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1-443 かおるさとー氏 「縁の糸、ゆかりの部屋」2

甲高い蝉の鳴き声に、暑さと汗が入り混じる。
ゆかりは細い裏道を指して、先に店があると言った。知らなかった情報に感心する。
民家の屋根瓦が、灰色のブロック塀が、ひび割れそうなくらいに日を浴びている。電柱は短い影しか落とさず、アスファルトの日除けにさえなってくれない。飛ぶことで涼しい風を浴びようとするかのように、雀が電線の上を通過していった。
本当に暑い。
でも、ゆかりはどこか楽しそうだった。
店に入ってバニラのカップアイスに喜び、店を出て夏の日射しの強さを嘆く。何気ない反応を当たり前のようにして、ゆかりは俺を惑わせる。
楽しげな振る舞いのどこに戸惑っているのか。自分でもよくわからない。
昔と違っても本質は変わらないとわかっているのに、俺は違和を感じている。なぜだろう。今のゆかりも、俺にとってはとても大事に想えるのに。
「……どうしたの、まさくん?」
横から覗き込んでくる小さな顔は、綺麗な笑みをたたえている。
……今のゆかりはこんなにも魅力的なのに。
俺は言葉なく首を振り、力ない笑みを返した。
そのまま変わらず歩いていると、ゆかりが足を止めた。
「ねえ、ちょっと休もっか」
「え?」
疑問の声には答えず、ゆかりは道の先を指差す。歩道脇に小さな公園の入り口が見えた。
先導する彼女の後を追う。公園内は寂れた様子で、どこにも子供の姿はない。チェーンの錆びたブランコが風に吹かれて緩やかに揺れた。日を照り返す砂場の色が微かに眩しい。
俺たちはブランコに座り、溶けそうな熱の中まだ溶けていないアイスを食べる。
「おいしいね」
「ああ。でもすぐに喉が渇くんだろうな」
「じゃあ次はジュースだね」
「帰って麦茶を飲むのがベストだ」
財布を軽くする提案を、やんわりと拒否。まあジュースくらい奢ってやってもいいけど。
ゆかりは小さく苦笑した。それから表情を改めて、
「まさくん」
「ん?」
「私といるの、気まずい?」
「……え?」
急に心臓を掴まれたような、そんな驚きを受けた。

「……なんで」
「ん、なんとなく、かな。まさくん、戸惑っているんじゃないかなって」
「それは、」
俺は言い淀む。
正直戸惑いはつきまとっていた。だが、気まずいなんてことはない。と思う。
「……多分、お前が変わったように感じて、それで違和感があるせいだと思う。でも気まずいなんてことはない。ゆかりはゆかりだし、俺や真希にとって大切な人であることは絶対に変わらない」
ゆかりは少しだけ、嬉しそうに口元を緩めた。
「変わりたくて変わったわけじゃないよ」
愛惜の影が僅かに差したような気がした。
「成績がいいってだけで私立の中学を勧められて、私もみんなの喜ぶ顔が見たくて、でも途中から理由が変わって、」
義母のことだ、と俺は瞬時に理解する。小学六年の時にゆかりの父親が再婚したが、無口なゆかりは義母との接し方に苦慮していた。
全寮制の私立中学に入ることで、ゆかりはそれから逃れようとしたのだろう。さらに三年間、ゆかりはこちらに戻ってこなかった。
「でもそのせいで、私はまさくんからも離れてしまった。まさくんは私にとって、誰よりも大切な人だったに」
「……」
「まさくんに会いたいと思った。それでようやく帰ってきたけど、通う学校も違うし、どんな顔で会えばいいのかわからなかった。三年間は、ちょっと長すぎたかな」
「……」
「まさくんがいないということがわたしを変えた。積極的に会話するようになったし、友達も多く出来た。でも、まさくんにはその変化がおかしく映るのかな」
ゆかりは寂しそうに笑む。
「ごめんね。昔の小野原ゆかりはどこにもいないみたい。まさくんの隣にいた頃とは、もう同じじゃないから」
「違う」
俺はたまらなくなって、思わず叫んでいた。
ゆかりは驚いたように目をぱちぱちさせた。
「関係ないよ。さっきも言っただろ。昔だろうと今だろうとゆかりはゆかりだ。確かに困惑はあったかもしれない。でもこれからまた隣にいてくれるんだろ。同じかどうかなんてどうでもいいじゃないか」
ゆかりは微笑む。どこか諦めたように。

