日本の周辺国が装備する兵器のデータベース


▼B-611の初期試作型。

▼B-611の試射。

▼2004年の第五回珠海国際航空展で初公開されたB-611。ミサイル発射機はコンテナ収納型の連装になった。



▼トルコの首都アンカラで2007年8月30日に開催された軍事パレードで公開されたJ-600T「ユルドゥルム」(B-611のトルコ版)


▼ユルドゥルムのミサイル発射機とミサイル本体。上の砲身はT155 FIRTINA 155mm自走榴弾砲(韓国K-9自走砲のトルコ版)のもの。


▼ユルドゥルムの予備弾薬輸送車


性能緒元(B-611/J-600T)
全長6,100cm(改良型のB-611Mは6,803cm)
直径60cm(B-611M:60.5cm )
翼幅不明(B-611M:1,178cm)
総重量2,100kg(改良型のB-611Mは2,183kg )
弾頭重量480kg
推進装置固体燃料ロケットモーター
最小射程80km
最大射程150km(弾頭重量500kg)、280km(弾頭重量300kg)
誘導システム慣性航法+GPS
弾頭榴弾、サーモバリック、クラスター弾、地中貫通型など
命中精度CEP 150m(B-611M:CEP 50m)
発射準備時間25分
再装填時間25分
射角左右各45度

【開発経過】
B-611短距離弾道ミサイルは、中国航天科工集団公司(CASIC)所属の第二研究院(長峰機電技術設計院)が1991年から開発に着手した戦術弾道ミサイルである。長峰機電技術設計院は1980年代にHQ-2地対空ミサイルを転用したM-7短距離弾道ミサイルを開発した経験はあったが、本格的な弾道ミサイルの開発はB-611が最初であった。B-611は、中国軍の発注による開発ではなく、最初から国際兵器市場への売込みを意図した輸出専用兵器として研究が進められた。

1980年代、イラン・イラク戦争で多数の弾道ミサイルが実戦に投入されたことを受けて、各国で戦術弾道ミサイルに関する需要が高まることが予想されたのが、B-611の開発の契機であった。同様の経緯は、より射程の長い戦術弾道ミサイルであるDF-15(東風9/M-11)やDF-11(東風11/M-9)でも同じであり、これらのミサイルも当初は中国軍向けではなく国際市場を視野に入れて開発されている。

しかし、弾道ミサイルを含む大量破壊兵器の拡散を懸念したアメリカを中心としたG7諸国は、1987年に大量破壊兵器の拡散防止を目的とした国際規制であるMTCR(Missile Technology Control Regime:ミサイル技術管理レジーム)を立ち上げた。これにより、搭載能力500kg以上でかつ射程300km以上の性能を有するミサイルに関してはその輸出が極めて制限されることとなった。中国はMTRCには参加していなかったが、MTRCの規制以上のミサイルを輸出することはアメリカの制裁措置を招くこととなるため、以前のようには輸出を行えるような状況ではなくなった。

B-611の開発では、MTRCの規制が考慮され、長峰機電技術設計院では新型弾道ミサイルは弾頭重量480kg、射程150kmとMTRCの規制範囲内の性能とすることを決定した。開発の第一段階では、ミサイルの推進装置に長峰機電技術設計院が手掛けてきた経験のあるHQ-2地対空ミサイルの液体燃料推進ロケットモーターが流用された。液体燃料式のミサイルにはB-610の名称が付与された。しかし、この液体燃料方式では、発射直前に燃料注入を行う必要があり、発射準備に時間を要する欠点があった。そのため、推進装置は燃料注入の必要の無い固体燃料方式に変更されることとなり、固体燃料式ミサイルにはB-611の名称が与えられた。B-611では、命中精度の改善を目指して慣性誘導方式に加えてGPS誘導方式が併用されることになった。

中国航天科工集団公司では、B-611の開発に参加してその採用国となりうるパートナーを求めていたが、これに応じたのがトルコであった。トルコは1990年代後半に中国からWS-1B 302mm4連装自走ロケット砲(衛士1B)を調達しT-300「Kasirga」としてライセンス生産を行っていたが、これと同時期にB-611の開発パートナーになることを決定していた。トルコは、アメリカからMLRS多連装ロケットとATACMSロケット弾を調達していたが、ロケットの技術移転については制限され、トルコ軍が必要とする数を調達することも叶わなかった。これに対して、トルコはミサイルの国産化と技術育成を目的として、全面的な技術移転を前提としてミサイル開発のパートナーを探していた。輸出先を求める中国と技術移転を求めるトルコとの間で利害が一致し、1997年にB-611ミサイルの共同開発とトルコでのライセンス生産を許可する契約書が調印された。B-611のトルコ側の開発名は「プロジェクトJ」と命名された。

中国とトルコの協同開発作業は1999年から開始された。B-611の最初の試射は2001年に実施され、その際の射程は120kmであった。2年後の2003年の試射では目標スペックである射程152kmを達成した。B-611の開発は2003年に完了し、翌2004年には、広東省珠海市で開催された第五回珠海国際航空展で初公開された。トルコではJ-600T「Yildirim(トルコ語で稲妻の意)」と命名され、2007年8月30日に首都アンカラで行われた軍事パレードでトルコ軍に配備が行われていることが確認された。

