球春到来・延長戦
球場を後にして約30分、地下鉄数駅と徒歩で彼女のアパートに到着。彼女が鍵を開け、ドアを開けて押さえてく
れたので、少し悪いなと思いながら先に入らせてもらう。
「お邪魔します。」
「……どうぞ、奥に。ベッドに、でも、腰掛けておいて。」
学生向けかと思うほどの小さな部屋だった。廊下と一体化したようなキッチンをすり抜けるようにして奥の部屋
へ向かう。
廊下と部屋とを仕切っていたドアを開けると、俺は軽く眩暈を覚えた。部屋中が黄色と黒のツートンカラーで占
められている。彼女の好きな球団のチームカラーだ。
「こ、これは……」
あまりのレイアウトに言葉を失っていると、後ろからドン、と何かがぶつかった。振り向くと彼女に無言で見上
げられる。ドアの所で立ち止まるな、という無言のプレッシャーを感じて一歩踏み出した。黄色と黒のカーペット
の上を歩き、ベッドの上、縞模様のシーツの上に腰を下ろす。
途端に彼女がスッ飛んできて俺のことを押しのけた。何事か分からないが相当怒っている様子で押しのけた腕に
は結構な力がかかっている。
「そこ、ダメ。」
俺が尻を置いていた辺りを指差して一言言うと、お茶を淹れてくる、と部屋を離れた。ちなみに指差した先には
トラーズのエンブレムがでかでかとプリントされている。
いや、気持ちは分かるけどね……
数分後、彼女が紅茶をポットに入れて持ってくると俺の隣に腰を下ろした。当然のようにエンブレムの位置を外
している。
「さて、性根を叩きなおすってどうやって?」
ベッドの上で2人並んで座るのは俺の精神衛生上非常に良くない。さっさと本題に移ろうとしたその言葉に彼女
はちょっと考え込むと、TVの横にあった本棚を探り出した。すぐに黒いプラスチックのケースを取り出し、それを
DVDデッキに放り込んでスイッチを入れた。
「……名場面集、流すから。」
すぐにTV画面が暗転し、本編が始まる。オープニング、ダイジェストで名シーンが流れている間に彼女は再び
ベッドの上に腰を下ろした。
どうやらこのDVD、トラーズvsラビッツの名場面集だったようだ。さっきからラビッツの青いユニフォームの選
手がかわいそうなことになっている。子供の頃から好きだったラビッツの選手が次々と出てくるのだが、打者は三
振凡打の山を築き上げ、投手は大事なところでホームランを打たれているのだ。それを観ている彼女は何も言わな
いが、でも強く手を握り締めていた。好きな選手が活躍しているシーンを見て興奮しているのだろうか。
俺の方はというと……正直もうお腹いっぱいです。つーか勘弁して下さい。
そんな風に内心音を上げ始めた頃、肩にこつんと何かが当たった。眠たそうな表情をした彼女が頭を俺に預けて
うつらうつらしている。よっぽど今日の観戦が疲れたのだろう、声をかけても起きる気配が無い。
今日は帰ろう、そう決めてしまって、彼女を起こさないようにベッドに横たえた。ポスン、と柔らかい音を立て
てベッドに着地させると、膝丈のスカートめくれて一瞬白い太腿が見える。慌てて裾を直していると彼女が目を覚
ました。ちょうどスカートに手をかけていた俺と目が合う。凍りついた。
「何してるの?」
「……なんにも、してない。」
本当に何もしていないのに声が震える。自分でも情けないなと思ったけど勝手に震えるんだから仕方がない。社
会的な地位なんて微塵もない若造だから訴えられるのは怖くないけど、好きな人に嫌われるほうが耐えられなかっ
た。逃げるように背を向けると上着の裾を掴まれた。
「今日は帰さないって言った。」
「でも……」
「逃がさない。」
俺は彼女の横たわるベッドへ引きずりこまれる。彼女を押し潰しそうになって慌てて両腕を突っ張ると、押し倒
したような体勢になった。
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◆6x17cueegc
