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縁の切れ目 言霊の約束(3)

 依子は話した。姉のことを。守のことを。自分の気持ちのことを。
 どちらも大好きで、だからこそ迷っていることを。
 かつて依子は守に言った。相手を傷付けることを恐れて中途半端になってしまう、と。
 あのとき依子は、理解のためなら踏み込むと明言した。しかし今、果たして同じことを言えるかといったら、言えないかもしれない。
 あのときは縁視の力があった。だからあんなことを言えたのだ。だが今は違う。今の自分は裸に等しい。ただの弱い一人の人間だ。
 それでもいい。やるべきことは決まっている。依子はそれを包み隠さずに話した。
「もう私はマモルくんに会わない方がいいのかもしれない。会うと意識するし、向こうも私を意識する。でもそれだと、お姉ちゃんに悪いから」
(……譲るの?)
「譲るなんて……マモルくんは物じゃないよ。でもまあ、そんな感じ。私よりもお姉ちゃんの方が絶対マモルくんのこと好きだと思うし」
(……)
 それが一番だと依子は考えていた。守には悪いが、姉を悲しませたくなかった。
「随分とシスコンかもね。でも、そうしたいから」
(……本当に?)
 美春が首を傾げて言った。
 それは別に普通の、何でもないただの問い掛けだった。思念の響きも決して強くない、素朴な問い。
 なのに、なぜか依子は怯んだ。

(本当に、そうしたいの?)
 重ねられる問い。
「う、うん」
(……それで、あなたのお姉さんは幸せになれるの?)
「……え?」
 もちろん、と言おうとして、なぜか躊躇した。
 どうして。
(……私はその人と会ったわけではないから、本当のところはわからないけど、でももし私がその立場なら……嬉しくないと思う)
「……」
(その決意はお姉さんと話をして出した結論なの?)
 依子は首を振る。
 生霊の少女はため息をついた。
(それじゃ意味がないよ。一人だけわかったつもりになっても、一方通行になったらどうするの?)
「でも……」
(話をすること。あなたがお姉さんのことを大切に思っているのなら、なおさらね。お姉さんのこと苦手?)
「……ちょっとだけ」
(でも頑張らなきゃ。当たり前のことをやり抜くなら、お姉さんとちゃんと話さないといけない。そう、思う)
「……」
 厳しいな、と依子はうつ向く。
 話す。ただそれだけのことをするのにこんなにもためらってしまうのは、自分に勇気がないからだろうか。
(依子)
 名前を呼ばれて依子は慌てて顔を上げた。
 すぐ目の前に小さな手が伸ばされていた。
 驚く間もなく、小枝のように細い指が頬に触れる。
 ひやりと冷たい感触は、周りの寒々とした空気よりもずっと肌に浸透してくる。
(あなたはもっと好意を受け入れるべきだと思う。他の人の幸せを願うのも構わないけど、自分が傷付いてまでそれをする必要はどこにもない)
 両頬を優しく挟まれながら頭に流れてくる思念。
 諭すような言葉はまるで母親のように慈愛に満ちていたが、依子は素直に頷けなかった。
「でも……お姉ちゃんはいつも誰かのために生きているんだよ? なのにお姉ちゃんのために生きる人は誰もいないの?」
(あなたがいるじゃない)
「私なんか――」
(家族がいる。好きな人がいる。守りたい人がいる。お姉さんを支えるのは周りの人たち。いとこの子だけじゃない)
「……」
(肩の力を抜きなさい、依子。生きるのは大変だけど……そうね、『楽しめる』ことなのだから、そんな泣きそうな顔をしてはいけない)
 頬を包む両手に微かに力がこもった。
(いとこの子に会いたくないのなら離れてもいい。でもそうではないのなら、少しでも一緒にいたいと思うなら、その気持ちに素直になるべき)
「…………私は」
(自信を持って。あなたはいろんな人たちを助けてきたのでしょう。それは縁の力じゃなく、あなたのおかげ。そんなあなたが、姉を支えられないわけがない。いえ、ひょっとしたらもう支えになっているのかもしれない)
「…………」
 少女はとても深い、祝福の笑みを湛え、耳元で囁いた。
(偉そうなことばかり言ってごめん。話は終わり。もう行って。このままだと風邪をひいてしまうから。ほら、迎えが来てる)
 美春の手が離れ、依子の後ろを指差した。
 振り向くと、守が小さく白い息を吐いて立っていた。どこか気まずそうな風だ。
 そして顔を戻したとき、もう少女の姿はなかった。
「美春さん!」
 呼び掛けにどこかから思念が届いた。
(さようなら、依子)
「また、また会えるよね?」
(……)
 しばしの沈黙の後、返事が返ってきた。
(……友達でしょ? なら……きっとまた会える。お互いに、縁を大切に思っていれば)
 思念の声はどこか嬉しそうだった。
「約束だよ? 絶対にまた――」
(うん。またね……)
 そうして思念は闇に消えた。