【性能】
B-611はロシアのOTR-21トーチカ(NATOコード:SS-21 Scarab/スカラベ)やイスカンダル-E(NATOコード:SS-26 Stone/ストーン)などと同クラスの短距離弾道ミサイルであり、軍レベル以上の砲兵部隊に配備され、部隊への火力支援を行うほか、その長射程を生かして敵機甲部隊や砲兵の集結地、後方の司令部や補給地点など高い価値を有する目標に対して攻撃を行うこと想定している。

ミサイルの開発に当たっては、長峰機電技術設計院と同じく中国航天科工集団公司の傘下に入っている中国ロケット技術研究院が開発したDF-15短距離弾道ミサイルの設計が参考にされており、ミサイルの形状はDF-15を小型化したようなものになっている。ミサイルのサイズは、全長6,100cm、直径60cm、総重量2,100kg、弾頭重量480kg。推進装置は一段式で、即応性や取り扱い性に優れた固体燃料ロケットモーターを採用している。ミサイルの射程は、最小射程が80km、最大射程は弾頭重量が480kgの場合で150km、弾頭重量を300kgに軽量化した場合では射程が280kmに延伸される。ただし、MTRCの制限があるために、スペック上では最大射程は300km以内に抑えられている。相手側の弾道ミサイル迎撃システムに対抗するため、飛翔コースを変更し回避行動を取る能力が付与されている。この能力を利用して、別方向に発射したように見せかけて、大きくコースを変えて本当の目標を攻撃することも可能。

B-611の誘導方式は慣性航法方式とGPS方式の併用であり、CEP(Circular Error Probability:半数命中半径)は150m。さらに顧客の要望に応じて命中精度を高めるため、地形照合方式や各種終末誘導システムを組み込むことも可能とされる。弾頭には、榴弾、サーモバリック、クラスター弾、地中貫通型など任務に応じて各種タイプが用意されており、容易に弾頭を換装することが可能。

ミサイルは開発初期では固定式傾斜発射機を使用していたが、戦術機動性向上のため北方汽車グループ製の「奔馳2629A」6×6輪野戦トラックに単装発射機を搭載した自走型が開発された。さらに、発射機の連装化、ミサイルをミサイルコンテナに収納したタイプへと発展する事になった。ミサイルコンテナの採用は、ミサイルを外気温や湿度の変化から保護するためであり、10年間のフリーメンテナンスを実現している。連装発射機は、射角は左右45度、仰角は0〜65度となっている。自走発射機の全備重量は25t、要員は、操縦手、ミサイル管制員、整備士の3名。シャーシは通常のトラックであるため、ミサイルコンテナをカンバスで覆うことで、一般の輸送トラックに偽装することも容易。

ミサイルの発射は、単発、同時発射のいずれも選択することが出来る。自走発射機には車体の4箇所に油圧式ジャッキが設けられており、ミサイル発射の際には車体を持ち上げて安定させる役割を果たす。預備弾薬もミサイルコンテナに収納されており、再装填はコンテナの換装によって行われる。所要時間は25分。

自走発射機1両につき、指揮管制車と予備弾薬輸送車が各1両ずつ用意されており、一個ミサイル中隊を編制する。一個ミサイル大隊は、6個ミサイル中隊により構成され、大隊指揮管制車がこれに加わる。各車両は、IL-76MD輸送機(キャンディッド)などの輸送機による空輸が可能。

【派生型】
J-600T「ユルドゥルム」
B-611の派生型としてまず上げなければいけないのは、共同開発パートナーであるトルコでの状況である。前述のように、トルコでは、B-611をJ-600T「ユルドゥルム」の名で制式採用している。

ユルドゥルムのミサイルの性能はB-611と共通している。B-611と異なる点は、B-611が中国製トラックをシャーシに利用していたのに対して、ユルドゥルムではドイツ製MAN 26.372 6x6野戦トラックが使用されている。MAN 26.372は、ユルドゥルムのほかにも、トルコ軍の多連装ロケットシステムであるT-122「Sakarya」とT-300「Kasirga」(WS-1Bのトルコ版)でも使用されており、シャーシの共通化により補給整備面での負担を軽減する狙いがある。

ユルドゥルムの自走式ミサイル発射機にはF-600Tの名称が付与されている。F-600Tは、B-611の初期型と同じく単装発射機を採用している。F-600Tには、操縦手、ミサイル管制員、整備士の3名が乗車している。F-600Tにはミサイルの管制に用いるBAIKS(Batarya Atis Idare Komputer Sistemi:大隊火器管制システム)とTOMES(Topcu Meteoroloji Sistemi:砲気象システム)が搭載されており、ミサイル管制員は、車両に搭載された諸元入力装置を用いて入力を行う。F-600T一両につき一両の予備弾薬輸送車が付いているのはB-611と同じ。予備弾薬輸送車は二発のミサイルを搭載しており、ミサイルはコンテナに収納されている。ミサイルの再装填は、車両に装備されたクレーンを使用して行われる。ユルドゥルム一個大隊は、F-600T自走ミサイル発射機×6、予備弾薬輸送車×7、大隊指揮管制車×1、中隊指揮管制車×2、整備車両×1によって構成される。

