人間は難しい(3)
【月曜日担当決め】
「…………はい、ではまずは月曜日から決めていきます」
ソファーとテレビの間に立ち、『月よう日!』と大きく書かれたチラシの裏を掲げるキャル。
チラシの無駄遣いだと思う。
ソファーに座っている僕たち三人はこれ以上長引くのも嫌なので、適当に拍手をした。
「で、どうやって決めるの?クジ?じゃんけん?」
僕が聞いてみるとキャルは無い胸を張って、
「…………料理です」
と、言った。
「料理って……、もう今日は僕たち夕飯食べたでしょ」
「…………それはそうなのですが、軽い食事ならまだまだ入りますよね?それに……」
少しの間をおくと、若干恥ずかしそうにキャルが、
「…………ス、スーパーというものを生で見てみたいですし」
つまり食材を買うという名目でスーパー見物に行きたいという訳か。
「…………スーパー、私も、入ったことないから興味ある」
「サヤも行きたい」
ルキとサヤも期待するような目で僕を見つめてくる。
「わかったわかった、じゃあちょっと財布を取ってくるから、玄関で待ってて」
ソファーから腰を上げ、財布の置いてある二階の自室へと向かう僕。
部屋に入ると財布をポケットに突っ込み、階段を下りて玄関に。
そして三人と一緒に玄関から外に出て、歩いて7分のところにあるスーパーへと足を進める。
僕の右手を握るキャル、左手を握るルキ、そして後ろから僕の首に腕をまわし、ダルーンとぶら下がるようにしているサヤ。
凄く息が苦しい。そして歩きにくい。更にサヤの大きな胸が背中に当たって気持ちいい。
すれ違う人達からの視線もある、……まぁそれは別にいいや。
スーパーにたどり着き中に入ると、ルキがキョロキョロと周りを見回しながら声をあげる。
「…………凄い、野菜と果物、いっぱい」
ルキは僕の手を引きながら安売りされているシメジの前で立ち止まる。
「…………シメジ、98円」
僕と握っていない方の手で値札を指差すルキ。
「そうだね。安いね」
「…………安いの?」
「物凄く安いって程では無いけど、まぁほどほどに安いよ」
「…………買うの?」
「ルキが料理に使いたいなら買っても良いよ」
「…………使わない」
「……そっか」
「…………お兄様、お兄様」
キャルが僕の手をグイグイと引っ張る。
「…………エノキも98円です」
「うん。98円だね」
「…………でも、こっちのエノキは128円です。何故ですか?」
98円のエノキの隣に置かれている別のエノキに指を向け、僕の目を見つめるキャル。
「あー、詳しくはわからないけど。作っている場所だとか細かな品種の違いだとか、量の多い少ないで値段が変わってくるんだよ」
「…………そうなんですか」
キャルは『うんうん』と頭を上下に動かし納得した様子だ。
「兄さん」
耳元にサヤの言葉と吐息がかかる。
「そこのエリンギも98円」
「よし。もうキノコから離れようか」
言うと、僕は三人に身体を離してもらい、買い物かごを手に持った。
「じゃあ、それぞれ料理に使いたい食材を持ってきて。基本的な調味料は家にあるから無しで。金額は一人600円くらいまでね」
「…………わかった」
「了解」
「…………わかりました」
僕の言葉を受けて思い思いの売り場へと向かう三人。
さて、僕はこの間に人参やら玉ねぎやら、人数が二人増えて足りなくなった分の食材を買い増しておく。
小松菜、ピーマン、ニラも安かったので買い物かごに入れる。
鮮魚コーナーに行くと、そこには真剣な目をして魚の切り身を眺めているルキがいた。
「鮭とカレイ?」
後ろから僕は声をかける。
「…………うん、でも、どっちも三枚入りしか無い。一パックだと足りないし、二パックだと余る」
「一パックでいいんじゃない?味を見るだけなんだからさ」
「…………うん、わかった。ところで、おにいちゃんは、鮭とカレイどっちが好き?」
「あー……。どちらかと言えばカレイかなぁ」
「…………なら、カレイにする」
僕の持つ買い物かごにカレイを入れるルキ。
「…………ねぇ、おにいちゃん」
「ん?何?」
「…………なんで、ここの棚、少ししか魚が置いてないの?……スカスカだよ?」
ルキはポツリポツリと商品が並ぶ棚を指しながら聞いてくる。
「もう夜の8時だからねぇ、スーパーは遅い時間になると魚とかは置かなくなっちゃうんだ」
