春の夜の公園で小波はリンから茜が失っているものを知らされた。
潜入捜査が開始して3年目の春、球団が解散されると知った小波ホッパーズを優勝に導くべく奮闘していた最中の茜の、告白。兄ではなく1人の男性として。
諸事情は皆が知っている通りなので敢えて詳しくは述べないが、茜は苦痛から逃れるために『涙』を封印する手段を取っていた。
幸福を犠牲に苦痛も感じなくしようとした。すぐに「忘れて下さい」と言ったのは、幸せになることを心の中で恐れていたから。
幸せを望んでしまったら、きっとそれ以上の辛さを感じてしまうと思ったから。
だから小波と今以上の関係をもつことを躊躇った。
それだけではない、もし小波と今以上の関係を望んでしまったら、もうひとりの家族である大好きな姉―リンを傷つけてしまうのではないかと茜は考えたのだ。

―リンお姉さんが小波さんを好きなのはわかってます―

そう、リンも小波に密かな想いを抱いていたのだ。無論それに気づく小波でもないし悟らせるリンでもないのだが、茜は感づいていた。

「涙は感情を外に出すための道具よ。でも膨れ上がった恋という気持ちは茜の小さい体に溜めておけるようなものじゃない。このままじゃあの子はいずれパンクしてしまうわ」
「…………」
小波は黙って聞いているしかなかった。
公園の時計は10時を回ったところだ。寮の門限を破ることになるがそれは今は大した問題ではない。
「だから答えてちょうだい。あなたはあの子の気持ちを受け取ることができるの?」
リンは小波の顔を見据えた。
公園の噴水はただ一定のリズムを刻み虚しく流れ落ち、壊れかた熾熱燈はジジジと音を立てて点滅する光を灯していた。
「……俺は」
リンの顔を一瞥して目を閉じ、春の、しかし冷たい風が肌に染みるのを感じながら小波は茜との日々を思い起こしていた。
「…………」
それから数分の沈黙。
もう一度強い風が吹いたとき、小波は目を開け、力強く言った。
「俺は、できる。」
そう言った瞬間リンの表情が微かに動いたが、小波はそのまま続けた。
「俺は茜を守ってやりたいと思ってる。それが恋なのかどうかは知らないが、好きだってことに変わりはない」
「そう…ありがとう。妹のことは任せたわ」
リンは笑顔だった。

それから2、3のやり取りはあったが、小波はその時のリンの言葉は別れの言葉と感じながらも口には出さなかった。
リンが立ち去ろうと振り返った時
「なあリン」
「…何?」
「この前茜が言ってたんだけど、リンは俺の事が好きだって…でもそれは、その…」
流石に小波もこのタイミングで出すべき内容ではないと思ったが、今を逃したらもう二度と真相を聞き出すことは出来ないと何となく感づいていた…最後を何とまとめるかは思い浮かばなかったが。
「本当よ」
視線を逸らしながら尋ねる小波に対してスパッと言い切った。
「大好きだったわ。…茜に逢うまでは一番だった」
「そ、そうか…」
驚いた。まさかあのリンがそんなことを口にするとは思いもよらなかったし、彼女とて1人の女性であるので、よしんばそういった感情を持っていたとしても自分がその対象になるとは夢にも思わなかった。しかしそれは本当のことだから受け止めなくてはならない。
「でも今は違う、か?」
「ええ。私が今一番大事なのは妹…茜よ。でも、そうね」
「……?」
「今夜だけ」
「え?」
風が吹く。
「今夜だけ、私に時間をくれないかしら?」
小波は最初、リンが何を言っているのかわからなかった。


これが小説や物語のセリフならすぐに理解できただろう。が、リンの―目の前の、自分のよく知る彼女の言葉だとは、とても思えなかったから。
「……リン?」
だから、さっきまでなんとなく宙に浮かせていた視線をリンに戻して聞き返した。彼女の意思を聞くために。
「私を…抱いて」
「―ッ!?」
リンがさっきより少しだけ言いよどんだことと、そのストレートな言葉が小波を少しだけ狼狽させたが、それをどう受け止めるかの答えはすぐに出た。
自分の想いをを押し殺して、一番大切な人のためにあきらめられる強い女性。その彼女が吐露した願い。それが短い言葉と裏腹にどれほどの意味を持っているかが、理解できたからだ。
「…わかった。リンが望むなら」
リンに手が届く距離まで近付いて、自分より少しだけ背の低い彼女の頭をそっと抱きながら、小波は言った。
「ありがとう…小波君」
リンは今までで一番近くにいる小波に抱き寄せられるままもたれかかって、静かに笑ってつぶやいた。


