「ん…………」
 両足を無理やり広げられて、股を引き裂かれる。
そんな痛みにエリの意識は覚醒した。
 ゆっくりと、眼を開く。
身体を包む倦怠感――まるでずっと寝ていたような、けだるさ。
焦点が次第に定まって、最初に認識したのは自分の胸だった。
あまり豊かとは言えない白い胸が、
荒い呼吸に動かされるように、ゆっくりと上下している。
その膨らみの中央に位置する薄紅色の突起は、
散々と弄ったかのように、固く膨らんでいた。
 じくじくと、むずがゆい。
 なんで、服を着てないんだろ。
疑問に思いながら、やや上気した赤い肌を見つめ続ける。
 右の乳首に引っかかっていた汗が、ぽたりと、落ちた。それを眼で追う。
(……あれ?)
 汗が落ちた先にあったのは、割れた腹筋だった。
もちろん、自分のものではない。
先輩のようにカッコ良い感じのお腹になりたいとは思っていたものの、
エリのお腹は柔らかい感触が勝る、貧弱なものだ。
 ――だが、見えた腹は違う。しっかりと鍛えられた、男性の腹だ。
(……えっと)
 困惑しながら、ぺたぺたとその腹を撫でる。汗ばんだ硬い肌からは、鼓動が伝わってくる。
夢幻ではない、確かな存在感。
「んっ……」
 ずきり。
 股の付け根が痛む。冴える意識。ぱちぱちぱちと、三度瞬き。
「え……?」
 そのまま十数秒が経過してようやく、
エリは自分が誰かの身体――男の裸体にまたがっていることに気づいた。
 互いに一糸まとわぬ姿で、清潔そうな白いシーツの上で、
重なっている男女。それが意味するものは。
「あ……え……?」
 思わぬ事態に混乱しながら、眼球を動かし、前を見る。
 男と、目が合った。
口端から涎を垂らし、瞳に涙が充満していて、
まともな状態でないことがすぐにわかる、男。
幼い子供のように、涙で濡れた瞳ではあるが、
そこには子供が決して持つことのない、強い怒りが見えた。
そんな強い怒りに加えて、困惑と、悲しみが混じった、そんな瞳。
それを見て、考える。どこかで見た覚えがあった、そんな気がしたのだ。
(……ああ、シルバーと一緒にいた男の人だ)
 思い出し、納得して、再び視線を下へと――じくじくと痛む股間へ向ける。
 涙が出るほどに、痛い。まるで傷口を指で押しつぶされ続けてるような痛み。
それは当然だろう。
 男の性器が、エリを貫いているのだから。
「……や……やぁ!」
 状況を理解すると同時に、慌てて身を激しくよじる。さらに強くなる痛み。
エリの膣内の、奥の奥まで侵入している異物が、破瓜の傷を広げているのだ。
「やだぁっ……やだぁ!!」
 もがいて、もがいて、モノを抜こうとしても、身体がうまく動かない。
 男の胸を押し、自分の身体を持ち上げて、男の性器を抜こうと試みている手。
だが、どんなに力を込めようとしても、ほとんど手が動かない。
せいぜい、エリの身体を揺らすだけだ。
「なんで……なんで……やぁ……」
 次に、足を使って、逃げ出そうとする。
だが、腰から下が、まったく動かなかった。麻痺したように一ミリも動かない。
 有り得ない状況に対する恐怖と、
耐え切れないほどの痛みに、眼の奥から涙が染み出してくる。
(ねえ)
 突然、誰かの声が頭の中で響いた。楽しそうな、笑いを含んだ呼び声。
幻聴にかかわっている暇はないと、エリは無視して身体を動かそうとする。
けれど、その声は、エリをあざけわらう声は、止まらない。
(どんな気分? ろくに知りもしない男に、貞操を奪われるのって)
「あ……うぇ、え?」
 先ほどとは違う。はっきりとした、意味のある言葉が頭に響く。
それは嫌でも現状を把握してしまう、悪魔の言葉。
(まだわからない? これが夢だと思ってる? あははははっ)
 その悪魔がとても楽しそうに笑うと同時に、エリの腰が動き始めた。
逃げようとするのではなく、前後に、左右に、くねらせて、
男の性器を刺激するように動く身体。
「いたっ! いや、いやぁぁぁ!!!
