Wiki内検索
一覧
連絡事項
09/06/10
ふみお氏の一身上の都合により、氏のSSはまとめから削除されました
あしからずご了承ください
最近更新したページ
最新コメント
FrontPage by 10月22日に更新したひと
SS一覧 by ヘタレS
6-548 by るんるん
FrontPage by 管理人
FrontPage by 7-139
タグ
(´・ω・) 1-108 1-130 1-180 1-194 1-213 1-24 1-247 1-286 1-311 1-32 1-362 1-379 1-46 1-486 1-517 1-639 1-644 1-654 1-76 2-112 2-15 2-163 2-178 2-185 2-219 2-220 2-360 2-457 2-489 2-49 2-491 2-493 2-498 2-539 2-545 2-587 3-114 3-120 3-128 3-130 3-142 3-149 3-151 3-186 3-240 3-295 3-304 3-382 3-389 3-552 3-560 3-619 3-635 3-644 3-68 4-112 4-113 4-119 4-136 4-156 4-158 4-181 4-199 4-213 4-418 4-468 5-102 5-158 5-192 5-230 5-233 5-238 5-254 5-265 5-271 5-275 5-285 5-321 5-372 5-378 5-413 5-422 5-436 5-438 5-454 5-50 5-516 5-544 5-596 5-612 5-630 5-635 5-637 5-714 5-73 5-754 5-759 5-772 5-79 5-808 5-813 5-818 5-825 5-831 5-913 5-918 5-922 6-301 6-356 7-163 7-189 7-206 7-228 7-259 7-269 7-306 7-358 7-380 7-381 7-401 7-465 7-547 7-577 7-615 7-624 7-642 7-647 7-672 7-677 7-711 7-720 7-721 8-111 8-114 8-126 8-16 8-167 8-194 8-20 8-21 8-219 8-231 8-235 8-239 8-258 8-267 8-294 8-328 8-338 8-349 8-354 8-367 8-371 8-380 8-382 8-389 8-453 8-455 8-456 8-460 8-463 8-467 8-468 8-501 8-517 8-532 8-553 8-559 8-568 8-575 8-581 8-587 8-604 8-620 8-646 8-665 8-670 8-692 8-729 8-732 8-740 8-757 8-758 8-762 8-775 9-102 9-124 9-219 9-225 9-230 9-257 9-283 9-29 9-301 9-304 9-34 9-40 9-44 9-5 9-59 9-65 9-69 9-8 9-95 @台詞なし acter◆irhnk99gci coobard◆6969yefxi index 『彼女』の呼び声シリーズ ◆5z5maahnq6 ◆6x17cueegc ◆8pqpkzn956 ◆95tgxwtktq ◆csz6g0yp9q ◆dppzdahipc ◆f79w.nqny ◆ga4z.ynmgk ◆mhw4j6jbps ◆mz3g8qnie ◆q0jngalkuk ◆q2xbezj0ge ◆xndlziuark ◆zsicmwdl. 1スレ 2スレ 3スレ 4スレ 5スレ 7スレ 8スレ 9スレ お魚 かおるさとー かおるさとー◆f79w.nqny こたみかん◆8rf3w6pod6 さんじゅ じうご じぇみに。 にっぷし まら文太 アンドリュー家のメイド エロ ソラカラノオクリモノ ツンデレ ネコなカノジョシリーズ バレンタイン ファントム・ペイン ミュウマシリーズ リレー小説 縁シリーズ 球春シリーズ 近親 君の匂いをシリーズ 黒い犬シリーズ 時代物 従姉妹 書く人 小ネタ 人間は難しい 精霊シリーズ 短編 痴女 著作一覧 長編 通りすがり 電波 非エロ 微エロ 不機嫌系無口さんシリーズ 保守ネタ 埋めネタ 未完 無口でツンツンな彼女 無口で甘えん坊な彼女シリーズ 無口スレ住人 矛盾邂逅 幼馴染み 流れss書き◆63.uvvax. 籠城戦

言霊の力 神守の当主(前編)

