無口で甘えん坊な彼女〜彼女からの手紙〜
無口で甘えん坊な彼女〜彼女からの手紙〜
「ん、ふあぁあ」
朝の日差しを感じ俺は目を覚ました。
体がダルい…特に下半身が。いつもの朝なら起こる生理現象もなく俺のソコは縮こまっていた。
昨日の晩、秋葉と何回したっけか?八回目から記憶がない。
久々に秋葉と体を合わせるといつもこうだ。理性をなくし秋葉を求めすぎてしまう。
有り余る自分の性欲にうんざりしながら俺は体を起こした。
「あれ?」
ここで俺はある異変に気が付く。
秋葉が…いない。
激しく体を重ねた次の日は必ず俺が先に起きる。そして寝ている秋葉に悪戯をしてお互いに火が点いたら朝から…という流れなんだが。
温泉にでも行っているのかと思ったが、浴衣は丁寧に布団の横に畳まれているしそうではないようだ。
そもそも秋葉が先に起きること自体ありえない。
何はともあれ着替えてから探しに行こうと思い布団をどかす。
着替えを済ませ部屋を見渡すと机に手紙が置かれていることに気づいた。
『雪春へ』
それは見間違えるはずもない秋葉の綺麗な文字で書かれていた。
まさか…別れましょうなんてことはないよな…。それはあり得ないと思いながらも緊張している自分がいた。
『おはよう雪春、よく眠れたかな?昨日はその…気持ちよかったよ。
なんでこんな事になってるか分からないよね。実は前々から伝えたいことがあったんだけど…直接話すと上手に伝えられそうにないから手紙でね。
六年前、私の心はどん底だった。お母さんは入院していたしお父さんはあまり家にいないしその上引っ越しなんて、考えられなかった。
元々話すことが得意じゃなかったから友達も出来るとは思えなかったしね。でもそんな私にも楽しみなことがあったんだよ。お母さんがよく話してくれた男の子に会えるってこと。
正確に言うとお母さんがよく話してくれた学生時代からのお友達。とても面白い人、でも優しい人なんだなって聞いてたんだ。で、その人の一人息子はどんな人なんだろうって気になってた。
転校したあの日雪春は優しく私に接してくれた。ああ、やっぱり素敵な人だなって思ったんだよ。
私が何も言わないのに嫌な顔一つしないで家まで送ってくれた。今までそんなことをしてくれる人なんていなかったからとても嬉しかった。
でも一つ謝らないと…あの日の最後お母さんの事を雪春は聞いてきたよね。本当はその時正直に言えばよかった、お母さんのことを。
でも私は言えなかった。変なことを言って避けられるのが怖かったから。
だから私は逃げるように雪春と別れることになったの。本当にあの時はごめんね。
正直嫌われたと思ったんだよ。初対面で一緒に帰って、そのくせ拒絶するように別れてしまって。でも雪春は次の日も一緒に帰ってくれた、そしてそれからも。
いつも雪春は話かけてくれた。城ヶ崎君も紹介してくれた。今まで一人だった私にとってその変化はとても嬉しかった。人と関わるのがこんなに楽しいって初めて知った。
いつからだろうね?気付いたら私は雪春のことがどんどん好きになっていた。一緒にいるだけでドキドキしてきちゃっておかしくなりそうなくらいに。
クラスの女の子と話している姿を見るとすごい嫉妬してたんだよ。ちなみに今でもだからね、これからも気を付けて。
だけどそんな中でお母さんの容態は悪化していっていた。もう助かる見込みがないって聞いて私は学校を休んで病院に通うようにした。お母さんは良く思ってなかったけど。
お母さんに会う度に心が沈む。それでも雪春は何も言及せずにいつも通り接してくれた。ただ知らなかっただけ、後で雪春は言っていたけどそれが私にとって嬉しかった。
そしてあの日、忘れるはずもないあの日。
私の手を握りながらお母さんは言っていた。幸せになりなさい、ずっと応援するからって。多分私が雪春のことが好きなのを感づいていたんだと思う。
それがお母さんの最後の言葉。私の手を握りながらお母さんはこの世を去った。
もちろん悲しかった。泣いても泣いても涙は止まらなかった。誰もいない家で私は泣き続けた。
雪春が来てくれたのはそんな時。それからは雪春も知っての通り。どん底の私に幸せを与えてくれた。
私は雪春に一杯助けてもらったね、本当にありがとう。これから私はその思いに一生かけて応えるつもりだから。
最後に一つ。雪春はなんで私が手を繋がないか気にしてるんじゃないかな。
それは私がお母さんの手の温もりを忘れたくないから。それに手を繋ぐと雪春を縛ってしまうんじゃないかと思うから。雪春には私に拘束されないで自由に生きて欲しいの。
でもね、もういいんだ。
昨日お母さんに言ったの。私は大丈夫だって。誰かと手を繋いでもお母さんを忘れないって。
だから…だからね、雪春さえよかったら手を繋いで欲しい。私をそばから離さないで欲しい。
ずっとそばにいたいから。
雪春が大好きだから。
秋葉 』
手紙を読み終えた俺は部屋を飛び出した。
女将さんから秋葉が昨日の霊園に向かったと聞き俺は走った。
秋葉からの手紙、思えば初めての手紙。正直な秋葉の気持ちが書かれた手紙。
幸せをくれた?助けてくれた?そばから離さないで欲しい?大好き?
