日本周辺国の軍事兵器 - HQ-10艦対空ミサイル(紅旗10)

HQ-10(紅旗10)は、艦対艦ミサイルを迎撃するCIWS(Close In Weapon System:近接防空システム)として開発された近接防空ミサイルシステム。従来のポイントディフェンス用艦対空ミサイルと機関砲によるCIWSの防御区間の中間をカバーする兵器である。その外観は米独共同開発のRIM-116艦対空ミサイル「RAM」に良く似ており、短SAMとCIWSの防御区間の空白を埋めるというコンセプトもRAMと同じで、設計においてRAMを大いに参照した事が窺える。

中国にはHQ-10と同クラスの兵器システムであるFL-3000N「飛豹」近接防空ミサイルシステムが存在する。HQ-10とFL-3000Nは最近まで中国軍の制式名称と輸出名称の違いであり、両者は同じものだと考えられていた。しかし、2017年になってHQ-10とFL-3000Lは中国海軍の要求に基づいて競争試作された全く別個の兵器システムであることが判明した[1][2]。HQ-10を開発したのは中国航空航天第二院、FL-3000Nは中国航空航天第八院によって開発が行われたが、この両者はいずれも中国航空航天科技集団公司の傘下にある研究開発機関である[1]。この競争試作で採用を勝ち得たのが中国航空航天第二院の設計案であり、これが「HQ-10(紅旗10)」の制式名を付与されて中国海軍に配備されることになった。そして敗れた中国航空航天第八院の設計案はそのまま開発を継続し、FL-3000N「飛豹」の名称が付与されて各国への輸出が図られるようになった[1]。

なお、近接防空ミサイルのコンセプトについては、米独共同開発のRAMだけでなく、中国がロシアから輸入した改ソブレメンヌイ級駆逐艦(956EM型)の近接防空システムである「カシュタン」複合CIWSをモデルとするプランも検討されていたとのこと[3]。「カシュタン」は30mm6銃身機関砲と9M311対空ミサイルを同一ターレットに搭載したCIWSで近距離ではガトリング砲の弾幕を、機関砲の射程外ではミサイルが対応することで、機関砲とミサイルの両方のメリットが得られるという特徴を有していた。中国ではカシュタンのコンセプトを取り入れた複合CIWSの採用も検討していたが、「火力の効率とシステムの組み合わせ」の条件から複合CIWSではなく、米独共同開発のRAMのコンセプトを選択することになったとされる[3]。「火力の効率とシステムの組み合わせ」についての具体的な内容は不明であるが、ガトリング砲とミサイルを一つの砲塔に搭載する方法は、砲塔システムのサイズ・重量が大きくなりやすく、システムが複雑になることが懸念されたと考えられる。ミサイルについても、発射後の打ちっ放しが可能なRAMに対して、無線誘導式の9M311は命中まで誘導が必要なことも不利に働いたかもしれない。

【性能】
HQ-10の発射機は全周旋回式のターレットにミサイルを収納したランチャーを搭載している構造。ランチャーは4連装、8連装、18連装、24連装と各種取り揃えられており、搭載艦艇のサイズに合わせて選択することができる。ミサイルの尖端には、赤外線センサーの他にロッド・アンテナが二本取り付けられているが、これはRAMにも採用されているパッシブ・レーダー誘導用の装置ではないかと思われる。ミサイル本体前部には安定翼2枚、後端には制御翼4枚が装着されている。RAMのように回転弾体方式を採用しているかは現時点では不明。参考資料[1]では、HQ-10と似通ったサイズの陸上用近接防空ミサイルシステムであるFB-10が回転弾体方式を採用していることから、HQ-10も同じ方法を使っているのではと推測している。

ミサイルの誘導方式は、赤外線画像誘導とパッシブ・レーダー誘導の複合式[1]。発射後の管制制御の必要性は無く、打ちっぱなし能力を獲得している。RAM(Block1。Block2では赤外線画像誘導を採用)とFL-3000Nは赤外線誘導とパッシブ・レーダー誘導の複合式を採用しているが、HQ-10が採用した赤外線画像誘導方式は赤外線誘導方式に比べて目標の識別能力に優れており、目標の探知・照準に有利であった[1]。デメリットとしては赤外線誘導方式に比べ、処理しなければいけないデータが多くなるので、実用化には高速処理能力を有する計算機やソフトウェアの開発が不可欠なことである[1]。リスクは存在したものの赤外線画像誘導方式を選択した中国航空航天第二院の方針は、競争相手の中国航空航天第八院に対する優位性となり、HQ-10として制式採用を勝ち得るのに功を奏したといえる。ライバルのFL-3000Nは、発射後のミサイルにデータリンクで目標の最新情報を送信して発射後の飛行コースや目標の変更を行う機能があるが、HQ-10が同種の機能を備えているかは不明[1]。

