日本の周辺国が装備する兵器のデータベース




中国海軍は1980年代以降、洋上哨戒機としてY-8輸送機(運輸8/An-12)をベースとしたY-8X哨戒機SH-5哨戒飛行艇(水轟5)を配備してきたが、いずれも少数の配備に留まっており領海の面積に比べて対潜哨戒機の数が圧倒的に少ないという状況が続いていた。陝西飛機工業集団公司がY-8をベースとした次世代対潜哨戒機を開発しているとの情報は数年前から存在していたが、2011年11月に新型対潜哨戒機の試作機とみられる機体が撮影されたことで、漸くその実在が証明されることになった[1]。新型対潜哨戒機の制式名称はまだ不明であるが、ネットでは「Y-8Q」「Y-8FQ」「高新6号(GX6)」などの名称が挙がっている[1][2]。本稿では以下「Y-8Q」と表記する。なお「高新」とはY-8をベースとして開発された各種派生型の開発計画名称「高新工程」に因んだ名称である。

【機体特徴】
現状ではY-8Qに関する情報は乏しく、撮影された写真からの推測に頼る部分が多い事をご了承頂きたい。基本的にY-8QはY-8F-600輸送機をベースとして、対潜哨戒任務に必要な改修を施した機体である[4]。主翼の再設計が行われており、プロペラは効率の高いスキュード式6枚ブレードのものが使用されている[4]。Y-8では部分与圧であったが、Y-8Qでは高空・長距離飛行の為に機内は完全与圧化されている[3]。不要となった機体後部のランプドアは廃止されており、胴体底部には対潜魚雷や爆雷などを搭載するため、新たに爆弾倉(ウェポン・ベイ)が設けられた[1][3][4]。水平尾翼にはY-8をベースとして開発されたKJ-200早期警戒機(空警200/高新5号)でも見られる小型の垂直安定板が取り付けられているが、機体の改修に伴い安定性改善の必要性が生じたための措置かもしれない。

以前開発されたY-8ベースのY-8X哨戒機は、捜索能力は有していたが対潜・対艦兵装の運用能力は付与されていなかった。これに対してY-8Qは単機で捜索・探知と攻撃任務の双方をこなし得る点で、対潜哨戒機としての実用性を大きく向上させている。ただし兵器の搭載に関しては、Y-8輸送機をベースとしたことに起因する問題点が指摘されている[5]。Y-8は胴体後部にあるランプドアから貨物の乗降が便利なように、胴体と地面との間のクリアランスを少なくしているが、クリアランスの少なさは胴体下部爆弾倉へ兵装の搭載を行う際に不利となる。P-3Cやニムロッドなど外国の対潜哨戒機では、爆弾倉だけでなく主翼下部パイロンにも兵装を搭載できるが、Y-8の主翼は高翼配置で地上とのクリアランスが大きすぎるため、主翼下パイロンが装備されたとしても兵装を搭載するには外国の対潜哨戒機よりも手間がかかると見られている[4]。

Y-8Qには対潜哨戒に必要な各種センサーが取り付けられている。機首下部には洋上捜索用レーダーを搭載する大型レドーム、胴体下部の前輪収納部直後には旋回式の光学/電子センサーが配置されている[4]。垂直尾翼基部には長いブームが設置されており、潜水艦の位置測定に用いられるMAD(Magnetic Anomaly Detector:磁気探知機)が内蔵されているものと考えられる[1][4]。このほか写真からは確認できないが、Y-8X哨戒機で既に採用されていたソノブイ投下装置も装備しているものと推測される。胴体後部側面にはドーム型の小型キャノピーが設けられており、洋上哨戒の際の観測窓として使用される[4]。機体各部にはES(Electronic Support:電子支援)用のブレードアンテナが設置されている。自己防御装置としては、垂直尾翼にRWR(Radar Warning Receivers:レーダー警戒受信機)アンテナ、機首先端部に2つのMAWS(Missile Approach Warning System:ミサイル警報装置)用センサーが装備されている[2]。このほか近年開発された他の中国軍機と同様に、衛星位置測定システムやデータリンク・システムを実装しているものと思われる。

【Y-8Q開発の背景】
これまで中国海軍が洋上哨戒機の整備に積極的でなかったことには、様々な要因が考えられる。1970〜80年代のアメリカや日本は、旧ソ連海軍の原潜を対象として多数のP-3C対潜哨戒機を配備したが、中国海軍には喫緊に対処を迫られるような敵対潜水艦戦力の脅威が存在しなかった。中国海軍の対潜作戦は自国の港湾周辺から敵潜水艦を排除することで、自国の水上艦艇や潜水艦の出港を探知されることを阻止、特に戦略原潜の基地がある黄海への敵潜水艦の浸透を防止することが重要な課題とされていた[6]。領海での対潜作戦は053H型フリゲイト(ジャンフーI型/江滬I型)037型哨戒艇(ハイナン型/海南型)などの艦艇が担当していた[6]。その後1980年代末から1990年代にかけて西側技術の導入により艦載対潜ヘリコプターが戦力化され、艦艇とヘリコプターが連携して対潜作戦を実施することが可能となった。しかし作戦範囲は依然として中国近海に限定されており、陸上基地で運用される対潜哨戒機を配備する必要性には乏しかった[6]。1989年の天安門事件以降は西側諸国からの兵器導入が困難となったが、中国側に対潜哨戒機を導入するという強い意志があれば、(Su-27戦闘機を大量調達したように)関係を改善した旧ソ連/ロシアから輸入するという道も取り得た。しかし対潜哨戒機に関する切迫した需要が無かったこともあり、実際にはロシアからの対潜哨戒機導入は行われなかった。1990年代にはY-8X哨戒機が実用化されたものの多数が配備されることが無かったのも、この対潜哨戒機の配備の必要性が薄かったことに起因するものと思われる。

