日本周辺国の軍事兵器 - 3M-54E1艦対艦ミサイル「クラブS」(SS-N-27)



3M-54E1「クラブS」(Klab-S)はロシアのノワトール・エカテリンブルク設計局が開発した潜水艦発射型対艦ミサイル(USM:underwater-to-surface missile)[1]。3M-54E1はミサイル本体の名称で、システム全体の名称は「カリブルPLE」(Kalibr-PLE)ミサイル複合体と呼称されており、クラブSはカリブルPLEの輸出型に与えられた名称[2]。NATOコードはSS-N-27「Sizzler/シズラー」。

カリブル/クラブは1980年代にソ連軍への配備が開始されたKh-55空対地巡航ミサイル「グラナード」(NATOコード:AS-15 Kent/ケント)の技術を元にして1985年頃から開発が開始された[1]。カリブル/クラブ・シリーズは水中発射型「カリブルPLE/クラブS」のほかにも、水上発射型「カリブルIRC/クラブN」、自走発射機搭載型「カリブルM/クラブM」、空中発射型「カリブルA/クラブA」、コンテナ搭載型「クラブK」など各種派生型が実用化されている[2]。これらのミサイル・システムから発射されるミサイルも対艦攻撃型(3M-54E/3M-54E1)、対地攻撃型(3M-14TE/E)、対潜魚雷投下型(91RTE2/91RE1)などさまざまなバリエーションが存在する[3]。なおカリブルとクラブは完全に同じものではなく、いくつかの仕様の違いが存在する。ロシア海軍が使用するカリブルの中には射程2,500kmという長射程のタイプも存在するが[4]、輸出版では射程は最大で300kmと制限されている。これはロシアも参加している国際的なミサイル技術輸出管理規制であるミサイル技術管理レジーム(MTCR:Missile Technology Control Regime)で射程300km以上の巡航ミサイルの輸出が規制されているため[5]、これに抵触しないための措置と思われる。

中国は2002年にロシアに発注したキロ級潜水艦(636M型)8隻の兵装の1つとしてクラブSを採用し、3M-54E1ミサイルを150発発注して2007年までに調達を完了した [6]。

【性能】
クラブSは3M-54E1ミサイル、3R-14Hミサイル制御システム、ミサイルを収納するキャニスター、入力機器、各種支援装置などにより構成されている[2]。

クラブ系列のミサイルは水上艦艇の垂直発射装置や潜水艦の魚雷発射管から発射されるため、胴体は円筒形だが先端部は対艦攻撃型、対地攻撃型、対潜魚雷投下型などでそれぞれ異なった形状となっている[3]。中国が購入した3M-54E1の場合、先端部は丸みのある形状となっている。胴体中央部には展開式の主翼があり、胴体後部には垂直安定版と水平安定版を組み合わせた尾翼を配置している。尾翼の直後にはミサイルの射出に使用される3M-50「Granat/グラナト」固体ロケットブースターが装着されている[2]。3M-54E1の構造は前からレーダー・シーカー区画、制御・航法系統区画、弾頭部、推進系統、切り離し式ブースターという配置になっている[2]。ミサイル先端部にはアクティブ・レーダー・シーカーが内蔵されている[2]。シーカーの後ろは制御・航法機器が搭載されており、グロナス(GLONASS)衛星位置測定システム、慣性航法装置、自動操縦装置、高度計などを格納する[2]。その後ろが弾頭部で450kgのHE(High Explosive:高性能炸薬)弾頭を搭載[7]。弾頭部の後方は推進系統となっており、TRDD-50Bターボジェットエンジン1基が内蔵されている[2]。