【HQ-10の位置付け】
HQ-10は、2012年に就役した空母「遼寧」への搭載を皮切りに、056型コルベット052D型駆逐艦、建造中の055型駆逐艦や002型空母といった2010年代に登場した新造艦艇への搭載が進んでいる。さらに、HQ-10は053H3型フリゲイトソブレメンヌイ級駆逐艦「杭州」も近代化改修に合わせて搭載が行われており、中国海軍のCIWS戦力における存在感を急速に増している。

HQ-10は、シースキマー式対艦ミサイル、目標直前で急上昇して艦艇に急降下するタイプの対艦ミサイル、超音速対艦ミサイルなど様々なタイプの対艦ミサイルに対して高い迎撃能力を備えている。2007年4月に実施された実戦を想定した性能評価試験においてHQ-10は対艦ミサイルを模した24目標を迎撃し、うち23目標を撃破することに成功した。超音速ミサイルを想定した試験では、超低空から接近し直前で急上昇して「S字型」のコースを描いて命中するタイプのミサイルを模した標的2発のうち一発を直撃して撃墜して超音速ミサイルについても相応の迎撃能力を備えていると評価された[1]。

HQ-10と従来の機関砲によるCIWSを比較すると、機関銃CIWSの有効射程が2km台なのに対し、HQ-10は8〜10kmまでの空域をカバーする能力を有しており、終末段階の飛翔コースに入った対艦ミサイルを機関銃より早い段階で迎撃できるようになった[4]。さらに、HQ-10は射程の長さのほかに、高い撃墜確率を備えている点が評価されているとのこと[1]。対艦ミサイルの高速化に伴い、機関砲弾が命中しても完全に撃墜できず、そのまま艦艇に突入を許してしまう可能性が懸念されている。これに対して機関砲弾よりずっとサイズの大きなHQ-10であれば直撃により相手ミサイルを破壊し得る確率が高いため、上記のリスクを低減することが可能。大量の弾薬を短時間で発射してしまう機関砲CIWSに対して、HQ-10は(ランチャーの搭載数に左右されるが)少なくとも24連装であれば、機関砲CIWSよりも持続的な火力発揮が期待できるとみられている。

もちろん、機関砲CIWSとHQ-10は二者択一的なものではなく、リアクションタイムが短くミサイルではカバーできない近距離でも迎撃が可能な機関砲と、機関砲より射程が長く高い撃墜確率を有するミサイルという相互の利点を組み合わせて対艦ミサイルの迎撃可能性を少しでも高めるのが本来の在り方である。ただし、小型艦艇では機関砲とミサイルを両方とも搭載するだけのスペースがないことから、056型コルベットのようにCIWSとしてはHQ-10だけを搭載するケースも見られる。

性能緒元
全長
直径
翼長
重量
弾頭重量
最大速度
射程8,000〜10,000m
誘導方式無線誘導+パッシブ・レーダー誘導+赤外線画像誘導
発射機4連装、8連装、18連装、24連装などが存在

【参考資料】
[1]郑奔剑「中国的海军自卫防御导弹」『现代舰船』2018-05/No.627 (《现代舰船》杂志社)48-52頁
[2] East Pendulim「Et si le Mistral égyptien se dote du FL-3000N chinois ?」(HENRI KENHMANN/2017年2月28日)http://www.eastpendulum.com/et-si-le-mistral-egypt... (2018年4月18日閲覧)
[3]江雨「烈焰荆棘-近防武器发展与中国海军近防系统的选择」『舰载武器』2017.09/No.273(中国船舶重工集团公司)32-41頁
[4]卫天「建造中国5000吨级护卫舰」『舰载武器』2018.05/No.289(中国船舶重工集团公司)14-30頁

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