「隣には……いられない」
「え……?」
自分の口から漏れた声は、ひどく間抜けに聞こえた。
「まさくんは今の私を好きじゃないみたいだから」
錐を突きつけられた思いがした。
絶望的に平坦な声に対して、俺は無理やり答える。
「……好きだよ」
「うそつき」
簡単に断言されて、二の句が告げられなかった。
それでもなんとか言葉を紡ぐ。
「俺と一緒にいたくないのか?」
「そんなことないよ。ただ、昔みたいにお互い好き合っていられないなぁ、って」
「それでもいいだろ。昔みたいにいかなくても、一緒にはいられる」
「私が辛いの」
息が詰まった。
「戻ってきたら前みたいになれるとずっと思ってたから。でもこの間まさくんと会ったとき、それが幻だったことがわかって、それでもまさくんを見つめようとするのは……辛いの」
ゆかりは顔を伏せる。
「三年間待った想いって結局なんだったんだろう、って思えてきて、まさくんの側にいたら悲しくなってくるの。でもそれをまさくんのせいにはしたくないから」
自分自身が情けなかった。俺の態度がゆかりに悲しい思いをさせたかと思うと、許せないくらい悔しかった。
どうすればいい。どこかで壊れてしまった互いの関係を、どうやって直せばいい。
頭が真っ白になって何も考えが浮かばなかった。ただ歯痒く、幼なじみを見つめることしか出来ない。
容赦なく言葉が続いた。
「それにね、私も多分まさくんと同じ。今のまさくんを、前みたいにちゃんと好きかどうか、自信がない。だから、これからはただのお友達でお願いします、『沢野くん』」
決定的だった。
さっきまで仲良くアイスを食べていたのが嘘みたいで、間に出来た溝は底が見えないくらい深くて、
「……そうか」
結局気のきいたことも、逆転の言葉も吐けず、馬鹿みたいにうなだれるだけだった。
ゆかりがブランコから腰を上げた。申し訳なさそうな目で体を屈めると、俺の頬に唇を寄せた。別れのキスは、暑い日差しの中で微かに冷たかった。
そのままゆかりが離れていく。ブランコに座り込んだまま彼女を見つめる。姿が見えなくなっても、俺は立ち上がることすら出来なかった。
やがて茫然自失のまま帰路に着き、のろのろと家に帰った。

自分の部屋でベッドに倒れ込むと、様々な言葉が頭を横切った。
あなた、大事な縁が切れかかってますよ──
ゆかりさん、今でもにぃのこと──
きちんと自分なりに相手と向き合うことが大切──
これからはただのお友達でお願いします、『沢野くん』──
「……」
真希も親父もまだ帰ってきていない。ベッドの上で身じろぎ一つしないでいると、外の音が強く聴覚を刺激した。
蝉の鳴き声が聞こえる。隣家の雑談が聞こえる。車の駆動音が聞こえる。
なんて無駄な感覚だろう。こんなに鮮明に聞こえる耳なのに、彼女の心の声を拾えなかった。
あいつの想いにはずっと前から気付いていた。そこに甘えていたかもしれない。あいつはいつまでも俺を好いていてくれると、呑気に思い込んでいたから。
でも一番の問題は、俺があいつをどう思っているかだろう。
好きなはずだ。好きだと思う。きっと好きだ。胸の内を切り開けば、そんな中途半端な言い回しばかり出てくる。想いに混じる、微かな違和感。
この違和感の正体が掴めず、俺は迷っている。その迷いがあいつに伝わってしまったから、あんなことを言われたのだ。そして、恐らくはもう手遅れなのだろう。
「……」
体が気怠い。
なぜだろう。
泣きたいくらい悲しいのに、泣けない。一人なんだから思う存分涙を流せばいいのに、目にはなんの変化も起こらない。
「……」
もう、本当に何もかもどうでもいいという気がして、俺はベッドに沈み込むように脱力した。

