隠し事(後編)
舞台の上手側の袖に都古の姿はなかった。
ただ、奥の階段から小さくすすり泣く声が聞こえてきた。階段は舞台真下に当たる地下の用具倉庫に繋がっている。
「藤村ぁー」
声量を抑えて呼び掛けたつもりが予想以上に響き、壮は声を押し殺した。
地下倉庫に下りると、充満する埃に出迎えられた。日陰の冷たい空気に少し体が震える。
横に付いていた電気のスイッチを押す。一つきりの電球が真っ暗な空間を明るく照らした。
隅の安全マットの上で、小さな体が縮こまっていた。
体育座りで顔を両膝に埋めている。小さくすんすんと泣く姿は、小動物のように怯えて見えた。
壮は『本当に』困り果てた。ここに至っても、都古がなぜこんな体を見せるのか、まるで見当がつかなかったからだ。
しかしいつまでも黙っているわけにもいかない。都古に歩み寄りながら、何かうまく励ませる言葉はないかと必死で頭を動かす。
「──」
都古が何かを呟いた。
泣き声の混じったそれを、壮は聞き取れなかった。
「……ごめん、何か言った?」
出来るだけ優しい声で尋ねる。
都古の細い腕に力がこもった。
「……ごめん……なさい」
かろうじて聞こえた言葉は、謝罪だった。
「…………え?」
混乱。
理解が及ぶ前に、都古が顔を上げる。
「私……先輩を騙してました」
「……いや、なんのこと?」
「ごめんなさい……先輩に気に入られたくて、馬鹿なことしました」
「いや、だからさ、説明してくれ」
混乱しきった頭を整理出来ずに、壮は頭を振る。
「私……その、」
都古は数秒躊躇う素振りを見せてから、意を決したように口を開いた。
「私……無口でもおしとやかでもないんです」
どれほど驚愕すべきことを言われるだろうかと身構えていた壮は、そのあまりに意外なあっけなさに目を丸くした。
「……………………は?」
都古はついに言ってしまったという顔をしている。
「先輩って……おとなしい子が、好きなんですよね……?」
「え……まあ、タイプだけど」
頷きながら頭の中をまとめる。
「ヨッシー先輩からそれを聞いて……私、気に入られたくて、おとなしく見えるように振る舞って……」
「……」
彼女の悩みとはつまるところ、『嫌われたくない』、という一点に尽きたのだろうか。
「でも、騙しているのが心苦しくなって……そのうちちゃんと言おうと思ってたんですけど、でも……」
本当に些細なことだった。
しかし壮は、ようやく都古のすべてが見えたような気がしていた。
「藤村」
「は、はい」
「付き合ってほしい」
「……え?」
実にあっさりした口調で、少年は言った。
都古は涙でぐしゃぐしゃになった顔を上げて、ぼんやりと壮を見つめる。
自然と笑みがこぼれた。
「会いに来たのは、ちゃんと返事をするためだ。だから、言えてよかった」
都古は肩を震わせると、不安げに問う。
「せ、先輩……怒ってないんですか?」
「ああ」
「それに付き合う、って」
「え、ダメ?」
ふるふる、と首を振る都古。
「嬉しい……けど私、先輩の好きなタイプからかけ離れてます」
壮は肩をすくめた。
「付き合う相手が好きなタイプである必要はないだろ。俺は型じゃなくて人を見て判断する。まだ藤村のこと少ししか知らないけど、これからたくさん知っていきたい。だから──」
壮は都古の正面に膝立ちになると、小さな肩を優しく掴んだ。
「俺と、付き合って下さい」
都古はしばらく上目遣いに見つめてきたが、やがて小さく頷き、夏のひまわりのように笑んだ。
目の端に残った涙の欠片が、淡い電球を受けて微かに光った。
しばらくして、都古が顔を伏せた。
「どうした?」
問うと、少女は腰を起こした。そして体を少年の方に傾けた。
壮は慌てて支える。
胸で抱き止める格好になり、壮は少し戸惑った。急であることもそうだが、体操着越しに伝わる体の柔らかさが、
「……先輩」
「な、何?」
「キス……してもいいですか?」
心拍が一気に跳ね上がった。まるで試験前のような緊張が全身を覆う。
「あ……」
頷こうとしてうまく首が動かなかった。
都古はおかしげに笑うと、返事も待たずに顔を近付けてきた。
小さな顔が、視界を暗く遮り、
「…………」
五秒間、温かい感触が唇を包んだ。
都古の顔が離れる。甘い匂いと柔らかい触りは壮の脳を麻痺させるには十分で、とても惜しく感じた。
都古は嬉しそうに微笑むと、続けて言った。
「……先輩、次の時間サボりません?」
「な?」
唐突な申し出に、大いに困惑する。
都古は深呼吸をすると、壮の胴に腕を回した。体がさっきよりも密着して、壮は意味もなく焦る。
「せっかくの二人っきりですし、その……お、おしたおしますっ」
意味を悟る前に壮の体は後方へと倒されていた。
膝立ちから一瞬で仰向けになった壮の目に、舞台の床を支える木と鉄の骨組みが映った。この上で校長が長々と喋ったり、演劇部がリハーサルしたりするんだな、と今の状況とはズレたことを考えた。
都古は顔を赤くしていたが、やめるつもりはないようだった。
「ふ、藤村」
「服、脱がします」
