無言で男の裾をぎゅっとつまむ無口娘(仮題)
突然裾を引っ張られ、僕は一緒に歩いている少女を振り返る。
「どうしたの? 麻耶ちゃん」
僕の問い掛けに彼女は裾を掴んだまま僕の顔をじっと見る事で答える。
潤んだ瞳が何かを求めているとは分かるけど何を求めているのかまでは分からない。
「喉が渇いたのかな?」
麻耶ちゃんはぷるぷると顔を振り、否定する。
「なら……どこか寄り道したいところでも出来た?」
これもまたぷるぷる。
麻耶ちゃんと付き合いだしてまだ日が浅い僕は表情だけでは彼女が何を求めているのかが分からない。
直也なら簡単に分かるんだろうな、とそんな事を思う。
僕の親友にして彼女の幼馴染み。
赤ん坊の頃から麻耶ちゃんと一緒にいる彼は何時だって彼女の心の内を知り尽くしている。
ちょっとした表情で、何気ない仕草で、彼女が求めるものに簡単に気付いてしまう。
僕と麻耶ちゃんが付き合うと知った時「これからはお前の役目だな」と彼は笑っていたけれど、僕はその役割を果たせていない。
それが歯痒く、悔しい。
裾を引っ張る力が僅かに強くなる。
察する事の出来ない鈍感な僕に焦れたのか麻耶ちゃんの口が開き――言葉を発する事なく再び閉じる。
僕が察する事が出来ないように麻耶ちゃんもどう伝えれば良いのか分からないのかもしれない。
今までなら――直也なら言葉にせずとも伝わるから。
それは僕よりも直也の方が彼女の事を知っているという事で……正直、嫉妬してしまう。
2人が仲が良いのは良い事だし、麻耶ちゃんを理解している直也を尊敬すらしているのに、こんな感情を抱く自分が……情けない。
くだらない感情を胸の奥に押し隠しながら、直也のように気持ちを察そうと彼女の顔を見つめる。
潤んだ瞳。よく見れば頬も若干赤く染まっている。
…………恥ずかしがってる、のかな?
恥ずかしい……お願い事?
って、あれ? なんだかいきなり真っ赤になっちゃったんだけど……。
麻耶ちゃんは俯いて、僕の裾を引っ張りながら早足で歩き出した。
一体どうしたのかと困惑する僕だったけど、周りを見てようやく気付く。
ここは天下の往来で僕達はそこで突然立ち止まり、見つめ合っていた。
そりゃぁ通行人の皆様方は僕達を見るだろうし、恥ずかしがり屋の麻耶ちゃんがそれに耐えれるはずもない。
……僕だって今更ながら顔が熱くなるのを感じている。
それにしてもよっぽど恥ずかしかったんだな、麻耶ちゃん。
いつもと違ってきびきびと歩く姿からもそれが窺える。
そんな彼女の背中を眺めているとなんだか無性に可笑しくなって、僕は気付かれないように少しだけ笑いを漏らした。
☆☆
麻耶ちゃんに引っ張られ辿り着いたのは小さな公園。
寒さのせいか、それとも少子化で元々子供がいないのか公園の中は無人だった。
歩みを止め、麻耶ちゃんが振り返る。
向かい合う格好になったけれど、麻耶ちゃんはまだ恥ずかしいのか俯いたままだ。
「…………さ、寒いから……」
続く言葉は口の中でごにょごにょ呟いているせいで聞き取れず、なんだろうと思っていると彼女は突然抱きついて来た。
「……寒いから…………ぎ、ぎゅって……して?」
甘いお願いに頭がくらり、とした。
そんなの断る理由がない。というかこっちからお願いしたいくらいだよ。
麻耶ちゃんの背中に腕を回し、軽く力を込める。
腕の中に収まる彼女の温もり。
身体だけじゃなく心まで温まってくる。
……麻耶ちゃんには敵わないなぁ…………。
彼女の温かさが、言葉が、色んな事に気付かせてくれる。
「……かず君」
彼女の呼びかけに少しだけ離れ、距離を取る。
上目遣いで僕を見る彼女の瞳はやっぱり潤んでいた。
僕はもうこの表情の意味を理解している。
彼女が教えてくれた。
麻耶ちゃんは潤んだ瞳をそっと閉じ、僕も同じように目を閉じて顔を近づけていく。
「…………んっ……」
麻耶ちゃんの事をなんでも知っている直也に僕は嫉妬している。
鈍い僕は麻耶ちゃんが考える事をすぐに察する事が出来ない。
けど大丈夫だ。それは麻耶ちゃんが補ってくれる。
恥ずかしがりながらも一生懸命、自分の気持ちを伝えてくれる。
そうやって知っていこう。憶えていこう。
重なり合う小さな温もりを離し、目を開く。
今日知ったばかりの、憶えたばかりのものがそこにある。
これは誰も知らない、直也さえも知らない。
彼女が僕に見せる、僕だけに見せてくれる。
潤んだ瞳。
赤く染まった頬。
麻耶ちゃんが僕に甘えたい時に見せる甘い甘い表情――――。