「…………そうなんだ。でも、ジュースはたくさん置いてあったよ?なんで?」
「ジュースはすぐには腐らないからじゃないかな?」
「…………腐らないの?」
「まぁ、モノによっては腐りやすいかも知れないけど。基本的には」
「…………腐らないのかぁ」
ジュースの置いてあるコーナーの方に目を向けるルキ。
どこか哀愁を感じさせる顔だ。
「ジュースが欲しいの?」
答えはわかっているが一応聞いてみる。
「…………ちょっとだけ、ジュース欲しい」
『ちょっとだけ』とはとても思えない顔でルキは頷く。
「じゃあ好きなのを一本だけ選んでおいで」
「…………ありがとう、おにいちゃん」
早歩きで飲料コーナーへと向かうルキを見送り、僕は精肉コーナーでボケッと突っ立っているサヤの隣に立つ。
「何を買うか決まった?」
僕が話しかけると、
「これ」
サヤの指差した先にあるのは一枚2780円の国産牛のステーキ。
半額シールは貼ってあるものの、それでも1390円。高い。
「うーん、これはさすがに高すぎるから……」
僕はステーキの隣に置かれた国産牛の薄切り(半額シール付き)1000円を手に取り、
「こっちはどう?半額で500円だし、見た感じも悪くなさそうだよ」
サヤは、僕の手の上の薄切り肉を『ポケー』っと眺め、
「兄さんはこれが食べたい?」
僕は笑顔を作り答える。
「うん、食べたいな。あぁそうだ、サヤもルキと一緒にジュースを選んでおいでよ。好きなのを一本買ってあげるから」
「了解だ」
サヤはペコリと僕に頭を下げると、「ジュースジュース」と口ずさみながら歩き出す。
僕は半額の薄切り肉と半額の合い挽きミンチを買い物かごに入れ、ブラブラと適当に商品を見ていく。
切れかかっていたガーリックパウダーをかごに追加し、僕はお菓子コーナーに足を向ける。
そこには、座り込んで熱心に何かを眺めているキャルがいた。
「何見てるの?」
僕が尋ねると、キャルは勢いよくこちらに振り向く。
キャルの目はキラッキラに輝いていた。
その両手には、
「……アニメの、カード?」
「…………はい、プリキュアのカードです」
僕から自分の手元のカードに視線を戻し、ニコニコしながら肯定するキャル。
「…………プリキュア。テレビで見てるんです。こんな商品があるとは知りませんでしたが」
「そ、そうなんだ……」
「…………しかも見てください。このカード、きらきら光るオシャレなカードって書いてます。こっちはメタリックですって。これなんか商品名に『キラキラ』が入っていますよ」
別々の三つの商品を僕に見せながら説明を始めだすキャル。
やたらと『キラキラ』を強調している。カラスだから光り物に弱いんだろうか?
「でもさ。今回はおもちゃじゃなくて料理の為の食材を買いにきたんでしょ?」
「…………料理は家にあるもので作ります。それなら予算的に問題は無いはずです」
「食料品を買うのとおもちゃを買うのは違うんだよ?」
「…………でも、これとこれ。ガムとグミが付いてますよ。だからこれはお菓子です、食料品です」
「……そんなに欲しいの?」
「…………欲しいです」
「はぁ……、わかった。でも三つはダメ。二つにしなさい」
「…………え?…………え?え?」
キャルは不安そうな表情でこちらの顔を見上げてくる。
「…………三つ欲しいです」
僕の目を見つめながらおねだりをするキャル。う……うぐぅ、可愛いな。
で、でも、だ。ここで買ってしまうと、今後も似たような調子でおもちゃをねだってくるだろう。
それは良くない。
「ダメ。二つ。残りはまた今度ね」
僕の言葉を聞くと、キャルはうなだれ、床に視線を落とすと細い肩を小刻みに揺らし始め――
「…………うぅぅ、ぅああああ、ひっ、ぐっ、うっうっ、やぁぁぁ……」
泣いた。
「…………スーパー、ひぐっ、初めてっ、きてっ、きたのにっ、……初めてなのにっ、ふうぅ、プリキュア、ほしっ、欲しいっ……」
キャルの泣き声はとても小さく、か細い。涙が涙腺からふっくらとした頬を通って丸みのある顎から落ちる。
「あっ、ああ、ごめん、ごめんね。買おうね。三つとも買おうね。スーパー初めてだもんね。買おう買おう」
僕は買い物かごを一度床に置き、キャルのサラサラとした長い金色の髪を撫でながら涙を拭ってやり、ゆっくりとキャルを立たせると、