シャワーが熱い。ホテルに入った時から続いてるほてりのせいなんだろう。熱いのはシャワーじゃなく、体。
リンの告白を受けてから、俺達はとりあえずリンの宿泊するホテルに向かった。二人きりになれるならどこでもよかったが、こういうときは後腐れのないホテルのほうが都合がいいだろう。
…茜には知らせていない。卑怯なのかもしれないが、知らせたくはなかった。
小波はシャワーを浴び終えて足早にリンのいる部屋へと向かった。あまり一人でいると色々考えてしまってよろしくない。

「あら、早いのね?」
リンは備え付けのイスに座りながらそう言っていたずらっぽく笑う。テーブルにはブランデーのボトルとかなり中身の減ったグラス、それからまだ手のつけられていないグラスが一つ。
「飲んでたの?」
「少しだけね。私もシャワー浴びちゃうから。それ、あなたの分」
「ん、ありがとう」
小波はリンが座っていたイスの向かいのイスに座り彼女の入れてくれた酒を口にする。
「…結構きついなあ。つーかせっかく入れてくれたんならすこし待ってくれればよかったのに…」
まあ、そんなところもリンらしい。と思いながら小波はグラスを傾ける。だが、一人で居るとやはり考えてしまう。
リンと小波は、普通の恋人同士ではない。リンが小波を想う気持ちは本物だし、小波もリンを受け入れた。だが両想いでも、結局は―
そこまで考えて小波は一気に酒をあおる。飲み干せずに少しだけ残ったが、酒のきつさで少しだけ気がまぎれた。余計に体はほてってしまったが。
そうこうしているうちに、バスルームの扉の開く音がした。


「…おまたせ」
髪を濡らし、バスローブの上からでもわかる豊かな体を少し赤らめながら、リンはそのままベッドに座る。
「結構長かったね」
「あら、私だって少しくらい気を使うわよ?」
小波は冗談を言って笑うリンの隣に座り、ゆっくりと肩を抱く。その手を髪に持っていき、撫でる。空いた手で彼女の手を握る。静かな愛撫でリンとの距離を近くしていく。リンはされるまま小波に体を預けていた。
だいぶ雰囲気になじんできたあたりで、小波は自分の胸に頭を埋めるリンにたずねる。
「リン…本当に…いいのか?」
リンは顔を上げて、自分を包んでいる彼の最後の確認に答えた。
「ええ…お願い」

返事を聞くと小波はリンの顎に指を添えて、彼女に口付けた。最初は浅く、唇をついばむように。次第に、深く。舌を使って、彼女の歯を、舌を、上あごを撫で回す。
「はっ……ふうっ」
息継ぎをするたびにリンの口から小さな喘ぎがもれる。普段冷静なリンの発する荒い息使いが、小波を興奮させていく。
「んっ………はっ…あっ……んっ」
しばらくしてゆっくりと口を離す。時間にすればものの5分も立っていないだろうに、今日一番濃厚な時間に感じられた。
「はぁっ……すごい、のね」
息を切らして自分を見上げるリンは、いままで小波の知らなかった顔だった。
バスローブをはだけさせ、汗ばんだ豊満な胸を晒しながら頬を染め目を潤ませて自分を見上げるリンは、小波の知る彼女の姿からは想像もつかないくらい無防備で、自分を興奮させる「女」だった。
「リン…」
小波はゆっくりとリンを押し倒し、中途半端に彼女を隠すバスローブに手をかけた。少しだけ覗く彼女の白い肩や肉感的な脚が、雄の本能を刺激する。
「ねえ……」
「?」
「優しくして…」
小波は柔らかに笑いかけ、彼女の額にキスをした。