その日の夜は早々とシャワーと食事を済ませ、自室に引き込もった。
不審に思ったのか真希がうるさく話しかけてきたが、俺は適当にあしらってとっとと寝床に入った。

また、俺は彼女を抱いている。
部屋は相変わらず殺風景で、俺たち以外に誰もいない。二人だけの世界の中で、淫靡に肉だけが絡み合う。
体を動かす度にベッドがリズムよく軋んだ。彼女は喘ぎをこらえているのか喉を震わせないようにしている。必死に耐えるその表情は可愛く、愛しかった。
形のいい胸が目の前で揺れている。吸い込まれるように手を伸ばし、白い果実の感触を楽しんだ。先端の方が感じるのだろうが、俺は揉む方に執着する。
肩口で切り揃えた髪が白いシーツの上で乱れる。体を小さく震わせて、唇を強く噛む。意地でも声を出さない彼女に向かって、俺は体当たりをするかのように腰をぶつけた。
声を出さないのは、彼女がそうしたいから。
俺は不満に思わなかった。声を出さなくても、言葉を繕わなくても、互いに顔を見合わせれば、思考も感情もなんとなく伝わるから。小さい頃から、ずっとそうだったから。
揉んでいた胸からようやく手を離し、俺は下半身に集中する。ストロークの長いピストンから短い往復に切り替える。絶頂へ向けて、奥に擦り込むように腰を押し付けた。
彼女は涙目になりながら小さく笑う。
たまらない。
愛しくて、楽しくて、嬉しくて。
気持ちよさの中に深く潜るように、俺は少女の体の中に意識を残らず傾けた。
陰茎が膣の奥で痙攣するように動き、大量の精を放出する。
彼女は必死で俺の体にしがみつき、快楽の圧力を受け止める。
注ぎ込んだ精と傾けた意識があまりに多く、そのまま体の力が抜けていく。でも、少しも辛くなかった。

真っ白に塗り潰されていく感覚の中、俺は彼女の寂しげな顔を見た気がした。


「にぃ! 聞いてるの?」
目の前に妹のアップ顔が現れる。俺は表情一つ変えずにトーストを頬張った。
テーブルを挟んで対面から顔を近付けてきた真希は、俺の反応のなさに拍子抜けしたのか、静静と椅子に腰を下ろした。
「むぅ……昨日からおかしいよ」
「……ああ、わるい」
「何かあったの?」
「ないよ。何も」
口から気力ない返事が出る。
「……」
「……」
朝のダイニングルームが沈黙に包まれた。
一晩過ぎても俺はこんな調子だった。
原因はわかっている。俺は自分自身に腹を立てているのだ。ゆかりを悲しませたということが悔しくて、情けなくて、しかしどうすればよかったのか少しもわからなくて。
こんなにも悲しくなっているのに、俺の心はまだぐずついている。一番大事なことを、まだ確信していない。
ゆかりのことが、好きなのか、嫌いなのか。
嫌いなんてありえないことはわかっている。だが自信を持って好きだとも言えない。
例の、違和感が、
「……」
ミニトマトを口に放り込む。みずみずしい酸味も、気が抜けているせいかどこか空事のように感じる。

「にぃ」
真希の呼び掛けに俺は顔を上げた。
「ごめんね」
「……なにが」
「ゆかりさんと、何かあったんでしょ?」
少し、心拍が速くなったような気がした。
「私には何も出来ない。だって、それはにぃとゆかりさんの問題で、二人の間でしか解決出来ないと思うから。でも……やっぱりちょっと申し訳なくて、だから……ごめん」
「……」
俺は真希をじっと見つめる。
「や……だからね、ちゃんと向き合ってほしいの。悩むのも、ぶつかるのも、二人にしか出来ないから。私は、」
「なんで変わっていくのかな」
真希の言葉が止まる。
「え?」
「昔はあんなに好きだったのに、どうして今、こんなに変わってしまったんだろう」
「……」
「あいつも、昔は俺のことを好いていてくれたんだ。でも、三年ちょっとでこんなに変わるものなのかって思うと、昔の想いってなんなんだろう、って」
「……わからないよ」
「俺もだよ。たかだか十年ちょっとじゃ理解出来ないのかもな」
わかっていたことではあるが、それでも悔しくなる。所詮俺はまだ高校に上がりたてのガキで、人の心を推し量るには積み上げてきたものが少なすぎた。自分のことさえまともにわかってはいないのだから。
「別にいいじゃない、そんなの。わからなくても、相手を好きなら、」
「そう思ってたけどな。ゆかりはそんな変化が許せなかったみたいだ。あいつは三年間俺への想いを積み重ねていてくれたんだ。でも、ゆかりの好きだった奴はこの街にはもういなかった」
時間が、かつての俺を消した。
「ゆかりに言われたんだ。もうお互いに好き合っていられない、って。ただの友達でお願いします、って」
「……」
「俺の方こそごめんな。お前が考えていた以上に、駄目な兄貴で」
「なんで? 相手を好きってだけじゃ駄目なの?」
「もう傷付けたくないんだよ、あいつを」
「……っ」
「だからもう、いいんだ」
俺はそれっきり何も言わず、黙って食事を続けた。
真希ももう何も言うことが出来ず、会話はそこで途切れた。


