 5-922 6-301 6-356 7-163 7-189 7-206 7-228 7-259 7-269 7-306 7-358 7-380 7-381 7-401 7-465 7-547 7-577 7-615 7-624 7-642 7-647 7-672 7-677 7-711 7-720 7-721 8-111 8-114 8-126 8-16 8-167 8-194 8-20 8-21 8-219 8-231 8-235 8-239 8-258 8-267 8-294 8-328 8-338 8-349 8-354 8-367 8-371 8-380 8-382 8-389 8-453 8-455 8-456 8-460 8-463 8-467 8-468 8-501 8-517 8-532 8-553 8-559 8-568 8-575 8-581 8-587 8-604 8-620 8-646 8-665 8-670 8-692 8-729 8-732 8-740 8-757 8-758 8-762 8-775 9-102 9-124 9-219 9-225 9-230 9-257 9-283 9-29 9-301 9-304 9-34 9-40 9-44 9-5 9-59 9-65 9-69 9-8 9-95 @台詞なし acter◆irhnk99gci coobard◆6969yefxi index 『彼女』の呼び声シリーズ ◆5z5maahnq6 ◆6x17cueegc ◆8pqpkzn956 ◆95tgxwtktq ◆csz6g0yp9q ◆dppzdahipc ◆f79w.nqny ◆ga4z.ynmgk ◆mhw4j6jbps ◆mz3g8qnie ◆q0jngalkuk ◆q2xbezj0ge ◆xndlziuark ◆zsicmwdl. 1スレ 2スレ 3スレ 4スレ 5スレ 7スレ 8スレ 9スレ お魚 かおるさとー かおるさとー◆f79w.nqny こたみかん◆8rf3w6pod6 さんじゅ じうご じぇみに。 にっぷし まら文太 アンドリュー家のメイド エロ ソラカラノオクリモノ ツンデレ ネコなカノジョシリーズ バレンタイン ファントム・ペイン ミュウマシリーズ リレー小説 縁シリーズ 球春シリーズ 近親 君の匂いをシリーズ 黒い犬シリーズ 時代物 従姉妹 書く人 小ネタ 人間は難しい 精霊シリーズ 短編 痴女 著作一覧 長編 通りすがり 電波 非エロ 微エロ 不機嫌系無口さんシリーズ 保守ネタ 埋めネタ 未完 無口でツンツンな彼女 無口で甘えん坊な彼女シリーズ 無口スレ住人 矛盾邂逅 幼馴染み 流れss書き◆63.uvvax. 籠城戦

チョコレートケーキとバレンタインと


 二月十三日。
 甘利紗枝が橋本家を訪れたのは夜九時過ぎだった。
 橋本風見はとりあえず幼馴染みを中に招き入れようとしたが、紗枝は玄関で立ち止まったまま上がろうとしない。
 怪訝な顔で相手を見ると、彼女はいたずらっぽく笑い、
「私ですよ、風見さま」
 普段の幼馴染みにはありえない言葉を囁いた。
「なんだ冴恵か」
 エプロン精霊の方だった。風見は小さくため息をつく。
「あー、そんなにあからさまにがっかりしないでください」
「ごめん。その恰好だったからわかんなくて」
 風見は冴恵の着ている厚手のコートを指差して言った。
 暖かそうな白いコートは風見が紗枝に贈ったクリスマスプレゼントだ。紗枝は登下校の際に必ずそれを着用していた。
 だからそのコートを着ているときは甘利紗枝であると、風見は思い込んでいたのだ。
 おそらくコートの下にエプロンを着けているのだろう。『冴恵』は、紗枝がそれを着用しているときしか現れない。
「で、こんな時間に何の用? 夕食はもう食べたんだけど」
 いつもどおり世話を焼きに来たのかと尋ねると、冴恵は首を振った。
「いえ、風見さまにチョコレートを差し上げたくて」
 意表を突かれた。別に明日の行事を――全国的な行事を忘れていたわけではないが。
「……バレンタインは明日だけど?」
「明日は無理なので今日参りました」
「無理?」
「明日は紗枝さんが風見さまにチョコレートをプレゼントなさるかと思います。私はお邪魔虫ですよ」
「別に気にしなくても、」
「何をおっしゃるんですか!」
 冴恵は風見にずいっ、と迫り寄った。
「紗枝さんは確実に風見さまに恋慕の情を抱いておいでです。だから明日はチャンスなのですよ」
 思わずのけぞる風見。気圧されながらなんとか言葉を返す。
「チャンスって、誰にとって」
「お二人にとってですっ」
 力強い主張に風見は呑まれるように口をつぐんだ。
「クリスマスのときも何もなかったのでしょう? なぜお二人はお互いに想い合っているにも関わらず、関係を深めようとされないのですか」
「おいおい……」
「イベント事は常に勝負のときたりえます。バレンタインデーですよ? 紗枝さんも気合い入れてました」
「なんでわかるんだよ」
「冷蔵庫にでっかいチョコレートケーキがありました。おそらく明日のためです」
「…………」
 チョコレートケーキ、と聞いて風見はため息をついた。
「どうしましたか?」
「いや、毎年変わらないなと思って」
「変えるのは風見さまですよ! 明日を境にお二人は恋人同士に、」
「わかったから」
 妙にけしかける冴恵に、風見はうんざりした気分になった。
 紗枝の体で、顔で、そんなことを言わないでほしい。