うごかないでぇぇ!! いたい、いたいよぉ!!!」
 大量に溢れだした血が、男根でかき混ぜられることによる水音。
それをかき消すほど大きく、エリは悲鳴をあげる。
(…………うるさいわねぇ)
「う゛、あぁぁ!! ……あぁ……」
 再び聞こえた誰かの声。腰の動きが変わった。横の動きから、縦の動きへと。
さらに強くなる痛み。どこが痛いのかよくわからないほど痛い。
 未だ少女と呼べる年齢のエリにとって、
男のモノが奥の奥まで侵入してくることは、拷問のようなものだった。
拷問。通常ならば、忍者は拷問に対する訓練も行うのだが。
『使えない』そう判断されたエリは、まともに耐える訓練を受けていなかったのだ。
「あ゛っ! ……っく……ひっく、うぅ、あぁ……」
 涙がボロボロと零れ落ちて、声が嗚咽を含んだものに変わる。
エリの意識で動かせるのは、だらしなく涎がこぼれ溢れだす口と、
ぼやけて何も見えない瞳。そして男の胸板を押そうとする両腕。
(結構頑張るわねぇ。腕をちょっとだけでも動かせるなんてたいしたもんよ)
「ひっく、ひっく……え……?」
 再び頭に響く声。褒めているような内容ではあるが、
明らかにあざけりの色が強い口調で、彼女は言う。
(ま、でも……こうしたら無駄だけどね)
「ひっ!」
 男の胸板を押していた、エリの両腕が止まる。
びくびくと震えながら、前に伸ばされる手。
その先にあったのは、男の顔。未だ強くこちらを睨みつけてくる、男の瞳。
 その横――両方の耳を、エリの手がふさいだ。
そしてゆっくりと、自分の顔が彼の顔に近づいていく。
「!!! やだっ! やだやだやだやだやだ!!! やだ、んっ、んーーー!」
 じわじわ男の顔が近づいていき、そのまま無理やりに唇を重ねさせられた。
熱くて柔らかい男の唇を、食べてしまうように動くエリの唇。
 ファーストキス。
(……こんな形で、キスしたくなかったな)
 今のは、自分の意思か、それとも誰かの言葉か。
わからないままに、舌が動き始めた。硬い歯の感触、弾力のある歯茎の感触、
生暖かくぬめった舌の感触。次々とエリの初めての経験が、上書きされていく。
「…………っ」
 男は眉をひそめて、こちらの舌を緩く噛んできた。
きっと本人としては、噛みちぎるぐらいの力を込めているのだろう。
だが、何故か気持ちいいと感じてしまうほどの刺激にしかならない。
 気持ちいい、そう思ったことにぞっとする。
気持ち良くなんかなりたくない、それは確かなのに。
 なのにどうして、頭がぼうっとしていくんだろ。
くちゅくちゅと水音を立てながら、舌が動く。
(ふわふわする……気持ちいい……)
 エリの思考がゆるむのと同時に、右手が再び勝手に動いて、エリの胸を掴んだ。
柔らかい胸の脂肪を、嬲り、ねじり、潰してくる指。
その動きは、エリが自らを慰める時に使っていた動きと同じだった。
やや強めに、乱暴にいじるのを、エリは好んでいたのだ。
 その手なれた動きはその指はエリの身体を快楽に溶かしていく。
先端の突起を、爪で挟む。痛い、痛いけど、気持ちいい。
じくじくとした疼きが、満たされていく。
「んっ!!」
 だが、胸だけでは足りないかとでも言うのか――
男と繋がっている部分にも左手が伸びた。血で濡れた陰毛の感触が、気持ち悪い。
「〜〜〜〜〜!!!」
 モノの根元を撫でた後、指は陰核のまわりを刺激し始める。
穏やかな快楽の波が、身体を揺らしていく。
 揺らして、揺らして、気持ち良さにだんだんと何も考えられなっていく。
 口が離れて、キスが終わる。
けれど名残を惜しむかのように、最後まで舌は彼の口内に残ろうとしていた。
「あ゛あ゛っ……う゛ぁっ」
 両手でしっかりと男の腰を掴んで、身体が動かされ始める。
ずん、ずん、と奥まで届く、男のモノ。
その内部から押しつぶされるような刺激に、まともに言葉を発することができず、
エリはただ、口を開いて、声とも呼べない間抜けな音を出すことしかできない。
「あ゛ー……あ、ぅ……あんっ、あ゛ぁぅ……」
 たん、たん、と肉のぶつかる音。
 ぎしぎしと、ベッドが軋む音。
 ぐちゅぐちゅと、痛い水音。
 たくさんの嫌な音が、耳に響く。
「うぁ、ひっ……ひっく、やだ……やだよぉ……」
 傷口を広げるように、左右に動く腰。痛くて、嫌で、涙が出る。
 より深くつながろうと、上下に動く腰。痛くて、嫌で、気持ちいい。
 嫌なのに、本当に嫌なのに、逃れることができない。
(あら、そろそろ限界みたいね、こいつ)
 誰かがそういって、ぴくぴくとエリを貫いているモノが動いた。
「!!! いやぁぁ! 中はだめ、だめ、だめ、だめだめだめだめぇぇぇぇ!!!!」
 本能でそれが何を意味するかを知って、エリは全力で抵抗した。
 嫌だ、嫌だ、嫌だ!