「どうしたの? 麻耶ちゃん」
僕の問い掛けに彼女は裾を掴んだまま僕の顔をじっと見る事で答える。
潤んだ瞳が何かを求めているとは分かるけど何を求めているのかまでは分からない。
「喉が渇いたのかな?」
麻耶ちゃんはぷるぷると顔を振り、否定する。
「なら……どこか寄り道したいところでも出来た?」
これもまたぷるぷる。
麻耶ちゃんと付き合いだしてまだ日が浅い僕は表情だけでは彼女が何を求めているのかが分からない。
直也なら簡単に分かるんだろうな、とそんな事を思う。
僕の親友にして彼女の幼馴染み。
赤ん坊の頃から麻耶ちゃんと一緒にいる彼は何時だって彼女の心の内を知り尽くしている。
ちょっとした表情で、何気ない仕草で、彼女が求めるものに簡単に気付いてしまう。
僕と麻耶ちゃんが付き合うと知った時「これからはお前の役目だな」と彼は笑っていたけれど、僕はその役割を果たせていない。
それが歯痒く、悔しい。
裾を引っ張る力が僅かに強くなる。
察する事の出来ない鈍感な僕に焦れたのか麻耶ちゃんの口が開き――言葉を発する事なく再び閉じる。
僕が察する事が出来ないように麻耶ちゃんもどう伝えれば良いのか分からないのかもしれない。
今までなら――直也なら言葉にせずとも伝わるから。
それは僕よりも直也の方が彼女の事を知っているという事で……正直、嫉妬してしまう。
2人が仲が良いのは良い事だし、麻耶ちゃんを理解している直也を尊敬すらしているのに、こんな感情を抱く自分が……情けない。
くだらない感情を胸の奥に押し隠しながら、直也のように気持ちを察そうと彼女の顔を見つめる。
潤んだ瞳。よく見れば頬も若干赤く染まっている。
…………恥ずかしがってる、のかな?
恥ずかしい……お願い事?
って、あれ? なんだかいきなり真っ赤になっちゃったんだけど……。
麻耶ちゃんは俯いて、僕の裾を引っ張りながら早足で歩き出した。
一体どうしたのかと困惑する僕だったけど、周りを見てようやく気付く。
ここは天下の往来で僕達はそこで突然立ち止まり、見つめ合っていた。
そりゃぁ通行人の皆様方は僕達を見るだろうし、恥ずかしがり屋の麻耶ちゃんがそれに耐えれるはずもない。
……僕だって今更ながら顔が熱くなるのを感じている。
それにしてもよっぽど恥ずかしかったんだな、麻耶ちゃん。
いつもと違ってきびきびと歩く姿からもそれが窺える。
そんな彼女の背中を眺めているとなんだか無性に可笑しくなって、僕は気付かれないように少しだけ笑いを漏らした。
☆☆
麻耶ちゃんに引っ張られ辿り着いたのは小さな公園。
寒さのせいか、それとも少子化で元々子供がいないのか公園の中は無人だった。
歩みを止め、麻耶ちゃんが振り返る。
向かい合う格好になったけれど、麻耶ちゃんはまだ恥ずかしいのか俯いたままだ。
「…………さ、寒いから……」
続く言葉は口の中でごにょごにょ呟いているせいで聞き取れず、なんだろうと思っていると彼女は突然抱きついて来た。
「……寒いから…………ぎ、ぎゅって……して?」
甘いお願いに頭がくらり、とした。
そんなの断る理由がない。というかこっちからお願いしたいくらいだよ。
麻耶ちゃんの背中に腕を回し、軽く力を込める。
腕の中に収まる彼女の温もり。
身体だけじゃなく心まで温まってくる。
……麻耶ちゃんには敵わないなぁ…………。
彼女の温かさが、言葉が、色んな事に気付かせてくれる。
「……かず君」
彼女の呼びかけに少しだけ離れ、距離を取る。
上目遣いで僕を見る彼女の瞳はやっぱり潤んでいた。
僕はもうこの表情の意味を理解している。
彼女が教えてくれた。
麻耶ちゃんは潤んだ瞳をそっと閉じ、僕も同じように目を閉じて顔を近づけていく。
「…………んっ……」
麻耶ちゃんの事をなんでも知っている直也に僕は嫉妬している。
鈍い僕は麻耶ちゃんが考える事をすぐに察する事が出来ない。
けど大丈夫だ。それは麻耶ちゃんが補ってくれる。
恥ずかしがりながらも一生懸命、自分の気持ちを伝えてくれる。
そうやって知っていこう。憶えていこう。
重なり合う小さな温もりを離し、目を開く。
今日知ったばかりの、憶えたばかりのものがそこにある。
これは誰も知らない、直也さえも知らない。
彼女が僕に見せる、僕だけに見せてくれる。
潤んだ瞳。
赤く染まった頬。
麻耶ちゃんが僕に甘えたい時に見せる甘い甘い表情――――。
2011年03月13日(日) 22:38:29 Modified by ID:xKAU6Mw2xw