浜野朱里は機嫌が悪かった。
季節は冬、年末が近づき町を行き交う人も自然に浮き足立つ。そんな中彼女は、いや、彼女達は
戦わなければならない。
浜野朱里は正義の味方、ヒーローである。一時期辞めていたが、ある男との出会いがきっかけと
なり、その活動を再開した。その男は、朱里の今の機嫌の悪さの要因のひとつでもあるのだが。
ヒーローに定休日はない。有休も、給料も。目の端に、幸せそうなカップルが入る。

――人の気も知らないで。

一人ごちて、男との待ち合わせ場所に向かう。それでも今日は、簡単なミッションのはずだった。
だが、往々にして不幸とは重なるものだ。

――もし、お互いがここまで苛々していなかったら
――もし、あとわずかでも理性的だったならば
二人は、離れずにすんだのかもしれなかった。


「よう。」
「お待たせ。」

人気の少ない裏路地で二人は落ち合った。
男の顔はどこか元気がない。
…大丈夫?と朱里は聞こうとしたが、やめた。
多少疲れがたまるのは仕方ない。このところ作戦が連続している。
かててくわえて、男はプロ野球の選手でもある。
デイゲームはまだしも、ナイトゲームからのヒーローの仕事となれば、肉体的にかなりきついだろう。
つまり、わかりきったことを聞いても無駄だ。朱里はそう思い、歩き始めた。


「…今回の標的はアイツか。…強い?」
「まぁそこそこ。…いつものでいくわよ。」

小声で話し合い、戦略を決める二人。
男が囮になり、気を引き隙を作り、そこを突いて倒す。これが二人の基本的な戦法だった。
正直手間がかかる上に、あまり安全とも言えないのだが、一サイボーグと普通のプロ野球選手ではこれぐらいで精一杯だ。
それでも、朱里一人で行動していた時より大分ましにはなった。以前は、わざと殴られ向こうの行動時間を遅らせる位しかできなかったのだから。

「じゃあ、いくわよ。」
「おう。」

二人は別れて、各々のするべき行動に移った。
静かな夜には場違いなけたたましい銃声が、爆発音が響く。
しばらく後に、逃げるような足音がふたつ。


朱里と男が、命からがら逃げ出していた。


「信じられない!いったい何やってるのよ!」
「…悪かった。」
「謝ってもらったところでなんにもならないわよ。まったく、危うく二人とも死ぬとこだっだじゃないの!」
「…………。」

アジトに転がり込むなり、朱里は憤りを抑えようともせずに、荒々しく捲し立てた。

…作戦は失敗した。男のミスが原因に他ならなかった。
どこか注意力散漫で、朱里の決行のサインを見落とし、焦って武器の扱いを取り違えた。狙いを
はずし、警戒され囮の役目を果たせなくなり、戦闘を長引かせて相手に援軍を呼ばれた。
ただでさえ戦闘能力で劣るのに、数の上でも不利にたたされたら勝てる見込みはゼロに近い。そう判断した朱里が、逃走の指示を出した。
奇跡的にも成功し、命からがら帰って来ることができた。なお朱里の糾弾は続く。

「だいたい最近あんたは雑なのよ。こないだからずっと小さなミスはするし…、なに、何か言い訳でもあるならいってみなさいよ。」
「ごめん…。最近ちょっと疲れてて…。」

朱里の耳に、今一番聞きたくない、言ってみろとは言ったがまさか本当に言われるとは思わなかった言い訳が入る。
更にヒートアップする朱里。

「何よそれ。疲れてるですって、甘えるんじゃないわよ。ヒーローに休みはないの。あんたもパートナーならそんくらいの覚悟は…、
ははあ、それともイヤになってきた?こんなみすぼらしい女に付き合ってしんどい思いするのが。」
「いや、そんなことは……。」
「じゃあしっかりしなさいよ。だいたいあんた最近試合に出てないじゃない。二軍にでも落ちたの?それで最近疲れたって?
いい御身分ですこと。もしかして最近の仕事もあたしに押されてイヤイヤ?いいのよ。嫌なら嫌ってはっきりいってくれれば。あんた流されやすいから……」



いつの間に境界を踏み越えてしまっていたのか。
なぜ気付けなかったのか。

「…朱里。」

低い、静かだが威圧のある声が響いた。怯む朱里。いつも温厚な、優しい男のこんな、怒りに満ちているかのような声を聞いたことがなかった。


「な、何よ。」
「……舐めるなよ。確かに俺は普段しっかりしてないように見えるかもしれんが、一人の女にコロコロ流されるような軽い男じゃない。
朱里についていこうと思ったのは、紛れもない、確固とした俺の意思だ。」

おもむろに服を脱ぎ出す。
ちょっと、何を…、と朱里は聞こうとして、途中で止めた。
男の体に、自分の知らない傷があったからだ。目に見えて腫れていて、とても痛々しい。