「うあああああああああああああ!!!!!」
 喉から飛び出す咆哮。まず、右手が動いた。
 次に、左手も動いた。
 次に、
「ああああああああああああああああ!!!!」
 両足が、動いた。身体の全てが思い通りに動き出す。
「あああぁ!」
 飛びあがるようにベッドを蹴る。
ずぽんと、小さな間抜けな音が聞こえた。
「……ふぁ……はぁ、はふ……ひゅぅ……」
 どさりと音を立てて、息も絶え絶えにベッドに横たわる。
熱いものが、腰と、腕と、お尻にかかった。
(ふーん……がんばったわね、えらいえらい)
「う……ぁ、はぁ、はぁ…………あなた、は」
 もう、何度目になるかわからない、聞こえてきた声に、
「……だれ?」
(はぁ?)
 ずっと頭に浮かんでいた問いを、投げかけた。
(誰って……シルバーだけど)
「……え?」
 そんな、はずはない。シルバーは私が、確かに……殺した、はずなのに。
殺して……どう、なったんだっけ。
ぐるぐると、頭の中身が揺れ動く。わけが、わからかった。
(面倒だから、詳しいことは説明しないわ。
……それより、せっかく出してくれたのに……もったいないわねぇ)
「あ……ぅ」
 わけがわからないまま、また、体が勝手に動き始める。
抵抗しようとしたけど、もうどこも動かなかった。
「ん……」
 手が体中にかかった熱いものを、すくい取る。白くてどろどろした、ゼリーみたいな、精液。
匂いが鼻にとどいて、気持ち悪くなる。
「んぅ、あむ」
 勝手に動く手は、口元へ向かう。舌が伸びて、指を舐めた。
 初めて味わった精液は、何も味がしなかった。
舌が麻痺しているのか、それとももともと味がしないのか。
 どっちなんだろう。ぼんやりとした頭で、そんなことを考える。
「ふふふ……おいしっ♪」
 誰か――シルバーの声は、頭の中ではなく、自分の口から聞こえた。
本当においしそうに、嬉しそうに、どんどん舐めていく。
「……あら? そっちのほうが多いわね」
 眼が動いて、男のほう見る。
男の身体中にもまた、精液が飛び散っていた。
シルバーの言葉どおりに、エリの身体についている量よりも多い。
「ふぅ……んむ」
 それを一滴ずつ、丁寧になめとっていくエリの舌。
陰毛や、太ももに飛んでいるのを舐めているため、頬に毛が当たる。
むずかゆい、くしゃみがでそうだ。そんなことを思ったけど、でなかった。
動かなかったから、どこも、何も。
「ふぅ……ほんと、濃くて、いい味ね」
(美味しくは、ないような)
「馬鹿ね、ま、まだ子供だから仕方ないかしら」
 美味しくないのに、喉に絡んで気持ち悪いのに。
どうして。美味しいなんて、言うんだろう。
「ふふふっ……さて、また、これを大きくしないとね」
(!)
 身体が男ににじり寄って、男のモノ――先ほどよりも、
少し小さくなっている――を、エリの手が触る。
ぬめぬめしていた、熱かった、ふにゃっとしていた。
「はふ、む……」
 それは、口に含んで舌でいじるだけで、すぐに大きくなった。
はむ、と、まだ柔らかいそれを、頬の内側で刺激する。
 大きすぎて、全部は口に入らないかな。
エリはそう思ったが、シルバーはそうは思わなかったようだ。
「んっ、んっ、んっ……」
(!!?!?! 苦、しい! やめて、やめて!)
