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中国は1994年に2隻の877EKM型ディーゼル潜水艦(Project 877EKM//NATOコード名:キロ型)の購入をロシアと契約し、1996年には改良型の636型(Project 636/改キロ型)2隻を発注した[1]。最初の2隻はロシア海軍向けに建造中だった艦を転用して877EKM型として完成させて輸出したものだったが、続く2隻は最初から中国海軍用に新造された艦である[2][3]。これまで035型(ミン型)など西側潜水艦と比べ性能の劣ったディーゼル潜水艦しか保有していなかった中国海軍だが、キロ型の獲得によって近代的なディーゼル潜水艦群の運用が可能になった。
中国では1990年代に入ると国産の新型通常動力潜水艦039型の開発を行っていたが、本級の実用化には長い時間を要する事が明らかになっていた。これを受けて、中国海軍は潜水艦戦力のストップギャップとして2002年に636M型(Project 636M。636型の改良型)8隻を15〜20億ドルで追加発注した[1][4]。引渡しは2005年までに行われる予定であったが、実際には一年遅れの2006年にずれ込んでいる[5]。建造は全てロシア国内で行われ、完成後に重量物運搬船で中国へ送られた。
【性能】
キロ型(877型)は沿岸哨戒、航路警備などを行う近海用潜水艦として計画され、1980年にソ連海軍向けの1番艦(B-248)が就役した[2]。設計はサンクトペテルブルグのルビン海洋工学中央設計局[1]。
877型は、全長72.6m、全幅9.9m、喫水6.2m、排水量は水上2,300t、水中3,040t[2]。船体構造は複殻式で、船体形状は水中航行を重視した涙滴型。ただし、浮上時の乾舷はかなり高く相応に水上航行も考慮している表れとされる[7]。船内は防水隔壁によって区切られた6つの区画(前から魚雷発射管室、発令所、電池室、機械室、電動機室、舵室)に分かれている[1][2]。キロ型の予備浮力は大きく、1区画が満水し2つのバラスト・タンクが排水できなくても浮上可能[1][6]。
キロ型の設計では静粛性向上が特に重視されており、船体には無反響タイルが貼られ、機関や発電機などは各台座にショックアブソーバを装備して振動の発生を抑える措置が採られている[2]。キロ型の前に建造されていた641B型潜水艦(タンゴ型)などでは艦首付近に配置されていた水平舵は、その位置をセイル直前にまで後退させているが、これによって艦首部で発生する水中騒音を大幅に減少させるだけでなく、自艦のソナーの探知距離が伸びるという副次効果も発生している[8]。推進方式はディーゼル・エレクトリックの1軸推進。AIP(Air Independent Propulsion:大気独立型推進)システムは搭載していないが、設計局によれば建造時のオプションによって装備可能だという[9]。また主電動機とは別に低速・無音潜行用の小型電動機を装備している[1]。
兵装は艦首の533mm魚雷発射管6門(うち2門が有線魚雷発射可能)で、魚雷18発、若しくは機雷24発搭載する[1]。877EKMが搭載しているMVU-110EM戦闘システムは高度に自動化され5目標を同時追尾し、うち3目標を同時攻撃可能(さらに2目標は手動操作により攻撃可能)な能力を有しており、ソナーから得た目標データを迅速に計算し、全自動で魚雷に諸元を入力して攻撃態勢を整える[1][6]。魚雷の装填も自動化されており、二分間で全発射管を再装填できる[6]。
中国海軍のキロ型は主にTEST-71M/TEST-97有線魚雷と53-65KE航跡追尾魚雷の2種類の魚雷を搭載している[1][6]。TEST-71は有線誘導魚雷で主に潜水艦への攻撃に使用される。有線誘導中は兵器操作員が自由に目標を変更する事ができ、誘導ワイヤーを切り離した後は魚雷自身のアクティブ/パッシブ・ソナーで目標をホーミングする。駆動方式は銀亜鉛電池を動力源とするモーター駆動で、最大雷速は40kts、航走距離は15,000m/40kts、20,000m/35kts。最大雷撃深度は400mと言われる[6]。53-65KEは1960年代後半に開発された56-65K航跡追尾魚雷の輸出バージョンで、水上艦艇や浮上中の潜水艦の攻撃に使用される。誘導方式は海面上の航跡を追尾すると高度なもので、通常の対魚雷欺瞞装置では回避が難しい。300kgの高性能炸薬を積んだ弾頭は直撃、または近接信管によって爆発する。53-65KEはガス・タービンによって駆動し最大雷速は45kts、航走距離は18,000mとされる[1][6]。TEST-71と53-65KEはキロ型と共に中国海軍へ納入されており(数量不明)、その後中国国内でライセンス生産されている可能性もある。キロ型は潜水艦としては珍しく対空ミサイルを装備していると言われている。これはセイル部にランチャー(8発装填)を装備したもので、赤外線誘導型の携帯SAM(Strela-3/NATOコード名「SA-N-8グレムリン」)を発射できるようだが、中国への輸出型はSAMランチャーを装備していない[1]。中国海軍が受け取った最初の2隻は877型の輸出仕様877KEM型で、スクリューは877型の6枚翼から7枚翼に変更されている。
