日本周辺国の軍事兵器 - EQ2050汎用4輪駆動車「猛士」

▼「猛士」(ソフトトップ型)


性能緒元
重量3.150kg(整備重量)/5,000kg(最大積載時)
全長4,698mm
全幅2,174mm
車高1,980mm
エンジン(軍用)GM製6.5L水冷V型8気筒ディーゼル(145Kw/195馬力)
(輸出用/民生用)東風/カミンズEQB150-20型液冷ターボチャージドディーゼルエンジン(112kW/150馬力)
変速機(軍用)4速自動変速機
(輸出用/民生用)A-100マニュアル式変速機(前進5段・後進1段)
最高速度125km/h(軍用)、115km/h(輸出用/民生用)
最大登攀角60度
最小旋回半径15m
航続距離669〜670km(軍用)/900〜980km(輸出用/民生用)
渡河深度75cm(事前準備なし)/120cm(事前準備あり)
運用可能温度-41〜+46度
運用可能高度海抜5,000m
搭載重量1,750kg
牽引重量2,000kg
乗員4名(最大12名の搭乗が可能)

EQ2050「猛士」1.5トン汎用4輪駆動車(中国語では高機動性軍用越野汽車や高機動多用途輪式車、高通過性越野車などの呼称が用いられる)は東風汽車集団有限公司グループに属する東風越野車有限公司で生産されている汎用4輪駆動車[1][2]。同車は、米AMジェネラル社が開発したM998ハンヴィー汎用車シリーズの民生型ハマーH1を基にして開発された車両である[2]。

【開発経緯】
AMジェネラル社は、1988年に開催された北京国際防務展においてM998ハンヴィーを出展した[2]。当時、米中関係は良好で、アメリカから中国への兵器輸出も行われていたためAMジェネラル社もハンヴィーの中国軍への採用を期待しての出展であった。北京国際防務展の閉幕後もハンヴィーは中国に残されて、中国軍での評価試験が行われているが、中国軍では、ハンヴィーの取得コストや運用経費の高さを懸念して、その導入には関心を示さなかった[2]。

この状況を変えたのが1991年に勃発した湾岸戦争で、米軍が多数のハンヴィーを投入している様子が報じられた事が中国軍の同車への姿勢を一変させることになる[2]。しかし、この時の米中関係は1989年に発生した第二次天安門事件を受けて冷え込んでおり、アメリカ政府の対中武器禁輸措置により中国への兵器輸出は困難で、ハンヴィーをアメリカから購入することは無理な状況であった。ただし、ハンヴィーの民生型であるハマーの輸入は可能で、1990年代には中国の石油会社が少数のハマーを購入しており、中国の自動車会社がこのハマーを詳細に分析する機会を得ている[2]。1997年にはアメリカ政府がAMジェネラルに対してハンヴィーの民生型であるハマーH1の中国向け輸出を承認しており、中国市場での販売に関してAMジェネラルと東風汽車公司の提携が行われたとされる[3]。

21世紀に入ると、東風汽車公司と瀋陽飛機製造公司汽車廠という2つのメーカーが中国版ハマーと言うべき汎用4輪駆動車の開発に着手した[1][2]。これは中国軍からの開発要求に応じたものではなく、将来的な需要を見越したメーカーによる自主開発であった[2]。両社の設計案は、ハマー/ハンヴィーの製造元である米AMジェネラル社から調達したハマーH1のシャーシを使用しており、エンジンやギアボックスなど各種コンポーネントもアメリカから調達しているため、外観・内部構造共にハマーから強い影響を受けたものとなった[1][2][3]。これらのアメリカ製コンポーネントは、民生ベースで調達されたため武器輸出規制には抵触せず合法的に輸入されている。AMジェネラルが正式にハマーH1のライセンス生産を承認したか否かについて確証は得られていないが[3]、AMジェネラルとの緊密な関係の下で開発がなされたことは指摘されている[4]。少なくとも両社の汎用4輪駆動車開発に当たってAMジェネラルから提供された各種コンポーネントが重要な役割を果たした事は間違いない。