 モノが嫌になるほど硬くなったのと同時に。
喉の奥まで使われて、それを口全体でしごかされていく。
 咳が出そうなのに、でない。苦しい、苦しい、苦しい!
「ふはっ……けほっ、ごほっ……んっ、大きくなった」
 苦しみの時間はそう長くは続かなかった。
ぷるんと揺れる黒いモノが、口から飛びだす。
それを手が掴み、身体が起き上がって。
「いや、いやぁ……」
 エリの真っ赤に染まった入り口へと、モノの狙いが定められて。
「ぅっ、くっ……あ゛っ……!!!」
 はいる。いたい、いたくて、おかしくなりそう。
けれどおかしくはならなかった、意識を保ったまま、
「い゛っ……いやぁぁ!!!!」
 腰が再び、動き始めた。
激しく上下に、痛みを気にすることなく、壊れても構わないと言った調子で。
「やだやだぁ! もうやめ、え゛っ……う゛ぁ!」
 どうにか逃げようとするが、エリの意思は強く押さえつけられていて、動けない。
それどころか、さらに動きが激しくなる。
「あ、んっ……あっ、はぁ……ああぁ!」
 痛みに意識がもうろうとしていくのに、消えることがない。
涙がどんどんこぼれていく、男の腹にどんどん降り注ぐ。
「もう、い、や……いやぁああああああ!!!」
 泣いてもわめいても、体は勝手に動いて、
男の硬いモノを、エリの膣がしごいていく。
ぎちぎちと音が鳴りそうなほど締めつけながら、
それでも男の快楽を高めるために、スムーズに動きながら。
「や、だ。うっ、あ……はぁ! んぁ!」
 奥の奥まで貫いているモノが、一際大きくなった気がした。
「だめぇ……出しちゃ、だめぇ!」
 いやいやと、微かに首を振る。エリにできたのはそれだけだった。
「ああぁ! やだ、だめ、やだ、いや、いやぁっ……あっ!?……あぁぁ!!?!?!」
 最奥を突かれて、エリの膣がきゅっと締まる。
その瞬間、モノが一際大きく震えて。何かが、エリの中に入ってきた。
どくどくと、びゅうびゅうと、勢いよく。
(おー、入ってきた入ってきた。ずいぶん貯めてたみたいねぇ)
 吐きだされた塊が、膣の壁にぶつかる感触は微かなものだった。
だが、確かにそれを感じる。奥に、奥に吐き出されていく塊。
 子宮の中までもが、侵食されていく。
「い…やぁぁ……」
 全力で叫ぼうとして、まともに肺が動かなかった。
少しだけしか息を吸うことができず、小さな叫びにしかならない。
「やだぁ……入って、くる……せーえき……」
 どく、どく、どく、どくとエリの奥に吐きだされ続ける精液。
汚された。それを理解して、頭が真っ白になる。
 精液は、たっぷりと、たっぷりと出て、十数秒後に止まった。
(……ああ、そういえば、今日って結構危ない日よ)
「……え?」
 つぶやくように頭の中で響いた言葉に、エリの顔が青ざめる。
(こんだけ濃いのを出されちゃ……できちゃって当然かしら?)
「うそ……」
 呆然と、繋がっている個所を見つめる。
血で濡れた黒く光る陰毛。その上に位置するエリのお腹に、右手が伸びた。
(ま、それも悪くないかも、一度ぐらい子ども産むのも悪くないわね、たぶん)
 優しく――エリのものなのに、自分の意思で動いていない右手が――お腹を撫でる。
愛おしさを込めるように、柔らかい動きで。
「うそ、うそっ……あかちゃん、できちゃう……?」
 その優しい動きに恐怖を覚えながら、エリは絶望に満ちた言葉を口にした。
 がらがらと、音を立てて何かが崩れていく。
(そうね、後まだ二回ぐらいは出してもらいたいし)
「え……? っ、あ゛っ!」
 呆けた言葉をエリがつぶやくと同時に、再び体が勝手に動き始めた。
 痛い、痛い、痛い、痛い痛い痛い痛い。
涙が、また男の身体に降り注ぐ。
ぐちょぐちょとした音は、男の精液がかき混ぜられている音だろうか。
 でももう、何もわからない。わかりたくない。
(初めてだからってことで、あんたを起こしておいたけど……
次はあたしが楽しませてもらうわね。しばらく眠ってなさい)
「う……ぁ」
 再び股間の痛みが強くなったのを感じながら――
 エリの意識は夢に閉じ込められた。


「ふ……ぅ……ふふっ」
 大きく吐息を吐きだして、シルバーは妖艶にほほ笑んだ。
そのままいったん腰の動きを止める。
そして男――コナミを見つめて、手で涙をぬぐった。
「どうでした? コナミさん。わたしの『はじめての経験におびえる女の子』のフリは?」
 くすくすと笑いながら、語りかける。彼は理解できないと言ったように眉をひそめている。
先ほどまであった怒りは消えて、今はただ困惑しているだけと言った様子だった。
「新鮮だったんじゃないですか?