白く小さい指がカッターシャツのボタンにかかる。たどたどしい手付きがゆっくりと下に移動していく。
上から丁寧に外し終えると、都古は露になった男の裸にごくりと息を呑んだ。見られながら、壮はどうにか拒絶の方法を考える。
「厚い、ですね。男の人の胸板って」
岩盤の肌触りを確かめるように、掌が固い胸を撫でる。心臓の位置に来ると、早鐘を感じ取るように手を止めた。
「藤村、誰か来たら……」
「次の時間、どこも体育はないですよ」
「なんでそんなこと把握してるんだよ……。君……お前、自分のしてることわかってるか?」
呼び方を微妙に変えたが、都古はそれだけで嬉しそうだった。
「わかってます。先輩に処女あげますから、押し倒されて下さい」
「……」
手が微かに震えている。大胆な行動の裏に、やはり怖さはあるのだろう。壮は天井に向けて溜め息をついた。
随分と頼まれ事の多い日だ。すべてをこなしている自分は結構頑張っているのではないか。
「一応言っとくけど童貞だぞ」
都古の目が細かく瞬いた。
「じゃあ初めて同士ですね」
「だから加減の仕方を知らない。痛いかもしれないぞ」
「それは怖いですけど、死んだりはしないと思いますから大丈夫です」
「……女は度胸か?」
「意地ですよ」
即答されて、少年は苦笑。
「男は見栄だ。俺はあんまりないけど、少しはかっこつけたくなる。女の前では特に」
「私も意地はあんまりないですけど、無理やり出します。臆病だから」
壮は体を起こすと、都古を真正面から抱き締めた。
都古は目を瞑ると、壮の胸元で安堵の息を吐いた。
冷たい空気の中で二人は、互いの体を暖め合うように抱き締めていた。
体操着姿の小さな少女が、安全マットの上に仰向けになっている。
その上には、少女よりもずっと大きな体格の少年。
壮はおもむろにカッターシャツを脱ぐ。
「ボタンが一つ外れかけてましたよ」
「ん? ああ、まあな」
「あとで直してあげます」
都古は下からにこりと笑む。
リラックスを心掛けているのだろう。壮は手早く行為に入ろうと思った。
明るい黄緑のショートパンツが目に映る。脱がそうと手を掛け、やめる。そして右手を腹の下から中に滑り込ませた。
「あっ」
短い悲鳴。
「あの、脱がさないんですか?」
「体操着は着衣の方が興奮する」
「そ、そういうものですか。……ひゃっ」
下着の隙間から中を探る。柔らかい股の肉はしっとりと汗がついていた。体育の後だからか。
右手が恥毛の茂みに触れた。この奥だろうか。分けいって入っていくと、下の方にそれらしき感触を探り当てた。縦に筋が延びているようで、人差し指でなぞる。
都古の顔が小さく歪む。
往復してなぞりあげると、今度は指で押してみた。
「っ……あの、多分もう少し下の方、」
少し苦痛の呼気が漏れた。言われるままに指を下に滑らせる。意外と難しいものだ。
思いきって人差し指を中に進入させてみる。
「ひあっ」
都古の体が硬直した。下半身にまで力が入り、中の指が締め付けられた。
「大丈夫か?」
「は、はい、多分」
壮は都古の右手側に膝をつくと、左手で上の木綿シャツをめくりあげた。水色のブラジャーが小さな胸を隠している。
「え? あ、あの」
戸惑いと羞恥の声を上げる都古。壮は構わずブラジャーに手を掛け、上にずらした。
二つの膨らみは体に比例するように小さい。谷間と呼べるほどのフォルムはなく、仰向けでは重力に負けて平に近付いてしまう。
都古は泣きそうなくらいに顔を真っ赤にしていたが、壮にとっては気にするほどのことでもなかった。興奮を煽るには、好きな娘の体というだけで十分過ぎる。
小さな丘の先端に舌を這わせた。
「ん、くすぐったいです……」
左乳首を舌で舐め回しながら、左手で右を摘む。
「ん、く、ん……」
短い呼気を漏らす都古を見て、壮はさらに止めていた右手の動きを再開した。
指を先程よりも深く進入させる。相変わらず締め付けはきついが、少しずつぬめりが増してきている。
「先輩……キスして下さい」
「ああ、俺もしたい」
興奮が高まっていく中、二人は二度目のキスを交わす。
お互いに唇を深く深く押し付け合い、やがてどちらからともなく舌を絡ませ始めた。
唾液や口唇の熱が頭にまで上ってくるようで、壮は風呂上がりのようにのぼせた。
唇を離したとき、都古の目が惚けているように見えた。熱で浮かされているのかもしれない。
右手にじっとりと粘りつく量が増した。ぬめった秘所の内側を擦り上げる。
「ひっ、あっ、んん……っ」
股間の弄りが徐々に大胆になってきているのを受けて、都古の叫声にも色が混じり始める。苦痛の印象はなく、ひょっとしたら快感にまで達しているのかもしれない。
「どうだ。痛いか?」
都古は幼さの残る肢体を悩ましげにくねらせながら首を振った。
「いえ、……でも、あついです」
「熱い?」
「こんなにすごいのはじめて……」
精神的な昂りが性的快楽に繋がっているのかもしれない。こんな薄暗い地下の隅っこで、二人っきりで授業をさぼって、情事に耽っているのだ。