「ほ、ほら、あっちでジュースも買おうね。キャルはどんなのが好きかなー?」
再び買い物かごを手に取り、歌のお兄さんを意識したような声を出しながら、キャルの商品を持っていない方の手を握り飲料コーナーまで連れて行く。
飲料コーナーではいまだにルキとサヤがどれにするかを悩んでいた。
「…………オレンジ、りんご、……ぶどう、うむむむ」
「カフェオレ、コーヒー牛乳、ココア、どうしよう」
僕はひとまずルキ、サヤ両名を放っておき、目と鼻を赤くししゃくりあげているキャルに優しく話しかける。
「キャルはどれが飲みたいかなぁ?」
濡れた瞳を一度棚に向け、すぐに戻し僕の顔を見上げるとキャルは、
「…………わからない……難しい……」
言いながらキャルは僕と繋いでいる手に『ギュッ』っと力を入れてくる。
……なんか幼児みたいになっちゃったなこの娘。
「キャルはオレンジジュース飲める?」
キャルの目を見つめ返しながら僕は尋ねた。
「…………飲める」
キャルが頷いたので僕はオレンジジュースを買い物かごの中に入れ、ルキ、サヤをせかす。
「ほらほら、どうせまたすぐに来るんだから適当に選んじゃってよ」
それを聞くと二人は、
「…………なら、私は、ポカリ」
「サヤもポカリ」
「りんごとかコーヒー牛乳で悩んでいたんじゃないのかよ」
レジのおばちゃんに「あらお兄さんモテモテね」などと言われながら料金を支払い、トボトボと来た道を戻る。
僕の右手にはキャルの左手、左手には買い物袋。
少し後ろをルキとサヤが無言でついて来る。
やや重たい空気の中、家にたどり着き、冷蔵庫に買ってきたものを詰めていると、キャルが、
「…………では、さっさと調理を始めますよ猫と犬。あと、お兄様は何があっても口出し禁止です」
どうやら立ち直ったらしい。
「…………うん、やれるだけ、やってみる」
「料理初体験」
ルキとサヤの言葉に不安を覚えながらの料理対決が始まった。
「肉を焼く」
生肉をパックから取り出して何の味付けもせずにフライパンの上にのせるとサヤは、
「ほっほっほっほっ」
中華の料理人っぽくフライパンを振り始めた。
火も何もついていない。フライパンは冷たいままである。
当然だが何回振っても肉は生のまま変化はしない。
「おかしい。テレビで見たのと違う」
サヤは何を思ったのか、フライパンの中に水道の蛇口から直接に水を入れ、肉を洗い始めた。
薄切り肉は蛇口からの水の勢いとサヤの手に揉まれボロボロと崩れていく。
「こんなはずでは」
水で満たされたフライパンには切れ切れになった生肉が浮かんでいる。
僕はサヤに失格を告げると、フライパンをそのままの状態で火にかけ、肉を煮てからポン酢で食べた。ボソボソとしていて不味かった。
「…………次は私が」
ルキはカレイの切り身三枚をパックから取り出すと、まな板の上に並べ、調味料を振りかけていく。
塩、コショウ、ガーリックパウダー、オレガノ、イタリアンパセリ、一味唐辛子、七味唐辛子、シナモン、ナツメグ、オールスパイス、
パプリカ、ターメリック、クミン、コリアンダー、フェヌグリーク、カルダモン、ガラムマサラ、味の素、顆粒ほんだし、顆粒中華あじ――
「…………ふんふふーん」
鼻歌まじりで調味料まみれになったカレイをごま油を敷いたフライパンで焼き始めるルキ。
そして焼きあがったカレイを皿に移すと、その皿を僕に差し出してきた。
「…………食べて、おにいちゃん」
僕は箸を震わせながらこんがりと焼けたカレイの身をちぎり、それを口に入れ、
「マズッ!クサッ!」
即、吐き出した。
ルキ、失格。
「…………ふふ、ついにわたしの番ですね」
キャルは床の上に寝そべり落ち込んでいるルキ、サヤを尻目に調理を開始した。
まずは食パンを取り出し、その上に冷蔵庫にあったとろけるチーズをのせ、そこにコショウを軽く振る。
最後にそれをオーブントースターで3分焼いて出来上がり。
「なんかズルくない!?」
僕は思わず叫んでしまった。これも料理と言えば料理だが、どこか納得がいかない。
「…………肉や魚を焼くか、パンを焼くかの違いだけです。さぁ、食べてみてください」
「う、……うん」
僕はとても良い匂いのするチーズのせトーストにかぶりついた。当たり前だけど、……美味い。
「…………わたしの勝ちですね」