宇宙の歴史に残るほどのヒーローさんには、女の子を犯すことなんてできないだろうし」
 強い嘲りで覆った言葉をぶつけていく。
油断すれば今すぐにでも口にしてしまいそうな、彼への想いを隠すように。
「しかもこんな貧相な身体なのにこんなに一杯出しちゃって……
あははっ、英雄色を好むってこと……ですよねぇ?」
 エリの口調を意識しながら、シルバーは喋り続ける。
震えるコナミの身体。彼の首筋に打ち込んだ薬は、単に身体を痺れさせるもの。
 だがもちろん……記憶をなくす薬を行為の後に与えるつもりだ。
 もともとこれは、やるはずのなかった行動。
 決して覚えていてほしくない、出来事。
「ふあぁ……ほんと、いっぱい、出てる……ふふふっ」
 下腹部を撫でながら、つぶやく。
体内に吐きだされた欲望の塊が、どうしようもなく愛おしい。
「んっ……また、固くなってきましたね。
英雄さんなのに、しばらく女を抱いてないんですか? あははっ……ふぁ」
 硬度を取り戻したモノに気づいて、からかいながらゆっくりと腰を動かす。
ぐちゅり、ぐちゅりと音がたつ。白と赤と無色の液体が、混ざる。
「お……ま、えは……なんで」
 彼はこちらの質問を無視して、問いかけてきた。が。
「んっ!」
 口づけをして、黙らせる。正体を告げるつもりはなかった。
例え忘れられるとしても、知ってほしくはなかったから。
「んっ……ふぁ、あむっ……じゅる……」
 エリを操っていたときよりも激しく、強く、情熱的に、淫らなキス。
溶けていく頭、エリの身体は、キスが好きなようだ。
「んむっ、ちゅ……ずずっ……んんっ」
 たっぷりと長い間、深い口づけをする。
彼の瞳は、ずっと閉じていた。それが少し、嬉しく、悲しい。
見られたくなかったけど、見てほしかったから。
「ぷはぁ……ふぁ、はぁ……ふぅ」
 満足して、彼の口に溜まっていた唾液をすべて飲み干して、口を離す。
快楽に頬を緩ませた彼から、視線を逸らして、手を横へ伸ばす。
行為を始める前に、ベッドの脇の椅子においておいた荷物。
それを取ろうとしたのだが――届かない。
 当たり前だ、この身体はゴールドではないのだから、腕が伸びることもない。
「あははっ……」
 それに気づいて、シルバーは笑う。
ゴールドの最期を思い出して悲しくなったけど、笑う。
(一回抜かないと駄目ね……)
 彼女の身体がどれだけ便利だったのか――もっとも、
便利なだけではないが――を実感しながら、シルバーはコナミから身体を離した。
 栓の役割をしていたモノが、秘所から抜ける。
「んっ……」
 下腹部に力を込めると、少しして、ドロリとした白い液体がこぼれおちた。
それを見て、ぞくぞくと背筋が震える。
 彼が気持ち良くなってくれたことが嬉しくて。
彼が気持ちよくなってくれたことが悲しくて。
 ぬぐったはずの涙が、頬を伝った。
「ふふふ……『なんで』なんて、どうだっていいじゃないですか。
……気持ち良いから、どうでもいいでしょ?」
 感傷に浸ったのはわずかな時間だった。
平然と嘘を呟いて彼の上から立ち上がり、互いの性器を繋ぐ白い糸を断ち切る。
そのままベッドの隅へと――一人用にしては、
ずいぶんと大きなベッドだった――移動して、シルバーは鞄をまさぐった。
 用意しておいた瓶。人が淫らになる薬、何もかも考えられなくなる薬。
「んっ……」
 ふたを開けて、口に含み、シルバーは再びコナミの上に乗った。
そのまま口付けをして薬を送りこんでいく。
彼は必死で歯を食いしばり、拒もうとしているが……無駄な抵抗だ。
「んんっ、ん……」
 歯の隙間から少し粘性のある甘い液体を、一滴残らず注ぎ込んでいく。
彼の喉が、ごくりと動いたのを見て、シルバーは微笑んだ。
 これでもう、彼が余計なことを言うことはない。