端的に、狂い出しているのだろう。もちろん壮も含めて。
理性は時間が経つごとに薄まっていくようで、壮は秘所をほぐすようにかき回し、胸を触り、乳首に吸い付き、体中にキスの雨を降らせた。
都古の体はどこもかしこも柔らかく、何度見ても、触っても飽きないだろうと思った。どこかを触る度に色っぽさがどんどん増していく。
体全体が桃色に上気していくのを見て取り、壮はようやく秘唇から右指を抜いた。体を離し、都古の顔を見つめる。都古も荒い息を吐き出しながら壮の顔を見つめた。
視線が重なり、意思の疎通が図られる。次のステップへという思いが互いに伝わって、二人は同時に頷いた。
壮はズボンを脱いでいく。トランクスも脱いですべてを晒すと、屹立したものが自己主張をしていた。
「うう……」
都古はまじまじと凝視した。どこか不安げな声を出す。
「怖いか?」
「……不便そう」
ずれた感想に壮は苦笑。
「そういうこともある。急所だから痛いしな。でも気持ちいいことも出来るわけだし、不便でもないぞ」
「それが、入ってくるんですよね、私の中に」
「『気持ちいいこと』をするためにはな」
お願いだから『やっぱりやめる』なんて言わないでくれ。壮は内心で呟く。
都古はまた深呼吸をした。先程よりも深く、長かった。
「……どうぞ」
都古は仰向けのままぎこちなく微笑んだ。
壮はズボンのポケットから財布を取り出すと、中からコンドームを一つ抜き取った。箱ではなくバラの袋だった。
「……準備いいですね」
「い、いや、これはだな、その、駅前でたまたまキャンペーンを、」
「そんな必死にならなくても」
「……。あー、すぐ着けるからちょっと待っててくれ」
果たして逸物は薄い膜に包まれた。
ショートパンツから右脚だけ抜いて、都古も下半身を空気に晒す。
生の異性の性器を初めて目撃した。少々未発達なためか思っていたよりグロテスクではなかった。それどころか綺麗な桃色の花弁は感動すら覚える。
右手で軽く開いてやると、中のまっさらな襞々が透明な液でぬめっていた。
「入れるぞ」
都古の頷きを確認すると、壮は肉棒を陰部に押し当てた。
都古の体が強張る。
壮は何も言わなかった。何を言っても痛くさせてしまうだろうから、挿入は一気に終わらせた方がいいと思った。
しかし簡単には行かなかった。
亀頭が名前通りの遅さで膣内に入っていく。締め付けが強すぎて奥まで進むのにひどく力がいる。
「いっ……痛、いっ、あっ」
苦痛に都古が悶えた。足をばたばた動かそうとして、それが逆に痛みを助長させるので、顔を歪めて叫ぶしかない。
「いっ…あ、くぅっ、ああっ」
かわいそうなくらいに都古は泣き叫ぶ。壮はうろたえかけたが、すぐに気を張って耳元で囁く。
「藤村、落ち着け。痛いだろうけど、」
「抜いて、抜いてっ、だめなの」
言葉は届いていない。苦しげに呻き、首をぶんぶん振っている。
「痛いよ、せん、ぱいッ……いや、こんなのっ」
「都古!」
壮は両頬を手で挟み込むと、都古の声をかき消すように叫び、じっと小さな顔を見つめた。
都古が声をなくす。痛みと恐怖で混乱していたのだろう。何も捉えていなかった涙目の焦点が次第に定まっていく。
「せん……ぱい?」
「痛いなら叫んでもいい。暴れてもいい。でも、俺をちゃんと見ていてほしい。今は一番近くにいるから」
「……」
壮の言葉に都古はおずおずと頷いた。
「せんぱい……」
「ん?」
「……キスして下さい」
間髪入れずに唇を合わせた。安心させるために優しく送り込むと、少女は微かに笑んだ。
「き、来て下さい。今度はもうちょっと頑張りますから」
「無理すんなよ」
行為を再開する。腰を慎重に押し進めていく。
相変わらずきつい。抵抗感が抜けずに進入を拒まれているみたいだ。
それでも少しずつ、奥へと入っていく。襞々がゴム越しに絡み付き、陰茎を強く刺激する。
都古はかなり苦しげな表情を見せていたが、なんとか声を呑み込んでいるようだった。壮にとってはありがたい。
しばらくして、ようやく肉棒全体が中に入った。
「入ったぞ、全部」
「……」
言葉が返ってこなかったのは余裕がないためか。
壮は呼気を漏らすと、腰をゆっくりと引き始めた。内側の肉が擦れて気持ちいい。
「都古、すげーたまらない」
「……ほんと?」
「ああ。最高だ」
都古が嬉しげに笑う。
緩慢な腰遣いで往復を繰り返した。前立腺が反応し、射精へと向けて余裕を奪っていく。
出来るだけ長くこの快楽を味わいたい。その思いに引っ張られて動きがますますのろくなっていくが、焼け石に水だった。
「俺もう限界だ……」
「ん……じゃあ、最後は好きにして……」
その申し出に壮は目を見開く。
「馬鹿。そんなことしたらお前が……」
「いいの……そうしないと、たくさん出せないんでしょ? 大丈夫、ですから」
「都古……」
壮は唇を結ぶと、遠慮なく腰の動きを早めた。
狭い膣内を激しく動くと、凄まじい快感が脳内を犯した。
「ひ、んっ、あっ、うんっ、いっ、あっ、ああっ、ああ────」
