
JL-1(巨浪1は中国第1世代の潜水艦発射弾道ミサイル(submarine launched ballistic missile:SLBM)[1]。092型弾道ミサイル原子力潜水艦(シア型/夏型)に搭載されるSLBMとして1960年代中頃に開発が開始された。NATOコードはCSS-N-3。開発はミサイル本体が第4航空宇宙学院(後の中国火箭発動機技術研究院)と第2航空宇宙学院(後の中国長峰力学和電子学技術学院)が担当した[1][2][3]。ミサイルの設計主任は黄緯禄技師。潜水艦に搭載されるミサイル制御・誘導システムを第717研究所、固体燃料ロケットエンジンを第717工廠、弾道計算機を第771研究所と第701研究所、搭載される核弾頭を第14原子力研究院が担当した。試製ミサイルの製造は第211工廠と第307工廠が行った[1][2][3]。上記以外にも多くの研究機関や工場がJL-1の開発に関わっている。
【開発経緯】
JL-1の開発は1960年代中頃に始まる。ロケットやミサイルの開発を担当していた第7機械工業部(当時)は、1965年に第4航空宇宙学院を設立、固体燃料を使用した戦略弾道ミサイルの設計準備作業を開始した。これがJL-1の開発の基点となった[2]。1967年3月に国防科学委員会は、潜水艦発射型の中距離弾道ミサイルの開発計画を正式に承認した[2]。開発計画では最初から射程の長い2段式ロケットを実用化するという、技術的ハードルの高い目標が提示された[1]。設計案は1967年10月に海軍の承認を受け、翌1968年には技術仕様が提示された[2]。
JL-1は中国にとって初の固体燃料を推進剤として使用するタイプの弾道ミサイルであった。中国では1956年から固体燃料ロケットの研究に着手しており、1965年には直径300mmのロケットモーターの試験に成功しており、さらに大型の直径1,400mmの固体燃料ロケットエンジンの研究にも着手していた。これは固体燃料ロケットの開発が可能であることを示す実証試験に用いるためのロケットであり、試験は1966年12月に実施され成功を収めた[1]。この成功により固体燃料ロケットの実用性が認められ、JL-1の開発が承認される基準の1つとなった。JL-1のランチャーからの射出方法は、ガス圧を利用したコールド・ローンチ方式を採用することになったが、この方法はそれまでの中国では経験のないものであった[1]。実験用プールから数百回に渡ってミサイルのモックアップを射出する試験が繰り返され、1972年10月にはフルサイズのミサイルモックアップを031型弾道ミサイル潜水艦(6631型/629型/ゴルフ級)「長城200号」から発射する試験に成功した[1]。JL-1の開発では打ち上げ方式以外にも、ミサイルに搭載される軽量核弾頭(重量600〜700kg)、固体燃料ロケットエンジン、ミサイルの誘導システムなど、各種新技術の実用化が必要とされた[1][2][3]。核兵器開発は文化大革命の混乱期においても優先的に進められていたが、技術的蓄積の乏しい状況下での国際的孤立により外国からの技術が入手し難いことも影響し、JL-1の開発は難航して試製ミサイルが完成するのは1980年代にずれ込むことになった[1]。
ミサイルの試験は、第1段階の試験が陸上発射台からの打ち上げ、第2段階の試験が実物よりも小型の試験用ミサイルを地上施設の試験用プールの中に設置されたミサイルランチャーから打ち上げ、第3段階の試験が実際にミサイルを潜水艦に搭載した状態での発射という手順をとることになった[1][3]。第1段階の試験は1981年1月に実施され、1981年6月17日と1982年4月22日には第2段階の試験が実施されいずれも成功を収めた[1]。水中発射試験は1982年10月7日に実施されたが、031型「長城200号」から発射されたミサイルは発射直後にコントロールを失って実験は失敗[1]。その結果を受けてミサイルの改修を実施し、10月12日に行われた2度目の潜水艦発射試験では無事打ち上げに成功した[1]。