午後になって、俺は気分転換に出かけることにした。
真希は昨日行けなかった母さんの見舞いに行き、家には誰もいなくなる。俺は鍵をかけ、熱気に満ちた外の世界に足を踏み出す。
天気は昨日と同じく晴れていた。高気圧が馬鹿みたいに頑張っているせいだ。おかげで降雨量が少なく、全国的に水不足らしい。
別に行くあてがあったわけではない。ただ、家にこもっているよりも、外に出た方がマシかもしれないと考えただけだ。
見舞いについていこうかとも思ったが、こんな気分ではまともに見舞えるはずもない。逆に心配されるのがオチだった。
こんなに憂鬱な休みは初めてだ。
幼なじみに久々に会って、決定的な齟齬が生まれて、妹にも心配かけて、さらには妙な夢まで見る始末だ。
「……くそっ」
無気力の中にも小さな苛立ちが混じる。ストレスはたまる一方だ。
「荒れてますねー」
急にのんびりした声がかかり、俺は顔を上げた。
いつの間に現れたのか、一人の少女が目の前に立っていた。
栗色の髪をポニーに結った美しい顔立ちの少女。白のワンピースは薄い生地で、涼しげな印象を与える。大きめの瞳は清流のように澄んでいた。
俺はすぐに思い至る。終業式の日に会った、あの美少女だ。
「また会ったね、お兄さん」
明らかに同年代のはずなのに、年下のようなことを言う。俺は立ちすくみ、少女をぼんやりと眺める。
「もう一度会いたいって思ってたの。まあ会えるとは思ってたけど、縁が繋がっててよかったね」
わけのわからないことを言うのは、前と変わらないようだった。
しかし俺は、この少女に不思議と拒絶を感じなかった。
「悩みがあるみたいだね。私でよければ相談に乗るよ」
名前も知らない相手を、俺はただ見つめていた。