こうして月曜日担当はキャルに決まった。
「――さて、と。そろそろ僕はお風呂にでも入ってこようかな」
料理対決を終え、リビングでダラダラすること30分。
僕はソファーから腰をあげると浴室に向かう為、リビングのドアを開け――
「…………ちょっと待ってください」
キャルに呼び止められた。
「何?あ、もしかして先に入りたい?」
彼女たちは猫、犬、カラスではあるものの、歴とした女の子でもあるのだ。
入る順番の確認もせずに勝手に入ろうとしたのはマナー違反だったか。
「…………いえ、そうではありません。……お風呂、一緒に入りましょう」
「一緒に?お風呂?」
「…………はい」
キャルは僕の側まで歩いてくると僕の手を取り、
「…………さ、行きましょう」
無邪気な笑顔で言った。
「待て、カラス」
サヤが床から立ち上がりこちらへ歩いてくる。
「サヤもお風呂だ」
サヤが僕の右腕に抱きついてきた。サヤの大きな胸が僕の腕でふにょりと形を変える。
「…………待って」
ルキも慌てて走り寄り、僕の腰にすがりつく。
「…………私は、何日も我慢してたのに。二人は、すぐ、おにいちゃんと、一緒に入るなんてズルい」
左にキャル、右にサヤ、腰にルキ。
「いやいやいや、僕は誰とも一緒には入らないから」
僕がそう言うと、
「…………ダメです、入ります」
「サヤも入る」
「…………私だって、入りたい」
三人の意志は固そうだ。目がギラギラと光っている。
……まぁ、いいか。一緒にお風呂に入るくらい。
「わかったわかった、じゃあみんなで入ろっか」
僕は三人を連れて浴室へと向かった。
「…………はい、ではまずは月曜日から決めていきます」
ソファーとテレビの間に立ち、『月よう日!』と大きく書かれたチラシの裏を掲げるキャル。
チラシの無駄遣いだと思う。
ソファーに座っている僕たち三人はこれ以上長引くのも嫌なので、適当に拍手をした。
「で、どうやって決めるの?クジ?じゃんけん?」
僕が聞いてみるとキャルは無い胸を張って、
「…………料理です」
と、言った。
「料理って……、もう今日は僕たち夕飯食べたでしょ」
「…………それはそうなのですが、軽い食事ならまだまだ入りますよね?それに……」
少しの間をおくと、若干恥ずかしそうにキャルが、
「…………ス、スーパーというものを生で見てみたいですし」
つまり食材を買うという名目でスーパー見物に行きたいという訳か。
「…………スーパー、私も、入ったことないから興味ある」
「サヤも行きたい」
ルキとサヤも期待するような目で僕を見つめてくる。
「わかったわかった、じゃあちょっと財布を取ってくるから、玄関で待ってて」
ソファーから腰を上げ、財布の置いてある二階の自室へと向かう僕。
部屋に入ると財布をポケットに突っ込み、階段を下りて玄関に。
そして三人と一緒に玄関から外に出て、歩いて7分のところにあるスーパーへと足を進める。
僕の右手を握るキャル、左手を握るルキ、そして後ろから僕の首に腕をまわし、ダルーンとぶら下がるようにしているサヤ。
凄く息が苦しい。そして歩きにくい。更にサヤの大きな胸が背中に当たって気持ちいい。
すれ違う人達からの視線もある、……まぁそれは別にいいや。
スーパーにたどり着き中に入ると、ルキがキョロキョロと周りを見回しながら声をあげる。
「…………凄い、野菜と果物、いっぱい」
ルキは僕の手を引きながら安売りされているシメジの前で立ち止まる。
「…………シメジ、98円」
僕と握っていない方の手で値札を指差すルキ。
「そうだね。安いね」
「…………安いの?」
「物凄く安いって程では無いけど、まぁほどほどに安いよ」
「…………買うの?」
「ルキが料理に使いたいなら買っても良いよ」
「…………使わない」
「……そっか」
「…………お兄様、お兄様」
キャルが僕の手をグイグイと引っ張る。
「…………エノキも98円です」
「うん。98円だね」
「…………でも、こっちのエノキは128円です。何故ですか?」
98円のエノキの隣に置かれている別のエノキに指を向け、僕の目を見つめるキャル。
「あー、詳しくはわからないけど。作っている場所だとか細かな品種の違いだとか、量の多い少ないで値段が変わってくるんだよ」
「…………そうなんですか」