「…なに、その傷は。」
「これはな、朱里。こないだお前を庇った時にできた傷だ。」
「!」

そう、朱里の機嫌を損ねている最たる理由が、男に庇われた、ということだった。
三週間ほど前の戦闘中に、朱里は、意識を奪ったと思っていた相手に不意を突かれて攻撃された。
不味い、と思った時にはもう遅く、体が固まってしまっていて、避けることはできなかった。目を瞑り、来るであろう終わりに身構えた。
…だが、来たものは衝撃だった。自分は体当りで飛ばされ、代わりに男が被弾したのだ。
すぐさま朱里が止めを指し、戦闘は終了した。

『…そんな顔するなよ。大丈夫だ。かすっただけだから。』

男がそう言ってくれたから、朱里も、自分を責める程度で済んだのだ。
…なのに、今目の前にある傷はどう見ても『かすった』程度の傷ではなかった。
「我慢できない痛みじゃないが、なかなか治ってくれなくてな。いつもずきずき痛む。なあ朱里、あれで野球の投手ってのは繊細なんだ。
全身の筋肉を寸分たがわず、柔軟に使うからキレのある球を投げ込めれる。歯車みたいなもんだ。ひとつ狂うと全てがおかしくなってしまう。
俺は痛みをかばいつつ投げた。ある場所を庇って投げると、どうしても他の場所に負担がかかる。だんだん調子がおかしくなってきてな、制球が定まらない、
直球にノビが無い、変化球がキレない。そうこうするうちに俺はフォームを崩した。二軍に落ちたって?その通りさ。」


朱里は当惑した。話が違う。あの時は大したことないかのように振る舞っていた。こんな怪我だとは思わなかった…。

「大丈夫だと言っても自分を責めるお前だ。もし本当のことを話していたら必要以上に落ち込んでただろ。朱里は真面目だからな。
俺はそんな朱里を見たくなかった。俺の我慢で朱里が傷つかずにすむのなら、それでいいって思ってた。まさかこんなことを言われるとは思わなかったけど。
…裏切られた気分だ。」
「だって…知らなかったから…。」
「知らなかった?そりゃそうだろうよ。俺が言わなかったんだからな。それでも、お前も最近の俺がおかしいのは気づいていたはずだ。
多小なり心配してくれてると思ってた。いつかは気づかれると思ってた。その時は、観念して全部話して、謝ろうって思ってた。
…残念だ、朱里。お前が俺をそんな目で見ていたなんてな。」

かたん、と音がした。
男が銃を床に投げ捨てたのだ。朱里が護身用に渡した銃だった。

「さよならだ、朱里。俺はパートナーの役目をやめさせてもらう。今のお前のパートナーはできそうにない。…というか、やりたくない。じゃあな。」

朱里は何も言えなかった。
引き留める言葉も出ず、ただ呆然としていた。
廃ビルの外は朝を迎えようというのに、この空間だけは時間の流れから取り残されてしまったかのようだった。

やがて、涙が凍りついた場を溶かし始める。
混乱、後悔、怒り。様々な感情が心の中で混ざりあって、どす黒く渦巻いていた。
どうしてこうなってしまったのか。
どうしてもう少し気を配ってあげられなかったのか。
何もわからない朱里は、床に投げ捨てられた銃を拾う。
ぽたり、ぽたり。
…まだ暖かいそれに、雨が降った。






…俺が悪かったのか?

怒りに任せて飛び出して来たが、シャワーを浴びて一息つくと少し冷静になることができた。
…いや、そんなことはない。どう考えてもあいつが言い過ぎたんだ。
こっちはあいつのためを思って我慢して隠してたのに、それをいうに事欠いて甘えるな、いい身
分だな、とは…。
考えてたらまた腹がたってきた。もういい。とにかく寝よう。ベッドに寝転がる。
まどろむ意識の中、俺が最後に考えたことは…朱里のことだった。


男と喧嘩して一週間。
朱里は、悩んでいた。
眠ろうと目を瞑ると、暗闇のなかに憤りや後悔、いろんな感情が渦巻いては混じり合って、消えて、最後に浮かんでくるのはいつもあいつの顔だった。



――あたしが悪かったの?

そんなこと……、確かに口火を切ったのはこっちだけど…、言い過ぎたかもしれないけど……、
でも、でも…!
眠れない。あいつの顔が消えない。自分は、こんなにも依存していたのか。

「消えなさいよ……。」

誰もいない、虚空へ呟く。

「消えなさいよ…、ねぇ、消えてよ……!これ以上苦しめないで……!!」

だけど、頭の中からは一向に薄らぐ事なく、朱里を掻き乱していた。声を圧し殺して、独り静かに泣く夜は、長くて、寂しくて、……虚しいものだった。

――あたしの隣には、もう誰もいない。
もう戻らない。


空を見上げると、分厚い雲が支配していた。
町の色も薄暗く、どこか不穏な空気を醸し出す。
お土産のお菓子と雑誌を片手に、足を運ぶ女が一人。行き先は廃ビルが立ち並ぶ再開発地域。
身長190センチを越える長身の女性、大江和那の足取りは軽く、

(今日はたっぷりからかったんで〜、覚悟しいや朱里!)