都古の喘ぎが大きくなるに連れて、壮の射精感も一気に高まっていく。
決壊の瞬間はあっけなく訪れた。
「みやこ……!」
「んっ、んんっ、あ、あっ、ああぁぁ────────っっ!!」
ぐっ、ぐっ、と腰を押し付けて最後の一滴まで絞り出す。薄いゴムの中に白濁液を吐き出すと、壮は強烈な脱力感に襲われた。
大きく息をついて都古の上に倒れ込む。どんなベッドよりも柔らかい感触に、不思議な安らぎを覚えた。
「先輩、おもいー……」
都古のぼやきが耳元に響いたが、壮は疲労で返せなかった。
二人は服を着直すと、マットの上で身を寄せていた。
「まだ何か挟まってるみたいです」
都古に横目で抗議されて壮はうつ向いた。
「ごめん……」
「先輩ばかり気持ちよくなって不公平です」
「……ごめん……」
それしか言えない。実際その通りなのだから反論出来ない。
すると都古は小さく舌を出した。
「冗談ですよ」
「え?」
「私から誘ったことですから、いいんです。それにちゃんと出来たことが嬉しいから」
明るい笑顔に壮は胸がいっぱいになった。
都古の肩に手を回し、小さな体を引き寄せる。
「次はお互い気持ちよくなろうな」
「はい」
二人はにっこり微笑み合う。
誰もいない地下倉庫。冷たく埃に満ちた空間は決して良い環境ではなかったが、二人っきりの静かな場所はとても心地よく感じる。
授業をさぼって過ごした時間は、二人にとって忘れられないものになるだろう。互いの繋がりを強くすることが出来たのは、何よりも素晴らしいことのように思えた。
「そういえば先輩」
都古が何か思い出したのか口を開いた。
「どうして私と付き合おうって決めたんですか?」
尋ねられて、壮は答える。
「決まってる。好きになったからだ」
「なんで好きになったんですか?」
さらに突っ込まれて、壮は答えに窮した。
しばらく考えて、それから小さく笑う。
「な、なんですか?」
「都古のアタックがあまりに真剣だったからかな」
都古は眉根を寄せた。
「それ、なんだか私自身の魅力とか関係ないような……」
「いやいや、ひた向きさに負けたってことで」
「もう、真面目に答えて下さい!」
壮はへらへら笑って受け流す。都古が怒って肩や背中をばしばし叩いた。
別に冗談ではないのに。
都古のどこを好きになったと訊かれたら、答えに困るのは当然だ。理由なんて、『都古が都古であるから』以外に存在しないのだから。
都古のことをはっきり理解出来ずに想いを抱けなかったのも昨日までの話。今は等身大の藤村都古がきちんと側にいてくれるから、確かな想いを胸の中に持つことが出来る。
外枠だけの八割と、確かな中身の二割とが、しっかりと合わさって想いを作っていた。
逆に尋ねる。
「都古はなんで俺のことを好きになったんだ? 一ヶ月前まで、こっちはお前を知らなかったのに」
目に見えて都古は狼狽した。
「……秘密です」
「なんだそりゃ」
「人を好きになるのに理由なんかありません!」
「反則だろそれは」
「いいの。女の子の心は繊細で複雑なんだから、言葉なんかじゃ表せないの」
ぷいとそっぽを向く恋人に、壮は苦笑いを浮かべる。
「俺はもうちょい言葉少な目のおとなしい娘が好きなんだけどな」
「! 蒸し返さないで下さい!」
強い視線で睨まれて、壮は肩をすくめた。
(言えないよね……)
都古は怒ったふりをしながら中学の時を思い出す。
体育祭の組別対抗リレー。二年生でアンカーを任された都古は、途中でバトンを取り落としてしまった。
結果最下位に終わり、都古はひどく落ち込んだ。周りのみんなは慰めてくれたが、よく頑張った、最後まで諦めなかったなんて言われても、少しも自分を肯定出来なかった。
だが体育祭の後に、知り合いの井上至統からこんなことを聞かされたのだ。
『藤村のことをすごく褒めてるやつもいるんだよ』
どうせ他の慰めと変わらないだろう。聞き流そうとしたところに、彼はこう続けた。
『背筋が伸びて、すごくフォームがかっこいい、だってさ』
その、場面に合わない評価が、都古の心になぜか残った。
気付いたときには、至統に相手のことを尋ねていた。
次の年には同じ競技でリベンジを果たしたり、その先輩が進学校に行くと聞いて、同じ所に行くために一生懸命勉強したりと、他にもいろいろあったが、すべてはあの時の言葉に集約されるのだろう。
かっこわるかったのに、かっこいいなんて、
直接言われていたら、きっと残らなかったと思う。伝聞だったからこそ、それは心に響いたのだ。
そんな些細なことがきっかけだ。今更答える気もない。
それは、自分だけの大切なきっかけ。
「壮先輩」
都古に初めて下の名前を呼ばれた。嬉しさを隠して平静に応える。
「なんだ?」
「改めて言ってもいいですか?」
「何を」
都古は小さくはにかんだ。
「大好きです、壮先輩」
真っ向から言われてつい呼吸を忘れた。
やがてそれに応えるように、壮は言葉を返した。
「俺も好きだ、都古」
小さな後輩は、日のように輝いた笑顔を浮かべた。
前話
作者 かおるさとー ◆F7/9W.nqNY