 二つの人影が離れていくのを遠くから見つめ、美春は小さく頷いた。
(ちょっとすっきりしたかも。会えてよかった)
 間近にいる守護霊の少年に囁く。
 少年のからかうような思念が返ってきた。
 美春は僅かに頬を赤らめる。
 と、
(どうしたの?)
 不意に、少年の気配が緊張と警戒に変わった。
(……?)
 顔を上げる。そして左に目を向けて、よく目を凝らした。
 人影が一つ、闇の中で微かに揺れ動いた。
(誰?)
 思念を飛ばすと、相手は常夜灯の下にゆっくりと姿を現した。
 日本人形のように綺麗な黒髪を持った、美しい女性だった。
 着物姿の大和撫子。肌は雪に負けないくらい白く、服の上から窺えるほっそりした肢体は控え目ながら女性らしさに満ちていた。
 和傘をさしたその麗人は、厚着でもないのに、寒空の下で身じろぎ一つ見せない。
(……あなたは?)
 思わず飛ばしてしまった思念に、麗人は答えた。
「姉です」
 短い答えに美春ははっと気付く。
(依子の……お姉さん?)
「神守依澄です。先程は妹がお世話になりました」
 姿勢のよい丁寧な一礼に美春はつい見とれる。
(……見てたの? 気配を感じなかったけど……)
「……」
 依澄と名乗った女性は、質問に答えなかった。
 ただ、言った。
「あなた……言霊を使いますね?」
(!?)
 唐突な質問に、美春はらしくもなく狼狽の表情を浮かべた。
 依澄の言葉は質問というより確認に近い響きだった。確信しているのだろうか。
(……わかるの?)
「はい……私もそうですから」
(? でも、普通に話して……)
「言霊の制御に多少は慣れていますので」
 軽く言ってのけたが、それがどれほど凄いことか、美春にはわかる。強い霊力を持つほど、その制御は難しいのだ。
 目の前の美人は美春が出会った中でも最高レベルの霊能者だ。気味が悪いくらい魂が安定している。
 何より、美しい。外見もだが、魂そのものが。
 本当に人なのだろうか。疑問さえ感じてしまう程に、体と魂が完璧に調和している。
 依子が苦手と言った意味がわかる気がした。彼女は『ひどく』特別だった。
 美しさに目を奪われていると、依澄がおもむろに傘をたたみ始めた。
 小さく一礼する姿に、美春は戸惑った。一体、何を。
 そして、
『あなたは言霊を使えません』
 瞬間、強烈な霊波が美春の魂を縛った。
 剥き出しの魂に直接言霊をぶつけられて、美春はたじろぐ。
 しかしそれも一瞬で、すぐに立ち直った。
(急に……何?)
 予告もなしにいきなり不意打ちを喰らわされたことに少しむっとして、美春は相手を睨んだ。