なんて思いながら、人気の無い小路を、異常なスピードで、『落ちて』いった。


「おい朱里、遊びに来たでぇ。」

声が響く。静まり返ったビルからの返事はなく、和那は首を捻る。おかしい、この時間帯なら朱里はいつもおるはず…。

「朱里ぃ、勝手に邪魔するでぇ!」

何かあったのか、一抹の不安を抱えながら、和那はビルの主を探す。
とりあえず一つ目の小部屋の扉を開ける、と、あっさり目的の人物は見つかった。
…もっとも、尋常じゃ無い状態でだが。部屋の壁はあちらこちら殴られたような傷でへこんでいて、大型ロッカーは真ん中でまっぷたつに折れていた。
部屋のすみに、ちょこんと体育座りをしている朱里がいた。

「誰…?」

こっちを見るその目はどこか虚ろで、感情が読み取りにくかった。

「おい…、どないしたんや。ずいぶんひどい顔しとるやないか。」
「…カズね。悪いけど、帰って。今は誰とも喋りたくないの。」
「え…、でも朱里…。」
「いいから帰って!!ほら、早く!」

立ち上がり、語気を強める朱里。

「…アカン。もしな朱里、今のがウチやなくて敵やったらどうするつもりやったんや?」
「…やられてたでしょうね。別にいいわよ。」
「はあ!?何を言うとんねん朱里!そんなんなったらウチだけや無い。アイツがどんだけ悲しむか…。」
「あいつの話は止めて!!」
おもむろに叫ぶ朱里。


(…ははあ、なるほど。)
要するに…、
「ケンカしたんやろ。なあ朱里。」
「…ぅ、うるさいわねぇ!!違うわよ!」
顔を赤くして怒鳴る朱里。
(うっわー、わかりやすっ!)腹の中で笑いながら、カズは意気込んでいた。
絶対聞き込んでやる…。

「朱里、まあ話してみ?な?」
「嫌よ。なんであんたなんかに…。」
「ナノマシンの二百万。」
「う。…それとこれとは話が別よ!」
「リーダーにケンカしたこと言うで。ええんか?」
「そ、それは…。」

朱里は困窮した。誰にも話したくはない。が、あの出歯亀ムッツリスケベの変態リーダーに知ら
れてはそれこそ一大事だ。

「それにな朱里、お前は気付いてへんかもしらんが、きっと自分が思っとるよりずっと参った顔しとるぞ。
あんまり一人で悩まん方がええ。親友からのお願いや。な、話してみ?」

「…わ、わかったわよ。そもそもあいつが…。」




「……って言うわけ。どうしてあたしが怒られなきゃいけないのよ!」
「ハア、なるほど…。どうして男ってのは変な意地張りたがるんやろなあ。」
「でしょ!?あげくの果てに『気付いてくれると思ってた。』だって!?わかるわけ無いじゃな
い!」

ことの顛末を聞いたカズは、ため息を洩らした。
要は、アイツは朱里を気遣いすぎて、朱里はアイツを気遣わなさすぎた、それだけのことだ。実
にアイツらしくて、実に朱里らしいなあ、なんて。

「んでもな朱里、ちょっと言い過ぎやで。アイツはアイツなりにあんたのパートナーを頑張っと
ると思うで。普通の人間のくせして。……ほんまはわかっとるんちゃうんか、朱里?」
「………。」
「ウチから見ても朱里はずいぶん変わったように思う。アイツと付き合うようになってからなん
やこう…随分さっぱりしたっちゅうか…、明るくなった。
一人で無理して抱え込んどったもんが取れて、気兼ねなく話せる相手ができて、スッキリしたえ
え顔になった。アイツは優しい奴や思うで。朱里の帰りが遅い言うたらすぐ心配するし、迎えに
いこうとするし…。弱っちいくせして、な。
…朱里、お前はアイツに大分救われとる。放したあかん。…よーく考えてみ。」
「……わかってるわよ、そんなこと、言われなくてもっ……!ワームホールの時も、デスマスの
時も、あたしはアイツに助けられてる。それだけじゃないわ。
『必死で生きてる人間は、君も含めて、みんな輝いてる。』
って。くっさいセリフを真顔で…、
一つ作戦を完了するたびに、お疲れさま、って言ってくれた。…とっても暖かくて、励みになっ
た。
…アイツはいつもあたしのことを気にかけてくれてたのに、あたしはアイツの怪我にさえ気付け
ずに、…あたしのせいで負った怪我なのに、気付いてあげられずに……、傷つけ、ちゃった。」
「そこまで後悔してるんなら悪いことは言わん。ちゃちゃっと謝っとき。」


「……ぃわれたのよ。」


「…ん?なんて?」

「アイツに…パートナーをやめるって…今のお前とはやりたくないって……ひっく……い、言われちゃった……。物凄く怒ってた……。裏切られた気分だって……、
温厚な人なのに……、あ、あそこまで…、怒らせちゃった。…しよぅ……どうすれば……?」