秋も深まる十月十日。
遠藤守はアパートの自室で眠っていた。
もう正午過ぎである。しかし青年はベッドの上で、うつ伏せのまま身じろぎ一つしない。
ほとんど死人のような様だが、これには彼なりの理由があった。
学校の課題を幾つか溜め込んでいたため、守は一昨日から昨日にかけて徹夜で片付けていたのだ。
提出したのが昨日の夕方。そのあと友人に無理やり合コンに付き合わされ、帰ってきたのが今朝の六時。守は疲労に満ちた体を柔らかい寝台に預けると、一分で眠りの園へと旅立った。
で、今に至る。
自業自得は世の常。こうして守は、決して望んではいなかったが、貴重な国民の祝日を休息に費やすこととなったのだった。
カーテンの隙間から、南中前の日の光が射し込んでいる。
細い射線を後頭部に浴びながら、守はひたすら熟睡する。
このまま夜まで眠り続け、その日は何事もなく終わるはずだった。


午後になってからしばらくして。
ピンポーン、と呼び鈴が鳴った。
「……」
守は反応しない。
再びピンポーン、とのんびりした音が響く。
「……」
守は全く反応しない。
無視しているわけではない。睡眠が深すぎて気付かないのである。
ピンポーン、ピンポーン、ピンポーン、ピンポーン。
ゆったりしたリズムで鳴り続ける音に、守の頭が微かに動いた。
それをまるで感じ取ったかのように、音のリズムが速さを増す。
ピンポンピンポンピンポンピンポンピポピポピポピポピポピポピポピポ
「──っ」
しつこく鳴り響く短連打音に、守は遂に目を覚ました。
「……なに?」
億劫に体を起こし、玄関へと顔を向ける。温厚な性格の彼だが、さすがに機嫌はよくない。小さくドアを睨むと、掠れの混じった声を上げた。
「はーいっ、今開けまーす!」
音が止まり、しん、と室内が静まる。
守は眠たい目をこすりながら、ドアへと歩み寄る。従姉妹の依子かもしれない。年下の少女の顔を思い浮かべながら、青年はロックを外し、ドアを押し開けた。
外にいた影の姿に、頭の中に思い描いた少女の姿がぴったり重なりかけた。
「…………え?」
守は呆けたような声を漏らした。重なったイメージが微妙にズレた。
ドアの向こうにいた人物は、依子にとてもよく似た女性だった。
鉱物の結晶のように整った美貌。透明感さえ漂わせる真っ白な肌。長い黒髪はどんな織物よりも柔らかく、針金が通っているかのように真っ直ぐな背筋が凛とした雰囲気を全身に添える。
ただ、依子とは違い、目の前の麗人はまったくの無表情だった。そのせいでどこか硬質な空気を作っている。
守はその空気にやや気圧されて、息を呑んだ。
が、すぐに口を開く。思わず相手の名を呟く。
「依澄さん……」
神守依澄(かみもりいすみ)は少しも表情を変えることなく、美しい会釈を返した。
神守家は古くから霊能の力を有する家系である。
世の中が科学という光に照らされていなかった時代、光の一つとなっていたのが彼らだ。霊能の力によって彼らは世の不安を鎮めていた。
皇族や将軍家も神守を重宝したという。
しかし、時代の流れが科学を選び、世界が理路整然と論理立てられていく中で、霊能は廃れ、立場を弱くしていった。
今の神守家は世の流れに逆行する存在だ。