ただ、奥の階段から小さくすすり泣く声が聞こえてきた。階段は舞台真下に当たる地下の用具倉庫に繋がっている。
「藤村ぁー」
声量を抑えて呼び掛けたつもりが予想以上に響き、壮は声を押し殺した。
地下倉庫に下りると、充満する埃に出迎えられた。日陰の冷たい空気に少し体が震える。
横に付いていた電気のスイッチを押す。一つきりの電球が真っ暗な空間を明るく照らした。
隅の安全マットの上で、小さな体が縮こまっていた。
体育座りで顔を両膝に埋めている。小さくすんすんと泣く姿は、小動物のように怯えて見えた。
壮は『本当に』困り果てた。ここに至っても、都古がなぜこんな体を見せるのか、まるで見当がつかなかったからだ。
しかしいつまでも黙っているわけにもいかない。都古に歩み寄りながら、何かうまく励ませる言葉はないかと必死で頭を動かす。
「──」
都古が何かを呟いた。
泣き声の混じったそれを、壮は聞き取れなかった。
「……ごめん、何か言った?」
出来るだけ優しい声で尋ねる。
都古の細い腕に力がこもった。
「……ごめん……なさい」
かろうじて聞こえた言葉は、謝罪だった。
「…………え?」
混乱。
理解が及ぶ前に、都古が顔を上げる。
「私……先輩を騙してました」
「……いや、なんのこと?」
「ごめんなさい……先輩に気に入られたくて、馬鹿なことしました」
「いや、だからさ、説明してくれ」
混乱しきった頭を整理出来ずに、壮は頭を振る。
「私……その、」
都古は数秒躊躇う素振りを見せてから、意を決したように口を開いた。
「私……無口でもおしとやかでもないんです」
どれほど驚愕すべきことを言われるだろうかと身構えていた壮は、そのあまりに意外なあっけなさに目を丸くした。
「……………………は?」
都古はついに言ってしまったという顔をしている。
「先輩って……おとなしい子が、好きなんですよね……?」
「え……まあ、タイプだけど」
頷きながら頭の中をまとめる。
「ヨッシー先輩からそれを聞いて……私、気に入られたくて、おとなしく見えるように振る舞って……」
「……」
彼女の悩みとはつまるところ、『嫌われたくない』、という一点に尽きたのだろうか。
「でも、騙しているのが心苦しくなって……そのうちちゃんと言おうと思ってたんですけど、でも……」
本当に些細なことだった。
しかし壮は、ようやく都古のすべてが見えたような気がしていた。
「藤村」
「は、はい」
「付き合ってほしい」
「……え?」
実にあっさりした口調で、少年は言った。
都古は涙でぐしゃぐしゃになった顔を上げて、ぼんやりと壮を見つめる。
自然と笑みがこぼれた。
「会いに来たのは、ちゃんと返事をするためだ。だから、言えてよかった」
都古は肩を震わせると、不安げに問う。
「せ、先輩……怒ってないんですか?」
「ああ」
「それに付き合う、って」
「え、ダメ?」
ふるふる、と首を振る都古。
「嬉しい……けど私、先輩の好きなタイプからかけ離れてます」
壮は肩をすくめた。
「付き合う相手が好きなタイプである必要はないだろ。俺は型じゃなくて人を見て判断する。まだ藤村のこと少ししか知らないけど、これからたくさん知っていきたい。だから──」
壮は都古の正面に膝立ちになると、小さな肩を優しく掴んだ。
「俺と、付き合って下さい」
都古はしばらく上目遣いに見つめてきたが、やがて小さく頷き、夏のひまわりのように笑んだ。
目の端に残った涙の欠片が、淡い電球を受けて微かに光った。
しばらくして、都古が顔を伏せた。
「どうした?」
問うと、少女は腰を起こした。そして体を少年の方に傾けた。
壮は慌てて支える。
胸で抱き止める格好になり、壮は少し戸惑った。急であることもそうだが、体操着越しに伝わる体の柔らかさが、
「……先輩」
「な、何?」
「キス……してもいいですか?」
心拍が一気に跳ね上がった。まるで試験前のような緊張が全身を覆う。
「あ……」
頷こうとしてうまく首が動かなかった。
都古はおかしげに笑うと、返事も待たずに顔を近付けてきた。
小さな顔が、視界を暗く遮り、
「…………」
五秒間、温かい感触が唇を包んだ。
都古の顔が離れる。甘い匂いと柔らかい触りは壮の脳を麻痺させるには十分で、とても惜しく感じた。
都古は嬉しそうに微笑むと、続けて言った。
「……先輩、次の時間サボりません?」
「な?」
唐突な申し出に、大いに困惑する。
都古は深呼吸をすると、壮の胴に腕を回した。体がさっきよりも密着して、壮は意味もなく焦る。
「せっかくの二人っきりですし、その……お、おしたおしますっ」
意味を悟る前に壮の体は後方へと倒されていた。
膝立ちから一瞬で仰向けになった壮の目に、舞台の床を支える木と鉄の骨組みが映った。この上で校長が長々と喋ったり、演劇部がリハーサルしたりするんだな、と今の状況とはズレたことを考えた。
都古は顔を赤くしていたが、やめるつもりはないようだった。
「ふ、藤村」
「服、脱がします」
白く小さい指がカッターシャツのボタンにかかる。たどたどしい手付きがゆっくりと下に移動していく。