最後の方は嗚咽混じりで、かなり近距離にいたのにも関わらず、殆ど聞き取れなかった。
が、目の前の朱里はあまりにいじらった。
不器用なのだ。
不器用ゆえにどうしたらいいのかわからず、素直になれず、生真面目ゆえに責任を感じて、とても落ち込んでいる。
どうにかしなければいけない。なのにどうすればいいのか解らない。
処理しきれない感情に押し潰されそうになっている。

「アイツともうどんぐらい会ってないんや?」
「……二週間ぐらい。」
「…会いたいか?」

こくん、とうなずく朱里。普段の気の強さはどこへやら。

「……素直にあやまりぃ。それだけで十分や。」
「……ホント?」
「おぅ。」
「……わかった。…ありがと、カズ。」
「なに言うとんのん、ウチと朱里の仲や。気にせんとき。」



カズとて、朱里の全てを知っている訳ではない。まだまだ知らないことの方が多いのかもしれない。
それでも、残虐なトーナメント形式のコンペを勝ち抜いて、三人の姉妹の犠牲の上に、『生』をもぎ取ったこと、
日々戦い、普通の女の子らしいことを何一つできずに過ごして来たこと、
薄汚れた服を着て、賞費期限切れの弁当をつまみ、暖かい布団もなしに、廃ビルの片隅で独り眠ること、
受けるべき愛情とか、幼少の思い出だとか、あって当然のものを全部すっぽかして、厳しい生活に、先の見えない泥の中に身を沈めてきたこと。
カズにも、リーダーである黒猫にも、想い人がいる。
少なからず、その存在は心の支えになっている。
だが、朱里は。
そんな朱里が、ようやく見つけたのだ。笑いながら軽口を叩き合える友人を。何だかんだで心の
拠り所になる恋人を。…心から朱里を愛してくれる『男』を…。

――こいつは幸せにならなあかん。このまま離れてまうなんて…、あんまりやないか!

親友を助けたい、ただそれのみを身に背負い、カズは廃ビルから飛び去った。


人気のない裏路地を、男はふらふら、歩いていた。あの日以来、朱里のことを思い出さない日はなかった。

――少し言い過ぎた。

そんな禍根も少なからず男にはあった。
らしくない怒りに身を任せ、理性を欠いた。あの時朱里がどんな顔をしていたか。今にも泣きそうな顔をしていた、いや、させてしまった。
会いたい、会って謝りたい。
だが、男の意地がそれを許さなかった。相反する感情は消えることなく、男の心を乱す。
がむしゃらに体をいじめ、その間だけでも忘れてしまおうとも考えたが、更なる疲労が蓄積しただけだった。
どうしても、消えてくれない。
後悔に苛まれつつ、よろめきながら歩く、その時だった。

男の身体が空中に浮いていた。

無論男は魔法使いでもなければ、超人でもない。多少重火器と爆発物の扱いの心得のあるだけの、いたって普通のプロ野球選手である。

つまり…、

「おう、ちょっと悪いけど顔貸してんか。」


閉鎖されたビルの屋上に、男とカズは降り立った。

「まあ座れや。」

腰を下ろす二人。その瞬間、カズの拳が唸りをあげて男の顔に襲いかかった。
すんでのところで避ける男。

「よう避けたな。」
「…いきなり何をするんだ。」
「殴られる理由は自分がよぉく解っとるんちゃうか?」
「…朱里に聞いたのか。悪いけど、放っといてくれ。アイツの話しはしたくない。」
「そうはいかん。大事な友達がひどい目に遭わされたて聞いたら黙ってはおられんなぁ。」
「ひどい目だって?それはこっちのセリフだ!朱里がどういう風に説明したかは知らんが、あいつは人の気遣いを踏みにじったんだ!」
「気遣いやて…?笑わせんなボケェ!!人を傷つけといてなにが気遣いや!おまえのその紳士気取りの自己満足がどんのだけ朱里を傷つけた思うとんねん!」
「何だと!?俺は朱里のためを思って……」
「黙れや!何が『朱里のためを思って…』や!!アイツは…朱里は泣いとったぞ!
惚れた女を泣かせる男がどこにおるんや!!よく考え直せアホ!!」
「………」

カズの怒号も空に吸い込まれ、やがて静寂に包まれる。
黙り込む二人。ただ時が経つばかり。
…その沈黙を先に破ったのは、カズだった。

「…朱里はいつものとこにおる。できるだけ早く会いにいったれ。無理して謝らんでもええ。言いたいことを言うてこい。
ただなぁ、このまま会わずにうやむやにしよう言うのは絶対許さん。…それとな、ちょっと顔貸してんか。」