だが、彼らは時代錯誤となっても必要な存在だった。なぜなら、科学が照らすことの出来ない領域は現代においても依然としてあったからである。
世が科学万能時代であることは確かな事実だったが、未だ辿り着けない域がある以上、神守家が滅ぶことはない。少なくとも今はまだ。
神守依澄はその神守家の現当主である。
歳は二十で、守と同い年だ。いわゆる幼馴染みで、幼年以来の縁がある。顔を会わせるのは二年ぶりだったが、その美しい容姿はまるで変わっていなかった。
依澄は六畳間の真ん中で、座布団の上に座っている。柔らかいクリーム色のブラウスに膝下のプリーツスカート。あまり主張をしない服装だ。
「紅茶でいい?」
「……」
依澄は無言で頷く。
守はダージリンのパックをキッチン下の棚から取り出し、来客用のカップに入れてお湯を注いだ。温かい香りが鼻孔をくすぐる。
座台の上に紅茶とクッキーを並べ、守は依澄の対面に座る。
「あ、冷めないうちに」
「……」
小さく頷くと、依澄はカップを口元に近付け、ゆっくりと飲んだ。
ひたすらに口を開かないが、守は慣れていた。昔から、正確には依澄が後継に選ばれた十二歳のときから、彼女は極端に口を開かないでいる。
喋れないわけではない。失語も羞恥もないし、内向的なわけでもない。ただ、『喋らない』。
依澄が以前説明したところでは、自身の霊力をいたずらに周りに発したくないのだそうだ。強い力を持つ彼女の言霊は周囲に霊的な影響をもたらしやすいので、意識して無口を通しているという。
もちろん制御は出来る。しかし依澄は自身の力を過信してはいないようで、言霊の制御よりも言葉の制御によって霊力を抑えている。たまに喋ることはあっても一言二言で済ませてしまう。
また、書いた文字にも力が宿るらしく、筆談という手段もとれない。
必然的に依澄のコミュニケーション手段はかなり制限されてしまうが、近しい者なら彼女の所作や顔色、雰囲気である程度察することが出来る。
守はこういうとき、自分から話を振ることによって会話をリードする。
「それにしてもひさしぶりだね。二年ぶりくらいかな? ぼくしばらく、そっちに帰ってないから」
「……」
依澄の目が少し細まる。怒っているように見えて、守は慌てた。
「……い、いや、色々忙しくて、あ、でも冬には帰るから、」
「……」
目が元に戻る。
守は意味もなく狼狽した。二日酔いのために頭の回りも鈍い。
依澄は鞄から小さな紙を二枚取り出す。
座卓の上に置かれたのは、映画の割引券。
「……これは?」
「……」
「いっしょに行こうってこと?」
依澄は頷く。
「それはいいけど……ここに来た理由ってまさかそれだけ?」
てっきり大事な用があると思っていたのだが。
「……」
依澄は無表情なまま立ち上がる。
そのまま守の目の前に寄ると、隣に静かに腰を下ろした。
「? なにを……」
細く綺麗な手が伸びた。
そのまま守の頬に触れる。温かい感触に守は固まる。
「依澄……さん」
「……疲れてますか?」
初めて依澄の口が開かれた。二年ぶりの清澄な声。
嬉しくなる気持ちを抑えて守は答える。
「あー、うん。昨日ちょっと友達に付き合ってずっと呑んでたからあんまり寝てなくて」
「……」

