日本の周辺国が装備する兵器のデータベース


▼ビーチングして重機を揚陸中の「中海」(201)。

▼「中明」(227)。

▼「中肇」(217)。マストをポール式からラティス式に変更している。


性能緒元
基準排水量1,653t
満載排水量3,640〜4,080t
全長100m
全幅15.2m
喫水4.3m
主機ゼネラル・モーターズ社製 GM 12-567A型ディーゼル 2基(1,800馬力)
速力11.6kts
航続距離15,000nm/10kts
乗員100〜125名(一部の艦では1980年代以降乗員を3分の1に削減)

【搭載部隊】
揚陸艇LCVP4隻(「中興」「中勝」は6隻)
輸送車量戦車もしくは水陸両用車輌17輌
搭載機なし(ヘリ発着可)
搭載貨物1,900〜2,100t(ビーチング揚陸任務時は500tに制限)
揚陸部隊約150名

【兵装】
近接防御ボフォース 60口径40mm機関砲連装2基/単装6基
 20亠ヾ慄ぁ淵┘螢灰鵑發靴はT75S型[5])連装もしくは単装
注:一部の艦は、50口径76.2mm単装砲×2、60口径40mm連装機関砲×6の兵装となっている。

【電子装備】
航海レーダーSO1もしくはSO21基

「中海」級戦車揚陸艦(「中字/中字号」型戦車揚陸艦)の前身はアメリカが第二次大戦中に1,052隻を建造したLST-1型戦車揚陸艦である[1]。

1946年から48年にかけて30隻以上がアメリカから引き渡されたが、第2次国共内戦と中華人民共和国の成立(1949年)前後の混乱の中で17隻のLST-1型は人民解放軍の入手する所となる[2]。中華民国中央政府の台湾移転後、大陸反攻に備えてさらに17隻のLST-1型がアメリカから供給され台湾海軍の揚陸艦艇の中核戦力を形成する事になった[2]。このほか民間船舶名義で引き渡され民間輸送船となったものもあり、アメリカが中華民国に引き渡したLST-1型の累計は50隻を超えている[2]。クラス名の「中字号」は、艦名が「中」の字から始まる事に由来する。アメリカから供与されたLST-1型は「中」、LSMには「美」、LCIには「聯」、LCUには「合」の字がそれぞれ艦名に取り入れられているが、これは「中美聨合(美はアメリカを指す)」の含意が込められた名称である[2]。

LST-1型は、戦車や水陸両用車両等を搭載し海岸に直接船体を乗り上げて、艦首門扉を開放してランプを下ろして車輌を揚陸するタイプの揚陸艦艇[1]。門扉を開けた状態が口をあけて笑っているように見えることから、台湾では同級に「開口笑」という渾名が付けられている。機関はゼネラル・モーターズ社製 GM 12-567A型ディーゼル 2基(1,800馬力)で、スクリューは2軸[1]。煙突は装備されておらず、舷側排気を行う。艦首に門扉を設けたため、艦首部は造波抵抗の大きい形状となり最高速力は11.6ktsに留まっている。船底はビーチングに有利なように平坦になっているが、そのため航海中の船体の揺れが大きい。

LST-1型は船内の車輌甲板にM4「シャーマン」級の中戦車なら20輌、上甲板にはGMCトラックなら14台を搭載[1]。上甲板中央部には必要に応じてヘリコプターの発着が可能[3]。通常航行では1,900〜2,100tの貨物を搭載可能であるが、ビーチング揚陸作戦任務の場合は喫水が深くなりすぎないように搭載量は500tに制限される[1]。乗員は100〜125名であり、別に揚陸部隊150名分の収容施設が設けられている[1]。船体後部の艦橋両側面に合計4基のダビットがありLCVP(Landing Craft Vehicle Personnel:車輌人員揚陸艇)4隻を搭載している。「中興」「中勝」の2隻は艦首部にもダビットを増設してLCVPの搭載数を6隻に増やしている[2]。

兵装は各艦によりバリエーションがあるが、1940年代後半から50年代にかけて頻発した中国海軍の小型艇との接近戦闘での戦訓から機関砲/銃の増設を行った艦が多い[2]。

