娘へ
これを読んでいるという事は私はもうこの世にはいないでしょう
だからといったりあんまり悲しまないで下さい
遺産は弁護士の人、ワギリバッテリーの全ては和桐社長に任せてあります
だから安心してください
あなたを引き取りたいという人が現れたら「ワギリバッテリーの秘密は知らない」と言って下さい
悪い人たちの大半はこの一言で去っていきますから
PS…というよりこっちが本文かもしれませんね
依然あなたは蜘蛛は気持ち悪いって言ってたけど本当は蜘蛛って偉いのよ
蜘蛛は一番最初に不毛な地に着くの
何十匹何百匹何千匹の蜘蛛が風に吹かれてね
その蜘蛛が大地に帰り、鳥が草花の種を運んでくるの
そして草花の種が芽を出し花が咲き、緑豊かな大地になるの
だから蜘蛛を嫌わないでね
これは母としての想いです
○○年×月△日 寺岡薫


「寺岡博士じゃないですか!」
見知らぬ人が私に話しかける
「ええと、どちら様でしょうか?」
もし知人だったら失礼ですけどね
「あっ、失礼しました!私は―というものです」
「はぁ…」
一体なんでしょうか?新手の押し売りかも…
「すみませんが先ほど買ったパーツの中に違法パーツが含まれているんですよ」
「へぇ、そうなんですか知りませんでした」
私がそう答えると彼は少し困った顔をして何か考え込んだ
そろそろ切り上げないとあの人がお腹を空かせているでしょうね
「すみませんがそろそろ…」
「あっ、すみません!お時間をおかけして」
「はい、ではこれで…」
私はそのまま帰路につきそしてマンションのドアを開けた
中にはいつも通り娘と"彼"がいる
「お帰りなさーい!」
「お帰り、薫」
二人は笑顔で私に言う
そして私も笑顔で返す
「ただ今」

今から10年以上も前に私たちは出会った
当時の"彼"はサイボーグで色々な事件に巻き込まれたようだ
私も私で脳に腫瘍が出来ており記憶がどんどん失われていった
そして色々あって私と彼は一度離れることにした
その時たった一つだけ私達は約束した
「一年後、身体を直して帰ってくる…」と
そして無事私達は結ばれ一人の子供を授かった
そんなある日…といっても一年ほど前ですね、プロ野球選手である彼の身体に異変が起きた
最初は単なる痺れだけだったが徐々に手足の感覚がなくなり
ついには立つことも歩くこと何かを掴む事も出来なくなってしまった
当然のようにプロ野球は引退、そして彼と私の闘病生活が始まった
この病気の原因はどうやらクローン再生装置にあるようだ
もともと彼は一度死んだ人間で今の身体は体細胞を卵子を使わず復元したクローンだ
師匠曰く「遺伝子にエラーがあるみたいね、そのせいで老化…いえこの場合肉体劣化ね。それが一気に進んだみたい」
私は何とか手を打とうと思い彼にサイボーグ化を勧めた
しかし彼の答えはNOだった
無理もないだろう、元々サイボーグから苦労の末に元の肉体に戻ったのだから
心配する私をよそに彼はニヤけた顔でこういった
「こんな体でも残せる物はあるだろ?」
…少し下品でしたね
彼がサイボーグ化を拒否した以上私は彼の力になろうと補助器具を作り始めました
サイボーグ化は無理でも手足となる機器は作れるはずだろうと
作ったもので彼が怪我をしたこともあるし耐久性が無いせいで壊れたりと色々大変でした
今は普通に家事とかやってくれてますけど…かなり無茶をしてる気がします
外に出るときは完全に車椅子、靴は履けますけど遠くへは決して行けません
車椅子に乗って移動してると必ずこういうんです
「すまないな、薫」
一人で出来ない事への苛立ちと私への申し訳なさが伝わってきます
でも私はこういうんです
「良いんですよ、早く治して色んな所へ行きましょう!」って