877EKM型は導入当初、電池や推進システムのトラブルが伝えられており、技術的問題により数ヶ月間に渡って作戦状態に就けないとの話も出ていた[1]。これは、近代的な潜水艦の運用に習熟した乗組員の不足も影響していた。その後、キロ型の配備数が増加し、乗員の訓練も軌道に乗った事により、この種のトラブルは解消されていった[6]。877EKM型については、蓄電池の寿命の短さや頻繁に故障が発生することも問題となっていた[11]。比較的水温の低い海域での運用を前提としたキロ型の蓄電池は海水温の高い海域での運用には適しておらず、インドやイランが購入したキロ型でも性能低下や故障の発生といった問題が生じていた。インド海軍は最終的にキロ型の蓄電池をドイツ製のものに交換する対策を取っており、中国海軍でも636型では蓄電池を改良型の476型に変更している。
中国海軍が877EKM型に次いで導入した636型(改キロ型)は877型(キロ型)の改良型で、静粛性と戦闘力、信頼性が改善されている[6][10]。636型は、船体を1.2m延長しており、排水量も僅かに増えて水上2,350t、水中3,100tとなった[10]。出力を50%増加した新型主機を搭載しており、最大水中速力は3kts増えた20ktsになり、航続距離も延伸している[6]。蓄電池は877型の446型から476型に変更され、蓄電池の寿命は2年から5年に延伸している[6]。設計では静粛性の一層の向上が追及されており、新型無反響タイルへの換装、スクリューを7枚翼式のスキュード・プロペラに変更、スクリューの回転数を877型の半分程度に抑えるなどの措置が施された結果、静粛性は877型に比べてさらなる向上を実現しており、世界でも最も静かなディーゼル潜水艦の1つであると評価されている[1][2][6][9]。ソナー・システムは改良型のMGK-400EMが搭載され、戦闘システムの情報処理速度と目標識別能力も向上している。
中国が2002年に発注した8隻の636M型は、射程300kmの3M-54E1(対艦攻撃型)「クラブS」巡航ミサイル(SS-N-27シズラー)の運用能力が付加されている。戦闘システムは、877EKM型のMVU-110EMから、AGAT設計のOMNIBOMUIBUS-E多機能指揮管制システムとAVRORA設計のLAMA-EKM多機能指揮管制システムに変更された[5][6]。OMNIBOMUIBUS-Eは、主に兵装システムの制御を行う。同時に40〜50目標を探知しつつ、3M-54Eを2つの目標に同時に発射出来る能力を有している[5][6]。LAMA-EKMは、航行設備、ソナー、レーダー、潜水深度、電力系統などの管理と、魚雷攻撃を担当している。同時に50目標を処理しながら、10目標を追尾しつつ、一度に1〜4発の魚雷を1〜2目標に発射する事が可能。攻撃準備時間は3秒[5][6]。636型は、能力の向上と共に、将来のアップグレードに備えてモジュール化の概念を取り入れたのも特徴である。キロ型の設計寿命は30年であり、10年ごとに改修を実施して装備の更新や能力向上を図る事が出来る[12]。
キロ型・改キロ型ともに中国製の魚雷・対艦ミサイルは運用できないものと思われるが、ロシアは輸出の際にソナーと戦闘システムの技術提供も行ったと言われており、将来的に中国が国産兵器の運用を行えるよう改修する可能性がある。
【就役後の状況】
ロシアから導入したキロ型(877EKM/636型)4隻は全て東海艦隊に配備された。21世紀になって調達を開始した636M型についても、まず東海艦隊への配備が開始されたが、2006年以降は南海艦隊の基地がある楡林港でも636M型が展開しているのが確認される様になり、南海艦隊への配備も行われているものと見られている[13]。
中国海軍ではキロ型について、幾つか小さな問題はあるものの総体としてはその性能に満足している[11]。国内での潜水艦開発が必ずしも順調に進まなかった時期にロシアから合計12隻のキロ型を導入できたことは、中国海軍の通常動力潜水艦戦力近代化にとって極めて大きな価値を有するものであった。その設計は、中国の通常動力潜水艦の開発に強い影響を与えており、039型潜水艦の改良や039A型潜水艦(ユアン型/元型)の開発においてキロ型の影響を伺う事が出来る。
初期に導入したキロ型4隻(877EKM/636型)は、就役から10年以上が経過しており、中国海軍ではオーバーホールに合わせて艦齢延長工事を実施、戦闘システムや各種装置の更新、「クラブS」巡航ミサイルの運用能力の付与といった能力向上を行う事を検討している[2]。
インド海軍でも保有するキロ型について同様の近代化を施しているが、改装作業自体はロシアの造船所で実施されている。中国では自国での整備能力を向上させロシア側への依存を減らすことを意図して、ロシアの技術支援を受けた上で自国の造船所で近代化を行う事をロシアに申し入れているが、両国の交渉は4年以上平行線を辿っている [14]。