俺たちは近くの公園に入った。昨日も同じことをしたな、と考えて、ため息をつく。俺はなにをやっているんだろう。
奥のベンチに座ると、少女が明るい声で言った。
「私、依子(よりこ)。あなたは?」
「沢野正治。……苗字は?」
「え? あぁ、ごめんね。私ないの」
「……は?」
つい眉間が寄った。ない、とは?
「戸籍上はあるんだけど、それを名乗っちゃいけないの。私は落ちこぼれだから」
相変わらず意味がわからない。
「だから私のことは気軽に依子って呼んで。私もマサハルくんって呼ばせてもらうから……」
「あんた、何者なんだ?」
俺はなんとはなしに訊いた。曖昧な問いであることは自覚していたが、それが一番自然な形だったと思う。
依子と名乗った少女は、にこりと笑った。
「私にはね、人の縁が見えるの」
「……縁?」
初めて会ったときにも、確かその単語を口にしていたような気がする。
「たとえば……マサハルくん、最近大事な人と仲違いしたでしょ」
「え……!?」
まるでそれが当たり前のことであるかのような口調で、依子は言い放った。
「わかる……のか?」
「大体ね。その相手がどういう人なのかまではわからないけど、マサハルくんにとってとても大事な人だっていうことはわかるよ」
「……」
驚愕していた。
懐疑もあった。
だが、嘘をつく必要があるとも思えない。
あるいは洞察が優れているだけなのかもしれない。しかしただの女の子でないことは明らかだった。たとえ虚言や妄想が入っているとしても、侮れないおかしさだ。
「無遠慮でごめんね。マサハルくんはとても辛いのに、何も知らない私が触れていいことじゃなかった。ごめんなさい」
依子は顔を曇らせて頭を下げる。
素直で、とてもいい子だと感じた。
サイコには見えなかった。俺は初対面の時の失礼な感想を恥じる。
「縁が見えるって言ったけど……」
「うん。嘘だと思う?」
「わからない。俺には判断がつかないよ。でも、あんたはそういうのに関係なく、いい人だと思う」
「ありがとう。でも『あんた』じゃなくて依子だよ。ほら言ってみて」
「依子」
「うわっ、こういうときって恥ずかしがったりして言い淀むものじゃないの?」
「悪い。俺そういうのないんだ。ってそれよりも、その縁っていうのはどういうものなんだ?」
依子はうーんと唸った。
「そんなに複雑なものじゃないよ。世の中のいろんなものは見えない糸で繋がっていて、私にはたまたまそれが見えるってだけ」
見えない糸。あの運命の赤い糸とかそういうやつだろうか。
「私とマサハルくんの間にもあるよ。一週間前に出来た糸だけど、私にはずっと見えていた。だから近いうちにまた会うって思ったの」
「……その糸は、誰の間にも出来るのか? 通りすがりの相手とか、もう二度と会うことのない奴でも」
「出来るけど、普通はすぐに切れちゃうの。あなたと私はたまたま相性がよかったからこうして会うことが出来たけど、大抵は一度きり」
長い長い時間をかけて、人は太い繋がりを作っていくんだよ、と依子は楽しそうに言う。そして、それはより近くで、想いを重ね合わさなければならない、とも。
長い時間。
互いの距離。
交しあう想いの数。
俺にもあるのだろう。家族は元より、ゆかりとの間にも。だが今は……。
「今、俺の大切な糸は切れかかっているのか?」
勢い込んで訊くと、依子は顔を伏せた。
「うん……あまりよくない。完全に切れてはいないけど、かなり危ない」
「切れたらどうなる?」
「それまでの関係がなくなる。新しく縁が繋がる可能性もあるけど、長い時間が必要」
「そうか……」
予想通りの答えに自然と嘆息が漏れた。
「大事な人なんでしょ? 早く縁を保たないと駄目だよ」
「どうすればいい?」
「簡単に言えば、その人との仲を取り戻すこと。縁が切れる前にやらないと手遅れになるよ」
また息を吐く。簡単に出来れば苦労はしない。

そのとき、依子が妙なことを呟いた。
「でもおかしいなー。ちゃんと修復出来るように繋いだはずなんだけど」
「……は?」
修復? 何のことだ?
「依子。一体何のことだ」
「いや、最初に会ったときに縁が切れかかってるのが見えたから、ちょっと手を加えてやったの」
「何をしたんだ」
「私には縁が見えるだけで、縁そのものをどうにかすることは出来ない。けど、本人の意識の方向性を縁に向けてやることくらいは出来るの。私固有の力じゃなくて本家の術の一つなんだけどね」
「……それをすると、どうなるんだ?」
「その縁が繋がっている相手に意識が向く。それによって相手との繋がりを保とうとするの。誰にでも出来るわけじゃなくて、本当に心の底から大事に想っている相手じゃないと無理だけど」
よく、わからない。
具体性に欠けるので、実感が湧かなかった。彼女が俺に何かをしたということは理解したが──。
「あの、もう少し具体的に教えてくれないか」
依子は得意気に語った。
「たとえばものすごく相手のことが気になったり、無意識の内に相手のいる方向に足が向いたり、相手のいいところを再確認したり、相手のことを夢に見たり」
ちょっと待て。今なんつった。
「とにかくそんな感じ。縁を強くするためには当事者同士の想いが重要だから、そのために、」
「あれお前の仕業か────────っっ!!!!」
俺の大音量の叫びに、依子は体をのけ反らせた。
目を白黒させながら、依子が顔をしかめる。
「どうしたの? 急に大声だして。周りに人がいないからって迷惑、」
「ここ最近やたら妙な夢を見ると思ったら、お前のせいだったんだな!」
少女はきょとんとする。それからにっこり笑って、
「あ、よかった。効果あったんだね」
「逆効果だ! あれのせいで最近憂鬱だったんだぞ!」
「そんなはずないよ。夢に見るのは基本的に相手のいいところばかりだから、楽しい内容のはずだよ?」
「あ、あのなぁ」
ある意味いい面ばかり見えたし、楽しいと言えるのかもしれないが、しかしあれはさすがに、
「……見えすぎても困ることだってあるんだよ」
「?」
「と、とにかく、元に戻してくれ」
不審そうな顔を向けられたが、俺は無視する。いくらなんでも理由は言えなかった。
依子は首を傾げたが、素直に頷く。
「うん、いいけど……でもその夢は、マサハルくんにとって重要な意味を持っているかもしれないよ」
「は?」
「夢の中で見るのは相手のいいところ。でも現実ではよく見落としがち。それがわからなくて相手を見失ったりすることもある。夢の中だからこそわかることもあるってこと。よく思い返してみたら?」
思わぬ発見があるかもよ、と言われて、俺は夢を思い返してみた。
あの部屋には温かみがなかった。あれがいい面だとはとても思えない。
いや、当事者はどうだろう。ゆかりは不満どころか、逆に嬉しそうだった。なぜ嬉しそうだったのか。
……自惚れでなければ俺か。俺といることが彼女を嬉しくさせていた。そして俺も嬉しかった。あの夢の中で俺たちは互いを理解し合い、心を重ね合っていた。
考えてみればおかしな話だ。夢の中でゆかりは言葉を一切発していない。なのになぜ、俺は彼女の言いたいことがわかったのだろう。
いや、違う。昔は簡単にゆかりの言いたいこと、考えていることがわかったのだ。それを夢の中でもやっていたに過ぎない。決して夢の中だけの話ではないはずだ。
俺はゆかりと肌を合わせた。そのとき俺は、あいつの何を見ていた? 考えを読み、理解し、重ねるときに何を、