なんだよそれ、全部俺が思ってることじゃないかよ。
様々な思いが体を駆け巡っている。だが秋葉に会いたい気持ちそれは確かだ。
霊園に辿り着く。やはり葉子さんのお墓の前、そこに秋葉はいた。
俺を発見すると秋葉は優しく微笑む。
「秋葉っ!!」
俺は駆け寄ると秋葉の体を強く抱き締めた。
「………遅い」
口ではそう言うものの怒っているわけではないというのは充分伝わってきた。
「手紙が長いから仕方ないだろ」
「……頑張って書いたんだよ……」
俺達は見つめ合うとお互いに笑った。色々言いたいこともあったがもはや俺達に必要なかった。
「………髪…」
しばらく抱き合っていると秋葉が口を開く。
思えば秋葉の髪はまだ下ろしたままだ。艶のある黒く腰まで届こうかという長い髪。これはこれでいつもと違う美しさがある。
俺は秋葉からいつものオレンジ色のリボンを受け取ると手際よく結う。もちろんポニーテールで。
三年間ほぼ毎日やっているだけあって俺もなかなか上達していた。
「……昔はお母さんがしてくれてたんだ…」
徐に口を開く秋葉。
初めて聞かされる事実に少し驚きながらも嬉しくなった。そんな大切な役を俺に任せてくれてと。
「……来て」
そう言うと秋葉は身を翻して歩き出した。
林立する木々の間を抜けると見晴らしのよい所へと出る。
「…………」
「す、すごい」
目の前に広がったのは小山から見た大パノラマ。天気もよくとても遠くまで見渡せる。地上に建物はどこにも見当たらない、悠然とした自然がどこまでも続いていた。
こんなに美しい景色を見るのは初めてかもしれない。言葉も出ない。ただ圧倒されるだけだった。
「……この景色があるから…だからお母さんはここを選んだの。いつでも…見られるから……」
眼前の景色を眺めながら誰に聞かせるわけでもなく秋葉はそっと言った。
俺達はしばらく景色を見ていた。
ずっとこのままで二人で同じ景色を見ていたい。そしてこれからも二人で色々な経験を共有したいと思った。それだけ秋葉が愛おしい。
無意識に俺は秋葉の肩を抱き寄せていた。
「………!?」
俺のいきなりの行動に秋葉は驚きを露わにする。
「これからも離さないし俺も離れないからな」
「………」
肩を抱かれ、俺の肩に頭を寄せていた秋葉は目に涙を浮かべながらただ頷いた。
「なに泣いてんだよ」
「……だ、だって…んむんんッ」
俺は秋葉の言葉を聞き終えるよりも早く秋葉の唇に自分のを重ねた。少しだけ涙の味がした。
「…ぷはっ…ズルくない…?」
唇を離した後、頬を赤く染めながら吐息まじりに秋葉は言う。
「嫌だったか?」
悪戯っぽい笑みを浮かべながら俺は訪ねる。答えは知っているが。
「…ううん……もう一回したい…」
そう言うと今度は秋葉から飛びついてきて俺達は深く唇を重ね合った。
「お世話になりました」
「…またね…」
いよいよ帰る日、俺達は女将さんに挨拶をしていた。
ちなみにあの後どう過ごしていたかはあえて触れない。
「ええ、また来年ね秋葉ちゃん」
数年前に世代交代した女将さんはまだまだ若く、とても綺麗な人だ。
「あ、結城君」
帰り際女将さんに手招きされる。
「秋葉ちゃんをヨ・ロ・シ・ク」
妙に色っぽい言い回しに思わずドキリとしてしまう。秋葉に見られてないといいが。