2002年に本格的な研究開発を開始した東風では、同年中に概念実証車を製造、EQ2050「鉄鋼」の名称で公開[1][2][5][16]。翌2003年には瀋陽の試作車両も完成しSFQ2040「獵鷹」と命名されて一般公開された[2]。両車ともハマーのコンポーネントを多用していたが、EQ2050が鋼鉄製の車体だったのに対して、SFQ2040は軽合金を使用して軽量化に努めていた[1]。これはEQ2050が兵員輸送を主任務において高い防御能力を追求したのに対して、SFQ2040では走破性向上に重きを置いた設計方針を採用したため[1]。

両社が中国軍での採用を求めて積極的な働きかけを行った事が功を奏し、中国軍では両社の設計案を比較検討した上で、部隊採用を前提とした開発指示を下す事を決定[2]。

最終的に東風の設計案の採用が決定したが、この際、軍からはハンヴィーA2を念頭に置いて性能向上を実現すべしという開発要求がなされた[5]。2003年8月、東風に対してEQ2050初期バッヂの発注が行われ、同年9月から軍での採用を前提とした試作車両の開発製造作業が開始[16]。設計主任は孫鉄漢技師[16]。2004年から2006年にかけて57輌のEQ2050が中国軍に納入された[2]。これらの車輌は、2005年7月から2006年10月の間にかけて部隊での各種評価試験に従事、高地や砂漠、寒冷地や熱帯地方など中国各地の様々な気象条件や走行状況の下での試験、パラシュート投下試験などが行われ、合計走行距離は103万キロに及んだ[2][16]。

なお、EQ2050の公式ニックネームは初期段階では「鋼鉄」「悍馬」などの名称が伝えられていた。正確な時期は不明だが。この頃からEQ2050の公式ニックネームが当初の「鉄鋼」から「猛士」に変更された模様。

2006年10月に全ての性能評価試験が完了。2006年12月12日、総参謀部・総装備部・総後勤部、各軍兵科、研究所、高級幹部が参加する設計審査会が開催されEQ2050の採用検討が行われた[6]。その結果、EQ2050の設計は軍からの要求を満たしていると判断され、設計案は国家承認を得ることに成功[2][5]。翌2007年から部隊配備が開始された[2]。

【性能】
EQ2050のサイズは、基本型となるソフトトップ型が全長4,698mm、全幅2,174mm、車高1,980mm[5][16]。全備重量は3,150kgで、最大1,750kgの貨物搭載能力を有する[1][16]。

車体構造は原型となったハマーと共通しており、エンジンや変速機を搭載したシャーシにモノコック製の車体を乗せる形式。エンジンは前輪よりも後ろにおかれたフロント。ミッドシップ構造を採用、ラジエータのみが前輪より前に配置される形式を採用している[16]。ラジエータはボンネットに沿わせて上向きに配置されているが、これはラジエータを水没から守るための配置でありハマーH1の構造を踏襲したものである[16][17]。初期の車輌ではコンポーネントの多くをアメリカから購入していたが、段階的に国産品での代替が進められ、後のタイプでは装備の大半を(ライセンス生産を含めて)中国製に置き換えたとの事[2]。

車体前部にはウインドシールドで囲まれている。EQ2050の基本型はオープントップ型であるため、ウインドシールドのフレームには転倒時に備えて頑丈なロールバーが取り付けてある[5]。ロールバーを利用してルーフを取り付けてハードトップに変更したり、ルーフ上に銃架や各種兵装を搭載する事ができる[5]。車体後部はカーゴスペースとなっており、物資搭載に使用される他、シェルターやレーダー、通信装置、各種兵器を搭載する事も想定されている[5]。

乗員は基本型の場合、運転手席と助手席、後部座席に4名が乗車する[5]。後部座席を撤去して荷台と一体となる乗車歩兵用の座席を設けた場合は、運転手席と助手席とは別に10名までの乗車が可能[16]。