上から丁寧に外し終えると、都古は露になった男の裸にごくりと息を呑んだ。見られながら、壮はどうにか拒絶の方法を考える。
「厚い、ですね。男の人の胸板って」
岩盤の肌触りを確かめるように、掌が固い胸を撫でる。心臓の位置に来ると、早鐘を感じ取るように手を止めた。
「藤村、誰か来たら……」
「次の時間、どこも体育はないですよ」
「なんでそんなこと把握してるんだよ……。君……お前、自分のしてることわかってるか?」
呼び方を微妙に変えたが、都古はそれだけで嬉しそうだった。
「わかってます。先輩に処女あげますから、押し倒されて下さい」
「……」
手が微かに震えている。大胆な行動の裏に、やはり怖さはあるのだろう。壮は天井に向けて溜め息をついた。
随分と頼まれ事の多い日だ。すべてをこなしている自分は結構頑張っているのではないか。
「一応言っとくけど童貞だぞ」
都古の目が細かく瞬いた。
「じゃあ初めて同士ですね」
「だから加減の仕方を知らない。痛いかもしれないぞ」
「それは怖いですけど、死んだりはしないと思いますから大丈夫です」
「……女は度胸か?」
「意地ですよ」
即答されて、少年は苦笑。
「男は見栄だ。俺はあんまりないけど、少しはかっこつけたくなる。女の前では特に」
「私も意地はあんまりないですけど、無理やり出します。臆病だから」
壮は体を起こすと、都古を真正面から抱き締めた。
都古は目を瞑ると、壮の胸元で安堵の息を吐いた。
冷たい空気の中で二人は、互いの体を暖め合うように抱き締めていた。
体操着姿の小さな少女が、安全マットの上に仰向けになっている。
その上には、少女よりもずっと大きな体格の少年。
壮はおもむろにカッターシャツを脱ぐ。
「ボタンが一つ外れかけてましたよ」
「ん? ああ、まあな」
「あとで直してあげます」
都古は下からにこりと笑む。
リラックスを心掛けているのだろう。壮は手早く行為に入ろうと思った。
明るい黄緑のショートパンツが目に映る。脱がそうと手を掛け、やめる。そして右手を腹の下から中に滑り込ませた。
「あっ」
短い悲鳴。
「あの、脱がさないんですか?」
「体操着は着衣の方が興奮する」
「そ、そういうものですか。……ひゃっ」
下着の隙間から中を探る。柔らかい股の肉はしっとりと汗がついていた。体育の後だからか。
右手が恥毛の茂みに触れた。この奥だろうか。分けいって入っていくと、下の方にそれらしき感触を探り当てた。縦に筋が延びているようで、人差し指でなぞる。
都古の顔が小さく歪む。
往復してなぞりあげると、今度は指で押してみた。
「っ……あの、多分もう少し下の方、」
少し苦痛の呼気が漏れた。言われるままに指を下に滑らせる。意外と難しいものだ。
思いきって人差し指を中に進入させてみる。
「ひあっ」
都古の体が硬直した。下半身にまで力が入り、中の指が締め付けられた。
「大丈夫か?」
「は、はい、多分」
壮は都古の右手側に膝をつくと、左手で上の木綿シャツをめくりあげた。水色のブラジャーが小さな胸を隠している。
「え? あ、あの」
戸惑いと羞恥の声を上げる都古。壮は構わずブラジャーに手を掛け、上にずらした。
二つの膨らみは体に比例するように小さい。谷間と呼べるほどのフォルムはなく、仰向けでは重力に負けて平に近付いてしまう。
都古は泣きそうなくらいに顔を真っ赤にしていたが、壮にとっては気にするほどのことでもなかった。興奮を煽るには、好きな娘の体というだけで十分過ぎる。
小さな丘の先端に舌を這わせた。
「ん、くすぐったいです……」
左乳首を舌で舐め回しながら、左手で右を摘む。
「ん、く、ん……」
短い呼気を漏らす都古を見て、壮はさらに止めていた右手の動きを再開した。
指を先程よりも深く進入させる。相変わらず締め付けはきついが、少しずつぬめりが増してきている。
「先輩……キスして下さい」
「ああ、俺もしたい」
興奮が高まっていく中、二人は二度目のキスを交わす。
お互いに唇を深く深く押し付け合い、やがてどちらからともなく舌を絡ませ始めた。
唾液や口唇の熱が頭にまで上ってくるようで、壮は風呂上がりのようにのぼせた。
唇を離したとき、都古の目が惚けているように見えた。熱で浮かされているのかもしれない。
右手にじっとりと粘りつく量が増した。ぬめった秘所の内側を擦り上げる。
「ひっ、あっ、んん……っ」
股間の弄りが徐々に大胆になってきているのを受けて、都古の叫声にも色が混じり始める。苦痛の印象はなく、ひょっとしたら快感にまで達しているのかもしれない。
「どうだ。痛いか?」
都古は幼さの残る肢体を悩ましげにくねらせながら首を振った。
「いえ、……でも、あついです」
「熱い?」
「こんなにすごいのはじめて……」
精神的な昂りが性的快楽に繋がっているのかもしれない。こんな薄暗い地下の隅っこで、二人っきりで授業をさぼって、情事に耽っているのだ。
端的に、狂い出しているのだろう。もちろん壮も含めて。