 風見は適当にエプロンメイドをあしらうと、もう遅いからと甘利家宅まで送っていった。
 別れ際に渡された箱には綺麗なチョコレートマフィンが入っていて、家に帰ってから風見は一人でそれを食べた。
 控え目な甘さは紗枝の作るそれによく似ていた。
(好き勝手言うなよ……)
 冴恵に対して内心で文句を言う。
(そりゃあきっかけになったらいいなとは思うけど、これまで一度だってそうはならなかったんだぞ)
 誕生日。クリスマス。バレンタインデー。イベント時にはいつだって何かしらの事をやってきた。
 プレゼントもパーティーも恒例で、二人にとって当たり前の過ごし方だった。
 だからといって、それが互いの距離を縮めるとは限らない。
(……バレンタインくらいで何が変わるのさ)
 幼馴染みという関係は本当に厄介なのだ。深い間柄でありながら、いやそれゆえに、想いを伝えるのは難しい。
 それに、彼女の作るチョコレートケーキは、
「……寝よ」
 風見は深いため息とともに自室のベッドに潜り込んだ。

      ◇   ◇   ◇

 翌二月十四日。
 早朝の二年三組の教室で今口翔子は意気込んでいた。
 気合いを入れて作ってきたチョコレート。これをあいつに渡すのだ。
 前から気になる相手ではあったが、いざこうして行動に出るとなると緊張する。
 教室には他に誰もいない。さすがに早く来すぎたか。
 翔子は深呼吸して気持ちを落ち着かせようとした。心臓の音が妙に体内に響いている。
「ほほう、翔子は手作り派かね」
 急に背後で声がして、翔子は椅子から転がり落ちそうになった。
 振り返って見ると、クラスメイトの安川小町(やすかわこまち)がニヤニヤした笑みを浮かべて翔子を見下ろしていた。
「おはよう翔子。勝ち気なキミでも緊張する?」
「な、何のこと?」
「橋本くんにチョコ渡すんでしょ?」
「――」
 翔子は絶句した。
「教室で一人でニヤニヤしているから何かと思ったよ。私が二番目でよかったね」
「……」
 こっそり背後に忍び寄った人間が何を言う。
 翔子は大きく息を吐き出すと、教室を出ようと椅子から立ち上がった。
「どこ行くの?」
「トイレ」
「私も行く」
 ついてこないでよ。
「怒らないでよ。謝るから」
「怒ってない」
「怒ってるよ。いや、怒ってもいいけど、実際どうするの?」
 教室のドアに手をかけようとして、翔子は動きを止めた。
「……どう、って」
「ただ渡すだけなのか、ちゃんと告白するのか、どっちなのかってこと」
「……」
 その問いかけに思わず押し黙る。
 それは――
「……迷ってるの?」
 頷いた。
 小町は肩をすくめる。翔子の代わりにドアを開けて廊下に出た。
 小町に続いて廊下に出ながら、翔子は呟いた。
「……あいつには、他に相手がいるんだよ」
「甘利さんのこと?」
 頷く。翔子は恋敵のことを思い浮かべた。
 誰よりも橋本風見の近くにいる少女、甘利紗枝。