「うちは乳幼児連れでも受け付けてるわよ」
「なっ…何ですかいきなり…」
客に対してなんてことを言うんだ…この人は。しかも頬を緩めた顔からすると確信犯だ。
「ふふ、冗談よ冗談。それはそうとお母さんにもよろしく言っといて」
「母さんを知っているんですか?」
「ええ、雪香さんと葉子さんは母が女将をつとめている時からここの常連さんだったから」
なるほどここは母さん達の思い出の場でもあったわけか。
「二人には昔から凄く可愛がってもらったのよ、雪香さんは特にね」
だからか…どことなく母さんと同じ属性を感じていたのは気のせいではなかったらしい。
「…雪春…?」
秋葉の呼び声が聞こえる。
「あら愛しの秋葉ちゃんのお呼びね。それじゃあね結城君。
では来年もお待ちしております」
女将さんは最後にそれまでの砕けた雰囲気とは打って変わって凛々しい姿で深々と頭を下げた。
「……何話してたの…?」
秋葉はちょっぴり機嫌が悪そうだ。
「あれ?妬いてんのか?」
「……ダメ…?」
小首をかしげて言うその姿がまた可愛い。
「そんなわけないだろ」
秋葉からならどれだけ嫉妬されても構わない。
「……雪春…大好きだよ…」
「い、いいから帰るぞ」
俺達は歩き始めた。
互いの手を深く握りあいながら。
前話
作者 こたみかん ◆8rF3W6POd6
「ん、ふあぁあ」
朝の日差しを感じ俺は目を覚ました。
体がダルい…特に下半身が。いつもの朝なら起こる生理現象もなく俺のソコは縮こまっていた。
昨日の晩、秋葉と何回したっけか?八回目から記憶がない。
久々に秋葉と体を合わせるといつもこうだ。理性をなくし秋葉を求めすぎてしまう。
有り余る自分の性欲にうんざりしながら俺は体を起こした。
「あれ?」
ここで俺はある異変に気が付く。
秋葉が…いない。
激しく体を重ねた次の日は必ず俺が先に起きる。そして寝ている秋葉に悪戯をしてお互いに火が点いたら朝から…という流れなんだが。
温泉にでも行っているのかと思ったが、浴衣は丁寧に布団の横に畳まれているしそうではないようだ。
そもそも秋葉が先に起きること自体ありえない。
何はともあれ着替えてから探しに行こうと思い布団をどかす。
着替えを済ませ部屋を見渡すと机に手紙が置かれていることに気づいた。
『雪春へ』
それは見間違えるはずもない秋葉の綺麗な文字で書かれていた。
まさか…別れましょうなんてことはないよな…。それはあり得ないと思いながらも緊張している自分がいた。
『おはよう雪春、よく眠れたかな?昨日はその…気持ちよかったよ。
なんでこんな事になってるか分からないよね。実は前々から伝えたいことがあったんだけど…直接話すと上手に伝えられそうにないから手紙でね。
六年前、私の心はどん底だった。お母さんは入院していたしお父さんはあまり家にいないしその上引っ越しなんて、考えられなかった。
元々話すことが得意じゃなかったから友達も出来るとは思えなかったしね。でもそんな私にも楽しみなことがあったんだよ。お母さんがよく話してくれた男の子に会えるってこと。