その後、031型「長城200号」と稼動状態になった092型弾道ミサイル原潜「長征6号」の2隻の潜水艦を使用した打ち上げ試験が続けられた。1984年3〜4月には「長城200号」を使用して渤海で4発の模擬ミサイルの水中発射試験が実施され、いずれも成功を収めた。これを受けて1985年5月には092型弾道ミサイル原潜によるJL-1の水中発射試験の実施が決定された。1985年9月28日に実施された092型を使用した最初の発射試験は失敗[1][3]。しかしミサイルと水中発射システムについては完全に機能していたことが確認されたので、発射試験は予定通り進められた[1]。1988年9月15日には最大射程での打ち上げ試験が実施され、092型から発射されたJL-1は予定通り目標海域に着弾した。さらに9月27日に実施された2度目の最大射程試験も成功を収め、JL-1は実用段階に達したと評価された[1]。
【性能】
JL-1はミサイルランチャーに収納された状態で潜水艦に搭載される。ミサイルの打ち上げはガス圧を利用したコールド・ローンチ方式を採用している[1]。Jl-1のサイズは全長10.7m、直径1.34m、重量147,00kg[1][4]。推進装置は2段式固体燃料ロケットエンジンで、中国はSLBMの開発当初から推進システムに固体燃料ロケットを採用することを選択していたが、これはSLBMに液体燃料方式を多用していたソ連よりもポラリスSLBM以来固体燃料を使用していたアメリカのSLBMに倣ったものとみなされる。JL-1の射程は1,700kmと短く[1]、黄海や東シナ海から発射してもハワイはおろかグアムにすら届かない。かろうじて日本全土を射程に収める程度である。誘導システムは慣性航法装置と恒星更新システムの併用で、半数必中半径(Circular Error Probability:CEP)は600mと言われている[1][4]。弾頭重量は600kgで、200〜1,000KTの核弾頭1発を搭載する[4]。
【派生型】
中国軍では1970年代初頭、JL-1と設計を共有する地上発射型の準中距離弾道ミサイル(Medium Range Ballistic Missile:MRBM)を同時並行的に開発するためのスタディを開始し、1975年には正式に開発計画を始動した[5]。JL-1の地上発射型は1980年代に実用化に漕ぎ着けDF-21として第二砲兵での運用が開始された。
1990年代後半にはJL-1の射程延長型が実用化され、JL-1Aとして制式化された[1][4]。JL-1Aは命中精度の向上と射程の延長を目指した改良型であり、DF-21の改良型であるDF-21Aの技術をフィードバックして開発された[4]。ミサイルの全長はJL-1よりも約2m長くなり、総重量は500kg増加した。ミサイルの大型化により最大射程は2,500kmに延伸された(射程3,000kmとの数値もある[6])。射程延長の目的は、米軍基地のあるグアムへの打撃を可能とすることであったと見られている[7]。命中精度向上のため、終末誘導段階でGPSや終末誘導用レーダー・シーカーを使用する機能が付加されたとの情報もある[5]。JL-1AのCEPについては資料により相違があるが、参考資料[5]では50mとの数値を挙げている(DF-21AのCEPが100〜300mなので、CEP50mというのは疑問がないとは言えない[5])。JL-1AはJL-1に換わって092型弾道ミサイル原潜の主兵装として運用されている[6]。
【総括】
1988年のJL-1の実用化に伴い、中国はICBM(intercontinental ballistic missile:大陸間弾道ミサイル)などの長距離弾道ミサイル、航空機による核攻撃、原子力潜水艦によるSLBMという核運搬手段の3本柱を全て戦力化することに成功した。これは1960年代以来、限られた国防資源を「人民戦争」と「核戦力開発」に傾斜投資してきた核抑止体制構築が一定の成果を収めたと見なし得る[8]。ただし中国の核抑止戦略は、相手の核攻撃を思いとどまらせ得る最低限度の核を保有するという「最小限抑止」戦略であり、米ソのような「相互確証破壊」を達成する規模の核兵器の配備は目指されていない[8]。これは当時の中国の国力から見ても現実的な対応であったといえる。一応の核抑止力体制を構築した1980年代以降の中国軍は、世界全面戦争の危機が後退したとして、「100万人の大削減」に代表される兵員削減と立ち遅れていた通常戦力の近代化にシフトすることになる。