EQ2050のパワートレーンは、中国軍向け車輌がハマーH1と同じGM製6.5L水冷V型8気筒ディーゼル(145kW)と4速自動変速機の組み合わせ[5][7]。停車時から80kmに加速するまでに要する時間は18秒、125km/hの最高速度を発揮し、航続距離は669〜670km[5][16]。輸出型や民生版の場合は東風/カミンズEQB150-20型液冷ターボチャージド・ディーゼルエンジン(112kW)と5速マニュアル・ミッションの組み合わせも選択可能[1][5]。こちらの場合、エンジン出力が低いので最高速度は115km/hとやや低いものになるが、航続距離は900〜980kmに延伸される[5][116]。エンジンには、故障の初期発見や整備面での改善を意図した自己診断システムが内蔵されている[5]。

タイヤは37×12.5R16.5インチのランフラット・タイヤを採用しており、空気が抜けた状態でも最大30kmまでの走行が可能[16]。EQ2050では、タイヤ空気圧調整システムが採用されており、路面状況に応じて最適な空気圧を選択する事が可能[5]。サスペンションは4輪独立懸架方式で、前後共にダブル・ウィッシュボーンを採用[5][8]。フレームにコイルスプリングと油圧式ショックアブソーバーを内蔵している。このあたりの構成は、原型のハマーH1を基本にしているが、開発に当たっては振動吸収率の向上や安定性をさらに改善する措置が取られている[6]。改善策の1つとして、EQ2050ではASR(anti slip regulation)、ABS(Antilock Brake System)が採用されており、走行時のスリップ防止能力が向上している[5]。

EQ2050は、IL-76MDY-8輸送機による空中輸送、Z-8輸送ヘリコプターS-70C-2汎用ヘリコプターによる機外吊り下げ空輸が可能であり、高い戦略機動性を有している[5]。

武装は、基本型では搭載されていないが、必要に応じて機関銃や自動擲弾発射機などを搭載可能であり、最近では遠隔操作式のRWS(Remote Weapon System)を搭載した車輌も確認されており、ベラルーシ軍特殊部隊で運用されているEQ2058の一部がRWSを搭載している[9]。派生型では、車体後部のカーゴスペースを利用する事で、迫撃砲や地対空ミサイルなど各種兵器の搭載を可能としている。

【派生型】
EQ2050は、開発当初からモジュール設計思想が盛り込まれており、多様なバリエーションの開発を考慮しているのが特徴。フロント部の長い「長頭」タイプとフロント部の短い「短頭」タイプの二種類が基本車体として製造され、この二種類をベースとして8種類の基本バリエーションが存在する[16]。

【8つの基本バリエーション】[16]
中国語表記内容説明
1硬頂長頭車ハードトップ+長フロント型
2軟頂長頭車ソフトトップ+長フロント型
2高頂長頭車高天井(ソフトトップとハードトップが存在)+長フロント型
4硬頂短頭車ハードトップ+短フロント型
5軟頂短頭車ソフトトップ+短フロント型
6溜背長頭車ルーフ後部が傾斜したタイプ(これとは異なるバンタイプのものも存在)+長フロント型
7硬頂単排長頭車ハードトップ+座席2つ(操縦手席と助手席)+長フロント型
8硬頂双排長頭車ハードトップ+座席4つ(操縦手席と助手席+後部座席2つ)+長フロント型

これらの車輌を基にして、座席4つを搭載した基本型、後部を荷台とした物資搬送型、架台を乗員区画にした人員輸送型、機関銃などを搭載した武装型、観測機器を装備した偵察型、砲兵観測型、シェルター搭載型(通信機器、電子戦装備、レーダーなど各種装備が存在)、大型の上部構造物を設けた救急車型、後部荷台に各種兵器を搭載したウエポンキャリアー型(地対空ミサイル搭載型、迫撃砲搭載型、対戦車ミサイル搭載型などが存在)、煙幕発生装置搭載型、NBC戦装備搭載型、水陸両用車型など多岐に渡る派生型が実用化されている[5][16]。