3M-54E1は防水・防火能力を有するキャニスターに収納された状態で潜水艦に搭載されており、メンテナンスフリーを実現している[2]。発射の際には533mm魚雷発射管からキャニスターごと発射される。ミサイルはキャニスターからブースターの推進力により射出されると、高度約150mまで上昇してターボジェットエンジン始動に必要な速度にまで加速する[2]。その後ブースターは本体から切り離され、主翼を展開してインテークを開き、胴体後部に内蔵されたターボジェットエンジンを始動して飛翔を行う[2]。飛翔速度はマッハ0.6からマッハ0.8、射程距離は最小12.5km、最大300km[2]。3M-54E1は巡航飛行中に敵艦船からの探知を避けるため、高度15〜20mで超低空飛行を行う。飛翔コースは事前に入力が可能であり、複数のミサイルを異なった方向から目標に指向させることで、相手の迎撃能力に負担をかける手法を取ることも出来る[2]。目標から30〜40kmの距離に到達すると一旦上昇し、レーダー・シーカーを作動させて目標を捕捉、その後再度降下して超低空飛行に戻り目標に突入する[2]。この際、目標艦艇の防空システムを混乱させるため、進路をランダムに変更する機動を行う[2]。

なお3M-54E1の元になった3M-54Eではジェットエンジンの前方にロケットモーターが内蔵されており、終末段階ではジェットエンジン部分を切り離してロケットモーターを始動、マッハ2.9に加速して目標に突入する機能が備わっている[1][2]。輸出向けの3M-54E1ではこの機能は省かれており、代わりに射程の延長(220km→300km)と弾頭部分の重量増(200kg→450kg)が行われている[2]。誘導システムは中間段階ではグロナス衛星位置測定システムと慣性航法システムの併用、終末段階ではアクティブ・レーダー誘導システムを使用する[1][2]。

【運用状況】
クラブSは中国海軍ではキロ級潜水艦(636M型)8隻のみで運用されている[7]。636M型より前にロシアから輸入したキロ級潜水艦(877EKM型と636型)4隻はクラブSの運用能力は有さない。同級の近代化改修の際にクラブSの運用能力が付与されるのではないかという推測はあるが、現時点では887EKM型と636型が近代化改修を受けたとの事実は確認されていない。中国海軍は2009年前後に3M-54E1の発射試験を複数回実施し、予想を上回る距離での命中など優れた成績を収め、中国海軍はその成果に満足したとされる[8]。クラブSは対地攻撃用の3M-14型ミサイルの運用も可能であるが、このミサイルは中国には提供されておらず[8]、そのため中国海軍の636型は現時点では対地攻撃能力を有していない。

性能緒元(3M-54E1)
全長6,200mm
翼幅2,200mm
直径533mm
重量1,570kg
弾頭重量450kg
推進装置TRDD-50Bターボジェット・エンジン
速度マッハ0.6〜0.8
射程12.5〜300km
飛行高度15〜20m(巡航飛行時)
誘導方式衛星位置測定システム+慣性航法システム(中間段階)
 アクティブ・レーダー誘導(終末段階)
装備艦艇キロ級潜水艦(636M型)

[1]Yahoo!ブログ〜ロシア・ソ連海軍〜「対艦(対地)巡航ミサイル「クラブ」」(2007年5月20日)
[2]Ракетная техника Описания и технические характеристики ракет. Новости военно промышленного комплекса「Противокорабельная ракета 3М-54Э / 3М-54Э1」
[3]岡部いさく「ロシアとヨーロッパの新艦載兵器」(『世界の艦船』2013年5月号・No.773/海人社)104〜109ページ
[4]ロシア海軍報道・情報管理部機動六課(FC2)「巡航ミサイル「カリブル」対地攻撃型は2500kmの最大射程を有する」
[5]外務省公式サイト「ミサイル技術管理レジーム (MTCR:Missile Technology Control Regime、 大量破壊兵器の運搬手段であるミサイル及び関連汎用品・技術の輸出管理体制)」
[6]SIPRI公式サイト「SIPRI Arms Transfers Database」
[7]Chinese Defence Today「Kilo Class (Project 636/877EKM) Diesel-Electric Submarine」
[8]MDC軍武狂人夢「Kilo 877636柴電攻擊潛艦」

キロ級潜水艦(877EKM型/636型/636M型)
中国海軍