 依澄は動じた様子もなく、言った。
「喋ってみてください」
(……?)
 そこで美春は思い返す。今、彼女はなんと言った?
 口を開いてみた。
「……まさか」
 呟いた瞬間、美春は自らの口を両手で押さえた。
 霊波が……出てない?
 もう一度口を開く。
「あ……」
 やはり、霊波は出てない。
 恐る恐る顔を上げると、依澄は満足げに微笑んでいた。
「……あなたの言霊の力なの?」
 依澄は頷く。その顔には何の邪気もなく、つい見とれてしまう。
 一目でこちらが言霊の力に縛られているのを見抜いたのだろうか。
「通じるようですね……では、これも」
 さらに依澄は、小さなお守りを差し出してきた。
「……これは?」
「この土地の神様のお守りです。中に私の言霊の力を込めた護符が入っています」
 依澄は雪より透き通る、綺麗な声で言った。
 彼女の言霊の力は声だけではなく、書いた文字にまで影響するらしい。すぐに消える声とは違い、文字の力は破損しない限り半永久的に残るのだそうだ。
 つまり、これを身に付けていれば、美春はもう言霊の力に悩まされずに済むのだ。
 思いもしなかった出来事に、美春は喜ぶより先に困惑していた。
「どうしてこんな……」
 依澄は再び微笑む。
「……依子の友達、ですから」
「……それだけで?」
「あなたのような方が依子の周りにいて下さるのですから、きっと……あの子は幸せですよね」
 目を細め、穏やかに微笑む依澄。
 その目は何を見ているのだろうか。美春には判断できなかった。
 ただ、彼女が本当に妹を大切に思っていることは理解できた。
「……あなたがおせっかい焼きだということはわかった。姉妹揃ってお人好しね」
「……」
 依澄は何も言わない。
 美春は相手の裡を推し測るように強く見据える。
「……あなたは肩の力が抜けているようね」
「……?」
「妹とは違うってこと。あなたは無理してないみたいだから」
「……」
 美春は姉妹の間に決定的な違いがあるのを確信した。それは能力の差ではなく性質の差で、依澄の異常性を際立たせるものだったが、納得できるものだった。
 これに比べると依子は随分と正常だ。そしてこれは、憧れたり目指したりする地点にはないのかもしれない。
 美春はため息をついた。
「依子と話をしてあげて。あの子の葛藤は些細なものだけど、その些細なものに迷うのが普通の人だから」
 依子は姉とは違うのだ。助けがないと生きていけないし、助け合って生きるのが当たり前だ。
 依澄のように助けっぱなしの人間の方がおかしいのだ。
「ありがとうございます。……駅までお送り致しますが」
 背中を向けた美春に、依澄の声が届く。凛として、雪よりも清涼な音。
「いらない。あなたはさっさと家に戻って、妹に構ってあげて」
「……」
「あとありがとう、お守り。すごく嬉しかった」
「……はい」
 美春は返事を聞き届けると、振り返りもせず、そのまま歩き出した。
 そこで依澄は言った。
「あなたも、生きることを『楽しんで』下さい」
 一単語だけ強調して言われた。依子との話を聞かれていたのだろう。
 少し前ならあんなこと、誰に対しても言わなかったかもしれない。
 でも、今の美春には友達ができたから。
「ええ、お互いにね。依子によろしく」
 それだけ言って、今度こそ美春はその場を後にした。
 少しずつ降り積もっていく雪の絨毯に、生の足跡をしっかりと刻み込みながら。

 屋敷に戻った依子と守は食卓で温かい料理に出迎えられた。
 羊肉ステーキにほうれん草と人参のソテーを添え、ミートボールとトマトのスープ、二種類のサラダが脇を彩る。デザートにフルーツの盛り合わせが並ぶ。
 朱音は帰ってきた二人ににこやかな笑顔を振り撒くと、すみちゃんももうすぐ来るからちょっと待っててね、と言った。
 濡れた髪を拭き終わる頃になって、依澄が姿を現した。
 依子はつい気を張りそうになったが、美春の言葉を思い出して小さく息を吐いた。
 肩の力を抜く。それはたぶん、いつもの、当たり前の依子でいろということなのだろう。
 難しいことではない。本当に、ただの依子でいればいいのだ。
 この世界で、ただ一人の人間として、唯一の自分として。
 やがて全員が卓につき、にぎやかな夕食が始まった。