よくいろんな記者の方からワギリバッテリーの事を聞かれますが
実はあれ彼のために作ったんです
彼の車椅子、電動式ですぐバッテリーが上がっちゃうんです
それでこれを使えば簡単に外へ出て行けると思って作り始めました
科学は未来を切り開ける、私はそう信じて…
本当はワギリバッテリーじゃなくて彼の名前をつけたいんですけど
彼が恥ずかしがって付けさせてくれなかったんですよ、酷い話ですよね
自分の名前がこんな形で後世に残るより一人でも多くの記憶に残りたいって言ってたんです
そして自分のプレイで夢や勇気を貰った人がまた別の人にそれを与えられたら良い
まるで子供みたいな熱っぽい目で言ったんですよ
…私もまた彼に色んな物を貰った人ですから
でも…これは、ワギリバッテリーはあの人も私も救えませんでした
1月前、完成直前に彼はついに…亡くなりました
あの人が最後に握っていたもの…それは白い野球のボールでした
きっと野球がやりたかったのでしょうね
私はあの人の耳元でこういうしかありませんでした
「お疲れ様…あなた…」と

目の前にメガネをかけたサイボーグがいる
「寺岡薫ね…」
「はい、そうですけど…」
「残念だけど、死んでくれないかしら?」
そういってサイボーグは私に銃を向ける
「……」
何故でしょうか?恐怖や抵抗感が全く沸いてきません
「…何故、何も言わないの?」
「何故でしょうか?自分にもさっぱり分からないんです」
私は自分の胸に手を当てて考えて見ると少しだけ分かった気がしました
「ああ、分かりました!」
「何がよ?一体何が分かったのよ」
そう、何故私が落ち着いていられるか…
「ここで私の役目は終わりってことです」
「な、何を言ってるのよ…」
「つまり、私は蜘蛛になるってことなんです」
目の前のサイボーグは私の言葉に混乱しているようですね
私だって驚いているんです、こんな言葉が出るなんて…
でも少し気になることがあります
「…殺される前に一つだけ聞いて良いですか?」
「?」
「私が死んだら娘はどうなりますか?」
「重要じゃないからそのまま放置ね、一応監視は付くでしょうけど」
「そうですか、それは」
良かった…
ダァン!
サイボーグの銃弾が私の胸を貫く
胸から熱い物が大量に噴き出す
そして昔の事がゆっくりと目の前に映し出される
これが走馬灯という物でしょうか?
本当に昔の事が映し出されることに私は驚いていた
そしてどこからともなくあの人の声が聞こえた
「薫、迎えに来たよ」
「でも、あの子は大丈夫なんでしょうか?」
「大丈夫、俺たちの子だろ?」
「はい、そうですね」
「じゃあ、行くか…」
私はその声を聞きながら目を閉じた


「……」
サイボーグ、もとい朱理は死んだ寺岡薫の身体に触れた
「寺岡薫の死亡を確認」
朱理は薫の遺体を見てさっきの言葉を思い出す
(私の役目はもう終りって事ですよ)
「役目が終わったから死ぬですって!?冗談じゃないわ!!私は…生き延びてみせる」
朱理は遺体に背を向け歩き始めた

数日後、寺岡薫が遺体で発見された
お葬式は質素に行われ、昔懐かしい顔もちらほらと見えた
「そうか…親父さんに続いておふくろさんも死んじまったのか…」
垣内は薫の娘を見る
「お前が引き取ってやったらどうだ?」
木岡がとんでもない提案をだした
「俺がか?冗談じゃねぇよ!」
垣内は嫌そうな顔をする
「おまえな、アイツに一杯借りがあんだろ?そろそろ返すのが筋ってもんじゃないのか?」
そう、垣内は寺岡の夫に多くの借りがあった
「だが俺のとこは真っ当な商売じゃねぇぜ?」
垣内はオクトパスの仕事を思い出す
「俺んとこだってそうだよ」
「…」
「垣内、ガキって結構可愛いもんだぜ」
木岡は子供の頭を優しくなでる
「そうなのか?」
「そうさ」
首をかしげている垣内に対して木岡はニヤッと笑う
「そうだな、お前に出来て俺に出来ねぇことはねえな」
「…決まりだな、おう!嬢ちゃん!今からこの厳つい親父と一緒に暮らすけど良いか?」
「…うん!」
「もし良ければ協力しますよ」
話を聞いていた瞳は協力を申し出た
「おお、瞳ちゃんが協力してくれるなら百人力だぜ!じゃあな、垣内!ちゃんとその子の御守を頼むぞ!」
木岡はそう言うと車に乗って去って行った
「ちぇ!いい気なもんだぜ!そういえば名前聞いてなかったな、名前はいえるか?」
「えっとね名前は…」
ここで一つの家族の話は終わりもう一つの家族の話が始まるのだがこれはまた別の機会に…

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