 幼馴染みだと風見は言う。しかし翔子には、風見の心が透けて見えるように感じていた。
 橋本風見は、甘利紗枝が好きなのだ。
 風見がそう明言したわけではないが、翔子にはそうとしか見えなかった。
「まあ、橋本くんが甘利さんに何かしらの想いを抱いているのは確かだろうね」
「……小町にもそう見える?」
「まあね。でも、甘利さんはよくわからないかな」
 それは翔子も同感だった。
 甘利紗枝はいつも無口で、何を考えているのかわからないところがある。
 いい人なのだろうというのはわかる。クラスメイトや後輩にも好かれているようで、悪い噂は少しも聞かない。
 だが、特に親しいわけでもない翔子には、彼女の内面を窺い知ることはできなかった。
 廊下を歩きながら、翔子は顔を曇らせる。
「でも、それは関係ないでしょ?」
 不意に小町が言った。
 二人以外誰もいない廊下。早朝の寒々しい空間で、翔子は隣の友人を見つめた。
「翔子が想いを伝えることと、甘利さんは関係ない。翔子の気持ちは誰にも冒せない。伝えたいのなら伝えるべき」
「…………」
 簡単に言ってくれる。それは正論かもしれないが、できるかどうかはまた別のことだ。
「失敗するとわかってて告白するなんて……そんな勇気ないよ」
「失敗するかどうかなんて、まだわからないでしょ」
「勝手なこと言わないで」
「なんで勇気が出ないの?」
 尋ねてくる小町を翔子は睨んだ。
「傷つくことが嫌だからよ! そんなわかりきったこと訊かないでよ!」
 苛立ちとともに翔子は声を荒げた。冷たい廊下の壁に、声の波は吸い込まれて消える。
 今でも充分仲良くやっているのだ。その関係を壊したくないし、傷つくことがわかっていてどうして告白などできるだろう。
 小町にだってそれができるとは思えない。
「傷つくことって、そんなに駄目なこと?」
 しかし小町は、特に気にする風でもなく、そう返してきた。
「え?」
「傷ついて、でもそれが想いを確かにする。傷つくことが自分を強くする。決して悪いことじゃない」
「そ、そんなこと」
「少なくとも私はそうだったよ。現在進行形で今も、そう」
「――」
 翔子は驚いた。これは、今彼女は、かなりプライベートなことを話しているのではないか?
「ストップ! いいよそんなこと言わなくて」
「翔子になら話してもいいけど?」
「私が困るわよそんなこと……」
 どう返せばいいのか言葉に詰まった。
 小町は小さく笑う。
「私たち、これから受験だよ? 一年間そのすっきりしない気持ちを抱えたまま頑張れる?」
「……じゃあどうすればいいのよ」
「わかってるくせに」
「……」
 わかっている。実際、本当に迷っていたのだ。
 手作りのチョコまで持ってきた。義理だと言ってそっけなく渡すことも、冗談交じりに笑って誤魔化すこともできるが、しかし、
「……放課後まで、まだ時間あるよね」
「保留?」
「いや……」
 翔子は呟き、それきり口を閉ざした。
 小町ももう何も言ってこなかった。
 二人はそのままトイレに行き、教室に戻るまで何の言葉も交わさなかった。

 緑野純一はクラスメイトの橋本風見と一緒に朝の通学路を歩いていた。
 時間帯が違うので風見とは普段会わないのだが、今日は珍しく時間帯が重なった。事故でバスが遅れたためだ。
 純一は一つ疑問に思い、風見に尋ねた。
「……甘利はどうした?」
 風見の幼馴染みである甘利紗枝の姿が、どこにも見当たらなかったのだ。
 違うクラスの二人だが、家が向かいにあるらしく、朝はいつも一緒に登校してくる。
 それで恋人じゃないというから驚きだが、それよりも今日一緒じゃないことに純一は驚いていた。
「今日は先に行ったよ。日直だからとかなんとか」
「そうなのか?」
「昨日昼にそう言ってた」
 風見は淡々と答える。
「今日はバレンタインだろ。貰わないのか?」
「……紗枝はいつも帰ってからくれるんだよ。学校では素振りも見せない」
「そうか」
 まあ学校では恥ずかしいのかもしれない。紗枝が恥ずかしいという様子を見せるかどうかはおおいに疑問だが。
「純一はどうなの?」
「何が」
「後羽さん。貰えるんでしょ?」
「たぶんな」
「嬉しい?」
「そりゃ、な」
 風見がふっ、と小さく笑みを浮かべた。
「なんだよ」
「うらやましいだけだよ」
「なんだそりゃ。お前も甘利から、」
「違うんだ」
 風見は、強い口調で言った。
 純一はつい気圧される。風見の顔からは一瞬で笑みが消えていた。
「紗枝は、ぼくとは違うんだよ」
 その声はどこか寂しげな響きだった。
 純一にはわけがわからなかった。それは今の風見の表情が、初めて見る類のものだからだろうか。
 落ち込むというよりは、諦めに近い色。
「違うって、何が」
 訊く。しかし風見は首を振るだけで答えなかった。

      ◇   ◇   ◇

 午前の授業中、翔子はずっと考えていた。
 鞄の中にはチョコが入っている。それを二つ前の席の人物に渡すわけだが、どのタイミングで渡せばいいのか、翔子は測りかねていた。
 休み時間の度に、斜め後ろの席から視線が飛んでくるように感じる。からかい混じりの小町の視線だ。
 うっとおしいが、しかし翔子は動かない。今はまだ人目につきすぎる。やはり放課後まで待つべきだろう。
 放課後なら、頑張れる。
(傷つくかも……だけど――)
 想いは本物だ。嘘をつきたくない。誤魔化したくない。
 ならば、やることは一つだ。
 翔子が決心を固めた瞬間、三時間目終了のチャイムが鳴った。