「ふぁ……さて、楽しませてもらうわよ」
 中腰の体制で、彼の胸に手をおいて身体を安定させた。
そのまま、固くそそり立つ赤黒いモノへと狙いを定める。
「うわ……これは、大きすぎるわね……んっ!」
 訪れる痛みに、若干躊躇いながらも……一気に腰を下ろす。
ずきりと、頭が痛くなりそうなほどの痛み。
 だが、それは大きな幸せも運んでくるような痛みだった。
「ふぅっ、んっ……やっぱ、痛いわね」
 ぬらぬらと桃色に光る肉と、凶暴なまでにそりあがったモノが、繋がる。
野生の獣じみた匂いが鼻腔を犯し、彼に対する想いが、胸を痛ませる。
「……こほっ」
 コナミはすでに意識が朦朧としているのだろう。
瞳は焦点が定まっておらず、口からは意味のない言葉しか出てこない。
それを微笑んで見つめながら、シルバーはゆっくりと動き始めた。
「んっ……硬くて、大きくて、震えてる……ふぁ」
 痛みが、少しづつ快楽へと変わっていく。脳内の興奮物質を少しだけ増やして、
先ほどまで処女だった女にはあり得ない快楽を作り出したのだ。
(……どうせなら、最初っからこうしておけばよかったかしらね)
 今更なことを思いながら、動き続ける。ずぶ、ずぶ、とモノが出し入れされて、
血と、愛液と、精液が混じった液体が、ひたすらに淫なら音をたてる。
 膣内の具合が良いためか、彼はすぐに快楽に悶えるような、間抜けな顔に変わった。
それを見て、シルバーはさらなる快楽を求めて動きを変えた。
「ふぅ……」
 腰をモノが抜けないぎりぎりの所まで高く上げて――
「ひゃぁ!」
 下す、膨れ上がったモノの先端の部分が、
ちょうど良いところを刺激して、体全体にしびれが走った。
「い、いい……かも」
 それに味をしめ、グリグリと腰を動かすが……上手く当たらない。
体位を変えてみるのはどうだろう。思いついて、足を動かす。
ちょうど、彼の薬で呆けた顔を見るのにも嫌気がさしたところだった。
「ふぅ、ふぅ……ふふっ、全部、丸見えよね?」
 尻を突き出すように、身体を彼の足に預ける。
彼の位置からは、菊門も、繋がっている部分も、全てが見えるはずだ。
どろどろになっているあそこから香る匂いも、届いているのだろう。
 正気を保っていれば、これほど扇情的な光景もない。
「ふぅっ……! ふぅ、ふぁ、あぁっ……!!」
 高みに登るまでの快楽を求めて、シルバーは動き始める。
多少、快楽を強めているとはいえ、まだロクに開発もしていないのにこんなにも気持ちいいのは――
もしかしたら、エリには素質があるのかもしれない。
忍者には不必要で、女には必要かもしれない、淫らな素質。
「あ゛〜〜っ……あ゛ーーー!!!」
 目論見どおりに最も良いところを刺激されて、
だんだんと、意識がとろけていく。
今の自分は、ものすごくだらしない顔をしているのだろう。
「ふぁ……あははははっ、あぅっ、あんっ!」
 自分。そう思ったことに、シルバーは喘ぎながら笑った。
おかしくておかしくて仕方がなくて、笑った。
「ふぁ……ふあぁ……!!!」
 だらしなくこもった息を吐き出しながら、
身体の奥の奥へとモノを打ちこませていく。
ぴくぴくとモノが震えだしたことで、彼の限界が近いことを悟った。
「いいよぉ……いいのぉ、気持ちいい……あ、んぁぁっ!」
 一緒に限界を迎えたくて、
うわごとのようにつぶやきながら腰をさらに激しく上下させる。
「あ、ぅぁっ、やっ、い、いく……いくっ!」
 胸の突起を彼の毛深い足に擦りつけて、陰核を右手でつねりあげた瞬間。
「あああぁぁっっ!!!」
 身体が絶頂を迎えた。身体全体がぴくぴくと痙攣して、意識が白く染まり、
何もかもがふわふわと消えていく。
「きてる……きてる……いっぱい、いっぱい……」