キャルは『うんうん』と頭を上下に動かし納得した様子だ。
「兄さん」
耳元にサヤの言葉と吐息がかかる。
「そこのエリンギも98円」
「よし。もうキノコから離れようか」
言うと、僕は三人に身体を離してもらい、買い物かごを手に持った。
「じゃあ、それぞれ料理に使いたい食材を持ってきて。基本的な調味料は家にあるから無しで。金額は一人600円くらいまでね」
「…………わかった」
「了解」
「…………わかりました」
僕の言葉を受けて思い思いの売り場へと向かう三人。
さて、僕はこの間に人参やら玉ねぎやら、人数が二人増えて足りなくなった分の食材を買い増しておく。
小松菜、ピーマン、ニラも安かったので買い物かごに入れる。
鮮魚コーナーに行くと、そこには真剣な目をして魚の切り身を眺めているルキがいた。
「鮭とカレイ?」
後ろから僕は声をかける。
「…………うん、でも、どっちも三枚入りしか無い。一パックだと足りないし、二パックだと余る」
「一パックでいいんじゃない?味を見るだけなんだからさ」
「…………うん、わかった。ところで、おにいちゃんは、鮭とカレイどっちが好き?」
「あー……。どちらかと言えばカレイかなぁ」
「…………なら、カレイにする」
僕の持つ買い物かごにカレイを入れるルキ。
「…………ねぇ、おにいちゃん」
「ん?何?」
「…………なんで、ここの棚、少ししか魚が置いてないの?……スカスカだよ?」
ルキはポツリポツリと商品が並ぶ棚を指しながら聞いてくる。
「もう夜の8時だからねぇ、スーパーは遅い時間になると魚とかは置かなくなっちゃうんだ」
「…………そうなんだ。でも、ジュースはたくさん置いてあったよ?なんで?」
「ジュースはすぐには腐らないからじゃないかな?」
「…………腐らないの?」
「まぁ、モノによっては腐りやすいかも知れないけど。基本的には」
「…………腐らないのかぁ」
ジュースの置いてあるコーナーの方に目を向けるルキ。
どこか哀愁を感じさせる顔だ。
「ジュースが欲しいの?」
答えはわかっているが一応聞いてみる。
「…………ちょっとだけ、ジュース欲しい」
『ちょっとだけ』とはとても思えない顔でルキは頷く。
「じゃあ好きなのを一本だけ選んでおいで」
「…………ありがとう、おにいちゃん」
早歩きで飲料コーナーへと向かうルキを見送り、僕は精肉コーナーでボケッと突っ立っているサヤの隣に立つ。
「何を買うか決まった?」
僕が話しかけると、
「これ」
サヤの指差した先にあるのは一枚2780円の国産牛のステーキ。
半額シールは貼ってあるものの、それでも1390円。高い。
「うーん、これはさすがに高すぎるから……」
僕はステーキの隣に置かれた国産牛の薄切り(半額シール付き)1000円を手に取り、
「こっちはどう?半額で500円だし、見た感じも悪くなさそうだよ」
サヤは、僕の手の上の薄切り肉を『ポケー』っと眺め、
「兄さんはこれが食べたい?」
僕は笑顔を作り答える。
「うん、食べたいな。あぁそうだ、サヤもルキと一緒にジュースを選んでおいでよ。好きなのを一本買ってあげるから」
「了解だ」
サヤはペコリと僕に頭を下げると、「ジュースジュース」と口ずさみながら歩き出す。
僕は半額の薄切り肉と半額の合い挽きミンチを買い物かごに入れ、ブラブラと適当に商品を見ていく。
切れかかっていたガーリックパウダーをかごに追加し、僕はお菓子コーナーに足を向ける。
そこには、座り込んで熱心に何かを眺めているキャルがいた。
「何見てるの?」
僕が尋ねると、キャルは勢いよくこちらに振り向く。
キャルの目はキラッキラに輝いていた。
その両手には、
「……アニメの、カード?」
「…………はい、プリキュアのカードです」
僕から自分の手元のカードに視線を戻し、ニコニコしながら肯定するキャル。
「…………プリキュア。テレビで見てるんです。こんな商品があるとは知りませんでしたが」
「そ、そうなんだ……」
「…………しかも見てください。このカード、きらきら光るオシャレなカードって書いてます。こっちはメタリックですって。これなんか商品名に『キラキラ』が入っていますよ」
別々の三つの商品を僕に見せながら説明を始めだすキャル。
やたらと『キラキラ』を強調している。カラスだから光り物に弱いんだろうか?