れたので、少し悪いなと思いながら先に入らせてもらう。
「お邪魔します。」
「……どうぞ、奥に。ベッドに、でも、腰掛けておいて。」
学生向けかと思うほどの小さな部屋だった。廊下と一体化したようなキッチンをすり抜けるようにして奥の部屋
へ向かう。
廊下と部屋とを仕切っていたドアを開けると、俺は軽く眩暈を覚えた。部屋中が黄色と黒のツートンカラーで占
められている。彼女の好きな球団のチームカラーだ。
「こ、これは……」
あまりのレイアウトに言葉を失っていると、後ろからドン、と何かがぶつかった。振り向くと彼女に無言で見上
げられる。ドアの所で立ち止まるな、という無言のプレッシャーを感じて一歩踏み出した。黄色と黒のカーペット
の上を歩き、ベッドの上、縞模様のシーツの上に腰を下ろす。
途端に彼女がスッ飛んできて俺のことを押しのけた。何事か分からないが相当怒っている様子で押しのけた腕に
は結構な力がかかっている。
「そこ、ダメ。」
俺が尻を置いていた辺りを指差して一言言うと、お茶を淹れてくる、と部屋を離れた。ちなみに指差した先には
トラーズのエンブレムがでかでかとプリントされている。
いや、気持ちは分かるけどね……
数分後、彼女が紅茶をポットに入れて持ってくると俺の隣に腰を下ろした。当然のようにエンブレムの位置を外
している。
「さて、性根を叩きなおすってどうやって?」
ベッドの上で2人並んで座るのは俺の精神衛生上非常に良くない。さっさと本題に移ろうとしたその言葉に彼女
はちょっと考え込むと、TVの横にあった本棚を探り出した。すぐに黒いプラスチックのケースを取り出し、それを
DVDデッキに放り込んでスイッチを入れた。
「……名場面集、流すから。」
すぐにTV画面が暗転し、本編が始まる。オープニング、ダイジェストで名シーンが流れている間に彼女は再び
ベッドの上に腰を下ろした。
どうやらこのDVD、トラーズvsラビッツの名場面集だったようだ。さっきからラビッツの青いユニフォームの選
手がかわいそうなことになっている。子供の頃から好きだったラビッツの選手が次々と出てくるのだが、打者は三
振凡打の山を築き上げ、投手は大事なところでホームランを打たれているのだ。それを観ている彼女は何も言わな
いが、でも強く手を握り締めていた。好きな選手が活躍しているシーンを見て興奮しているのだろうか。
俺の方はというと……正直もうお腹いっぱいです。つーか勘弁して下さい。
そんな風に内心音を上げ始めた頃、肩にこつんと何かが当たった。眠たそうな表情をした彼女が頭を俺に預けて
うつらうつらしている。よっぽど今日の観戦が疲れたのだろう、声をかけても起きる気配が無い。
今日は帰ろう、そう決めてしまって、彼女を起こさないようにベッドに横たえた。ポスン、と柔らかい音を立て
てベッドに着地させると、膝丈のスカートめくれて一瞬白い太腿が見える。慌てて裾を直していると彼女が目を覚
ました。ちょうどスカートに手をかけていた俺と目が合う。凍りついた。
「何してるの?」
「……なんにも、してない。」
本当に何もしていないのに声が震える。自分でも情けないなと思ったけど勝手に震えるんだから仕方がない。社
会的な地位なんて微塵もない若造だから訴えられるのは怖くないけど、好きな人に嫌われるほうが耐えられなかっ
た。逃げるように背を向けると上着の裾を掴まれた。
「今日は帰さないって言った。」
「でも……」
「逃がさない。」
俺は彼女の横たわるベッドへ引きずりこまれる。彼女を押し潰しそうになって慌てて両腕を突っ張ると、押し倒
したような体勢になった。
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2008年08月03日(日) 00:57:05 Modified by n18_168