 昼休み。
 二年四組の教室には、歓喜の渦が巻いていた。
 喜びの声を上げるのは主に男子だが、女子の声もよく上がっている。
 原因は一人の女子生徒だった。
「甘利さんありがとう!」
「ありがとう甘利」
「紗枝ちゃんスゴいよ!」
 次々とお礼や称賛の言葉が飛ぶ中、甘利紗枝は嬉しげに微笑んでいた。
 クラスメイトたちの手元には綺麗に等分されたチョコレートケーキがある。
 紙皿とプラスチックのフォークまで用意されていて、みんな喜びながらも驚きの顔を紗枝に向けていた。
「これって手作りなんでしょ?」
 紗枝は頷く。四十人近いクラスメイト全員に配るために、直径十八センチのケーキを四つも焼いてきたのだ。
 本当は家庭科室を使いたかったのだが、調理部や他の女子生徒たちが使用していたので冷蔵庫を借りるにとどまった。
 家から運ぶのには苦労した。人の少ない時間帯を選んでいなかったら崩れていたかもしれない。
 みんな喜んでくれているみたいだからそんな苦労もよかったと思える。
「でも、なんでこんなに作ってきたの? バレンタインなら好きな人だけに作ればいいのに」
 一人の女子がそんな質問を投げ掛けてきた。
 紗枝はどう答えようか困った。なんでと訊かれても、
「昔からだもんね、紗枝は」
 小学校からの友人、竹下葉子(たけしたようこ)が代わりに答えた。
「え? 昔からって何?」
「小学生の頃からバレンタインにはケーキ作って学校に持ってきてたよ」
「……それ本当?」
「本当よ。中学でもそうだったもん。ね、紗枝」
 紗枝は頷く。ようちゃんナイスフォロー。
「でも、どうして?」
「ほら、この子無口じゃん。だから昔はクラスで浮いてたの。でも友達の提案でケーキ作ったらみんなに大ウケして。それ以来紗枝の恒例行事になってるわけ」
 へえー、と興味深そうにクラスメイトたちは葉子の話を聞いている。
 バレンタインの恒例行事。
 紗枝にとっては習慣みたいなものだった。最初に提案した幼馴染みも、まさかここまで定着するとは思っていなかっただろう。
 一年間の感謝を込めて、クラスメイトたちに贈るチョコレートケーキ。
 それで喜んでもらえたら紗枝は大満足だ。みんなと過ごす学校生活を、紗枝は何よりも大切にしている。
 かつて幼馴染みに手を引かれ、友達と過ごす楽しさを教えてもらったあのときから。
「めちゃくちゃうめえぞこれ」
「甘利さん、作り方教えて!」
「ああ、幸せなバレンタインになりました……」
 みんなの喜ぶ様子に、紗枝は大満足の笑みを浮かべた。

      ◇   ◇   ◇

 午後の授業が全て終わり、放課後になった。
 翔子は勉強道具を鞄にしまうと、二つ前の席に歩み寄った。
「今口?」
 風見が振り返ってこちらを向いた。
 一瞬ドキリとしたが、動揺を抑えて言う。
「橋本。あんたこのあと時間ある?」
「え? まあ……少しは」
「じゃ、じゃあさ、ちょっと付き合ってくれない? すぐ済むから」
「別にいいけど……何?」
「ここじゃちょっと……屋上まで来てくれる?」
 言った。翔子は心臓の早鐘に押し潰されそうだと思った。
 風見は不思議そうに首を傾げたが、すぐに頷いた。
「わかった。先に行ってて。あとから行くから」
 その返事に翔子は安堵した。必ずね、と言い残して教室をあとにする。
 勝負の場所は屋上だ。


 そう決意を固めていたのに。
「……」
 屋上に繋がるドアの前で、翔子は目を見張った。
 ドアのガラス窓から覗く屋上には、既に先客がいたのだ。
 制服を着た一組の男女。男の方は背が高く、目の前の女子とは結構な差があった。
(……て、あれ緑野じゃない)
 男子の方は同じクラスの緑野純一だった。風見と親しいので、翔子も比較的よく話す相手だ。
 女の子の方は見覚えがなかった。スリッパ色を見るに下級生、つまり一年生のようだ。
 二人は何事かを話している。女の子は恥ずかしそうにうつ向いているが、やがてポケットから小さな箱を取り出して、純一に差し出した。
 純一がそれを受け取っている。その顔は嬉しげで、教室ではあまり見ない心底からの笑顔のようだった。
(告白……じゃないみたいね。もう付き合ってるのかしら)
 女の子は真面目そうなタイプに見える。堅物で不器用な純一と似ているかもしれない。
 似合いのカップルだと思った。なかなか進展しそうにないが、大きく関係が壊れることもなさそうだ。
(あ……でもこれだと屋上は使えないな)
 まさか邪魔するわけにもいかない。翔子は気付かれないようにドアから離れて、ゆっくりと階段を降りていく。
「今口?」
 下の方から声がした。見ると、踊り場の手前で風見がこちらを見上げていた。
「は、橋本」
「出ないの? 屋上」
 間の悪いことだ。翔子は慌てて手を振り、
「あ……や、やっぱり別の場所にしよ! 屋上風強いし、寒いし」
 急いで風見のところまで駆け寄ると、そこから遠ざけるように風見の背中を押しやった。
「え? どこ行くの?」
「もっと別の場所! どっか教室くらい空いてるでしょ」
 困惑する風見を翔子は無理に押しやる。
 困惑しているのは翔子も同じだった。
(タイミング悪……)
 決心が鈍りそうだ。翔子は風見の後ろでぶんぶんと首を振り、弱気な心を追い払おうとした。