バスローブを脱がしていくと、黒の下着一枚だけ身に着けたリンの体が現れた。胸に何もつけていなかったので下をはいているのは少し意外だった。
「あれ、下は付けてたんだ」
「…さすがにそんな度胸は無いわよ」
リンは顔を紅くして小波から背ける。そのしぐさが普段からは考えられないくらい可愛らしくて、小波の頬を緩ませた。
「じゃ…脱がすよ?」
小波はリンの下着に手をかけたが、
「ま、まって!……その……あなたも、脱いで」
一層顔を赤らめたリンが彼の手を制しながらそう懇願する。あまりに初心なしぐさのため、小波は思わず吹き出してしまった。
「なっ……笑わないでよ」
「ごめんごめん。あんまり可愛いからさ。ひょっとしてあんまり経験ないの?」
「…………」
「よっ……ほら、これでいい?」
小波は会話のうちに服をすべて脱ぎ、リンに笑いかけた。
「……うん」
「じゃ……するよ」
小波はリンの下着を取り払い、じっくりと彼女の体を眺めた。白い肌、豊満な胸、くびれのライン、細い脚……絵画から抜け出たような美しい肢体に、思わず言葉を失った。
「………綺麗だ」
「ふふっ……ありがと」
そんな小波を見てリンも落ち着いたのだろう、いつものいたずらっぽい笑みを浮かべていた。
小波はリンの首に吸い付いた。痕をつけながら舌を這わせ、体を撫でていく。
「はうぅ……んっ」
「リン……声出して」
「ふぁっ……でも……」
「いいから。聞きたい」

そう言っているうちに小波の唇ははリンの乳首にたどり着いた。胸を下から押しあげるようにもみながら乳首を吸い、舌で弾く。するとリンの反応が明らかに変わる。
「あっ!…やあっ……あん!」
「リン、胸好き?」
「し、しらな……はうっ!!」
小波の手はすでに濡れ始めた彼女の秘所に伸びていた。膣口を擦るように指をすべらせ、クリトリスをそっとつまむ。
「やあっ!あっ、あっそ、それ、だめ!!」
「リン……可愛い」
「な、なにをっ……ひゃうっ!!」
小波は耳元でリンに囁きながら、膣内に指を入れ、クリトリスの皮を剥き、直接刺激していく。徐々にペースを速めて。膣内の天井を擦り、むき出しのクリトリスを親指で擦る。
「あんっ!まって、ホントに、も、もうっ…」
「リン……大好きだ」
「―――――っ!!!!!〜〜!!」
甘い言葉を囁かれながら、リンは数度痙攣し絶頂に達した。



「リン、気持ちよかった?」
「はあ……はあ……」
返事は聞けなかったが、どうやらちゃんと満足していただけたらしい。
小波はしばらくの間リンの顔を指でなぞりながら彼女が落ち着くのを待っていた。
「もう……激しいって」
しばらくして呼吸の整ったリンが気だるそうに手の甲を額に置きながら言う。
「そう?リンが感じやすいんじゃないかな」
そういって小波はリンの胸をやわやわともみながらニヤニヤ笑う。
「……ねえ、あなたばっかりさわって、ずるい」
「ならばどうしろと」
らしくなくどもりながら言うリンに対し、小波は胸から手をはずしてたずねる。ニヤニヤ顔は崩さずに。
「その……私も…さわっていい?」
「何を?」
その質問にリンは顔を真っ赤にしながらちらっとめあてのモノを見る。そして自分に覆いかぶさっている小波を見上げて
「…いじわる」
上目使いで、小波に訴えた。


普段見られない表情を十分堪能した小波は満面の笑みで彼女のお願いに答えた。
リンの手をそっと掴んで、そのまま自分のモノまで持っていき、そっと握らせる。
「あっ……こ、これ?」
「そう、それ」
小波はリンの細い指の上から手をそえて、ゆっくりと動かす。
「すごく硬くて……熱い。」
リンもしだいに指を動かしながら小波のモノをさすっていく。指を絡ませ、優しく。
「ちょっ……まって、リン」
「あ……ごめん。痛かった?」
小波のモノに釘付けになっていた視線を彼の顔に戻す。リンの藍色の瞳に彼の苦しそうな顔が映った。
「ごめんなさい……小波くん」
リンはてっきり彼に苦痛を与えてしまったと思い、謝ったが、
「いや、そうじゃなくて……」
「?」
「なんていうか……出そうだったから」
その時リンの顔が変わった。普段の、いたずらっぽい笑みに。
「ふうん?」
リンは試しにモノを握っている手に少し力を込める。
「わっ―ちょ、リン!!」
たまらず小波は腰を引き、リンを制す。が、リンの手は止まらない。
「いいじゃない、私ばっかりしてもらったから…あなたも、気持ちよくなって?」
そのままリンは上下に小波のものをしごき続ける。もたらされる快感に、小波の我慢は利かなかった。
「で、出る、リン!」
小波からほとばしった精液は、リンの手と体にかかり、ベッドのシーツを汚していく。
「ふふ……気持ちよかった?」
お返し、とばかりリンは小波に微笑みかけた。
「はあ……かなわないね」
微笑みかけるリンの唇に、小波はそっとキスを落とした。
「なあ……」
「何?」
「いい?」
小波はリンの肩を抱きながら問いかける。これが、最後の一線。
「うん……お願い」
リンは彼の目を見つめながら、彼を受け入れた。
小波はモノをそっとリンの入り口に添え、腰を進める。
が―――
「痛っ!!」
「あっごめん!!」
亀頭が少し埋まったあたりでリンが痛みを訴え、小波はすぐに抜いた。
「悪い、久しぶりだったんだ?」
「……違う」
その言葉を聞き小波は自分の技術の無さに少し沈むが―
「初めて、よ」
次の言葉で、驚きに変えられた。
「はい!?」
「あら、簡単に体を許すような安い女だと思った?」
リンはやや不機嫌そうに言いながら、小波を抱き寄せて言う。
「本気じゃなきゃ……しないわよ」
「……リン」
小波はリンの顔を優しく手で挟みながら、その気持ちにこたえる。
「リン……さっきの大好き……嘘じゃないから」
「……ありがとう、小波くん……」
もう迷うことはない。あとは交じり合うだけだった。