 食事を終えて依子が一息ついていると、向かいに座る依澄が言った。
「お風呂、一緒にどうですか?」
 依子は意表を突かれて目が点になった。
「あ……うん」
 なんとなく頷くと、なぜか依澄はにっこり笑った。
 こちらが驚いてしまうくらい嬉しそうな顔だった。


 緋水家の浴場は広い。
 浴室ではなく浴『場』という時点でそれはもう間違いない。実際に目にすれば、浴場から『大』浴場に格上げしたくなるほどの広さだ。
 これもやはり大人数がいた頃の名残だった。昔は真ん中を壁で仕切って男女別に分けていたらしいが、今はもう壁も取り除かれている。
 掃除が大変だが、そこはお手伝いに任せている。ちなみに現在緋水家が雇っている使用人は三人で、主に掃除担当である。
 その広々とした浴場の隅で、依子は依澄に髪を洗ってもらっていた。
 熱気のこもった浴場には二人しかおらず、シャワーの音がやけに虚しく響く。
 依子はちょこんとイスに座り、背後の姉に任せる。
 依澄は依子の黒髪を優しげな手つきで撫でると、シャワーですすいでいった。それから手の平にシャンプーを泡立て、丁寧に洗い始める。
「依子」
 ごく自然に名を呼ばれた。それに対して依子は流されるように声だけを返す。
「なに?」
「守くんのこと、好きですか?」
 心臓が止まりそうになった。
「なっ……!?」
 振り返ろうとする依子の肩を、依澄は両手で押さえ付ける。
「動かないで下さい」
「……うん」
 織物を織るように、依澄の手つきは繊細に動く。
 くすぐったい感触が心地よい。わしゃわしゃという泡立ての音が耳に響いた。
「……私は好きです。昔から、ずっと」
 囁くように、依澄は言った。
「たぶん初恋で……今も変わらないです、それは」
「……」
「でも私は彼を選びません」
「……どうして?」
 依子の問いに、依澄は答えなかった。
 依澄が蛇口を捻り、再びシャワーからお湯を出す。
 温かいお湯を髪にかけられて、依子は体をすくませた。目をつぶってじっと動かずにいると、泡とお湯が体を流れていくのが感じとれた。
「彼はあなたを選んでいますから」
 シャワーの途切れと共に、依澄が囁いた。
 数秒の間。
「……それだけ?」
 依子の確認に依澄は頷く。