 二人は一階の物理講義室に入った。
 そこは鍵が壊れていて、自由に出入りできるのだ。
 ひょっとしたら誰かいるかもと思ったが、幸いなことに誰の姿もなかった。逢い引きには色気に欠けるためだろうか。
 翔子は安堵の息を吐くと、鞄を机の上に置いた。
「ねえ」
 風見は教壇の前に立ち尽くしている。
「用って、何?」
 その言葉に翔子は少し呆れた。こいつは今日が何の日かわかっているのだろうか。いい加減気付けよ。
 だが、そういうところも『しょうがないな』と思えてしまうということは――やっぱり翔子はそういうものなんだろう。
 やっぱり、こいつのことが好きなんだろう。
 翔子はふう、と息をつくと、鞄から小さな箱を取り出した。
「橋本」
「ん?」
「これ、あんたに」
 そっけない口調だっただろうか。一瞬後悔したが、その方がいつもの自分らしいかも、と翔子は思い直した。
 チェックの包装紙に包まれた小さな箱を、風見は呆けたように見つめる。
「……これは?」
「だから、バレンタインのチョコよ」
「……ぼくに?」
「いらないの?」
 風見は慌てて首を振った。
「い、いや、ちょっと予想外だったから」
「なんで」
「今口って、そういうのに興味ないと思ってた」
「……」
 やっぱりな、と翔子はため息をついた。
 こいつは私をそういう目では見てない。たぶん、他の大勢の知り合いと変わらない程度にしか。

 でも、もう決めたから。
「橋本」
「なに?」
 風見がぼんやりと顔を上げる。
 翔子は、

「私ね、あんたのことが好きだよ」

 自分にできる精一杯のことをした。


 風見はぼんやり顔のまま動かなかった。
「……」
 翔子は何も言わない。
 恥ずかしさでショック死することはあるのだろうか。左胸がどくどくとうるさくなる。
「……それって」
 風見はきっと困惑しているだろう。小気味よく感じるのは翔子の軽いいたずら心だ。
 長い沈黙。
 たまらない空白が翔子を襲い、彼女はそれをひたすらに耐える。
 長い長い時間の後、風見は言った。
「……ありがとう」
 ……たぶんその言葉が来ると思っていた。
 風見はきっとこちらの真剣さに気付いただろう。そしてそれに応えられる言葉を、彼は持っていない。
 きっとその言葉の後には、逆接が続くに違いないのだ。
「でもぼくは、」
「ストップ」
 だから、翔子は相手の言葉を遮った。
「ちょっとだけ待って。そのあとの言葉は」
「え?」
「ちゃんと最後まで言い切ってから、聞くから」
 翔子は一つ深呼吸すると、風見の目を見据えた。
「最初は廊下かな、橋本に会ったのは」
 風見の眉が怪訝そうに寄る。
 憶えていないのだろう。苦笑しながら翔子は続ける。
「私は次の授業で使うプリントを運んでいた。でも結構量が多くて、私は床に何枚か落としてしまった」
 憶えてなくて当然かもしれない。翔子も後で気付いたのだから。
「そのときあんたがそれを拾ってくれた。それから教室まで運ぶのを手伝ってくれた」
 そのときは別になんとも思わなかった。親切な人だな、くらいにしか思っていなかった。
「次は二年になったとき。私は屋上でたばこを吸っている男子を見つけた」
 同じクラスになって二ヶ月のことだ。
「私は注意したけど相手は聞く耳持たなかった。そのときあんたが現れた」
 翔子はそのときの風見を場違いだと思ったが。
「あんたは言った。『ここはもうやめた方がいい。教師のチェックが厳しくなってる』って」
 四組の委員長からの情報だ、と付け加えて、翔子は隣のクラスの甘利を思い出した。
「そいつはたばこを吸い終わってからあんたに礼を言った。ここではもう吸わないと」
 こいつもたばこを吸うのかな、と翔子は不審げに風見を見ていた。
「後で私はあんたに訊いた。なんでたばこ自体には注意しなかったのか」
 そのときの風見の顔を、翔子は今でも憶えている。
「あんたは言った。『そんなの楽しくないだろ』って。私は呆れたけど、あんたの笑顔に怒れなかった」
 楽しむ。その感覚は翔子にはなかった感覚だ。
「それから私はあんたの行動を気にするようになった。気付くといつも目で追っていた」
 正直、何が気になったのかはわからない。ただ、そのときから前より学校を楽しめるようになった。
「……楽しかったよ。すごく、楽しかった。なんでだと思う?」
「え……?」
「わからない? 誰かを好きになって、その誰かを想うだけで、嬉しくなったりしない?」
 反面苦しくもなるけれど、その想いを捨てようとは思わない。
「私があんたを好きなのは、つまりそういうことだよ。わけわかんないかもしれないけど、たぶん理由なんかどうでもいいんだ。要は――」
 翔子は吹っ切るように微笑み、言った。