しばらくの沈黙の後、依澄は小さく猫手を作って、守の額をこつんと叩いた。
守はきょとんとなった。まったく痛くなかったが、不意の行為に戸惑う。
「な、なに?」
「……」
依澄はちらりとベッドを見やる。
多分、休めと言っているのだろう。気遣われていることに気付いて、守は首を振った。
「大丈夫だよ。さっきまで寝てたし、もう昼だから」
強がりを見せると逆に首を振られた。
「でもせっかく依澄さんが来てくれたのに、悪いよ」
「……」
依澄の無表情が微かに解けた。どこか嬉しそうに見えるのは気のせいだろうか。
しかしすぐに元の顔に戻る。
虚空を見上げる依澄。何事かを考えているようだが、その思考はいまいち量れない。
そのとき守の腹が小さく鳴った。
依澄に驚いたような顔を向けられて、青年は顔を赤くする。
「……えーと…………」
「……」
依澄は一つ頷くと、小さな声で言った。
「食事……行きましょう」


依澄の提案で二人は駅前のラーメン屋に行った。
休日の昼下がりということもあってか、店内は結構な数の客がいた。十分ほど待って、カウンターの端に並んで座る。
クーラーが効いているので熱気はこもっていない。しかし厨房で忙しく動く従業員はとても暑そうだ。
「依澄さんは何にする?」
「……」
目の前の小さなメニューをしばらく見つめ、その中の一つを示す。チャーシュー麺だ。
「すいません。塩ラーメンとチャーシュー麺お願いします。あと餃子一人前」
依澄が首を傾げる。それに気付いて守は答えた。
「餃子好きでしょ?」
「……」
「いや、ぼくはいらない。今はあっさりしたものを食べたいから」
頭はだいぶ回ってきたが胃の方は違った。こってりした油ものは少しきつい。依澄は納得したように頷いた。
ラーメン屋に入ったのは依澄のリクエストがあったからである。昔から依澄の好物は麺類なのだ。あまり家で食べることはないので、こうして外食の機会があるとラーメン屋に入ることが多い。
「ラーメン久しぶり?」
依澄は肯定の頷き。
「ぼくも外で食べるのは久しぶりかな。家ではよくインスタント食べてるけど」
「……」
目が細まる。
「い、いや、ちゃんと栄養は考えてるよ?」
咄嗟に抗弁すると、依澄は顔を伏せた。
機嫌を損ねたかと思ったが、そうではないらしい。守はとりあえず話題を変える。
「えっと、こっちに来た理由って、ひょっとして仕事?」
霊能関係の仕事のついでに会いに来たのかもしれない。そんな予想を立てながら改めて尋ねると、依澄は小さく首を傾げた。
「え、違うの?」
今度は肩をすくめる。
その動作の意味を量りかねて、守は困惑した。
「あのー、依澄さん?」
呼び掛けても幼馴染みは答えない。
極端に喋らないことには慣れていたし、もう特性なのだと割り切っていたが、だからといって疎通に苦労するのは変わらない。守は思わずため息をついてしまう。
そのとき依澄が小さな声で囁いた。
「会いたかったから……」
小鳥のさえずりのように綺麗な声音を受けて、守は相手を見つめた。
「……そんな理由では、駄目ですか?」
真っ直ぐな視線を至近距離で受けて、つい息を呑む。

昔から知っている彼女の目。夜空のように深い色のそれに見つめられると、何も言えなくなってしまう。
彼女が口を開くとき、その言葉に宿る想いはいつも真剣だから。
今のもきっと本気の言葉だろう。若年ながら当主として忙しい日々を過ごす中、依澄はわざわざ会いに来てくれたのだ。
「ありがとう」
だから守は、短い言葉に想いを込めて返した。
依澄は再び顔を伏せる。頬が微かに赤い。
いい雰囲気だと思った。ラーメン屋では色気に欠けるが。
もっと声が聞きたいと思い、守は更に言葉を重ねようとする。
「依澄さ、」
「塩ラーメン、チャーシュー麺、餃子お待ちどおさまっ!」
カウンター越しの大声に呼び掛けがかき消された。湯気の上る丼が目の前に現れ、守はややのけぞる。
依澄がそそくさと箸を持つ。それを見て守は会話を諦めた。
麺をふー、ふー、と吹く依澄。
その様子が妙に幼く見えて可愛らしい。守はつい口許を緩める。
前に向き直るとおいしそうなラーメンが目に飛び込んできた。改めて空腹を自覚する。多少の二日酔いはあったが、食欲の方が勝った。
いただきます、と小さく呟き、守は細麺を勢いよくすする。あっさりした塩味が口の中に優しく広がった。


食事を終え、二人は街中を歩く。
行き先は映画館だ。駅からは少し離れた場所にある。
並んで歩く依澄の姿勢は変わらず綺麗だった。光沢を持つ長い黒髪が、足を進めるごとに優雅に揺れる。
神守は代々美人の家系だという。男女問わず容姿の美しい者が生まれている。
正確にはその時代の価値に合わせた容姿になるらしい。魂を安定させることで、体の方を魂の形に合わせるという話だが、その辺りの理屈は守にはわからない。
確かに依澄は、まるで作られたように美しかった。やはり神守家というのは普通の家とは違うのだろう。守も神守家とは繋がりのある人間だが、根っこの部分は少しもわかっていない。
わかるのは、その浮世離れした雰囲気は神守にしかないということだ。
だが、
「……?」
依澄が怪訝な目を向けてくる。ずっと黙っているのを見て心配したのかもしれない。
守はなんでもないよ、と首を振った。依澄は小さく首を傾げたが、やがて安心したように頷いた。
「……」
守は思う。だが、関係ないと。神守家が他の者達と一線を画しているのは明らかだったが、それは神守依澄という人間の個性を決定するものではない。
依澄は昔から守にとって大切な存在で、それだけは昔も今も変わらない。縁視(えにし)の力を持つあの幼馴染みと同様に。
そこで守は思い出す。依澄は果たして彼女に会いに行ったのだろうか。
だから訊いた。
「依澄さん、依子ちゃんには会いに行ったの?」
依澄は何の反応も見せなかった。
歩くスピードは変わらず、駅前のメインストリートを南に向かって二人は歩く。
守は立ち止まることも出来ずに、ただ依澄の反応を待つ。
「……会いません」
小さな声が哀しげに発された。
守は歩を止めない。
「……会いたくないの?」
「……」
依澄は首を振る。
「会いたいなら会えばいいよ。神守家と二人の仲は関係ないんだから」
「会えません……」
依澄の足が止まった。
守も合わせて立ち止まる。
「なんで」
「……」
うつ向く依澄。