男の顔が、カズに向き合う。その目を見て、カズは若干の安堵を覚えた。後ろ手に拳を再び握りしめる。

「…今度は避けんなや。」

カズの拳を、浄罪の拳を、男は黙って受け入れた。
カズは昏倒した男を背負って、球団寮の玄関口に、少し申し訳なさそうな呟きと一緒に落っことした。

「誰かが拾うてくれるやろ。…信じとるで。」

クリスマスを迎えようとしている空は、重たそうに灰色の雲を抱えていた。


一歩一歩、ゆっくりと男は進む。
今日で、二人の道が決まる。
はたして、手を取り合う未来か、訣別の未来か。

――どういう結果になっても悔いは残さない。

男は、小部屋のドアをゆっくりと開けた。



部屋の隅に、朱里は居た。
俯いて、ちょこんと座っている。小柄な体が、より小さく見える。ドアの音に反応して、顔を上げた。
表情は疲労の色が濃く、どこかやつれたようだった。

「誰?………!」
驚きに見開かれる目。

「何しに来たの…?…どうしたのよ、そのほっぺた。」
「…今日はすぐ気付いてくれるんだな。」
「……嫌味を言いに来たの?」

表情が歪む。…駄目だな。いたずらなんかしてる場合じゃないようだ。
軽く息を吸い込む。男の心は穏やかだった。

「違う。…今日は、今日は謝りに来た。」
「…今さら何よ。あの件はあたしが悪いんでしょ。もうあたしのパートナーはごめんなんでしょ!
…帰ってよ。これ以上あたしを苦しめないで。」

再びうつむく朱里。よっぽど効いているみたいだ。
だが、男も言いたいことも言わずに、ハイわかりましたと帰る訳にもいかなかった。もう、後悔はしたくなかった。

「…とりあえず、言葉だけでも聞いてくれ。バカの独り言だと思ってくれていいから。
朱里、まずは謝らせてくれ。…ごめん。あのときは言い過ぎた。言い訳になっちゃうかもしれないけど、
あの時の俺は、ただ怒りに任せてとんでもないことを言ってしまった。ただ朱里をひどい目に遭わせたい、そんなどす黒い衝動での暴言だった。
…あれから俺は考えた。俺は確かに、朱里のためを思って怪我のことを隠してたつもりだった。
俺なりに朱里を気遣ったつもりだった。でも、それは『俺なりに』で『つもり』なだけだったんだよな。
朱里からしたら、隠し事をされてたも同然だ。俺は朱里の気持ちを全然解ってなかった。
…突然に、実は自分のせいでパートナーが怪我していたって言われて、気づいてほしかったって言われて……、
無理だよな。気づけるわけないよな、隠されてたのに、…裏切られてたのに。しかも、その事で責められて、ショックを受けないはずないよな。
…俺のバカみたいな自己満足が朱里をひどく傷つけただけでなく、その痩せ我慢のせいで朱里の命までも危険にさらしてしまった。
本当に…本当に悪かった。ごめん!」

ぺこりと頭を下げる。一秒…二秒…三秒…。
男は朱里に背を向けた。

「……簡単に許してくれるとは思わない。…俺は、今からここを出ていこうと思う。…言いたいことがあったら、罵倒でも何でもいい。
今のうちにぶちまけてくれ。」

少しずつ、少しずつ出口に向かっていく。未練が男の足を縛り付け、なかなか進まない。
それでも、たいした距離ではない。男は朱里の声を聞くことなく、ドアの前までたどり着いてしまった。

――心のどこかで、期待していた。呼び止められるんじゃないかと、願っていた。
…都合よすぎるよな。
やっぱりバカだよなあ、俺。さらば、奇妙だが愛しい日々。じゃあな、朱里。
ごめんな、こんな男で。

男が部屋の外へ、最後の一歩を踏み出す、その時だった。

「………って。」

聞き逃したとしてもおかしくはなかった。
それほど小さく、か細く、儚い声だった。
だが、吸い込まれるように、男の耳には入ってきた。
立ち止まる。立ち止まって、振り返る。
朱里が、顔を上げて、立ち上がっていた。

「待って……、ごめんなさい……、いかないで……、お願いだから…。」
「朱里……。」

朱里の目から涙がこぼれて、頬を伝う。

「ごめんなさい…、ごめんなさい…、ひっ……あたしが、あたしが悪かったの……、ぐすっ……お願い、行かないでぇ……!!」

叫び、その場にがくっと崩れ落ちた。小さな顔を、涙や鼻水でくちゃくちゃにして、小さく体を震わせている。
ゆっくり、ゆっくり、男は朱里の方に歩いていって、その肩をしっかりと掴む。
びくっ、とひときわ震える体。しゃくりあげて、嗚咽を漏らして、大粒の雨を降らせている。

「…朱里。」

男は、名前を呼ぶのももどかしいように、固く、きつく朱里を抱き締めた。
ふわふわの巻き毛に手を被せて、胸元に頭を引き寄せる。
シャツがどんどん湿っていく。

「朱里、俺はここにいる。もうどこにもいかないから。」
「ごめんなさい…!ひっく……、あたしが………言っちゃったから……ひどいことを……。ごめんなさい…、ごめんなさい…、…ぐすっ…ひっ……ああああああ………!」

まるで怒られた子供のように、朱里は大声をあげて謝り、泣いていた。

―おそらく、自分でも何をどうすればいいのか解らなかったんだろう。
言いたいことをうまく口に出せなくて、結果、謝りたいって気持ちを、こういう形でしか表現できなかったんだろう。
いいさ、落ち着くまでずっとこうしてれば。

「あああああん……ひっ、ひぃっ…、ぁあああああん……!」

ただただ、大声で泣く朱里。
ぽん、ぽん、と体に手を当てて、頭を撫でながら、男はずっと抱き締めていた。
―もし、俺に妹や弟がいたら、こんな感じにあやしたのかもなあ。
男の心は、幼き頃に抱いた、今となっては淡い夢へと飛んでいた。




―少し落ち着いたのか?