「どうしようもないくらい、あんたに惚れちゃったんだよ」

 風見はクラスメイトの笑顔から目を逸らしたくなった。
 だが、できない。それはやってはいけないことだ。
 こんなにも彼女は真剣なのだから。
「橋本……いや、風見」
「……ん?」
「どうか、私と付き合って下さい」
「……」
 初めて呼ばれた下の名前。案外悪い気はしなかった。
 でも、それだけだ。風見はもう答えを決めていた。
 しかし先に口を開いたのは翔子の方だった。
「いいよ、続き」
「え?」
「言いたいことは全部言ったから、後はあんたの答えだけ。後腐れなく、最後まで聞かせて」
 なぜだろう。その言い方だと、翔子はもう諦めているようだ。
 まさか知っているのだろうか、こちらの気持ちを。
 全部わかった上で告白してきたというのか。
「……今口」
「ん?」
「怖くなかった? 楽しかったんだろ。それを壊すかもしれないんだよ?」
「……」
 風見にはできないことだった。今が幸せで、想えるだけで満足で、それを壊してしまうのはとても辛い。
 ましてや、彼女はこちらの気持ちを知っているように見える。ならば結果も見えているはずだ。
 こんな、わざわざ自分から傷つくなんてこと、どうして、
「怖かったよ」
 翔子は笑った。
「怖くて、辛くて、悲しくて、でも――逃げたくなかったの」
「……」
「告白せずにずっと気持ちを隠すことも考えたけど、嫌だった。嘘をついたらきっと後悔するって思ったから」
「……」
「最初は迷ってた。でも小町に言われたんだ。傷つくことも悪くないって。だから、精一杯頑張ってみた」
「……」
 嘘をつきたくないから頑張った。
 たったそれだけのことをやり遂げるために、彼女はどれだけの勇気を振り絞ったのだろう。
 風見は目の前のクラスメイトを心底凄いと思った。
「ねえ」
「え?」
「早く答えを聞かせて。そうじゃないと、きちんと終わらないよ」
 笑顔とともに翔子は促す。
 風見は戸惑い、躊躇した。
 しかし、きちんと言葉にしなければ駄目なのだろう。そうしないと、彼女の頑張りを貶めることになる。
 風見は続きを言った。
「……ぼくは今口とは付き合えない。他に好きな人がいるんだ」
「……そう」
 翔子が顔を伏せる。
 たとえわかっていても、辛いことに変わりはないに違いない。
 知らなかった。人の好意を断るのがこんなにも辛いことだったなんて。
「一つ訊いていい?」
 顔を上げて、翔子が尋ねてきた。
「……何?」
「あんたの好きな人って、甘利?」
 少しだけ答えに窮した。
 だが翔子には言った方がいいだろう。誤魔化す気はなかった。
「うん」
「そっか」
 それ以上は訊いてこなかった。