理由がわからない。彼女達は守が二人に出会う前から一緒だったのに。
「あの子は……」
「え?」
「あの子は今……幸せですか?」
その言葉は真摯な響きを伴っていた。まるで体の鼓動に溶け合うような、胸に染み入る言葉だった。
守は答えた。
「うん。幸せだと思うよ。友達もいるし、よく笑うから」
「……」
それを聞いて、依澄は柔らかく微笑んだ。
どきりとする。その美しく優しい微笑は、頭を揺さぶるほどに綺麗だった。
初恋の情が思い起こされた。
呆然と立ち尽くす青年を置き去りにするように、依澄は再び歩き出す。
「え、依澄さん?」
慌てて追いかけ並ぶ守。
「あの、依子ちゃんには……」
依澄が顔を上げ、見つめてきた。
何も言わない。
ただ、母親のような慈愛ある目で、守を見つめる。
その目だけで言わんとしていることがわかってしまった。
依澄と依子の関係。それは比較が常になされる関係だった。神守家の次期当主候補として、競わなくてはならなかったからだ。
結果、依澄は当主の座に着き、依子は神守を出ることになった。決して望んでいたわけではないだろうが、依澄は依子を神守から追い出した形になった。
そのことで心を痛めたのは、ひょっとしたら依子よりも依澄の方だったかもしれない。仕方ないことと割り切るには、彼女は優しすぎた。
しかし今、依子はささやかながら幸せでいる。ならばわざわざ波風を起こす必要はない──そう依澄は考えているのだ。
本音を言えば会いたいに決まっている。しかし依澄が神守の当主である以上、それは出来ない。会うわけにはいかない。
「…………」
守個人としてはそんなしがらみにこだわらず、二人に仲良くしてほしかったが、それを言うのははばかられた。守には二人の間にある想いや溝を正確に測ることは出来ないから。
だから、守に出来ることはほとんどない。
「……!?」
守は無言で依澄の左手を掴んだ。掴んだ手から驚きが伝わってきた。
手を引いて歩く。白く小さな手はやっぱり女の子の手だった。
「デートだから、ね。イヤ……かな?」
「……っ」
依澄は戸惑いの表情を見せる。
守に出来ることなど、今日一日依澄に楽しんでもらえるよう頑張ることくらいだった。
「ほら、あそこだよ」
見えてきた映画館を示す。まばらな数の人々がちらほら入っていく。時期的に人の出入りは少ないようだが、見る側からすればむしろ好ましい。
依澄は握られた手をほどくこともせずに、じっと守を見つめた。やがて前に向き直ると、きゅ、と手を握り返した。
手の平の肌触りは温かく心地よかった。


映画の内容はホラーだった。
幽霊が題材だったが、巧みなカメラワークで作られた雰囲気は確かに怖かった。特殊メイクを施された幽霊達は見た目にもグロテスクで、客の心理を正確に突いてくる。
なかなかの出来映えだと守は思った。ただ、ホラーというよりはスプラッターの要素が強いように感じた。
それでも怖いことに変わりはない。実際館内には悲鳴が響き、製作者の狙い通りの反応が見てとれた。
しかし、
「……」
右に座っている依澄は、まったくの平常だった。無表情は微塵も崩れず、静かにスクリーンを見ている。
左手は守の右手を握ったままだ。外からずっと繋いだままで、守が力を緩めても依澄は離そうとはしなかった。
その手には余計な力が一切入っていない。
体が震えたりすることもなく、依澄は淡々と映画を観ている。
怖くないのだろうか、と考えて、すぐに愚問だと気付く。怖いはずがない。彼女は霊能の力を持った神守の当主なのだ。どんなに傑作品でも、彼女にとってはたいしたものにはならない。
スクリーンの中に映るそれが現実を超えることはありえないのだから。
依澄は人形のような目でストーリーを追う。彼女の目に、それはどう映っているのだろうか。
守も倣うように前方の作品を見つめた。
特に最初ほど恐怖は感じなかった。