ユルドゥルムの生産はROKETSAN社によって行われており、少なくとも一個大隊が編制されていると推測されるが、詳細については不明。中国とトルコとの間で締結された契約では、トルコは200発以上のユルドゥルムミサイルを生産することになっているとされる。

B-611M
B-611の中国における派生型としては、改良型であるB-611Mが中国航天科工集団公司によって提案されている。B-611Mは、2006年の珠海国際航空展でその存在が明らかにされた。

B-611Mは、命中精度の向上と長射程でのペイロード増加が目指されているのが特徴である。誘導システムの改良により、命中精度はCEP 50mにまで向上している。B-611では、射程延長のためには弾頭部の重量を300kgに抑える必要があったが、B-611では480kgの弾頭のままで射程260kmを達成している。ミサイル発射に要する時間は20分で、発射後の陣地移動までの時間は5分となっている。ミサイルのサイズは性能向上のために、やや大型化しており、全長6,803cm、直径60.5cm、翼幅1,178cm、発射時重量2,183kgとなっている。

B-611Mは、各国への売込みが行われているが、現時点では採用の報は無い。ただし、将来的にはトルコでユルドゥルムの改良を行う際に、その技術が生かされる可能性はあると思われる。

【総括】
B-611は事前準備の要らない固体燃料を採用しており、照準システムも自動化が進んでいるため、発射に要する時間は少なく、発射後にはすぐ陣地移動を行うことが可能な生存性の高い兵器システムである。B-611は、前述のように輸出向けに開発された戦術弾道ミサイルであり、そのスペックはMTCRの基準を満たすように、弾頭重量480kg、最大射程280kmに制限されている。より長射程でペイロードの大きなDF-11やDF-15を保有している中国軍にとっては、B-611を保有する意義は乏しく、中国軍への配備は行われていない。(「Research IDEX 2007 Showcases Chinas Productive Weapons Sector」によると、IDEX2007兵器ショーで、中国当局者はB-611が中国軍でも採用されると述べたとされるが、現時点では中国軍への配備は確認されていない。)

B-611にとっては幸いなことに、トルコという顧客兼共同開発パートナーを得ることが出来たため、J-600T「ユルドゥルム」として実用化に漕ぎ着けることに成功した。全面的な技術開示の約束や配備に関する細かい条件を付けない(アメリカが大量破壊兵器の拡散防止に重点を置くのとは、異なるアプローチを取る中国の立場が垣間見えるともいえる)などの好条件を提示したことが、トルコがB-611を採用するに至った要因であろう。

これは、技術水準では西側先進国やロシアになお格差のある中国としては、それ以外の点で好条件を提示することで国際市場での競争に伍していこうとしている事例であると言える。同様のケースは、 90-II式戦車(MBT-2000/アル・ハーリド)FC-1戦闘機(殲撃9/JF-17/スーパー7)でも見ることが出来る。

【参考資料】
『人民解放軍-党と国家戦略を支える230万人の実力』(竹田純一/ビジネス社/2008年8月)
『新版ミサイル事典-世界のミサイル・リファレンス・ガイド』(小都元/新紀元社/2000年7月)
『ミサイル不拡散(文春新書551)』(松本太/文藝春秋/2007年1月)
兵工科技2004増刊 第五届珠海国際航展専輯「航展新面孔:国産地地導弾B611」(兵工科技雑誌社/2004年)
軍事研究2008年9月号「発展する中国のミサイル産業-生産分野別の組織・構成、開発状況、技術移転・弱点の分析」(宮園道明/ジャパン・ミリタリー・レビュー)

ACIG.ORG「Turkish Surface to Surface Rocket and Missile Systems - III」(Arda Mevlutoglu)
International Assessment and Strategy Center「Research IDEX 2007 Showcases Chinas Productive Weapons Sector」(Richard Fisher, Jr)[1]
Turkish Armed Forces「The B611 TACTICAL SURFACE-TO-SURFACE BALLISTIC MISSILE」
Turkish Armed Forces「B-611 Yildirim SRBM」
中国武器大全「台前幕後看中国B611固体戦術地地導弾」
中華網「中国B611地地弾道導弾解析[図]」
Ido社区「中国B611M導弾射程80至260公里」
外務省公式サイト「ミサイル技術管理レジーム(MTCR:Missile Technology Control Regime、大量破壊兵器の運搬手段であるミサイル及び関連汎用品・技術の輸出管理体制)」

[[中国第二砲兵]

amazon

▼特集:自衛隊機vs中国機▼


▼特集:中国の海軍力▼


▼特集:中国海軍▼


▼中国巡航ミサイル▼


























































メンバーのみ編集できます