正確に言うとお母さんがよく話してくれた学生時代からのお友達。とても面白い人、でも優しい人なんだなって聞いてたんだ。で、その人の一人息子はどんな人なんだろうって気になってた。
転校したあの日雪春は優しく私に接してくれた。ああ、やっぱり素敵な人だなって思ったんだよ。
私が何も言わないのに嫌な顔一つしないで家まで送ってくれた。今までそんなことをしてくれる人なんていなかったからとても嬉しかった。
でも一つ謝らないと…あの日の最後お母さんの事を雪春は聞いてきたよね。本当はその時正直に言えばよかった、お母さんのことを。
でも私は言えなかった。変なことを言って避けられるのが怖かったから。
だから私は逃げるように雪春と別れることになったの。本当にあの時はごめんね。
正直嫌われたと思ったんだよ。初対面で一緒に帰って、そのくせ拒絶するように別れてしまって。でも雪春は次の日も一緒に帰ってくれた、そしてそれからも。
いつも雪春は話かけてくれた。城ヶ崎君も紹介してくれた。今まで一人だった私にとってその変化はとても嬉しかった。人と関わるのがこんなに楽しいって初めて知った。
いつからだろうね?気付いたら私は雪春のことがどんどん好きになっていた。一緒にいるだけでドキドキしてきちゃっておかしくなりそうなくらいに。
クラスの女の子と話している姿を見るとすごい嫉妬してたんだよ。ちなみに今でもだからね、これからも気を付けて。
だけどそんな中でお母さんの容態は悪化していっていた。もう助かる見込みがないって聞いて私は学校を休んで病院に通うようにした。お母さんは良く思ってなかったけど。
お母さんに会う度に心が沈む。それでも雪春は何も言及せずにいつも通り接してくれた。ただ知らなかっただけ、後で雪春は言っていたけどそれが私にとって嬉しかった。
そしてあの日、忘れるはずもないあの日。
私の手を握りながらお母さんは言っていた。幸せになりなさい、ずっと応援するからって。多分私が雪春のことが好きなのを感づいていたんだと思う。
それがお母さんの最後の言葉。私の手を握りながらお母さんはこの世を去った。
もちろん悲しかった。泣いても泣いても涙は止まらなかった。誰もいない家で私は泣き続けた。
雪春が来てくれたのはそんな時。それからは雪春も知っての通り。どん底の私に幸せを与えてくれた。
私は雪春に一杯助けてもらったね、本当にありがとう。これから私はその思いに一生かけて応えるつもりだから。
最後に一つ。雪春はなんで私が手を繋がないか気にしてるんじゃないかな。
それは私がお母さんの手の温もりを忘れたくないから。それに手を繋ぐと雪春を縛ってしまうんじゃないかと思うから。雪春には私に拘束されないで自由に生きて欲しいの。
でもね、もういいんだ。
昨日お母さんに言ったの。私は大丈夫だって。誰かと手を繋いでもお母さんを忘れないって。
だから…だからね、雪春さえよかったら手を繋いで欲しい。私をそばから離さないで欲しい。
ずっとそばにいたいから。
雪春が大好きだから。
秋葉 』
手紙を読み終えた俺は部屋を飛び出した。
女将さんから秋葉が昨日の霊園に向かったと聞き俺は走った。
秋葉からの手紙、思えば初めての手紙。正直な秋葉の気持ちが書かれた手紙。
幸せをくれた?助けてくれた?そばから離さないで欲しい?大好き?