 遅れて、再び塊が膣奥へぶつけられた。
どくどくと、びゅうびゅうと、膣内を白く染めていく精液。
 胸が、幸せに包まれていく。
「はふ……はぁ、はぁ、はぁ、はぁ……」
 荒い息を吐きつつ、彼の足に口づけをしながら、絶頂の余韻を楽しむ。
射精が終わるには、長いようで、短い時間が必要だった。
「はぁ、はぁ、はぁ……よか、った……」
 体温が重なり、心までつながっていると錯覚する時間。
そのわずかな時間を、シルバーは心から満喫した。
 最初で最後の幸せな時間は、誰にも壊されることはなかった。



 行為の痕跡を消して、部屋を後にする。
身体は疲れ切っているが、大きな満足感がシルバーの胸にあった。
 エリに対する復讐と、シルバー自身の微かな望み。
その二つを、終えることができたのだから。
 ……いや、復讐はまだ途中か、思い出して小さく笑う。
むしろこれからが、本番とさえ言えるだろう。
「……」
 こつ、こつと、ホテルの廊下を歩きながら思うは、宿主であるエリのこと。
今の彼女の心には、絶望が巣くっている。
彼女が自分に抵抗することは、もうないかもしれない。
(……まだ、許さないけどね)
 だが、エリの心にとどめを刺すことを、シルバーは決意していた。
 あと一つ、目標を達すれば、彼女の心は砕け散る。弱い彼女の心は死ぬだろう。
「……はぁ」
 それを想像して、溜息が洩れた。
いくら恨みがあるとはいえ、人を壊すのはいい気分ではない。
 だが。
 今更躊躇も覚えるはずもなかった。


 ――一ヶ月後。オーブールにて。
化け物達が、月明かりの下殺し合っていた。
 まるで踊っているかのように、刀を打ちあって金属音を響かせ、月明かりの下戦う二匹。
シルバーはただ楽しそうに、タマコはただ無表情に。殺し合う。
「あははっっ!」
「くっ……」
 戦いの当初はタマコが優勢だったものの――時がたつにつれ、
場の流れはシルバーに傾いていった。
 彼女の宿主であるエリの持つ龍眼。それはタマコの動きをすべて見切り、覚えていく。
基礎体力や筋力において優るタマコであったが、シルバーが体力を温存していたこともあり、
だんだんと追い詰められていた。
 シルバーの刀が、タマコの首筋へと延びる。
「……ふっ!」
 だが、刃が届く寸前に――鋭い息吹を吐き出し、タマコは刀を渾身の力で振るった。
攻撃してきた腕を狙う、攻防一体の技。
「!」
 シルバーが攻撃をやめなければ、致命傷を与えることができただろう。
だが、彼女が大きく後ろに飛んだことで、刃は空を切る。
 シルバーが安全圏と呼べる場所まで後退し――刀を下す。
 汗が、タマコの頬を伝った。
「……すぅ、はぁ」
 もちろん、怨敵が戦いをやめるつもりではないだろう。
月明かりの下、異様なほど輝く眼の光は、危険な意思に満ちている。
 ――タマコが大きく息を吐き出すと同時に、シルバーが喋り出した。
「うーん、なんだか思ったより弱いわねぇ。オリジナルのせ・ん・ぱ・い♪」
「……」
 シルバーの言う言葉に、今更ショックを受けるはずもない。
気にせずに、タマコは口元を覆っていた布をはぎ取り、捨てた。
毒物に対しての防護策だったのだが、今は少しでも呼吸を落ちつけたかった。
「やっぱ、クローンの動きと結構似てるのがねぇ……期待はずれよ、ホント。
オーブールの忍者組織も、もう終わりかぁ……ふふふっ」
 嘲る笑いに反応することはなく、タマコは全力で身体を休める。
退路はすでにない、覚悟は決めている。
 最低でも、相打ちにまで――そう考えてしまうほど、追い詰められていることに気づく。
「……考えてみれば、この子も利用されて捨てられる運命だったんだし……
私が寄生しなくても、組織を恨んでこうしてたかもしれないわよねぇ。ふふふっ」
「……」