「でもさ。今回はおもちゃじゃなくて料理の為の食材を買いにきたんでしょ?」
「…………料理は家にあるもので作ります。それなら予算的に問題は無いはずです」
「食料品を買うのとおもちゃを買うのは違うんだよ?」
「…………でも、これとこれ。ガムとグミが付いてますよ。だからこれはお菓子です、食料品です」
「……そんなに欲しいの?」
「…………欲しいです」
「はぁ……、わかった。でも三つはダメ。二つにしなさい」
「…………え?…………え?え?」
キャルは不安そうな表情でこちらの顔を見上げてくる。
「…………三つ欲しいです」
僕の目を見つめながらおねだりをするキャル。う……うぐぅ、可愛いな。
で、でも、だ。ここで買ってしまうと、今後も似たような調子でおもちゃをねだってくるだろう。
それは良くない。
「ダメ。二つ。残りはまた今度ね」
僕の言葉を聞くと、キャルはうなだれ、床に視線を落とすと細い肩を小刻みに揺らし始め――
「…………うぅぅ、ぅああああ、ひっ、ぐっ、うっうっ、やぁぁぁ……」
泣いた。
「…………スーパー、ひぐっ、初めてっ、きてっ、きたのにっ、……初めてなのにっ、ふうぅ、プリキュア、ほしっ、欲しいっ……」
キャルの泣き声はとても小さく、か細い。涙が涙腺からふっくらとした頬を通って丸みのある顎から落ちる。
「あっ、ああ、ごめん、ごめんね。買おうね。三つとも買おうね。スーパー初めてだもんね。買おう買おう」
僕は買い物かごを一度床に置き、キャルのサラサラとした長い金色の髪を撫でながら涙を拭ってやり、ゆっくりとキャルを立たせると、
「ほ、ほら、あっちでジュースも買おうね。キャルはどんなのが好きかなー?」
再び買い物かごを手に取り、歌のお兄さんを意識したような声を出しながら、キャルの商品を持っていない方の手を握り飲料コーナーまで連れて行く。
飲料コーナーではいまだにルキとサヤがどれにするかを悩んでいた。
「…………オレンジ、りんご、……ぶどう、うむむむ」
「カフェオレ、コーヒー牛乳、ココア、どうしよう」
僕はひとまずルキ、サヤ両名を放っておき、目と鼻を赤くししゃくりあげているキャルに優しく話しかける。
「キャルはどれが飲みたいかなぁ?」
濡れた瞳を一度棚に向け、すぐに戻し僕の顔を見上げるとキャルは、
「…………わからない……難しい……」
言いながらキャルは僕と繋いでいる手に『ギュッ』っと力を入れてくる。
……なんか幼児みたいになっちゃったなこの娘。
「キャルはオレンジジュース飲める?」
キャルの目を見つめ返しながら僕は尋ねた。
「…………飲める」
キャルが頷いたので僕はオレンジジュースを買い物かごの中に入れ、ルキ、サヤをせかす。
「ほらほら、どうせまたすぐに来るんだから適当に選んじゃってよ」
それを聞くと二人は、
「…………なら、私は、ポカリ」
「サヤもポカリ」
「りんごとかコーヒー牛乳で悩んでいたんじゃないのかよ」
レジのおばちゃんに「あらお兄さんモテモテね」などと言われながら料金を支払い、トボトボと来た道を戻る。
僕の右手にはキャルの左手、左手には買い物袋。
少し後ろをルキとサヤが無言でついて来る。
やや重たい空気の中、家にたどり着き、冷蔵庫に買ってきたものを詰めていると、キャルが、
「…………では、さっさと調理を始めますよ猫と犬。あと、お兄様は何があっても口出し禁止です」
どうやら立ち直ったらしい。
「…………うん、やれるだけ、やってみる」
「料理初体験」
ルキとサヤの言葉に不安を覚えながらの料理対決が始まった。
「肉を焼く」
生肉をパックから取り出して何の味付けもせずにフライパンの上にのせるとサヤは、
「ほっほっほっほっ」
中華の料理人っぽくフライパンを振り始めた。
火も何もついていない。フライパンは冷たいままである。