夕方、二人はショッピングモールをあてもなく歩いていた。
適当に冷やかした店々で守は服やアクセサリーを勧めたが、依澄は首を振った。特に買いたいものはないらしく、試着さえしなかった。
スタイルのいい彼女なら大抵のものなら着こなしてしまうだろうに。守は少しだけ残念に思ったが、時折楽しそうに微笑む姿を見ていると、まあいいかという気がしてくる。
手はまだ繋いでいる。
移動の際にやむをえず離すことはあったが、依澄が繋ぎ直してくるのでそのままにしている。感触が心地よいので守から離す気もない。
こうしていると恋人同士みたいで、守は気恥ずかしくなった。幼馴染みでもなければ話しかけることさえ出来ないだろう美人と、手を繋いで歩いているのだ。意識して当然だった。今更だが。
二人はあらかたモール内を歩き終えると外に出た。西からオレンジの照明が世界を照らしていた。
依澄が前を指差したので顔を向けると、公園の入り口が見えた。入りたいのか尋ねると、大きく頷いた。
中に入ると中央の時計台が五時を示していた。台の前の噴水が夕焼けを寂しく反射している。奥の芝生では子ども達がサッカーボールを蹴っていた。他にも人はいたが、まばらで全体的に静かだ。
守は依澄の手を引き、近くのベンチに座った。
依澄が小さく息をつく。それを見て守は問いかける。
「疲れた?」
依澄はふるふると首を振った。
「ぼくはちょっと疲れたかな。久しぶりだったからね、依澄さんと過ごすのも」
どういう意味? と、依澄の目が険しくなる。
「依澄さんと一緒にいると楽しくて充実するからさ。楽しい疲れ、っていうか」「……」
依澄は何も言わない。
そのとき、秋風が公園を強く吹き抜けた。
肌寒い風の感触に、依澄が体を小さく震わせる。
守も微かに身震いする。上着の前を抑えようとして、
「え?」
急に幼馴染みの体が寄りかかってきた。
手どころか腕全体を絡めてきた。長い黒髪が守の肩から胸にかけてふわりと広がり、甘い匂いが鼻を刺激した。
「い、依澄さん?」
「……」
無言のまま身を寄せる依澄。
彼女が左側でよかったと守は思った。右側だったら心臓の早鐘を気取られていたに違いない。
「……寒くなってきたね」
「……」
「そろそろ帰ろうか」
「……」
口を閉ざしたままの依澄に守は困り果てた。
と、そこで大事なことに思い至る。
「依澄さん、今日は日帰りだよね?」
すっかり失念していたが、思い込んでいたのも確かだ。ただ守に会いに来るためだけに宿泊場所を用意しているとは思えない。
依澄はしばらくなんの反応も見せなかった。
やがて、
「もう少しだけ……付き合って下さい」
消え入りそうなくらいに小さな声が、胸元から聞こえた。
「……え?」
「やっぱり……これだけじゃ足りないみたい……だから」
ぼそぼそと呟く言葉の意味を守は測りかねる。
「えっと……」
何とはなしに漏らした声に答えるように、依澄は言った。
「戻りましょう……部屋に」