「でも、好きなんでしょ?」
「……」
「なのに諦めるの?」
「……諦めるのとはちょっと違いますが……そうですね」
 その淡々とした返しに、依子は悲しくなった。なんでこの人はこんなにも執着がないのだろう。
「なんで……どうしていつもそうなの?」
「……?」
「ずっとそうじゃない。昔から、なんでも簡単に私に譲って、なんにも我が儘言わなくて、人の頼みを断らなくて、そんなの……」
 好きなおもちゃも、お菓子も、お洋服も、依澄は人が欲しがれば簡単に譲った。
 ものだけじゃなく、心さえそうだった。常に周りに気を配り、自分のことは二の次。いつも自分は後回しで、そっちのけだった。
「少しは自分を大切にしてよ……執着を持ってよ……私は、お姉ちゃんに幸せになってほしいのに……」
 口が震える。言葉を募らせるうちに涙が溢れてきて、やがて止まらなくなった。
 依子の願いはそれだけなのだ。自分ばかり幸せになるなんて、そんなのは間違っている。
 もしかしたらこの世で一番優しいかもしれないこの人が、どうして幸せになれないというのか。そんなこと、許せるわけ、
「……私は幸せですよ」
「……え?」
 とめどなく流れる涙の中、依子は姉の言葉にぼんやりと顔を上げた。
 目の前の鏡に、依澄の微笑む姿が映っている。
「家族がいます……好きな人がいます……こんなにも愛してくれる大切な妹がいます」
「……」
 その言葉はさっき美春が口にしたことと重なるようで、依子は奇妙な既視感にとらわれた。
「それに……私の何よりの望みは、『他の人たちの幸せ』なのですから、私自身が恵まれても、それは私の幸せにはなりません」
「……どういう意味?」
「私は、自分に執着を持つことが『できない』んです」
 さらりとした調子で、依澄は言った。
 依子は押し黙った。
「……そういう性質なんです。まったく執着がないわけではありませんが、他人と自分を天秤にかけたら、他人を優先してしまう。それは変えようがないし……変える気もありません」
「……マモルくんが欲しいとは思わないの?」
「あなたを悲しませてまで欲しいとは思いません」
 けれんみなど微塵もない言葉。
 依子は何も返せず、ただうなだれた。
「でも……私は……」
 不意に温かい感触が背中いっぱいに広がった。
 依澄が依子の体を背後から抱きしめたのだ。
「お、お姉ちゃん!?」
 いきなりのことに依子は頓狂な声を上げた。
 細腕が強く体を締め付けてくる。痛くはなかったが、乳房の柔らかい感触と肩越しに頬にかかる吐息が密着を明確に感じさせ、ひどく気恥ずかしくなった。
「……最初、あなたに会いに行くのが怖かったんです」
「――え?」
 意外な告白に依子は目を丸くした。
「恨まれているかもしれない。そうでなくても会いに行ったりしたら、あなたに嫌な思いをさせてしまうかもしれない。そう思うと……怖くて仕方ありませんでした」
「……」
 それは少なからず驚きだった。ほとんど完璧とも言える姉が、そんなことを思っていたなんて。
「……でも、私の恐怖よりもあなたの不安を取り除く方が大事でしたから、私はあなたに会いに行きました。……行ってよかったと思っています」
 依澄は諭すように耳元で囁く。
「私はそうしたいからそうしました。あなたもそうしてください。だから――答えて。守くんのこと、好きですか?」
 真摯で真剣な問いに、依子は咄嗟に答えられなかった。
 だが、ひょっとしたら、もう心の中では決まっていたのかもしれない。
 拙く淡い答えが、七歳の頃から。
 依子は高揚する胸を押さえて深呼吸した。
「……好きだよ。たぶん、もうずっと前から」
 依子にとって、守は兄だった。なぜならば、姉が好きになった相手だったからだ。
 二人が結婚すれば、守は自分の兄になる。幼いながらそんな知識と認識があり、依子はずっとそれを受け入れてきたのだ。
 だが、本当に心の奥底では。

「好き。マモルくんが大好き。ずっといっしょにいたいくらい大好き」
「……」
 依澄は腕の力を緩め、体を離した。
 依子は体ごと振り返って姉に向き直る。
 顔を見ると、微笑ではなく、はっきりと深い笑みを湛えていた。
「今のはなかなか可愛かったですよ、依子」
「……へ?」
「肩の力も抜けてるし、素のあなたって感じですね。それでいいんです」
「……」
 美春と同じようなことを言う。
「あとは、彼に伝えるだけですね」
「え?」
「告白して、キスの一つでもしてあげたらどうですか?」
「な……」
 依子は絶句して、息を呑む。昼の、川辺での出来事を思い出して、思わず赤面した。
 茹で蛸のようになってしまった依子に依澄が首を傾げる。
「……ひょっとして、もう済ませてしまいましたか?」
「な、何が!?」
 反射的に聞き返したが、依澄は無視してうんうん頷いた。
「……ならもうあとは一つしかないですね」
「……」
「今日は守くんも泊まっていくようですし、アタックしてみたらどうですか?」
「……」
 からかわれているのか、それとも本気で言っているのか、姉の言葉に依子は困り果てた。どう答えろと。
「今日は随分饒舌だね……」
「あなたと話せて嬉しいからですよ」
「からかわれてばかりじゃおもしろくない……」
「いえ、結構本気です」
 存外に強い声だった。
「依子次第ですけど、好きな人に抱かれるのも悪くないと思います。それとも、怖いですか?」
「……」
 急にそんなこと言われても、と依子は困惑した。
 少し想像する。
 数秒後、恥ずかしさに思わずうつむいた。
 だが、あまり嫌な気はしなかった。
「勇気が持てないなら後押ししますよ?」
「……」
 依子は白い湯気の真ん中で高鳴る胸に倒れてしまいそうになった。