■636型性能緒元
水上排水量 | 2,350t |
水中排水量 | 3,100t |
全長 | 73.8m |
全幅 | 9.9m |
主機 | ディーゼル・エレクトリック 1軸 |
ディーゼルエンジン 2基(3,650hp) | |
主電動機 1基(5,500hp) | |
小型電動機(低速・無音潜行用)1基(90hp) | |
蓄電池2基 | |
水上速力 | 11kts |
水中速力 | 20kts/3kts(最高/巡航) |
最大潜行深度 | 300m |
航続距離 | 5,213nm/7kts(水上)、7,500nm/7kts(シュノーケル)、347nm/3kts(蓄電池) |
最大作戦日数 | 45日 |
乗員 | 52名 |
水中騒音 | 128/118デシベル(877型/636型) |
【兵装】
魚雷 | 533mm魚雷発射管 | 6門 |
53-65KE航跡追尾魚雷・TEST-71M有線魚雷 | 18発(6+12発) | |
機雷 | (魚雷を積まない場合) | 24発 |
対艦ミサイル | 3M-54E1 クラブS(SS-N-27 Sizzler) | (636M型のみ) |
【電子兵装】
対水上レーダー | MRK-50(Snoop Tray-2) | 1基 |
戦闘システム | MVU-110EM | |
統合ソナー | MGK-400EM Rubikon(Shark Teech) | |
ESM装置 | 1基 | |
レーダー波探知装置 | 1基 |
■同型艦
1番艦 | 877EKM型 | 遠征64号 | 364 | クラスノエ・ソルモヴォ造船所で建造、1994年就役 | 東海艦隊所属 |
2番艦 | 877EKM型 | 遠征65号 | 365 | クラスノエ・ソルモヴォ造船所で建造、1995年就役 | 東海艦隊所属 |
3番艦 | 636型 | 遠征66号 | 366 | アドミラルティ造船所で建造、1997年就役 | 東海艦隊所属 |
4番艦 | 636型 | 遠征67号 | 367 | アドミラルティ造船所で建造、1998年就役 | 東海艦隊所属 |
5番艦 | 636M型 | 遠征68号 | 368 | アドミラルティ造船所で建造、2004年就役 | 東海艦隊所属 |
6番艦 | 636M型 | 遠征69号 | 369 | アドミラルティ造船所で建造、2005年就役 | 東海艦隊所属 |
7番艦 | 636M型 | 遠征70号 | 370 | アドミラルティ造船所で建造、2005年就役 | 東海艦隊所属 |
8番艦 | 636M型 | 遠征71号 | 371 | アドミラルティ造船所で建造、2005年12月就役 | 東海艦隊所属 |
9番艦 | 636M型 | 遠征72号 | 372 | クラスノエ・ソルモヴォ造船所で建造、2005年就役 | 東海艦隊所属 |
10番艦 | 636M型 | 遠征73号 | 373 | アドミラルティ造船所で建造、2006年6月就役 | 東海艦隊所属 |
11番艦 | 636M型 | 遠征74号 | 374 | セヴマシュ造船所で建造、2006年6月就役 | 東海艦隊所属 |
12番艦 | 636M型 | 遠征75号 | 375 | セヴマシュ造船所で建造、2006年就役 | 東海艦隊所属 |
▼ディーゼル・エンジンの排気位置が分かる
▼キロ級(手前)と039型潜水艦(奥2隻)。キロ級の船体とセイルは039型と比べてかなり太い
▼キロ級艦首発射管へのTEST-71魚雷(訓練用)装填作業。撮影年から877EKM型の1〜2番艦と思われる
【参考資料】
[1]Chinese Defence Today「Kilo Class (Project 636/877EKM) Diesel-Electric Submarine」
[2]Штурм Глубины「Проект 877」
[3]ロシア海軍報道部・情報管理部機動六課「中国海軍の「キロ級」」
[4]ストックホルム国際平和研究所公式サイト「The SIPRI Arms Transfers Database」
[5]平可夫『漢和軍事叢書02−中国製造航空母艦』(漢和出版社/2010年)266〜276頁
[6]軍武狂人夢「Kilo 877EM/636柴電攻擊潛艦」
[7]世界の艦船2005年1月号増刊 世界の潜水艦(海人社)44〜45、108頁
[8]中安在線-軍事頻道「資料:中國海軍『基洛』級潛艇(組圖)」
[9]naval-technology.com/「SSK Kilo Class (Type 636) Attack Submarine, Russia」
[10]Штурм Глубины「Проект 636」
[11]「KILO潜水艦在中国出現的問題」(『漢和防務評論』2009年12月号)48頁
[12]中国武器大全「基洛級(K級)常規動力潜艇」
[13]平可夫『漢和軍事叢書02−中国製造航空母艦』(漢和出版社/2010年)294頁
[14]Andrei Chang「China wary of Russian naval repairs」(UPI Asia.com/2009年12月22日)
中国海軍