「リン、深呼吸して、力ぬいて」
「うん――んっ!」
リンが痛みを感じているのがわかる。だが腰を進めるのを止めはしない。出来るだけ優しく。愛しんで。
彼女が満たされるように。少しずつ。
「はあっ……入った?」
「ああ……入ったよ」
入り終わった後、しばらく小波は彼女の頭を撫でながら、キスを落す。
「ありがとう……落ち着いたわ」
「本当か?我慢はするなよ」
「大丈夫…………来て」
そういったリンは、金の糸のような髪を広げ、藍色の目を潤ませ、うっすらと笑って―
最高に、美しかった。
「はうっ!!」
腰を動かす。快楽か、痛みか。あるいはないまぜになっているのか、リンの顔がゆがむ。
「あっ、あっ、こなっ、こな、みっ、くんっ!!」
結合部からは血が流れ、体が震える。それでも互いに腰を動かし、求め合う。
「リンっ!!……リンっ!!」
「はうっ、こなみっ、くんのがっ……奥、奥までえぇっっ!!!」
どれほど互いを想っていても、一つになりたいと願っても、結ばれることはない。
二人とも、お互いよりも大切に想う人がいるからだ。ならば。
ならば今だけは、深く、深く―――
「こなみくんっ、わたしっ、もう――」
「くっ……リン、俺もっ」
限界が近い付いてきた。情事の終わりは、別れの時。それがわかっているから、二人はより長く繋がろうとする。もっと、一つになりたくて。
「はっ、離れないっ、で!!お願い!!」
リンが小波の腰に足を絡め、力のかぎり抱き寄せる。もっと近くに、最後まで一緒にいたくて。
小波はリンの体をかき抱き口付けて、腰を深く押し入れた。
「っっ—————————!!!!!!」
リンが声にならない悲鳴を上げて絶頂すると同時に、小波は彼女の中に自分のすべてを解き放った。



「う…ん」
「起きた、リン?」
リンは小波の腕に抱かれたまま目を覚ました。情事のあとすぐに眠ってしまったらしい。
「…ええ。おはよう、小波君」
そのまま彼女はゆっくりと起き上がりテーブルに目をやった。
「…行きましょうか」
「…ああ」
そのまま二人はベッドから出、手早く衣服を着てホテルを出た。
テーブルにはブランデーのボトルと飲みかけのグラスが二つ置いてあった。

春の夜の公園は、まだ少し肌寒かった。時計は2時を回っている。ムリもない。
「…お別れね」
「…ああ」
風がやわらかく、二人の間を吹いていく。
「妹をよろしくね。小波くん」
「ああ。茜は必ず幸せにする」
それを聞くとリンは安心したように笑い、小波に背を向けた。小波も立ち去る彼女の姿を少しだけ見送り、そこから立ち去ろうとする。
強い風が吹いた気がした。
「小波くん!!」
立ち去ろうとした小波にリンの言葉がかけられる。小波は思わず振り向いた。
「――さよなら」
リンはいたずらっぽく笑いながらそう小波に小波に伝え、そのまま今度こそ立ち去った。
小波は立ち去る彼女の姿をずっと見送ったあとゆっくりと空を見上げた。
風が吹く
「あー…ゴミが目に入ったかなあ」
見上げた月が、やけににじんで見えた。

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