 風見は渡された箱を見つめる。
 綺麗にラッピングされたそれには、翔子の気持ちが詰まっている。
 受け取っていいのだろうか。彼女を拒絶した自分が。
「……」
 風見はしばし悩み、結局鞄に閉まった。
「ありがとう、チョコ」
「どういたしまして」
 嬉しそうに翔子は笑う。
 そんな翔子の姿に、風見は自身を振り返った。
 臆病な自分を変えられるのだろうか。翔子のように、自分は頑張れるだろうか。
 傷ついても、こんなに綺麗に笑えるだろうか。
 そのとき、思考を断ち切るようにチャイムの音が鳴り響いた。
 携帯の時刻を見ると五時だった。窓の外は暗くなりつつある。
「早く帰ろっ。いつまでも残ってたら怒られるよ」
「う、うん」
 二人は急いで講義室を出た。廊下を走り、下駄箱へと向かう。
 靴を履いて、一緒に外に出た。風が強く吹いてきて、風見は肩を震わせた。
 正門を出てから翔子が言った。
「あのさ、来年もチョコ渡していい?」
「……え?」
 聞き間違いかと思って見返すと、翔子は笑っていた。
「いいじゃない。義理チョコくらい」
「……義理?」
「そ。本命と同じくらい重たい義理チョコ作ってあげる」
「それは……ちょっと」
 おかしそうに翔子は笑む。
「嫌なら早く彼女を作ればいいじゃない」
「――」
「別にハッパをかけるつもりじゃないけど、早くすっきりさせた方がいいよ。勝ち目のない私だって頑張れたんだから」
 翔子の言葉は明確で、真摯だった。
 風見は昨夜の出来事を思い出す。
『変えるのは風見さまですよ!』
 エプロン精霊はそんなことをのたまっていた。
 自分から動かなければ何かを変えることはできない。それは翔子がさっき見せてくれたことだ。
(女の子って強いなあ……)
 真っ白なため息をつく。
 冴恵が言うにはイベント事は常にチャンスらしいが、今からでも何かできるだろうか。
「……ちょっとだけ頑張ってみるよ」
 クラスメイトはそれを聞いて、うん、と一つ頷いた。

      ◇   ◇   ◇

 風見が家に帰り着いたのは夜八時を回った頃だった。
 家の鍵は開いていた。たぶん紗枝が開けたのだろう。靴を脱ぐと、そのまま応接室に向かう。
 しかし、応接室には誰の姿もなかった。
 首を傾げる。ダイニングだろうか。それともキッチン?
 どちらでもなかった。寝室にもトイレにもおらず、一階には人の気配すらなかった。
(まさか……)
 風見は階段を上がり、自分の部屋に向かった。

 ドアを開けると予想通り、制服姿の幼馴染みがベッドに座っていた。
 小さく安堵する。どこに行ったのかと思った。
 だが、一応文句は言っておこう。
「いくら幼馴染みでも、勝手に人の部屋入るなよ。びっくりするだろ」
「……」
 紗枝はじろりとこちらを睨んできた。
 なんだか怒っているようで、風見は鼻白む。
「ひょっとして、遅くなったことに怒ってる?」
 不機嫌そうな顔のまま、紗枝は頷いた。
 それからおもむろに携帯を取り出す。それを見て風見も、慌てて鞄の中から携帯を取り出した。
 新着メール五件。
「…………気付かなかった。ごめん」
「……」
 紗枝はふい、と顔を逸らす。
 まいった。せっかく決意を固めて戻ってきたのに、こんなところでつまずくなんて。
「あ、ケーキどうだった?」
 話題を変えよう。なんとか機嫌を戻さないと。
 それに紗枝のチョコレートケーキには、風見も思い入れがある。
 クラスメイトにケーキを配る提案をしたのは風見なのだから。
 紗枝は顔を逸らしたまま答えない。
 が、やがて右手だけ少年に向かって突き出すと、そのままぐっ、と親指を立てた。
 それを見て風見は我がことのように喜んだ。
「よかった。うまくいったんだな、今年も」
 紗枝は右手を下ろすと、不機嫌な顔を収めて穏やかに微笑んだ。
 その顔は、風見の大好きな顔だった。昔から知っている、変わらない幼馴染みの笑顔。
 紗枝は枕元に置いてあった箱を手元に寄せると、ゆっくりと両手で差し出してきた。
 例年通り中身はチョコレートケーキだろう。毎年これを貰って、風見のバレンタインデーは終了する。
 しかし、今年は、
 風見は受け取ると、心を落ち着かせるために目をつぶった。
 二度の呼吸を経て、ゆっくりと目を開く。
「……今日、クラスの女子に告白された」
「!」
 紗枝が驚いたように目を剥いた。
「紗枝も知ってる今口だよ。チョコ渡されて、そのあと告白された」
「……」
 紗枝はじっと見つめてくる。
 促されるように風見は続けた。
「ぼくは断った。他に好きな人がいるって言って、はっきり断った」
「……」
「嬉しかったんだ、とても。だからぼくも真剣に答えた」
「……」
「でも、一番真剣にならなきゃいけない相手は、その好きな人に対してだよ」
 風見は鞄を開けると、中から小さな紙箱を取り出した。
 紗枝の表情が変わる。なんとなく意図に気付いたのかもしれない。
「外国ではプレゼントを贈るのに、男女関係ないらしいね、バレンタイン」
 風見ははにかみながらそれを幼馴染みへと差し出す。
「何がいいのか迷ったけど、結局これにしたよ」
 紗枝はおそるおそる受け取ると、丁寧な手つきで箱を開いた。
 中には四角いチョコレートケーキが入っていた。