 布団の敷かれた客間で、守は一人考え事をしていた。
 昼間、依子が言った九年前のことを思い出していたのだ。
 あのとき依子は言った。
 ――わたし、マモルくんのこと好きだよ。
 あのときはまだ依子より依澄の方が好きで、守は彼女を妹としか見てなかった。
 だから守は言ったのだ。ありがとう、と。
 あれは誤魔化しの言葉だ。稚拙な想いをうやむやにする、卑怯な言葉。
 依子は続けて言った。
 ――あとね、お姉ちゃんのことも好き。だからずっと、三人いっしょにいたいな。
 依子自身もあまり憶えている様子ではなかったが、言葉だけ捉えると親愛の告白のようだった。
 だがもし、あれが恋愛の告白なら、
(先に告白されてたんだな、ぼくは)
 あるいは機を逃したのかもしれない。守はつい苦笑した。
 依子のことを好きになったのはそれから五年後のことだ。
 高校に通うために神守市内で一人暮らしを始めて、そして久しぶりに会ったいとこの少女に、守は次第に心を奪われていったのだ。
 小学生から中学生になって、可憐さに磨きがかかっていくにつれて、さらに想いは強くなった。

 理由があるかと問われると、はっきりとは答えられない。
 強いて言うなら、依澄よりもずっと人間味があって、輝いて見えたためだろうか。
 依澄はしばしば超然的な空気を漂わせていたが、依子はもっと等身大で、より身近に感じたのだ。
 例えるなら、高い嶺に咲く花と、庭先に咲く花の違いだ。
 前者は美しいが遠すぎて現実感がなく、後者は前者ほど美しくないが近くにいて安心させてくれるのだ。
 守は後者の花を愛しく思い、守ろうと決めた。
 いつか前者を守る立場に戻らなくてはならないと知っていても。

 とんとん、と襖を叩く音がして、守は物思いを中断した。
 顔を上げて襖を見やる。
「どうぞ」
 襖が開いた瞬間、守は目を見開いた。
「……」
 依子が顔を真っ赤にして立っていた。
 パジャマ姿である。ピンクの布地は薄くはないものの、体のラインが普段着よりも幾分はっきりと表れて色っぽい。
 うつ向いたまま依子は動かない。
 守は小さく唾を呑み込むと、とりあえず声をかけてみた。
「あの、どうしたの?」
「……」
 依子は答えず、恐る恐るといった調子で顔を上げた。
「……」
「依子ちゃん?」
「……は、話が、」
 か細い声でそれだけ言うと、また口を閉じてしまう。
「とりあえず入って。廊下は寒いから風邪ひくよ?」
「……」
 こくん、と頷くと、そそくさと襖を閉めて中に入ってきた。守は隅の座布団に手を伸ばす。
「あ、ここでいいから……」
 依子は首を振ってそれを制し、既に敷かれた布団の上に腰を下ろした。
 そのまま体操座りをする少女。脚線がより強調されるようで、守は思わず目をそらした。
「は、話って?」
「うん……」
 訊いてみるものの、依子はなぜか話さない。
 何度か逡巡して、何かを言おうとするのだが、またすぐ口をつぐんでしまう。
 言いにくいことなのだろうか。それとももっと別のことか。
「……昼間はごめん」
 先に話を切り出したのは守の方だった。
 依子は不思議そうな顔をした。が、すぐに思い出したのか、また顔を紅潮させた。
「あ……その……」
「ご、ごめん。なんていうか、思わず……って思わずでやっちゃいけないんだけど、でもぼくは本気で、」
 狼狽してうまく言葉がまとまらない。守は情けない気分になった。
「……ん。わかってる」
 依子が頷いた。
 守はいとこを見据える。依子は赤面したまま口をぎゅっ、と引き結んでいる。
「……」
「……」
 沈黙。
 長い静寂だった。暖房の音がぼう……と静かに鳴るだけの室内で、二人はぎこちなく固まる。
 どれだけそうしていただろうか。おそらくは一分も経っていないだろう。
 だが守には永遠にさえ思えた。この瞬間で全てが止まっているとさえ感じた。
 うつむいたまま視線を合わせないでいると、依子が微かに身じろぐ気配が伝わってきた。呼吸のための胸の収縮が、空気を揺らすようだった。
「……お母さんが前に言ってた」
 ぽつりと漏らすように、依子は言った。
「私の名前、依子の『依』にはいろんな意味と思いをこめたんだ、って」
「……それは」
 守は顔を上げる。