当然だが何回振っても肉は生のまま変化はしない。
「おかしい。テレビで見たのと違う」
サヤは何を思ったのか、フライパンの中に水道の蛇口から直接に水を入れ、肉を洗い始めた。
薄切り肉は蛇口からの水の勢いとサヤの手に揉まれボロボロと崩れていく。
「こんなはずでは」
水で満たされたフライパンには切れ切れになった生肉が浮かんでいる。
僕はサヤに失格を告げると、フライパンをそのままの状態で火にかけ、肉を煮てからポン酢で食べた。ボソボソとしていて不味かった。
「…………次は私が」
ルキはカレイの切り身三枚をパックから取り出すと、まな板の上に並べ、調味料を振りかけていく。
塩、コショウ、ガーリックパウダー、オレガノ、イタリアンパセリ、一味唐辛子、七味唐辛子、シナモン、ナツメグ、オールスパイス、
パプリカ、ターメリック、クミン、コリアンダー、フェヌグリーク、カルダモン、ガラムマサラ、味の素、顆粒ほんだし、顆粒中華あじ――
「…………ふんふふーん」
鼻歌まじりで調味料まみれになったカレイをごま油を敷いたフライパンで焼き始めるルキ。
そして焼きあがったカレイを皿に移すと、その皿を僕に差し出してきた。
「…………食べて、おにいちゃん」
僕は箸を震わせながらこんがりと焼けたカレイの身をちぎり、それを口に入れ、
「マズッ!クサッ!」
即、吐き出した。
ルキ、失格。
「…………ふふ、ついにわたしの番ですね」
キャルは床の上に寝そべり落ち込んでいるルキ、サヤを尻目に調理を開始した。
まずは食パンを取り出し、その上に冷蔵庫にあったとろけるチーズをのせ、そこにコショウを軽く振る。
最後にそれをオーブントースターで3分焼いて出来上がり。
「なんかズルくない!?」
僕は思わず叫んでしまった。これも料理と言えば料理だが、どこか納得がいかない。
「…………肉や魚を焼くか、パンを焼くかの違いだけです。さぁ、食べてみてください」
「う、……うん」
僕はとても良い匂いのするチーズのせトーストにかぶりついた。当たり前だけど、……美味い。
「…………わたしの勝ちですね」
こうして月曜日担当はキャルに決まった。
「――さて、と。そろそろ僕はお風呂にでも入ってこようかな」
料理対決を終え、リビングでダラダラすること30分。
僕はソファーから腰をあげると浴室に向かう為、リビングのドアを開け――
「…………ちょっと待ってください」
キャルに呼び止められた。
「何?あ、もしかして先に入りたい?」
彼女たちは猫、犬、カラスではあるものの、歴とした女の子でもあるのだ。
入る順番の確認もせずに勝手に入ろうとしたのはマナー違反だったか。
「…………いえ、そうではありません。……お風呂、一緒に入りましょう」
「一緒に?お風呂?」
「…………はい」
キャルは僕の側まで歩いてくると僕の手を取り、
「…………さ、行きましょう」
無邪気な笑顔で言った。
「待て、カラス」
サヤが床から立ち上がりこちらへ歩いてくる。
「サヤもお風呂だ」
サヤが僕の右腕に抱きついてきた。サヤの大きな胸が僕の腕でふにょりと形を変える。
「…………待って」
ルキも慌てて走り寄り、僕の腰にすがりつく。
「…………私は、何日も我慢してたのに。二人は、すぐ、おにいちゃんと、一緒に入るなんてズルい」
左にキャル、右にサヤ、腰にルキ。
「いやいやいや、僕は誰とも一緒には入らないから」
僕がそう言うと、
「…………ダメです、入ります」
「サヤも入る」
「…………私だって、入りたい」
三人の意志は固そうだ。目がギラギラと光っている。
……まぁ、いいか。一緒にお風呂に入るくらい。
「わかったわかった、じゃあみんなで入ろっか」
僕は三人を連れて浴室へと向かった。
2011年08月24日(水) 10:37:45 Modified by ID:uSfNTvF4uw