台湾海軍に就役していたLST-1型は1966年から71年にかけて老朽化した船体外板を換装して船体構造を一新する「新中計画」改装を受け、さらに1990年代には機関と電気系統、空調装備の全面的な更新が図られている[2][3]。原型では開放式艦橋であったが、近代化改装により艦橋部は拡張・エンクローズ化された[3]。

「中字」型の1隻であった「中熙」(219)は、指揮通信能力の向上が施された上で、1962年1月に揚陸指揮艦に艦種変更が行われ「高雄」(LCC-1)と改名された[2]。台湾海軍では「中治」(226)にも揚陸指揮艦への改装を実施する計画であったが、アメリカが揚陸指揮艦用の各種装備の引渡しに同意しなかった事により改装は実現しなかった[2]。「高雄」は通信能力向上のため原型のポール式マストを大型のラティス式マストに変更しており、このマストは他の「中字号」型にも採用されている(単マストのままの艦も存在)[2][3]。

「中字」型は、平時は島嶼部への物資、燃料、水、車輌、人員などの輸送任務に充当されている。有事の際には揚陸作戦、補給、後方支援任務、また洋上での整備補修といった工作船的な任務にも当たる[5]。同級は建造から60年以上が過ぎており旧式化は明白であるが、揚陸指揮艦に艦種変更が行われた「高雄」(LCC-1)を含めて2011年1月段階で7隻(205、208、218、227、230、231、LCC-1)が現役にある。退役した「中字」型の一部は記念艦として保存される事になっている[6]。

【同形艦】[1]〜[9]…民間船籍、中国海軍所属となったものは未掲載。
艦名発音艦番号米海軍時の艦名米海軍への就役年台湾海軍への再就役年と艦歴
1番艦中海Chung-Hai697→201旧LST-7551943年8月米海軍就役1946年5月29日台湾海軍に再就役。2010年1月21日退役[7]。
2番艦衝山→中権(二代目)Chung-Shan→Chung-ChuanARL-335→651→221旧LST-10301944年7月米海軍就役1946年5月29日台湾海軍に引き渡し。当初の艦名は「衝山」(ARL-335)、のち「中権」に改名。2009年5月27日退役[8]。
3番艦中鼎Chung-Ting673→203旧LST-5371944年2月米海軍就役1946年5月29日台湾海軍に再就役。退役。
4番艦中興Chung-Hsing684→204旧LST-5571944年5月米海軍就役1946年5月25日台湾海軍に再就役。1997年11月8日退役。
5番艦中建Chung-Chien679→205旧LST-7161944年8月米海軍就役1946年6月12日台湾海軍に再就役。
6番艦中業(一代目)Chung-Yeh旧LST-7171944年8月米海軍就役1946年6月12日台湾海軍に再就役。1947年11月13日、長山島で擱座喪失。
7番艦中基Chung-Chi626→206旧LST-10171944年5月米海軍就役1946年12月14日台湾海軍に再就役。退役。
8番艦中程(一代目)Chung-Cheng旧LST-10751945年4月米海軍就役退役。モスボール状態で保管中。
9番艦中練Chung-Lien691→209旧Charnegtel1946年台湾海軍に再就役。退役。
10番艦中栄Chung-Jung657→210旧LST-5471944年3月米海軍就役元は中国招商局の輸送船「江運」。1949年5月1日台湾海軍に再就役。1997年11月8日退役。
11番艦中勝Chung-Sheng686→211→222旧LST-10331944年8月米海軍就役1949年5月1日台湾海軍に再就役。1995年10月擱座喪失。
12番艦中権(一代目)Chung-Chuan202旧LST-6401944年9月米海軍就役1954年台湾海軍に引き渡し。1955年1月10日空襲により沈没。
13番艦中功Chung-Kung213元は中国招商局の輸送船「中103」。1954年9月台湾海軍に再就役。1956年退役。
14番艦中有Chung-Yu215旧LST-5201944年2月米海軍就役元は中国招商局の輸送船「万利」。1954年9月台湾海軍に再就役。1956年退役。
15番艦中訓Chung-Shun624→208旧LST-7321944年4月米海軍就役元は中国招商局の輸送船「万国」。1954年9月台湾海軍に再就役。
16番艦中光Chung-Kuang646→216旧LST-5031943年12月米海軍就役1954年4月29日台湾海軍に引き渡し。2009年2月26日退役[9]。
17番艦中肇Chung-Chao667→217旧LST-400→Bradley County1943年1月米海軍就役1955年6月30日台湾海軍に引き渡し。2010年12月29日退役[10]。
18番艦中啓Chung-Chi632→218旧LST-279→Berkeley County1943年10月米海軍就役1955年6月30日台湾海軍に引き渡し。
19番艦中熙→高雄Chung-His→Kao-Hsiung663→219→LCC-1旧LST-735→Dukes County1944年4月米海軍就役1957年5月台湾海軍に引き渡し[4]。1962年1月に揚陸指揮艦「高雄」(LCC-1)に艦種変更。
20番艦中富Chung-Fu619→223旧LST-840→Iron County1944年12月11日米海軍就役1958年7月1日台湾海軍に引き渡し。1997年11月8日退役。
21番艦中程(二代目)Chung-Cheng676→224旧LST-1075→Lafayette County1945年4月米海軍就役退役。モスボール状態で保管中。
22番艦中強Chung-Cheng635→225旧LST-1110→Bernardino County1945年3月米海軍就役[1]([2]では1945年2月9日)1958年8月15日台湾海軍に再就役。退役。
23番艦中治Chung-Chih655→226旧LST-1091→Sagadahoc County1945年4月米海軍就役[1]([2]は1944年)1958年10月21日台湾海軍に再就役。2010年12月29日退役[10]。
24番艦中明Chung-Ming681→227旧LST-1152→Sweetwater County1945年6月米海軍就役1958年10月21日台湾海軍に再就役。
25番艦中粛Chung-Su642→228旧LST-5201944年2月米海軍就役1958年9月16日台湾海軍に再就役。退役。
26番艦中万Chung-Wan654→229旧LST-5351944年2月米海軍就役1958年9月16日台湾海軍に再就役。1990年3月16日簡易モスボール化。退役?
27番艦中邦Chung-Pang629→230旧LST-5781944年7月米海軍就役1958年9月21日台湾海軍に再就役。
28番艦中業(二代目)Chung-Yeh699→231旧LST-1144→Sublette County1945年5月米海軍就役1961年9月21日台湾海軍に再就役。