理性は時間が経つごとに薄まっていくようで、壮は秘所をほぐすようにかき回し、胸を触り、乳首に吸い付き、体中にキスの雨を降らせた。
都古の体はどこもかしこも柔らかく、何度見ても、触っても飽きないだろうと思った。どこかを触る度に色っぽさがどんどん増していく。
体全体が桃色に上気していくのを見て取り、壮はようやく秘唇から右指を抜いた。体を離し、都古の顔を見つめる。都古も荒い息を吐き出しながら壮の顔を見つめた。
視線が重なり、意思の疎通が図られる。次のステップへという思いが互いに伝わって、二人は同時に頷いた。
壮はズボンを脱いでいく。トランクスも脱いですべてを晒すと、屹立したものが自己主張をしていた。
「うう……」
都古はまじまじと凝視した。どこか不安げな声を出す。
「怖いか?」
「……不便そう」
ずれた感想に壮は苦笑。
「そういうこともある。急所だから痛いしな。でも気持ちいいことも出来るわけだし、不便でもないぞ」
「それが、入ってくるんですよね、私の中に」
「『気持ちいいこと』をするためにはな」
お願いだから『やっぱりやめる』なんて言わないでくれ。壮は内心で呟く。
都古はまた深呼吸をした。先程よりも深く、長かった。
「……どうぞ」
都古は仰向けのままぎこちなく微笑んだ。
壮はズボンのポケットから財布を取り出すと、中からコンドームを一つ抜き取った。箱ではなくバラの袋だった。
「……準備いいですね」
「い、いや、これはだな、その、駅前でたまたまキャンペーンを、」
「そんな必死にならなくても」
「……。あー、すぐ着けるからちょっと待っててくれ」
果たして逸物は薄い膜に包まれた。
ショートパンツから右脚だけ抜いて、都古も下半身を空気に晒す。
生の異性の性器を初めて目撃した。少々未発達なためか思っていたよりグロテスクではなかった。それどころか綺麗な桃色の花弁は感動すら覚える。
右手で軽く開いてやると、中のまっさらな襞々が透明な液でぬめっていた。
「入れるぞ」
都古の頷きを確認すると、壮は肉棒を陰部に押し当てた。
都古の体が強張る。
壮は何も言わなかった。何を言っても痛くさせてしまうだろうから、挿入は一気に終わらせた方がいいと思った。
しかし簡単には行かなかった。
亀頭が名前通りの遅さで膣内に入っていく。締め付けが強すぎて奥まで進むのにひどく力がいる。
「いっ……痛、いっ、あっ」
苦痛に都古が悶えた。足をばたばた動かそうとして、それが逆に痛みを助長させるので、顔を歪めて叫ぶしかない。
「いっ…あ、くぅっ、ああっ」
かわいそうなくらいに都古は泣き叫ぶ。壮はうろたえかけたが、すぐに気を張って耳元で囁く。
「藤村、落ち着け。痛いだろうけど、」
「抜いて、抜いてっ、だめなの」
言葉は届いていない。苦しげに呻き、首をぶんぶん振っている。
「痛いよ、せん、ぱいッ……いや、こんなのっ」
「都古!」
壮は両頬を手で挟み込むと、都古の声をかき消すように叫び、じっと小さな顔を見つめた。
都古が声をなくす。痛みと恐怖で混乱していたのだろう。何も捉えていなかった涙目の焦点が次第に定まっていく。
「せん……ぱい?」
「痛いなら叫んでもいい。暴れてもいい。でも、俺をちゃんと見ていてほしい。今は一番近くにいるから」
「……」
壮の言葉に都古はおずおずと頷いた。
「せんぱい……」
「ん?」
「……キスして下さい」
間髪入れずに唇を合わせた。安心させるために優しく送り込むと、少女は微かに笑んだ。
「き、来て下さい。今度はもうちょっと頑張りますから」
「無理すんなよ」
行為を再開する。腰を慎重に押し進めていく。
相変わらずきつい。抵抗感が抜けずに進入を拒まれているみたいだ。
それでも少しずつ、奥へと入っていく。襞々がゴム越しに絡み付き、陰茎を強く刺激する。
都古はかなり苦しげな表情を見せていたが、なんとか声を呑み込んでいるようだった。壮にとってはありがたい。
しばらくして、ようやく肉棒全体が中に入った。
「入ったぞ、全部」
「……」
言葉が返ってこなかったのは余裕がないためか。
壮は呼気を漏らすと、腰をゆっくりと引き始めた。内側の肉が擦れて気持ちいい。
「都古、すげーたまらない」
「……ほんと?」
「ああ。最高だ」
都古が嬉しげに笑う。
緩慢な腰遣いで往復を繰り返した。前立腺が反応し、射精へと向けて余裕を奪っていく。
出来るだけ長くこの快楽を味わいたい。その思いに引っ張られて動きがますますのろくなっていくが、焼け石に水だった。
「俺もう限界だ……」
「ん……じゃあ、最後は好きにして……」
その申し出に壮は目を見開く。
「馬鹿。そんなことしたらお前が……」
「いいの……そうしないと、たくさん出せないんでしょ? 大丈夫、ですから」
「都古……」
壮は唇を結ぶと、遠慮なく腰の動きを早めた。
狭い膣内を激しく動くと、凄まじい快感が脳内を犯した。
「ひ、んっ、あっ、うんっ、いっ、あっ、ああっ、ああ────」
都古の喘ぎが大きくなるに連れて、壮の射精感も一気に高まっていく。
決壊の瞬間はあっけなく訪れた。
