「私は生まれ変われるなら、普通に生きたい。
普通に恋をして、普通に結婚して、
普通の家庭を持つの」
ヒナコちゃんは自分がサイボーグだと告白した時…、
そして俺と恋人同士になった時にそんなことを言っていた。
人と違う体を持ち、プロペラ団に狙われ危険に曝される日々は、
普通の女の子にとって生きた心地はしないだろう。
だからこそヒナコちゃんは当たり前の幸せを望んでいた。
でもヒナコちゃんはプロペラ団と敵対し
危険に身を置くようになった俺を選んだ。
ヒナコちゃんが望む「普通に生きる」ことが遠ざかるのが確実だった。
それでも俺に告白したのはヒナコちゃんと同じサイボーグだからだろう。
「普通の人」にバケモノ呼ばわりされ、
正体を知られることに怖れるようになったヒナコちゃんは、
俺にサイボーグであることを教えてくれた。
俺の不便極まりない体はヒナコちゃんを救うことになるかもしれない。
初めて自分がサイボーグであることに感謝した。




とある冬の日。
ヒナコちゃんと買い物…と称したデートの帰る途中に、とある公園に立ち寄った。
もう夜になり、公園は人気がなく淋しげで、昼間に子供達が遊んでいるような活気はない。
ぽつぽつと雪が降り、静寂な雰囲気を幻想的に演出していた。
それと同時に徐々に冷え込んでいき、
恒温構造になっていない俺の体も冷たくなった。
「…寒くなってきたね。そろそろ行こうかヒナコちゃん」
「………」
そんな俺の手をヒナコちゃんが握り締める。
ヒナコちゃんはサイボーグだけど身体は生体部品であるためとても暖かかった。
ヒナコちゃんの体温が俺を暖めてくれる。
「凄く冷たいからやめなよ。風邪ひくよ」
「ううん、そんなことないよ。小波さんはあったかい」
そう言ったヒナコちゃんは明るい笑顔を作っていた。
手を握り締めながら俺とヒナコちゃんは見つめ合っていた。
「だって小波さんが居てくれたから…私は暖かい気持ちでいられる。
どれだけ悲しい想いをしても…」
そのまま俺の胸に飛び込んだ。
ヒナコちゃんの温もりと息遣いが伝わって、俺は動揺していた。



冷たい機械の身体に寄り添ってくれるヒナコちゃんがあまりに愛おしい。
「ヒナコちゃん…」
俺の無機質なボディはヒナコちゃんを抱きしめていた。
どうしようもない感情に突き動かされ、
身体の奥がオーバーヒートしてみたいだ。
そのまま俺は肩を掴んだ。
「目を閉じてくれないか」
ヒナコちゃんは目をつぶり、唇を微かに突き出した。
(ヒナコちゃんが待っている…)
願いと憂いを帯びた表情を見つめつつ、ゆっくりと唇を重ねた。
「んん…っ」
ヒナコちゃんの目から雫が落ちていた。
ヒナコちゃんは涙も流せるんだなと思った。
それが何を意味するか分からないけど、収まりがつかなくなった感情の奔流を流し込むように
キスは濃厚になっていった。
舌を忍び込ませ、よりねっとりと絡めていく。
「あん…ん…んん…」
俺の身体でも食べ物の味を判別するため
口の中は数少ない人間的な部分だ。
その全勢力を活用して感じとろうとする。
ヒナコちゃんも同じで、俺とのキスに夢中になっていた。
「んんんーっ!」
ヒナコちゃんが苦しそうになったのを見て俺は唇を離した。


(ドキドキしてる…)
身体が冷たくなっていたことなど忘れていた。
むしろ熱くなっているようだった。
「ねぇ…小波さん…」
顔を赤くしたヒナコちゃんが聞いた。
「もう少し寄り道しない?
……私の身体を知って欲しいの」
「え…?」
「たとえ私が何者だとしても…たとえ小波さんが何者だとしても…
私は小波さんとずっと一緒に居たい!
だから私のことをもっと小波さんに知ってほしい」
俺は頷く。
「約束するよ。ずっと側に居る。たとえ何があっても君が好きでいる」




その数年後…。
俺とヒナコちゃんは人間に戻り結婚した。
しかしヒナコちゃんはサイボーグとして生きていった日々の記憶を失ってしまった。
全く普通の女の子として生まれ変わったと言えるかもしれない。
サイボーグの恋人として過ごした日々が俺には夢のように感じられる。
解けた魔法のように…。
だがこれは彼女が望んだことだ。

「私は生まれ変われるなら、普通に生きたい。
普通に恋をして、普通に結婚して、
普通の家庭を持つの」
淋しいがこれがハッピーエンドなんだ。

「ねえ小波さん…」
「ん…なんだい?」
突然聞きに来たヒナコちゃんはなんだか悩ましげだった。
「私ね…よく夢を見るの。霞がかかったみたいによく分からないし、覚えてないけど…、
それが私にとってすごく大切なことだった気がするの。
夢なのに…気になってしかたがないの」
「ヒナコちゃん…」
俺は笑顔を作った。
「たとえその夢がなにであったとしても俺はずっと君と一緒だよ。
だから安心してヒナコちゃん」
ヒナコちゃんの表情がパッと明るくなる。
「うん。ずっと一緒にいてね…小波さん」

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