輸出型としては、中国北方工業集団公司がEQ2050に12.7mm3銃身銃機関銃CS/LM5を搭載したCS/VA1軽突撃車を開発しており、同車は2012年にはナミビアで評価試験を受けている[10][11]。

EQ2050は設計段階から車体各部に防弾装甲を施すことを想定しており、脅威の度合いに応じて各種防弾装甲を装着する事が可能。2006年には装甲強化タイプとして型式名をEQ2058に改めた発展型が公開されている[12][13]。さらに、EQ2050のシャーシを利用して本格的な装輪装甲車に発展させたケースも確認されており、東風による新型装輪装甲車や陝西宝鶏専用汽車有限公司が開発した「野狼」装輪装甲車、重慶廸馬工業有限公司が開発した廸馬KL11/東風EQ2111SF装輪装甲車(DMT5100XFB)など数種類のEQ2050ベースの装輪装甲車が開発されている。

【運用ユーザーについて】
EQ2050は、物資・兵員輸送、作戦指揮、通信、連絡、輸送、偵察、巡邏および各種装備のプラットフォームなどの多様な任務での使用が想定されており、さまざまな派生型が開発されている[16]。EQ2050は中国軍だけでなく、公安や武装警察など治安機関での運用、さらに市販車としての販売も実施されている[2]。販売価格としては、軍用型が50万人民元、民生型が30万人民元と伝えられている[1]。

中国以外のユーザーとしては、ジンバブエ軍が2004年に100輌のEQ2050を購入、その後追加購入を実施した模様[14]。2012年にはベラルーシの特殊部隊向けに22輌のEQ2058が提供されていることが明らかになっている[9][15]。

▼「鉄鋼」の名称で公開された初期試作車両

▼寒地試験を行う「猛士」(ハードトップ/ボックス型)

▼「猛士」のカーゴ・トラック型。フロント部が短い「短頭」型

▼「猛士」オープントップ型。この車輌はマウントに12.7mm重機関銃を、助手席前方に35mm自動擲弾発射機を搭載している


【参考資料】
[1]中国武器大全「中国军队越野车四大金刚」
[2]Chinese Defence Today「EQ2050 Light Utility Vehicle」
[3]International Assessment and Strategy Center「China’s Military Employment of American Dual-Use Technologies」(Richard Fisher, Jr./2008年8月1日)
[4]China Defence Blog「Chinese Hicom High Mobility Utilty Veicle」(2012年6月)
[5]周忠勝「中国“猛士”高機動多用途輪式車」(『兵器知識』2006年7月号/《兵器知識》雑誌社)30〜32ページ
[6]中華網「中国東風猛士的極限試験」(2007年12月10日)
[7]環球展望「中国的高機動多用途輪式车辆(HMMWV)」
[8]柘植優介「アメリカ軍のワークホース ハンヴィー(後)」(『月刊PANZER』2012年5月号/アルゴノート社)74〜86ページ
[9]鉄血社区「中国東風猛士越野車武器站首次出口国外」(2013年7月9日)
[10]Army Recognition「Chinese Company Norinco exhibits for first time in Africa the CS-VA1 Light Strike Vehicle」(2012年9月25日)
[11]Defence Web「Namibia evaluating Chinese Humvee clone」(Oscar Nkala/2012年11月29日)
[12]Chinese Defence Today「EQ2050 1.5t High Mobility Utility Vehicle」
[13]中国武器大全「華夏悍馬:国産三款新型軍用越野車性能優劣分析」
[14]Zimbabwe Defence「EQ2050」(現在閉鎖中。Internet Archiveでキャッシュを閲覧)
[15]lenta.ru「Китай подарил Белоруссии 22 копии Hummer」(2012年6月22日)
[16]孫鉄漢「東風・猛士1.5吨高機動越野車総述」(『湖北汽車工業学院学報』第23期第4号、2009年12月)
[17]柘植優介「アメリカ軍のワークホース ハンヴィー(前)」(『月刊PANZER』2012年5月号/アルゴノート社)66〜79ページ

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