大神(おおみわ)神社の摂社・桧原(ひばら)神社の三ッ鳥居、中央に天照大御神、左に豊鍬入姫命(とよすきいりのみこと)を祀る。または、右にイザナミ、左ににイサナギともされる。
この社は、「元伊勢第一号」と伝えられる。宮廷内大殿に大国御魂とともに祀られていた天照大神を崇神六年に、豊鍬入姫命に託して、ここ倭笠縫邑に祭った。二年間、しばらく鎮座したのち、倭姫命が鎮座の聖地を求めて各地を求めた。菟陀篠筱幡(うだささはた)→近江(おおみ)→美濃(みの)と巡り、最後に気に入られた伊勢の五十鈴川の川上に斉宮(いつきのみや)をおこしたとの伝承がある。(社伝) 伊勢に遷幸したあとも引き続き天照大御神をお祀りし、ゆえに「元伊勢」と言われている。これが内宮の起源である。ところで、この元伊勢からは、外宮の豊受大神のことは、微塵もうかがうことができない。このことは、一つの定見として押さえておく必要があるだろう。 この「元伊勢」伝承は、大物主神を筑紫で祀った神宮皇后=卑弥呼が、それゆえに三輪山の近く笠縫の里が元で、この地で祀られたというのはとても納得がいく話である。卑弥呼が、天照大御神であるという、単純明快な回路が開けてくる。