男の手を伝わる震えも若干収まり、耳に届く泣き声も幾分小さくなっていた。
それでも、泣き止んだ訳ではないが。

「…朱里、大丈夫か?」
「………も、もう、会えないって思った………、嫌だった……、気付けなかった自分が…、あなたはあたしをいっつも励ましてくれてたのに、
あなたといるととってもホッとして……、あたしの無茶につきあわされても、襲撃の巻き添えにあっても何一つ文句言わずに、
一緒に逃げる算段を考えてくれて……。
やったなって、無事でよかったなって言ってくれて、辛かった戦いが、とっても楽になって、ワームホールやデスマスにも、あなたが一緒に居てくれた
から勝てたのに……、なのに、なのにあたしがあんな酷いこと言っちゃって………、もう会ってくれないって……、やっちゃったって……、後悔した…。
だから!きょ、今日会いに来てくれたとき、真っ先に謝りたかった…、また会いに来てほしいって言いたかった…。
でも……、でもっ…、せ、正反対のことしか言えなくて…素直になれなくて、びくびくしながら、帰っちゃうんじゃないかって……。」

先程みたいな号泣ではない。しとしと降る雨のように、時々しゃくりあげながら、細々と、言葉を溢していた。

「心のどこかで怯えてた。あなたはプロ野球選手。光輝く表世界のスター。だから、いつか嫌になって…、危険な目に遭うのが嫌になって…、
馬鹿らしくなって、会いに来てくれなくなるんじゃないかって思ってた…。」

――そんなわけない。


「怖かった。でも、本当ならこのまま別れてた方が良かったのかも知れない。あたしみたいな、無収入で、家
無しで、薄汚くて、……何人も殺してて、ひどい目に遭わせてる女じゃなくて、もっとふさわしい女なんていくらでもいるはず……、
日々命を危険にさらさなくても、あなたに充分な幸せをもたらせられる人がいるはず…。あなたの本当の幸せを願うなら別れるべきだって、どこかではわかってた。」

――そんなわけないじゃないか、朱里。

「…でも、あたしには無理だった。ずっと眠れなかった。あなたの顔が浮かんできた…。」

――ああ、そうか。

「辛くてしかたがなかった。…ごめんなさい。……あやまる。…あやまるから、また来て……、ぃっ……、また来て……、お願いだから……、
……ひっく……ぁあぁぁぁぁぁあああ……。わぁあああああ……。」

――朱里、俺たちは結局…。

すべての言葉を吐き出して、自分を全てさらけだして、朱里は喉の奥から捻り出したような、悲痛な声をあげていた。
男は、俯き震える朱里の髪を優しく撫でる。
そして、くるっと背を向ける。次の瞬間だった。

…朱里の体は、浮いていた。

戦闘用強化人間と言えども、空中浮遊の能力など搭載されてはいない。

つまり…、


「あ……。」
「……やっぱり重くなったよ。」

男は、朱里をおんぶしていた。

「下ろしてよ…。」
「やだね。なあ朱里、もう謝るのは止めろ。」
「……。」

ゆさゆさと、たまに背中を揺すりながら、男は続ける。


「俺もな、ずっと後悔してた。何であんなこと言っちゃったんだろうって。ずっと朱里に会いたかった。会って謝りたかった。
でも、意地って言うか…、こっちからなかなか謝る気になれなかった。どっかではわかっていたのに、
…俺も朱里の事で夜も眠れなかったのに、無理矢理自分を抑えつけた。」

男は、もう離さないようにしっかり朱里の足を掴み、部屋をゆっくり回る。

「辛かったよ。凄く辛かった。……多分、朱里もそうだったんじゃないか?話を聞く限り、だけど。」
「……うん。」
「だからさ、…結局、俺たちは似た者同士なんだよ。同じように悩んで、同じように意地はって、
同じように苦しんで、…そして、お互い相手の事を微妙に勘違いしている。」
「…勘違い?」