この状況は近年次第に変化してきた。中国海軍は1980年代に近海防御戦略の見直しを行い、それまでの沿岸防衛中心主義から、渤海〜南シナ海にいたる300万平方キロメートルの海洋管轄権の維持を主任務に掲げることになる[7]。海軍の戦略見直しに加えて1980年代以降の中国の急速な経済成長と、それに伴う海上交通路の重要性の高まりを受けて、中国海軍では海上交通路の保護と限定的紛争における戦力投射能力の向上が重要な課題として浮上してきた[7]。同時に国防予算の急増はこの目標を実現するための財政的裏付けとなり、21世紀に入ると海軍力の増強が顕著となってきた。「台頭する中国」とその海軍力の増強は周辺諸国の対応を惹起することになるが、これまで以上に重要視されるようになってきたのが潜水艦戦力の整備であった[8]。アメリカ海軍は戦力の中心をアジア太平洋にシフトする方針を掲げ[9]、原子力潜水艦はその中でも重要な地位を占めている[8]。日本は中国海軍の増強に対応するために、潜水艦の定数を16隻から20隻に増加することを決定した。南シナ海での領有権問題で中国と対峙する東南アジア諸国でも潜水艦戦力の増強がブームとなっており、各国で潜水艦戦力の強化が計画されている。これらの状況は中国海軍に対潜作戦能力の向上を迫る要因として作用するものと考えられる。対潜作戦が中国沿岸より広い海域において実施する必要性が生じてきた事で、広範囲の対潜哨戒が可能な固定翼対潜哨戒機の整備が不可欠となる。Y-8Qの開発の背景には、上記のような中国海軍を巡る情勢の変化が存在していると考えられる。

【今後の展開】
Y-8Qは現在試作機2機の製造が確認されており、今後は飛行試験や搭載する各種センサーや兵装システムなどの実証試験が実施されることになる。Y-8Qはそのセンサーを生かして周辺諸国の潜水艦の音紋・磁気探知や電子偵察任務、さらには領海警備活動や遭難船舶の捜索活動などに投入されることが考えられる[6]。中国が重視しているアメリカ空母部隊の接近阻止・海域利用阻止において捜索任務に投入されることも想定されるが、かつて米空母部隊と対峙したソ連海軍の経験から洋上を護衛なしに飛行する偵察機の生存性は極めて脆弱であることが指摘されており[10][11]、Y-8Qが実際に空母部隊捜索任務に投入されるかどうかについては疑問がある。ただし対潜哨戒機の本格的な運用経験が豊富とはいえない中国海軍にとっては、機体や兵器システムといったハード面での整備だけでなく、それらを有効に活用するために必要な運用ノウハウの確立が必要である。また対潜作戦用ソフトウェアの開発は作戦海域の海底地形や海流・水温の状態、周辺諸国の潜水艦の音紋や磁気特性等の各種データの収集と分析が必要となる。これらの課題は一朝一夕に解決できるものではなく、時間と費用をかけて構築していく必要がある。Y-8Qがこれまでの対潜哨戒機と同じく少数配備に留まるのか、それとも多数の機体が配備されるのかは、これからの中国海軍の方向性を占う指針となる事例であり、今後の展開が注目される。

【参考資料】
[1]Chinese Military Review「Chinese Y-8Q GX6 Maritime Patrol and Anti-submarine Warfare Aircraft」(2011年11月)
[2]Chinese Military Aviation「Surveillance Aircraft−Y-8FQ Cub/High New 6」
[3]Aviation Week「China's Maritime Patroller」(Bill Sweetman/2011年11月21日)
[4]「中国−Y-8MPA確認」(『軍事研究』2012年6月/(株)ジャパン・ミリタリー・レビュー)174ページ
[5]離子魚「中国海軍航空反潜戦闘力的新跨越−対潜運-8高新機反潜型的展望」(『艦載武器』総150・2012年2月/中国船舶重工集団公司)35〜47ページ
[6]空軍世界「運-8大型反潜巡邏機」
[7]山内敏秀「中国の海洋力と海軍の将来像」(茅原郁生 編著『中国の軍事力―2020年の将来予測―』/蒼蒼社/2008年)397〜431ページ
[8]天一「遲来的威攝−中国新型岸基反潜機性能及作用浅析」(『艦載武器』総155・2012年7月/中国船舶重工集団公司)41〜49ページ
[9]米国防総省「Sustaining U.S. Global Leadership: Priorities for 21st Century Defense」
[10]アンドレイ・V・ポルトフ『世界の艦船別冊 ソ連/ロシア原潜建造史』(海人社/2005年11月)92ページ
[11]アンドレイ・V・ポルトフ『世界の艦船増刊第94集 ソ連/ロシア巡洋艦建造史』(海人社/2010年11月)128ページ

【関連項目】
Y-8輸送機(運輸8/An-12)
Y-8X対潜哨戒機(運輸8X)
Y-8J洋上偵察機(運輸8J)
Y-8CB電子戦機(運輸8CB)
KJ-200早期警戒機(空警200)

中国海軍

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