調子に乗って書いてみた。委員長と彼 図書室編
「委員長、ちょっといいかな」
図書室で本を読んでいると、後ろから声をかけられた。
振り返ると、席のすぐ後ろに私の片想いの相手が立っていた。
どきりとする。なんでここに?
「何読んでたの?」
彼の問いに私は慌てて文庫本を持ち上げ、表紙を見せた。サン=テグジュペリの『夜間飛行』。
「おもしろいの?」
真っ白な頭で反射的に頷く。えっと、私はおもしろいから頷いていいんだよね。あ、でも彼にはどうなんだろう。
「委員長ってたくさん本読んでるよね」
「え……」
彼の言葉に私は戸惑った。
読書は好きだけどそんなにたくさんは読んでない。一ヶ月に十冊も読まないときだってあるし。
「そんな委員長に相談があるんだけど……」
彼は顔を寄せ、神妙な声で囁いてきた。なんだか恥ずかしい。顔近いよ顔。
「おすすめの本、教えてくれない?」
「……え?」
現代文の夏休みの課題が読書感想文だったのを思い出したのは、彼が先生に対して文句を並べ始めてからだった。
宿題の愚かさ、感想文の無意味さ、生徒に対する先生の容赦のなさをひたすら嘆く彼。ちょっとおもしろい。
「でさ、なんかこう楽しく読めるやつない? 感想文書きやすければなおいいんだけど」
私はしばし考えて、席を立った。
向かった先は小説コーナー。ハードカバーの小説本がずらりと並んでいる。
私は一冊の本を手に取ると、ついてきた彼に差し出した。
「『第三の時効』……ってミステリー?」
私は頷く。横山秀夫は警察小説中心でミステリーというよりはハードボイルドだけど、おもしろいし感想も書きやすいんじゃないかな。
しかし彼はうーんと悩ましげに唸った。
「ミステリーって頭使いそうだなー。厚い本って長いしちょっと苦手かも」
……長いかな? これって400ページあったかな。500はさすがになかったと思うけど。
「もうちょい短いやつないかな」
そう言う彼を連れて、今度は文庫コーナーに入る。短いやつだから短篇だよね。
短篇と言えばショートショート。星新一が思い浮かぶ。でも感想文は書きにくそう。それなら、
「『友情』? えっと、昔の本だっけ」
差し出した本のタイトルに、彼はそう言った。昔と言うほど昔でもないけど。
「……難しかったりしない?」
私は首を振った。実篤の文は読みやすいはずだ。『友情』は短い話だけど感想文も書きやすいと思う。
私の否定にほっとする彼。その様子はなんだかかわいい。
「ありがと、委員長。これにするよ」
笑顔とともに礼を言う彼に、私ははにかんだ。
私を頼ってくれたことがとても嬉しかった。そして、それに応えられたことが嬉しかった。
「あ」
不意に彼が思い出したように呟いた。
「さっき委員長が読んでたの、なんだっけ?」
「え……や、夜間飛行」
「それ書いた人のさ、他の本教えてくれない?」
「……?」
「いや、せっかくだから委員長と同じ本読もうかなーって。でもまったく同じっていうのもおもしろくないからさ」
「……」
驚きとか戸惑いとか、色々よくわからない感情がない混ぜになって、私の心をかき乱した。
何を思ってそんなことを言うのだろう。対抗? 共感? それとも……
私は外国作家のコーナーで『星の王子さま』を手に取り、それを彼に渡した。彼はまた笑顔を浮かべてありがと、と言った。
彼にとっての『いちばん大切なもの』ってなんだろう。やっぱり目に見えないものなんだろうか。
図書室を出るときに彼が言った。
「今度お礼したいからさ、なんか考えてて。いつでもいいから」
すっごく驚いたけど、すぐに駆け出したいくらい嬉しくなった。別にお礼なんていらないけど、嬉しかった。
「うん……考えとく」
彼を想うこの気持ち。
それが私にとっての『いちばん大切なもの』だ。
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作者 4-181
図書室で本を読んでいると、後ろから声をかけられた。
振り返ると、席のすぐ後ろに私の片想いの相手が立っていた。
どきりとする。なんでここに?