疑問を含んだ朱里の声。
受けて、男は答える。

「ああ。俺は、朱里の事を気遣いすぎた。その過保護のせいで、より朱里を傷つける事になってしまった。俺のパートナーなんだから、もっと信頼するべきだった。」

一息おく男。また、背中を揺する。

「朱里は、…俺の事を見くびりすぎだ。前にも言ったけど、俺は自分の生きざままで人に流されて決めるような、そこまで情けない男じゃないつもりだ。
朱里についていくことも、命がけの世界に飛び込むことも、全部――きっかけは朱里との出会いにしても、俺がちゃんと考えて決めたことだ。
そして、一度決めたことをそう簡単に曲げたりしないさ。今回、喧嘩するまで朱里のそばを離れようなんて一度も思わなかった。…喧嘩の最中でさえ、朱里のことが頭からはなれなかった。」

すたすた、朱里を背負って部屋を周りながら、軽く息継ぎする。

「他にふさわしい女だって?冗談じゃない。もう、俺には朱里しか見えない。今さら違う女なんて愛せない。」
「……でも、あたしは……。」
「でもじゃない。…朱里は、少し短気で、でも優しくて、眼鏡がよく似合ってて、俺のパートナーで、服装とか肌の傷だとかを気にする、
ちょっと恥ずかしがりやの可愛い『普通の女の子』だよ。」
「普通、の……。」
「ああ、だから自信もてよ。それと……、えっと……。」
「……?」
「つまりだな、……たまには目一杯甘えろ。」
「………!…ぅ、……!!」

最後まで返事はできなかった。代わりに、朱里は男の体により強くしがみついた。
もうこぼす声はなかった。言う言葉もなかった。
男の背中に顔を深く埋め、朱里は静かに泣いた。心行くままに。
その背中は妙に大きく、頼らしくて、朱里はいまだ体験したことの無い、…体験できなかった、父性に包まれていて。
…朱里は、しばし時間を忘れた。




「悪いな、一回下ろすぞ。」

すとん、と優しく地面に下ろされる。

「重くなったよ。絶対に。」
「…疲れたでしょ?ごめ…」
ん、とは言わせない、とばかりに、朱里は唇を奪われていた。激しいキスではない。口づけだけの、軽いキスだ。
少し物足りない、そうどこかで感じてしまった自分が恥ずかしくて、ほんのり頬を染める。

「…謝るなって言っただろ?」
「そ、そうだったわね。えっと……失礼ね。あんたがトレーニングサボってたんじゃないの?」
「そうそう、それでこそ朱里だ。…おかえり、朱里。」
「…ただいま。…おかえり。」
「ああ、…ただいま、朱里。」
やんわりと緩む空気は、この数週間、色々あったけど元に戻ったのだと、もしかしたら少し前に進んだのかもしれないと、二人にそれとなく教えていた。


「……でも、ちょっとびっくりしたよ。朱里がこんなに泣くなんてな。」
「う。……自分でも驚いてるわよ。」
「まあ、泣いてる朱里も新しい可愛さが見れて俺としては…」「バカ。……ホントにね。あたしも男の前でなんて…、思いもしなかったわ。」

男は眉を潜めた。
なにか引っ掛かる物言いだった。僅かに嫌悪感を孕んでいる…そんな気がした。
そんな男に気づいたのか、朱里は、

「……言ってなかったっけ、あたし、大の男嫌いだったのよ。…ううん、今でも大嫌い。身勝手な欲望であんな惨いことを……わざわざ女型に作らせて…。」

歪む顔。前に話してくれた、殺し合いのことだろうか。
聞かない方がいいのかと、聞いてはいけないことなのかもしれない、男は思ったが、だが訊かずにはいられなかった。

「……俺のことは、嫌いか?」
「…………………………………」

痛いほどの沈黙。まるで無数の針で突き刺されているような…。男が若干後悔したその刹那、今度は、男の唇が奪われていた。
今度も、軽い口づけだけのキス。

「……言葉はいらないでしょ?」

そう答えた朱里の顔は真っ赤に染まっていて。
あまりに愛らしくて、男は二度、唇を奪っていた。


「んっ……。」

――ぴちゃ……くちゃ……

卑猥な音を漏らす。最初怯んでいた朱里も、やがて応戦する。舌と舌を絡め合う。唾液を奪い合う。先とは違い、濃厚で、情熱的な、大人のキスだった。

「はぁ…はぁ…、ずいぶん…、いきなりね。」
「…仕方ないだろ。朱里があんまりかわいかったんだから。」

言うなり、男は朱里の上着のチャックをずらす。

「えっ、ちょ、ちょっと…待っ…」
「…イヤだ。もう待てないな。」
「ばかっ…や、やめなさい……、ひぁっ……。」

口ではいやがっているが、
抵抗されると、絶対に男はかなわないことを朱里は知っている。なのにそうしないのは、…まあそういうことなんだろう。
シャツ越しに双丘に触れる。とても柔らかい。朱里の口から、普段の彼女からは若干想像しにくい、甘い声が漏れる。

