南京事件FAQ - スマイス報告とは何か
一般にスマイス報告と呼ばれる資料は、正確には『南京地区における戦争被害 1937年12月―1938年3月 都市および農村調査』という。南京国際救済委員会(南京安全区国際委員会が改名したもの)による報告書であり、刊行は1938年6月(南京戦の半年後)である。
報告書の原文は英語であるが、日本語訳されたものが『南京大残虐事件資料集 第2巻 英文資料編』(青木書店)に収録されている。

この調査報告の責任者が金陵大学の社会学教授ルイス・S・C・スマイスである。彼は助手たちと協力して戦争被害の調査と報告書の作成にあたった。

スマイス報告は南京事件当時の民間人の被害について調査した、ほぼ唯一の統計資料である。「全数調査」ではなく「抽出調査」であり、また調査内容の精度に限界があるとはいえ、資料的価値は非常に高い。

勘違いされることが多いが、このスマイス報告は日本軍の戦争犯罪を告発、糾弾するために作成されたものではない。死者や負傷者、行方不明者がどれだけいたか調べたのは加害者を非難するためではなく、残された生存者がどれだけの援助を必要としているか、実態を明らかにするためなのである。
そういった趣旨であるため市部調査(都市部が対象)と農業調査(農村部が対象)では調査内容も異なる。特に重点が置かれたのは農業調査であり、調査の対象は人的被害はもちろん農作物、農地、農具などの被害にまで及んでいる。
「南京事件」に関わる議論としてはほとんど死者数しか語られないが、スマイスの調査の真意は正しく把握しておくべきだろう。

スマイス報告 まえがき
http://www.geocities.jp/yu77799/smythe.html

調査方法と人的被害の計算方法

調査方法は「サンプリング調査」である。戦争被害の確認方法は詳細には記されていないが、おそらくは調査員が現地の住人に決められた質問をし、回答を聞き取って調査表に記入するという形式であったと考えられる(当時の南京に残っていた民間人の多くは貧民であり、文字を読めない者が大半であったので、記入式アンケートは難しかっただろう)。

市部調査の対象範囲は、南京城内および城壁周辺の若干の地域である(郷区などは含んでいないため「南京市」より狭い)。こちらでは入居中の家屋50戸につき1戸の全家族に対して調査が行なわれた。具体的には945世帯が対象となっている。
その調査結果を50倍して、推定される市部全体の被害を算出している。

農業調査の対象範囲は、南京特別市に属する六県のうち四県半である(本来は六県をカバーする予定だったが、中国人当局からスパイ扱いされて阻止された)。ただし農業調査の名の通り都市部は除かれている。こちらでは主要道路沿いの農村のうち3つに1つを選び、さらにその村の農家10家族につき1家族を選んで調査された。最終的には四県半全体で905世帯の農家が調査されており、抽出率は905/186,000、つまり約1/206である。
調査した県ごとに農家1戸あたりの平均被害を求め、その数字に各県の農家の総数を乗じて各県の総被害を導いている。

よく出てくる数字

「南京議論」で主に問題にされるのは以下の数字である。

市部調査農業調査
死亡負傷拉致暴行による死者うち江寧県
兵士の暴行軍事行動不明兵士の暴行軍事行動不明  (南京市の属する県)
2,400850人150人3,050人50人250人4,20026,8709,160

市部調査については、2,400人が日本軍兵士に殺害されたほか、日本軍に拉致されたまま行方が知れない4,200人も殺された疑いが強いとされている(ただしスマイス自身はこれらの数字を過少と考えていた)。

農業調査については、たとえば笠原十九司氏などは南京特別市(近郊六県)を「南京事件」の範囲としてとらえているため、農業調査での四県半の結果を総被害者数の推定に用いている。
江寧県の調査範囲は「南京市内の郷区」だけでなく南京市に含まれない地域も含んでいるので正確には南京市よりも広いが、こちらの数字を被害者推定の基数として考える論者も多い。

したがってスマイス報告の数字から見た場合、民間人犠牲者数は、
南京城内と周辺の都市部に限るなら……6,600
南京市を含む江寧県全体なら…………15,760
南京特別市(近郊六県)全体なら………33,470人以上
となる。
スマイス報告の「数字」がどれほど正確に実態を反映しているか、というのはまた別の問題である。

スマイス報告 農業調査
http://www.geocities.jp/yu77799/smythe2.html
「スマイス報告」をめぐる「議論」
http://www.geocities.jp/yu77799/smythe3.html