日本周辺国の軍事兵器 - 9K331「トールM1」地対空ミサイル(中国)



▼演習に参加中のトールM1


▼ロシア軍のトールM1動画(YouTube、1分17秒)。独特の発射方式がよく分かる。

▼南京軍区の地対空ミサイル大隊で運用されるトールM1。車内の様子や整備風景、シミュレーターなどの映像が確認できる


9A331装軌式自走車体性能諸元
重量34.25t
全長7.5m
全幅3.3m
全高5.5m(レーダー起立時)
エンジン12気筒ディーゼル
最高速度65km/h
航続距離500km
武装9M331対空ミサイル×8
レーダー三次元捜索レーダー×1(E/F-band)
 追跡・管制レーダー×1(K-band)
装甲圧延鋼板装甲
乗員3名(車長、操縦手/整備員、システム管制員)

9M331ミサイル性能緒元
全長2.85m
直径35.0cm(翼幅65.0cm)
重量167.0kg
弾頭14.5kg(HE)
推進方式1段式固体ロケット
最大速度850m/s
射程1,500〜12,000m
射高10〜6,000m
誘導方式指令誘導

9K331「トールM1」(SA-15ガントレット)はロシア(旧ソ連)が1970年代末に開発に着手した中・低空域用の自走式防空ミサイル・システムで、同時期に開発が進められていた海軍のキンジャール/クリノク艦対空ミサイル・システムと共通の技術が用いられていた[1]。 9K331「トールM1」は防空システムとしての名称で、自走ミサイル発射機の名称は9A331、ミサイル本体の名称は9M331となっている[1]。

【性能】
トールM1は1輌にミサイル・ランチャーと捜索レーダー、追尾レーダーを装備し、単体で完結する全天候型自走式防空ミサイル・システムとして開発された[1]。

9A331自走ミサイル発射機は、ミチシュツ機械製造工場で生産されているGM-569装軌式中型装甲輸送車に対空ミサイル・システムを搭載[1]。GM-569装軌式中型装甲輸送車は、トールM1のほかにブーク1M中距離地対空ミサイル・システムや2S6ツングースカ自走機関砲+ミサイル複合防空システムでも用いられており、ロシア前線防空部隊の各防空車輌の共通シャーシとして使用されている[1]。これは整備、補給、教育訓練などのロジスティック面で大きな長所となる[2]。GM-569は油気圧サスペンションを採用しており、車高の調整が出来る[1]。軌道輪は後方配置で、出力709馬力のV-46-4水冷ディーゼルエンジンとハイドロメカニカル型トランスミッションにより、路上最高速度65km/hを発揮する[1][2]。

9A331自走ミサイル発射機の戦闘重量は34.25トン、NBC(Nuclear Biological Chemical:核、生物、化学)防護システムと自動消火装置を備えている[1]。エンジンに付属する発電機のほかに、ガスタービン駆動のAPU(Auxiliary Power Unit:補助動力装備)を装備しており、停車時にはエンジンを停止してAPUによって発電を行う事で消費燃料を節約する[1]。大型輸送機による空中輸送が可能[1]だが、水陸両用とはなっていない。乗員は車長、システム管制員、操縦手/整備員の3名で、車体前部右側に操縦手席があり、車長とミサイル管制員はその後ろに配置される。車体中央は無人の砲塔ターレットを搭載、車体後部は機関室という配置[1][3]。

砲塔後部に装備している三次元捜索レーダーはE/Fバンドで、最大48目標を探知しそのうち10目標を全自動で追尾して射撃データを取得する[3][4]。有効探知範囲は約25,000m[1][3][4]。捜索レーダーから得られた目標の距離、高度、方位などのデータは、火器管制システムに送られて自動的に脅威評価が下され、最も脅威度の高い目標を判断する[1][3]。最初に迎撃する目標は、優先度に応じて、もしくは車長がその時の状況に応じて決定する[1]。

ミサイル管制員はその目標(若しくは手動で選択できる)を追跡するコマンドを送り、砲塔前部にあるH/Gバンドの追跡レーダーが追跡を開始する。このレーダーはフェイズド・アレイ式でKバンドを使用するモノパルス・ドップラー型[1]。目標捜索レーダーから脅威の高い目標2つを自動的に引き継いで、同時追尾を行う事ができる。追尾レーダーは高い耐ECM(Electric Counter Measure:電子妨害)性を備えているが、レーダー右上には、TVカメラや赤外線捜索装置などからなる光学追跡システムがあり、敵の強力なECM下でも目標を追尾できる[1][5]。追跡レーダーの左上には発射したミサイル管制用の小型追跡レーダーが装備されている[4]。追尾レーダーの有効距離は25kmだが、ミサイルの誘導範囲はレーダーの軸線から左右・上下各15度の範囲に限られている[1]。光学追跡システムの最大追跡範囲は約20,000m[2]。