開発当初の構想では、JL-1を搭載する092型弾道ミサイル原潜はソ連を仮想敵として、内海である渤海湾で運用することが想定されていた[6]。また日本に駐留する米軍基地への攻撃も考えられていたものと推測される。
092型弾道ミサイル原潜の建造は1隻(2隻が建造されたとの情報もある)に留まり、JL-1Aの配備数も092型の搭載数と同じ12発に留まっている[9]。これはJL-1自体が中国第1世代のSLBMであり、射程の短さもあって十分な抑止力を備えていないことが背景にある[1]。そのためハワイやアラスカを射程に収める次世代SLBMであるJL-2(巨浪2)の開発が進められている。092型原潜は1隻しか在籍しておらず、戦略原潜による継続的に核パトロール体制を構築することは不可能なのが現状である。JL-1の射程の短さを考え合わせると、実質的な核抑止力というよりは核戦力の象徴的な性格が強い存在であると評価されている[10]。むしろ原潜とSLBM技術の実用化を達成したという技術的意義の方が大きいともいえるだろう。その観点からすると、JL-1の開発により弾道ミサイルの水中発射技術や固体燃料ロケットの実用化など、それまで経験のない各種技術の実用化に漕ぎ着けた点は無視できない。現在中国第二砲兵の主力MRBMの地位を占めているDF-21シリーズを生み出したという意味でも、JL-1の開発は中国核戦力の構築において意義のあるものであったとみなすことが出来るだろう。
■性能緒元(JL-1)
全長 | 10.7m |
直径 | 1.34m |
重量 | 14,700kg |
構造 | 2段式固体燃料ロケット |
誘導方式 | 慣性誘導+恒星更新 |
弾頭重量 | 600kg |
弾頭 | 単弾頭/200〜1,000KT |
射程 | 1,700km |
半数必中半径(CEP) | 600m |
搭載艦艇 | 092型弾道ミサイル原子力潜水艦(シア型/夏型)(12発) |
■性能緒元(JL-1A)
全長 | 12.3m |
直径 | 1.4m |
重量 | 15,200kg |
構造 | 2段式固体燃料ロケット |
誘導方式 | 慣性誘導+恒星更新、終末誘導に衛星位置測定システムやレーダー・シーカーを使用 |
弾頭重量 | 500kg |
弾頭 | 単弾頭/20、90、150KT |
射程 | 2,500km |
半数必中半径(CEP) | 50m |
搭載艦艇 | 092型弾道ミサイル原子力潜水艦(シア型/夏型)(12発) |
▼トレーラーで運ばれるJL-1

▼水中から発射されるJL-1

▼092型弾道ミサイル原潜からJL-1を発射する一連のシーケンス画像

【参考史料】
[1]Chinese Defence Today「JuLang 1 (CSS-N-3) Submarine-Launched Ballistic Missile」
[2]中国武器大全「巨浪冲天:中国巨浪-1型潜射弹道导弹」
[3]环球展望网-军事-「中国“巨浪”(JL-1)潜射弹道导弹」
[4]「CSS-N-3(JL-1/-21)」『Strategic Weaopns Systems ISSUE45-2006』(Jane's Information Group)28〜30ページ
[5]Chinese Defence Today「DongFeng 21 (CSS-5) Medium-Range Ballistic Missile」
[6]竹田純一『人民解放軍-党と国家戦略を支える230万人の実力』(ビジネス社/2008年)321ページ
[7]平可夫『中国製造航空母艦-漢和軍事叢書02』(漢和出版社/2010年)259ページ
[8]阿部純一「第二砲兵部隊と核ミサイル戦力」(『中国をめぐる安全保障』/ミネルヴァ書房/2007年)228〜242ページ
[9]竹田純一『人民解放軍-党と国家戦略を支える230万人の実力』(ビジネス社/2008年)425ページ
[10]「【写真特集】世界の原子力潜水艦 全タイプ」『世界の艦船』2010年2月号(海人社)21〜36ページ
031型弾道ミサイル潜水艦(6631型/629型/ゴルフ級)
092型弾道ミサイル原子力潜水艦(シア型/夏型)
中国海軍