「みやこ……!」
「んっ、んんっ、あ、あっ、ああぁぁ────────っっ!!」
ぐっ、ぐっ、と腰を押し付けて最後の一滴まで絞り出す。薄いゴムの中に白濁液を吐き出すと、壮は強烈な脱力感に襲われた。
大きく息をついて都古の上に倒れ込む。どんなベッドよりも柔らかい感触に、不思議な安らぎを覚えた。
「先輩、おもいー……」
都古のぼやきが耳元に響いたが、壮は疲労で返せなかった。
二人は服を着直すと、マットの上で身を寄せていた。
「まだ何か挟まってるみたいです」
都古に横目で抗議されて壮はうつ向いた。
「ごめん……」
「先輩ばかり気持ちよくなって不公平です」
「……ごめん……」
それしか言えない。実際その通りなのだから反論出来ない。
すると都古は小さく舌を出した。
「冗談ですよ」
「え?」
「私から誘ったことですから、いいんです。それにちゃんと出来たことが嬉しいから」
明るい笑顔に壮は胸がいっぱいになった。
都古の肩に手を回し、小さな体を引き寄せる。
「次はお互い気持ちよくなろうな」
「はい」
二人はにっこり微笑み合う。
誰もいない地下倉庫。冷たく埃に満ちた空間は決して良い環境ではなかったが、二人っきりの静かな場所はとても心地よく感じる。
授業をさぼって過ごした時間は、二人にとって忘れられないものになるだろう。互いの繋がりを強くすることが出来たのは、何よりも素晴らしいことのように思えた。
「そういえば先輩」
都古が何か思い出したのか口を開いた。
「どうして私と付き合おうって決めたんですか?」
尋ねられて、壮は答える。
「決まってる。好きになったからだ」
「なんで好きになったんですか?」
さらに突っ込まれて、壮は答えに窮した。
しばらく考えて、それから小さく笑う。
「な、なんですか?」
「都古のアタックがあまりに真剣だったからかな」
都古は眉根を寄せた。
「それ、なんだか私自身の魅力とか関係ないような……」
「いやいや、ひた向きさに負けたってことで」
「もう、真面目に答えて下さい!」
壮はへらへら笑って受け流す。都古が怒って肩や背中をばしばし叩いた。
別に冗談ではないのに。
都古のどこを好きになったと訊かれたら、答えに困るのは当然だ。理由なんて、『都古が都古であるから』以外に存在しないのだから。
都古のことをはっきり理解出来ずに想いを抱けなかったのも昨日までの話。今は等身大の藤村都古がきちんと側にいてくれるから、確かな想いを胸の中に持つことが出来る。
外枠だけの八割と、確かな中身の二割とが、しっかりと合わさって想いを作っていた。
逆に尋ねる。
「都古はなんで俺のことを好きになったんだ? 一ヶ月前まで、こっちはお前を知らなかったのに」
目に見えて都古は狼狽した。
「……秘密です」
「なんだそりゃ」
「人を好きになるのに理由なんかありません!」
「反則だろそれは」
「いいの。女の子の心は繊細で複雑なんだから、言葉なんかじゃ表せないの」
ぷいとそっぽを向く恋人に、壮は苦笑いを浮かべる。
「俺はもうちょい言葉少な目のおとなしい娘が好きなんだけどな」
「! 蒸し返さないで下さい!」
強い視線で睨まれて、壮は肩をすくめた。
(言えないよね……)
都古は怒ったふりをしながら中学の時を思い出す。
体育祭の組別対抗リレー。二年生でアンカーを任された都古は、途中でバトンを取り落としてしまった。
結果最下位に終わり、都古はひどく落ち込んだ。周りのみんなは慰めてくれたが、よく頑張った、最後まで諦めなかったなんて言われても、少しも自分を肯定出来なかった。
だが体育祭の後に、知り合いの井上至統からこんなことを聞かされたのだ。
『藤村のことをすごく褒めてるやつもいるんだよ』
どうせ他の慰めと変わらないだろう。聞き流そうとしたところに、彼はこう続けた。
『背筋が伸びて、すごくフォームがかっこいい、だってさ』
その、場面に合わない評価が、都古の心になぜか残った。
気付いたときには、至統に相手のことを尋ねていた。
次の年には同じ競技でリベンジを果たしたり、その先輩が進学校に行くと聞いて、同じ所に行くために一生懸命勉強したりと、他にもいろいろあったが、すべてはあの時の言葉に集約されるのだろう。
かっこわるかったのに、かっこいいなんて、
直接言われていたら、きっと残らなかったと思う。伝聞だったからこそ、それは心に響いたのだ。
そんな些細なことがきっかけだ。今更答える気もない。
それは、自分だけの大切なきっかけ。
「壮先輩」
都古に初めて下の名前を呼ばれた。嬉しさを隠して平静に応える。
「なんだ?」
「改めて言ってもいいですか?」
「何を」
都古は小さくはにかんだ。
「大好きです、壮先輩」
真っ向から言われてつい呼吸を忘れた。
やがてそれに応えるように、壮は言葉を返した。
「俺も好きだ、都古」
小さな後輩は、日のように輝いた笑顔を浮かべた。
前話
作者 かおるさとー ◆F7/9W.nqNY
2008年01月20日(日) 09:37:09 Modified by n18_168