「…悪いな、朱里。我慢できそうにない。…ほら、バンザイして。」
「……バカ。」

なんだかんだ言いつつ、朱里はされるがままだった。シャツを脱がせていく。道中、だんだん露になる朱里の生肌、胸を包む下着。

「今日は赤か…よく似合ってるぞ。」

朱里の顔はその下着に負けないくらい真っ赤で、男を更にたぎらせる。男は手早くそれをずらした。
大きいわけではない。むしろ、無い方に入るだろう。だが、その控えめな胸はとても瑞々しく、柔らかい極上の果実であることを、男は知っていた。

「じろじろ見ないでよ……。あ、あんまり、大きくないから……。」
「だからいいんだよ。…頂くぞ。」

かぷ、と胸にむしゃぶりつく。片方を手で弄りながら、もう片方の、小さな頂を吸ったり、舌で弾いたり……。

ふと朱里を見ると、体をプルプル震わせながら、なんとか声を堪えていた。
――たまらない。

すっかり固くなった、ピンと勃つ種の片方を手で摘まみ、もうひとつを少し強めに噛んだ瞬間だった。

「ぅああっ!ぁあああああ……!!」

朱里は快感に負けたのか、体をビクっと大きく震わせ、大声で叫んだ。

「ふぅっ。…胸だけでイッちゃったか?」
「ふぁ…はぁっ…、…う、うるさい!仕方ないじゃない!だ、だって……。」
「だって…、どうしたんだ?ん?」
「………。」

赤面し、口ごもる。男は追い討ちをかけるように追求する。
朱里は攻められたら意外と弱く、少しいじめてやった方が可愛い。

「だって…、気持ちよすぎた。か?それとも、久しぶりだったから…。か?」

あるいは両方なのかもしれない。
朱里の下半身は、股間の部分を中心に、ズボン越しにはっきりわかるほど濡れていて、黒ずんだ
シミを円形に広がらせていた。男の視線に気づいてか、手で隠そうとする。

「…すごいな、胸だけでこんなにびしょびしょにしちゃうなんて。」

割りと感じやすい方だとは思っていたが、それでもここまで短時間で洪水にしてしまったとこを、男は見たことがなかった。

「いやぁあ……。あ、あんたも…。」

顔を沸騰させた朱里が、男に何か呟く。

「なんだ?」
「あんたも、も、もう限界なんじゃないの…?」

――バレたか。

確かに、男のモノもズボンの中で暴れていて、かなり切羽詰まっていた。久しぶりの朱里の体。これ以上無い恥体。
男の本能を刺激するには十分すぎた。

「…ご名答だ。さすがはパートナーだよ。…じゃあ、遠慮はしないぞ。」
「……うん。」

ズボンを脱がす。簡素な下着が見える。
わずかに粘液質な体液でぐしょ濡れな布は、もはや役割を果たしているとは言えず、なんとも官能的な濃厚な香りを漂わせている。

「朱里、腰浮かせて。」

秘所を守る最後の一枚を取り払う。濡れた布は意外と重い。
外気にさらされるそこ。
あるべき恥毛のカーテンは一本もなく、――体質ゆえか、そういう風に『設定』されたのかは解らないが、男は、朱里のそれが大好きだった。
ヒクヒクとピンク色の花弁はとろとろと蜜を溢れさせ、男を誘うように蠢いている。
覆うものが無い分、よりはっきりと見える。

「相変わらずきれいだよなぁ。しかし、…すごいな。見てるだけでどんどん…。」
「うあっ…、言わないでぇ…。は、はやく…お願い…。」

「わかったわかった。朱里はせっかちさんだな。……まぁ、俺ももう無理だけど。」

男は、朱里に自らのモノを挿入する。……それは、かつて朱里が最も嫌悪したもの。
任務失敗だのなんだのと、理由をつけられては無理矢理、くわえさせられたもの。握らされたもの。擦り付けられたもの。打ち付けられたもの。
『男』の象徴だった。
もちろん、今朱里を埋めているモノが、全くの別物、と言うわけではない。本質的には同じ生殖器だ。
それでも、決定的に違うことがひとつ。
朱里は、どこか満ち足りた、幸せな顔をしていた。

…後はそのまま、男は久しぶりの愛する女をひたすら味わい、朱里は愛する男の熱を一身に浴び続けた。
いつしか、二人は抱き合い眠っていた。


二人を見つめる背の高い影。童顔に水色の髪。

「おーおー、お二人さん幸せそうな顔しとるやないか。」

名残惜しそうに呟く。友との別れの言葉を。

「…朱里、紫杏はもうおらん。ウチらは大きな後ろ楯と、…無二の親友を失った。
ウチはこれからリーダーと一芝居打ってくる。しばらく朱里とも会えんやろう。せっかく幸せになれそうなんやし、良い相手にも会えたようやしな。
…一足先に待っとけ。ウチも必ず幸せになったる。」

このあと彼女は、もう一組の男女と出会うことになる。
ピンク色のヒーローと就職浪人。
微妙なコンビと対決して破れたり、その微妙な距離を縮めてやったりする内に、彼女の恋模様も少し晴れ間が顔を出した。
そう遠くないのかもしれない。彼女らが平和に過ごし、集い、互いの男を話の種に茶を濁す日も、そう遠くは…。

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