……『目』だ。

その瞬間、俺は全てのピースがかちりと嵌った気がした。
俺はずっと、相手の顔を見て内側を理解するものだと考えていた。
だが、違うのだ。顔全体を見るのではない。少なくとも、あいつに対してはそうじゃない。ゆかりは俺に対して、いつも目で語りかけてきた。
思い出す。俺はかつて、必ずあいつの目を見ていた。目の奥に見え隠れする思考を、感情を、鋭敏に読み取っていた。それは俺にとって、呼吸するより簡単なことだったのだ。
ずっと忘れていた。三年間離れていたせいで、完全に感覚を失っていたのだ。だから俺はゆかりを──

「……」
携帯をポケットから取り出す。時刻は午後三時を回ったところだ。
「依子。まだ、俺の縁は切れていないんだよな」
「うん。……行くの?」
俺は頷いた。はっきり頷いた。
「なら急いだ方がいいよ。縁はいつ切れるかわからないから」
「ああ、ありがとな」
「あ、それと言い忘れてたけど、マサハルくんが見た夢、相手も見てたかもしれないよ」
「……は?」
「夢はね、共有することが出来るの。縁を伝って同じ夢を見ることもあるんだ」「……はあ!?」
なに言ってるんだコイツ。
「もし夢に自分が本来知るはずのない情報や事柄が出てきた場合、まず間違いないね。でもね、夢が繋がっているってことは、互いの想いが強いということの証明みたいなものだから、それは……ってどうしたの?」
「…………」
落ち込んでるんだよ畜生。
夢の中とはいえ、何度もあいつを抱いたわけで、それが向こうにも伝わっていたとすると、もう自殺ものの恥ずかしさなわけで。
よろよろとベンチから腰を上げると、俺は出口へと向かう。
と、そこで振り返る。まだ訊くことがあった。
「……なんで俺に手を貸したんだ?」
依子は笑う。
「人助けに理由なんかないよー。ちょっとお節介焼いただけだって」
「……ありがとう」
本当に心から礼を言う。そのお節介のおかげで、大切なものを失わずに済むかもしれない。
「早く行った方がいいよ」
「今度会ったら、きちんとお礼するから」
「楽しみにしてるよ。『縁があったら』またね」
俺は小さく笑みを返し、そのまま急いで駆け出した。
取り戻そう。大切な人との縁を。