トールM1では、リアクションタイムを短縮するためにVLS(Vertical Launching System:垂直発射機)方式を採用している。搭載ミサイルの9M331は4発1組でランチャーに収められており、ターレット中央にランチャー2基を搭載する[1]。ランチャーは完全に密封されており、メンテナンス・フリーを実現している[2]。9M331ミサイルはコールド・ランチ発射方式を採用しており、VLSからガスで打ち上げられた後、ロケット・モーターに点火しTVC(Thrust Vector Control:推力偏向)で目標方向に向きを変える[1]。この方式の利点はロケットの噴射熱や火炎で車体を痛めない事で、これによりトールM1は自走式SAMとしては珍しいVLS方式を採用しているにも関わらず砲塔上の捜索レーダー等にほとんど影響を与えない[1]。9M331ミサイルの有効射程は1〜12kmで、有効高度は10〜6,000m[1]。弾頭部には15kgの高性能炸薬が装備されており近接信管によって炸裂する。ミサイルの機動(方向転換)はTVCで行われ、最大30Gまでの急旋回を行う事が出来る[1]。9M331ミサイルは航空機やヘリコプター、無人機だけでなく、巡航ミサイルや精密誘導爆弾なども迎撃可能。ただし、巡航ミサイルへの有効射程は5kmと航空機よりも短くなる[5]。

トールM1中隊は基本的に4輌の9A331自走ミサイル発射機と1輌の9S737「ランジール」装甲指揮統制車で構成される[1]。9S737「ランジール」はMT-Lbu装軌式多目的車をベースとしており乗員は4名[1]。他の発射中隊の指揮統制車と早期警戒情報や、目標の位置方向に関する情報のデータ交換を行い、線状の状況を把握して中隊の各自走ミサイル発射機に対して迎撃担当空域を指示し発射機間で共同作戦を行うほか、連隊の捜索レーダーからの情報も受け取る[1]。3〜5個中隊で1個大隊が編制される。

トールM1は、即応性、連射性、多目標同時迎撃能力を有する優れた短距離防空ミサイル・システムであり、ロシア軍、中国軍のほかギリシャやイランなど各国で採用されている。

【導入後の状況】
中国はロシアから1995年にトールM1を14システムと9M331ミサイルを400発購入し、1999年には更に13システムと500発を追加購入した[5][6]。中国軍が購入したトールM1は北京近郊の第38軍集団、南京近郊の第31軍集団のそれぞれの地対空ミサイル大隊に配備されている[5]。当初はS-300対空ミサイル・システムの防衛用として20個大隊に配備される予定だったという。

中国が購入したトールM1は二個大隊分であったが、さらに10個大隊分の需要があるとロシア側に伝えられていた[7]。中国は、さらに多くのトールM1を輸入するためにロシアとの間でトールM1の追加購入の協議を行っていたが、1999年以降協議は停止状態になった[7]。ロシア側では、この頃から中国がトールM1のコピーに着手したと認識し、2001年には協議が完全に中断するに至った[7]。

この「中国版トールM1」は、HQ-17(紅旗17)の名称が付与されて量産化に向けた作業が続けられ、2010年代に入ると部隊での運用が確認されるようになった。

【参考資料】
[1]江畑謙介「中国も装備するロシア野戦防空システム トール地対空/クリノク艦対空SAM」(『軍事研究』1999年8月号/ジャパン・ミリタリー・レビュー)190〜205ページ
[2]江畑謙介「ロシアが世界に先駆けて開発・ミサイル/砲ハイブリッド兵器 戦略輸出兵器のツングスカ自走対空システム」(『軍事研究』2000年2月号/ジャパン・ミリタリー・レビュー)66〜80ページ
[3]FAS(Federation of American Sientists)「SA-15 GAUNTLET / 9K331 Tor」
[4]Global Security「SA-15 GAUNTLET / 9K331 Tor」
[5]Chinese Defence Today「Tor-M1 (SA-15) Surface-to-Air Missile System」
[6]SIPRI「SIPRI arms transfers database」
[7]平可夫「中国展示HQ17地対空導弾」(『漢和防務評論』2012年3月号)37ページ

中国陸軍