部屋のベッドに座る依澄の姿を見て、守は強烈な既視感を覚えた。
ついこの間の夏の夜、別の女の子が同じように座っていたのを思い出す。あの少女も言葉なき者だった。喋らないのと喋れないのとでは決定的な差異があったが、似た状況ではある。
あのときは相手にそれなりの理由があった。しかし今、依澄の意図はまるで謎である。
時刻は午後七時を回っている。
ここに泊まる気だろうか。たまに依子が泊まっていくが、最近はそれもない。あそこまで無防備なのもどうかと思うが、依澄は依子とは違う。そうでなくても依澄は女の子なのに。いや依子もそうだが。
軽く混乱していることに気付き、小さく頭を振る。
「依澄さん、そろそろ準備しないと帰れなくなるよ」
「……」
依澄はなぜか眉根を寄せる。
「……泊まっても、……いいですか?」
「……」
守は右手で頭を抑えた。予想通りすぎて困る。
その頼みだけは聞きたくなかった。いくら幼馴染みといえ、依澄は守にとって、決して意識しないではいられない相手なのに。

「……いくらなんでも不用意だよ」
ため息は沈み込むように深く、濃い。
「ぼくだって男なんだ。少しは気を付けるべきだよ。相手のことを」
「……?」
「……初恋の相手なんだから」
目の前の幼馴染みがずっと好きだった。幼い頃から、ただ好きだった。
だが今の守には別に想い人が存在する。その気持ちに相反するような些細な過去のくすぶりを、今更再燃させてどうなるというのか。
ひょっとしたら、今でも好きかもしれないのに。
「だからさ、誤解を招く発言はやめた方がいいってこと。若い男女が簡単に同じ部屋に泊まるなんて……」
親父臭い説教を始める守。依澄は肩をすくめ、軽くため息をつく。
それからおもむろに立ち上がった。
そのまま守の目前に歩み寄る。
「……?」
僅かにのけぞる。何か嫌な予感が。
「いす──」
名を呼ぼうとして、その言葉は外に出ていかなかった。
依澄が、守の口を自らのそれで塞いだからだ。
「──!?」
「──」
何を、なんで、
脳細胞が混乱し、沸騰する。同時に密着する体の柔らかさがさらにそれを助長する。
たっぷり十秒は費やし、依澄はようやく口を離す。
守は呆然と立ち尽くす。
耳元で依澄の囁きが響く。
『抱いて下さい……守くんにしか頼めないことなんです』
何がだ。理由もわからないままそんなこと出来るわけがない。
そう思ったはずなのに。
守は不思議とその声に逆らえなかった。
「あ……」
依澄の手が守の両腕をがっしと捕えた。
体になんだか力が入らない。夢の中みたいに思い通りにならない。
彼女の細腕に引かれた体は、簡単にベッドに引き倒された。
「……」
依澄の端正な顔が極端に近い。
麻痺したように重い頭が小さな抵抗の意識を生む。しかしすぐに掻き消え、脳が何かに塗り潰される。
(依子ちゃん……)
想い人の名を呟いたのは本当に無意識のことだった。脳に侵食してくる何かを振り払いたくて、必死に抵抗を試みた末にたまたま出てきただけにすぎない。
瞬間、頭の中が急速に晴れた。
体を離した依澄が顔面蒼白になっていた。
守は何がなんだかわからず、体を起こしてぼんやりと依澄を見やる。
「わた、し……なんてことを……」
依澄は悲壮な声を漏らすと、その目に大粒の涙が浮いた。
今日一番の驚きだった。
依澄が泣く姿を見るのは初めてだった。昔から感情を露骨に見せたりしない彼女は、人前で涙など絶対に流さなかった。
それが、今、顔を歪めて泣いている。
またも理由はわからないが、ほっとくことも出来ないので守はおそるおそる尋ねる。
「どうしたの、依澄さん?」
「……、……」
声を抑えて泣き続ける依澄。
守は何も出来ずにしばらくおろおろしていた。こういうとき、男は女にどんな言葉をかけてやるべきなのだろう。
結局、じっと見守ることしか出来ない。
涙が治まってきたようで、依澄がゆっくりと口を開いた。
「……言霊なんて使うつもりはなかったのに、使ってしまいました……ごめんなさい」
「……え?」
言霊を、使った?
思い返す。ではさっきの感覚は、彼女の、
「抱いてもらいたいのは本当です。でもそれはきちんと頼み込むつもりでした。なのにあんな──」
彼女の声には自らを責める思いが混じっていた。

前話
次話
作者 かおるさとー ◆F7/9W.nqNY
2008年01月20日(日) 10:11:53 Modified by n18_168




スマートフォン版で見る

×

この広告は60日間更新がないwikiに表示されております。