「たよる、とりつく、よりかかる、意味だけ並べると随分悪いイメージだけど、そうじゃないんだって」
「……」
「いいよりどころを持てるように、そして誰かのよりどころになれるように、そんな意味を込めてこの名前にしたんだ、……って」
「……」
 守は頷く。それはさっき、夕食前に朱音から聞かされていた話だった。
 依澄のときにも同じ理由でその漢字を使ったという。『子』の字をつけたのは子年だったかららしい。
 朱音は楽しそうに話していた。
『よりどころっていうのは特別なものじゃないの。ちょっとだけ自分を支えてくれる、ささやかな宝物みたいなもの。私は子供たちにそれを見つけてほしいなと思って、名前をつけたのよ』
 ちなみに私のよりどころはすみちゃんとりこちゃん、おまけであっくんね。そう言って彼女は笑っていた。
 伯母の顔は穏やかで、娘への深い愛情に満ちていた。
 それもきっと特別なことではない。二人を見ていればわかる。それは、朱音がとても依子を愛していると、ただひたすらに当たり前のこと。
 当たり前に、大切なこと。
「私は――依子。特別な力なんて何も持たないけど、私は私。これまでも、これからも、それは変わらない」
「……うん」
「一つ一つやるべきことをこなしていって、ずっと生きていくよ。それはたぶん、みんな同じだと思うから」
「うん」
 そこで依子は顔を上げ、守を見つめた。
「マモルくん」
「う、うん」
 まっすぐ見つめられて、守は少しだけ落ち着かなくなった。
「私ね、マモルくんはお姉ちゃんといつか結婚すると思ってたの。だからマモルくんはいつまでも私の兄で、私もずっと妹だと思ってた」
「……」
「でも、それはもう違う。九年前のあやふやな想いとも違う。私はよりどころを定めるために、今の答えを怖がらずに出さなきゃならないの。だから、言うね」
 そして、依子は紅潮した顔をぎこちなく笑顔に変えて、懸命な調子で言った。
「大好きだよ、マモルくん……誰よりも、何よりも」
 その言葉は胸に染み込むように、じわりと心に浸透した。
 九年前とは違う、明確な愛情を持って放たれた言葉。
 今の彼女が出した精一杯の答えに、守は嬉しさのあまり卒倒しそうだった。
 だから、
「……」
 守は無言で目の前の想い人を抱き締めた。
「っ、」
 驚いたように身を固くする依子。
 力一杯抱き締めたりはしない。ただ彼女の温もりを感じていたかった。
 少女の体から少しずつ固さが抜けていく。しばらくして、体操座りを崩した依子の手が、守の背に回された。おずおずとした手つきだった。
「ぼくも、大好きだ」
「……」
 間近にある頭がこくりと頷いた。


「……」
 それからしばらく、二人は動かなかった。
 守は急速に高鳴る左胸にうろたえそうになる。
 依子も同じなのか、固まった体を動かそうとはしなかった。だが、嫌がられているわけではないようだ。
 少しだけ、手を動かしてみた。
「!」
 依子の肩がびくりと強張る。守はそれに驚いて再び硬直した。
 パジャマ越しに、少女の鼓動と温もりが伝わる。
「……」
「……」
 暖房の音が小さくなっている。暖かい部屋の中で温かい感触を受けながら、守は唾を呑み込んだ。
 不意に依子が口を開いた。
「……したい?」
 一瞬何を言われたのかわからなかった。

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作者 かおるさとー ◆F7/9W.nqNY
2008年01月20日(日) 11:06:50 Modified by n18_168




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