「何読んでたの?」
彼の問いに私は慌てて文庫本を持ち上げ、表紙を見せた。サン=テグジュペリの『夜間飛行』。
「おもしろいの?」
真っ白な頭で反射的に頷く。えっと、私はおもしろいから頷いていいんだよね。あ、でも彼にはどうなんだろう。
「委員長ってたくさん本読んでるよね」
「え……」
彼の言葉に私は戸惑った。
読書は好きだけどそんなにたくさんは読んでない。一ヶ月に十冊も読まないときだってあるし。
「そんな委員長に相談があるんだけど……」
彼は顔を寄せ、神妙な声で囁いてきた。なんだか恥ずかしい。顔近いよ顔。
「おすすめの本、教えてくれない?」
「……え?」
現代文の夏休みの課題が読書感想文だったのを思い出したのは、彼が先生に対して文句を並べ始めてからだった。
宿題の愚かさ、感想文の無意味さ、生徒に対する先生の容赦のなさをひたすら嘆く彼。ちょっとおもしろい。
「でさ、なんかこう楽しく読めるやつない? 感想文書きやすければなおいいんだけど」
私はしばし考えて、席を立った。
向かった先は小説コーナー。ハードカバーの小説本がずらりと並んでいる。
私は一冊の本を手に取ると、ついてきた彼に差し出した。
「『第三の時効』……ってミステリー?」
私は頷く。横山秀夫は警察小説中心でミステリーというよりはハードボイルドだけど、おもしろいし感想も書きやすいんじゃないかな。
しかし彼はうーんと悩ましげに唸った。
「ミステリーって頭使いそうだなー。厚い本って長いしちょっと苦手かも」
……長いかな? これって400ページあったかな。500はさすがになかったと思うけど。
「もうちょい短いやつないかな」
そう言う彼を連れて、今度は文庫コーナーに入る。短いやつだから短篇だよね。
短篇と言えばショートショート。星新一が思い浮かぶ。でも感想文は書きにくそう。それなら、
「『友情』? えっと、昔の本だっけ」
差し出した本のタイトルに、彼はそう言った。昔と言うほど昔でもないけど。
「……難しかったりしない?」
私は首を振った。実篤の文は読みやすいはずだ。『友情』は短い話だけど感想文も書きやすいと思う。
私の否定にほっとする彼。その様子はなんだかかわいい。
「ありがと、委員長。これにするよ」
笑顔とともに礼を言う彼に、私ははにかんだ。
私を頼ってくれたことがとても嬉しかった。そして、それに応えられたことが嬉しかった。
「あ」
不意に彼が思い出したように呟いた。
「さっき委員長が読んでたの、なんだっけ?」
「え……や、夜間飛行」
「それ書いた人のさ、他の本教えてくれない?」
「……?」
「いや、せっかくだから委員長と同じ本読もうかなーって。でもまったく同じっていうのもおもしろくないからさ」
「……」
驚きとか戸惑いとか、色々よくわからない感情がない混ぜになって、私の心をかき乱した。
何を思ってそんなことを言うのだろう。対抗? 共感? それとも……
私は外国作家のコーナーで『星の王子さま』を手に取り、それを彼に渡した。彼はまた笑顔を浮かべてありがと、と言った。
彼にとっての『いちばん大切なもの』ってなんだろう。やっぱり目に見えないものなんだろうか。
図書室を出るときに彼が言った。
「今度お礼したいからさ、なんか考えてて。いつでもいいから」
すっごく驚いたけど、すぐに駆け出したいくらい嬉しくなった。別にお礼なんていらないけど、嬉しかった。
「うん……考えとく」
彼を想うこの気持ち。
それが私にとっての『いちばん大切なもの』だ。
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作者 4-181
2008年02月15日(金) 09:19:13 Modified by ID:xBvl+NKheA