なんだよそれ、全部俺が思ってることじゃないかよ。
様々な思いが体を駆け巡っている。だが秋葉に会いたい気持ちそれは確かだ。
霊園に辿り着く。やはり葉子さんのお墓の前、そこに秋葉はいた。
俺を発見すると秋葉は優しく微笑む。
「秋葉っ!!」
俺は駆け寄ると秋葉の体を強く抱き締めた。
「………遅い」
口ではそう言うものの怒っているわけではないというのは充分伝わってきた。
「手紙が長いから仕方ないだろ」
「……頑張って書いたんだよ……」
俺達は見つめ合うとお互いに笑った。色々言いたいこともあったがもはや俺達に必要なかった。
「………髪…」
しばらく抱き合っていると秋葉が口を開く。
思えば秋葉の髪はまだ下ろしたままだ。艶のある黒く腰まで届こうかという長い髪。これはこれでいつもと違う美しさがある。
俺は秋葉からいつものオレンジ色のリボンを受け取ると手際よく結う。もちろんポニーテールで。
三年間ほぼ毎日やっているだけあって俺もなかなか上達していた。
「……昔はお母さんがしてくれてたんだ…」
徐に口を開く秋葉。
初めて聞かされる事実に少し驚きながらも嬉しくなった。そんな大切な役を俺に任せてくれてと。
「……来て」
そう言うと秋葉は身を翻して歩き出した。
林立する木々の間を抜けると見晴らしのよい所へと出る。
「…………」
「す、すごい」
目の前に広がったのは小山から見た大パノラマ。天気もよくとても遠くまで見渡せる。地上に建物はどこにも見当たらない、悠然とした自然がどこまでも続いていた。
こんなに美しい景色を見るのは初めてかもしれない。言葉も出ない。ただ圧倒されるだけだった。
「……この景色があるから…だからお母さんはここを選んだの。いつでも…見られるから……」
眼前の景色を眺めながら誰に聞かせるわけでもなく秋葉はそっと言った。
俺達はしばらく景色を見ていた。
ずっとこのままで二人で同じ景色を見ていたい。そしてこれからも二人で色々な経験を共有したいと思った。それだけ秋葉が愛おしい。
無意識に俺は秋葉の肩を抱き寄せていた。
「………!?」
俺のいきなりの行動に秋葉は驚きを露わにする。
「これからも離さないし俺も離れないからな」
「………」
肩を抱かれ、俺の肩に頭を寄せていた秋葉は目に涙を浮かべながらただ頷いた。
「なに泣いてんだよ」
「……だ、だって…んむんんッ」
俺は秋葉の言葉を聞き終えるよりも早く秋葉の唇に自分のを重ねた。少しだけ涙の味がした。
「…ぷはっ…ズルくない…?」
唇を離した後、頬を赤く染めながら吐息まじりに秋葉は言う。
「嫌だったか?」
悪戯っぽい笑みを浮かべながら俺は訪ねる。答えは知っているが。
「…ううん……もう一回したい…」
そう言うと今度は秋葉から飛びついてきて俺達は深く唇を重ね合った。
「お世話になりました」
「…またね…」
いよいよ帰る日、俺達は女将さんに挨拶をしていた。
ちなみにあの後どう過ごしていたかはあえて触れない。
「ええ、また来年ね秋葉ちゃん」
数年前に世代交代した女将さんはまだまだ若く、とても綺麗な人だ。
「あ、結城君」
帰り際女将さんに手招きされる。
「秋葉ちゃんをヨ・ロ・シ・ク」
妙に色っぽい言い回しに思わずドキリとしてしまう。秋葉に見られてないといいが。
「うちは乳幼児連れでも受け付けてるわよ」
「なっ…何ですかいきなり…」
客に対してなんてことを言うんだ…この人は。しかも頬を緩めた顔からすると確信犯だ。
「ふふ、冗談よ冗談。それはそうとお母さんにもよろしく言っといて」
「母さんを知っているんですか?」
「ええ、雪香さんと葉子さんは母が女将をつとめている時からここの常連さんだったから」
なるほどここは母さん達の思い出の場でもあったわけか。
「二人には昔から凄く可愛がってもらったのよ、雪香さんは特にね」
だからか…どことなく母さんと同じ属性を感じていたのは気のせいではなかったらしい。
「…雪春…?」
秋葉の呼び声が聞こえる。
「あら愛しの秋葉ちゃんのお呼びね。それじゃあね結城君。
では来年もお待ちしております」
女将さんは最後にそれまでの砕けた雰囲気とは打って変わって凛々しい姿で深々と頭を下げた。
「……何話してたの…?」
秋葉はちょっぴり機嫌が悪そうだ。
「あれ?妬いてんのか?」
「……ダメ…?」
小首をかしげて言うその姿がまた可愛い。
「そんなわけないだろ」
秋葉からならどれだけ嫉妬されても構わない。
「……雪春…大好きだよ…」
「い、いいから帰るぞ」
俺達は歩き始めた。
互いの手を深く握りあいながら。
前話
作者 こたみかん ◆8rF3W6POd6
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2008年09月25日(木) 22:08:24 Modified by n18_168