真夏の日射が容赦なく俺の体を熱する。
俺は走る。急いで縁を取り戻しに。
ゆかりに対して抱いていた違和感は、もう完全に消えていた。
あれはゆかりが変わってしまったために感じたわけじゃない。そもそもゆかりは昔と比べてそんなに変わったのだろうか。
違うような気がする。本質的なものは何も変わってないと思う。
変わったのは俺の方だった。俺がゆかりの心情を理解出来なくなっていたために、彼女の方が変わってしまったのだと勝手に勘違いしてしまったのだ。
それが、違和感の正体。
伝えなければならない。今度こそ俺の想いを。
理解しなければならない。今のあいつの心を。
運動不足のせいか、脇腹が凄まじく痛い。きりきりと万力で内臓を潰されているみたいだ。熱もひどい。日射しがストーブのように強烈な熱を送り込んでくる。
それでも足を止める気はさらさらない。日射病も熱射病も、今はどうでもよかった。
早く会わなければならなかった。
俺はひたすらに走る。


ゆかりの家の前に着くと、俺はがっくりと膝をつきそうになった。
が、なんとか力を入れてこらえる。へばっている場合じゃない。
深呼吸を何度も繰り返し、少しずつ息を整える。額の汗を腕で拭い、心拍数が減るのをひたすら待った。
心臓の音が耳に響かなくなる。ようやく、体を元に戻し、
「あ……」
か細い声が聞こえたのはそのときだった。
駅方向の道の先に、制服姿のゆかりが立ち尽くしていた。俺の顔を見て、呆けたように固まっている。
「ゆかり……よかった。会えた」
泣きたいくらいに安心した。本当に、もう会えないかもしれないという不安があったのだ。

だが、駆け寄ろうとする俺に、ゆかりは顔を背ける。反射的に足を止めた。
「来ないで」
「ゆかり」
「昨日の今日だよ。会いたくなかった」
ゆかりは目を伏せる。これでは彼女の内面が読み取れない。
俺は止めた足を再び前に踏み出す。
「今日会わなきゃ駄目だと思ったんだ。そうじゃないと、手遅れになると思ったから」
すぐ目の前まで近寄る。
「ゆかり」
「……」
ゆかりは目を合わせてくれない。
「今ならはっきり言える。もう一度、言うよ」
黒髪が頑なにうつ向いた顔を隠している。
それでも、俺は言う。
「好きだ、ゆかり」
「……うそ、つき」
「うそかどうか、目を見ろよ!」
俺はゆかりの両肩を掴み、顔を上げさせた。
ゆかりの辛そうな目がこちらの顔を捉える。俺は怯まない。その目の奥を、心を理解するために、じっと見つめる。
瞬間、俺は力が抜けそうなくらい安堵した。
「よかった……」
「え?」
小さく声を上げるゆかり。
「ゆかりが俺のことを嫌ってないってわかって、すげえほっとしてる」
「な、なにを」
「目の奥は嘘をつけないな」
ゆかりの表情が固まった。
「昔は簡単にお前の考えが読めたんだ。でも久々に会って全然わからなかった。昨日までの俺じゃゆかりのことを理解出来なかった。けど、今ならわかる。はっきりと、わかる」
「……」
あれほど悩んでいた違和感は、今はどこにもない。あるのは幼なじみに対する強い想いだけだ。
ゆかりはしばらく俺の顔を見つめていた。
俺は目を反らさない。反らすはずがない。
ゆかりはほう、と小さく吐息した。そして、
「懐かしい」
そう言った。
「懐かしい目」
微笑むその顔は小さい頃と変わらない。
俺たちは見つめ合う。
「ごめんな、寂しい思いさせて」
「ごめんね、ひどいこと言っちゃって」
互いに謝って、俺たちはくすくす笑い合った。
そこで突然音がした。
振り向くと、ゆかりの家のドアが開いて、線の細い女性が出てきた。
一瞬戸惑ったが、すぐに義母と気付く。前に見掛けたことくらいはあったかもしれないが、顔は覚えていなかった。
「戻ってたのね。あら、そちらの子は?」
義母が首を傾げる。
「幼なじみなの。久々に会ったから」
「こんにちは。沢野と言います」
とりあえず無難に挨拶をする。
義母は珍しげに俺を見やり、それから柔和な笑みを浮かべた。
「そう。優しそうな方ね。仲良くしてやってね」
「あ、はい」
反射的に頭を下げる。
義母というだけでなんとなくいい印象を持っていなかったのだが、それはどうやら勝手な思い込みだったようだ。こうして振る舞いを見る限りでは、人のよさそうな感じだ。



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作者 かおるさとー ◆F7/9W.nqNY
2007年12月13日(木) 10:20:18 Modified by ID:Lz95Wvy+ew




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