 風見にとって特別なケーキ。
 それは紗枝も同じで、二人はチョコレートケーキが大好きだった。初めて紗枝が作ったときも二人で仲良く食べた。
 とてもおいしかったから、つい紗枝に言ったのだ。
『学校のみんなにも持っていってあげればいいよ』
 幼馴染みの作ったおいしいケーキを、他のみんなにも知ってもらいたかった。
 結果的にそれは大成功で、紗枝は少しずつ友達を増やしていったのだが、今ではもったいないと思っている。
 あのとき変な提案をしなければ、ずっと独り占めできたかもしれないのに。
 あのときからチョコレートケーキは、紗枝にとって友情のアイテムになってしまったのだ。
 だから風見が貰うチョコレートケーキも、おそらくはそういう意味が込められている。
 でも、今風見が渡したケーキには、
「紗枝」
 風見は紗枝の隣に座ると、真剣な表情で幼馴染みを見つめた。
 箱を膝上に乗せたまま、紗枝はその視線を受ける。表情はやや固かった。
 高鳴る心臓。熱くなる体。滲み出る汗。緊張が少年を強く縛る。
 風見は振り払うように、声を振り絞った。

「ぼくは――君が好きだ」

 空白。
 紗枝は何も言わなかった。風見も言葉が続かなかった。
 しかし事態は確かに動いてしまったのだ。少なくとも風見にとっては大事件だ。
 紗枝は、どうなのだろう。
 見ると少女は完全に固まっていた。
 そんなにショックだったのだろうか。風見は紗枝の肩に手を置く。
 瞬間、びくっ、と体が震えた。
 しかし風見は手を離さない。
「紗枝……ぼくと付き合ってほしい」
「……」
「嫌なら首を振って。OKなら、頷いて」
「……」
 紗枝は――動かなかった。
 風見はその様子に困ってしまった。勇気を出したはいいが、返事を貰わないことには終わらないし、始まらない。
「……」
「……」
 沈黙は続く。
 百年経っても先に進まない気がした。
「……」
 両肩に乗せた手から、体の柔らかさが伝わってくる。
 風見はたまらない気持ちになった。おもいきり抱き締めたい衝動に駆られる。
 知らず、紗枝の顔が近くなる。
 間近に見える彼女の唇。
 顔を至近に近づける。目を伏せた幼馴染みの口に、彼は、
「!」
 ばっ、と紗枝が体を離した。
 風見はそこで我に返る。自分は今何を、
 紗枝は携帯とケーキの箱を鞄にしまうと、慌てた様子で立ち上がった。
 逃げるように部屋から出ていく。
 しばらくして玄関ドアの閉まる音がした。
「…………」
 風見は幼馴染みの行動に呆然となり、やがてベッドに倒れ込んだ。
 早まって馬鹿なことをしてしまった。
 答えがなかなか貰えず、焦ってしまったのかもしれない。
 なぜもっと待てなかったのだろう。待てば必ず答えは来たはずだ。なのに、
「……最悪だ」
 自己嫌悪だけが、後には残った。

 どれほどの時間が過ぎただろう。
 風見が枕に顔を押し付けて後悔していると、不意に携帯が震えた。
 それどころじゃないと風見は動かなかったが、思い直して携帯を手に取る。
 のろのろと画面を見るとメールだった。受信ボックスを開き、相手を確認する。

『甘利紗枝』

 思わず飛び起きた。
 風見はごくりと息を呑み、メールを開いた。

『さっきはごめんなさい。急な事にびっくりしたものだから。
 別にかざくんのことが嫌いになったわけではありません。それだけはわかってください。
 それで返事なんだけど……
 しばらく保留にさせてください。
 かざくんの気持ち、とても嬉しかったです。でもわたしは、急に結論を出せるほど器用でもないのです。
 一ヶ月、ください。一ヶ月後、あなたに返事をしようと思います。
 それまでは、どうかいつものかざくんでいてください。
 勝手な申し出かもしれないけど、お願いします。真剣にあなたの気持ちに答えたいから。
 それではおやすみなさい。また明日。ケーキおいしかったよ。                    』

「…………」
 風見は――心から安堵した。
 安心感に体の力が抜けた。仰向けに倒れ込み、そのまま天井を見上げる。
 嫌われたわけじゃなかった――そのことがとても嬉しい。
 待ってほしいと彼女は言った。
 いくらでも待とうと思う。彼女が答えを出すまで、いつまでも待つつもりだ。
「一ヶ月か……」
 生まれて初めて風見は、ホワイトデーを待ち遠しく思った。



前話
作者かおるさとー ◆F7/9W.nqNY
2008年02月29日(金) 02:17:25 Modified by mukuchihokan




スマートフォン版で見る

×

この広告は60日間更新がないwikiに表示されております。