【参考資料】
[1]世界の艦船2007年1月号別冊(2007.NO.669)アメリカ揚陸艦史(海人社)16〜25頁。
[2]中国軍艦博物館「201 中海, 202 中權(新), 203 中鼎, 204 中興, 205 中建, 206 中基, 208 中訓, 209 中練, 210 中榮, 213 中功, 215 中有, 216 中光, 217 中肇, 218 中啟, 219 中熙(高雄), 221 中權(衡山), 222 中勝(原211), 223 中富, 224 中程, 225 中強, 226 中治, 227 中明, 228 中肅, 229 中萬, 230 中邦, 231 中業(新)」
[3]世界の艦船別冊 中国/台湾海軍ハンドブック 改定第2版(2003年4月/海人社)136頁。
[4]Jane's Fighting Ships 2009-2010(Stephen Saunders (編)/2009年6月23日/Janes Information Group)793頁
[5]中華民国海軍公式サイト「中海級-戰車登陸艦」
[6]軍事新聞通訊社「海軍除役艦艇依規定辦理後續陳展與汰除」(2010年1月25日)
[7]軍事新聞通訊社「中海軍艦榮耀一甲子 即將功成身退」(2010年1月21日)
[8]軍事新聞通訊社「中權軍艦今正式除役 榮耀六十載功成身退」(2009年5月27日)
[9]軍事新聞通訊社「海軍中光軍艦成長蛻變 寫下艱辛光榮史頁」(2009年2月26日)
[10]Yahoo!奇摩部落格 中華台湾福爾摩沙国防軍「中肇、中治軍艦光榮五十載 寫下篇篇史頁」(2010年12月29日)

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