 違う。反射的にそう思ったものの、言葉には出さなかった。
寄生されている娘のことを、タマコが詳しく知っているわけではない。
 ……もしかしたら、そう言ったこともあり得たのかもしれないのだから。
「へぇ……否定しないんだ? ま、そんなものよね、忍者なんて。
あははははははっ……ふぅ」
 ひとしきり笑った後、シルバーが刀を振るう。
付着していた血液が飛び、暗い闇へと消えていった。
その血は、タマコの同僚たちの血。
 今日彼女に殺された、忍者たちの血。
「……来い」
 次の一瞬で、決着がつく。
 それを感じたタマコの鼓動が、ひときわ高くなる。絶対に勝つという気概に、負けることへの恐怖に。
「ふんっ……死ねええええええええええ!!!!」
 怒声を上げて迫るシルバーに向けて、刀を向ける。この刃が必ずシルバーを殺すことを信じて。
「――――!!!」
 だが、その刃がシルバーに届くことはなく。


――――――――――――――――――――――――――――――――

 先輩。大好きな、先輩。
 生きていてくれた……ってわけじゃ、ないみたい。
 先輩じゃ、ないのかな。おりじなるって、なんだろう。
 ……あ、戦ってる。やっぱり、強いなぁ……カッコイイな。
 でも、駄目だ。このままだと……負けちゃう。
「……考えてみれば、この子も利用されて捨てられる運命だったんだし……
私が寄生しなくても、組織を恨んでこうしてたかもしれないわよねぇ。ふふふっ」
 ……え?
 違う。
 違う! そんなこと、絶対に、考えない!
 こんなことをするなんて、先輩を殺そうとするなんて、そんなこと!
「…………」
 ああ、でも、もしかしたら、違うのかもしれない。
 そうしていたのかも、しれない。……私だって、
 先輩に対して全く恨みがないわけじゃないんだから。
 シルバーが、正しいのかな?
 でも……
 …………もう、なにがなんだか、よくわからないよ。
 わかることは、一つだけ。
 この人に、先輩のようで、先輩じゃない人に、死んでほしくはない。
 絶対に、死んでほしくない。
 だから……今まで無駄だったけど、意味がなかったけど。
 もうちょっとだけ。
 もうちょっとだけ、頑張ろう。頑張って、頑張って。頑張ろう。 

――――――――――――――――――――――――――――――――


「な?!」
「……?」
 ぴたりと、シルバーの動きが止まった。
無理に止まったためか、彼女は姿勢を崩して隙だらけになる。
罠ではない、明らかなチャンス。だが――
「……?」
 タマコは攻撃をするのをためらってしまった。
シルバーの表情が、まるで。
 泣いているかのように。
「……あああああああぁぁぁ!!!!」
 声が聞こえた。
 叫び。確かな強さを感じさせる大きな声。
泣いてもいない、笑ってもいない、感情をこめていない、
己の力を振り絞る、末期の叫び。
「あああああああああああああああ!!!!」
 シルバーの手が動き、刀を持ちかえて切っ先を己へと向ける。
その手は、がたがたと、震えていた。
 そして彼女は。
「うあぁぁぁぁぁぁぁ!!!!」
 自らの喉に。


 シルバーの誤算は三つ。
 一つ目は、抵抗しない身体になれていて、体の支配がおろそかになっていたこと。
 二つ目は、エリが抵抗しないと決めつけていたこと。
 三つ目は。

 エリが弱くなどなかったこと。


 くすんだ色の風景が、奇麗に見える。
それに喜びを感じる暇はなかった。喉から、全力で声を出す。
「ああああああああぁぁぁぁ!!!!」
 必死に、刃を自分に向ける。
 その手を動かすのは、エリが持ちえた力の片鱗。
 最強の戦士になれるかもしれなかった、弱かった彼女の可能性。
 その可能性を。
「ああぁぁぁぁぁ!!!」
 自らの手で、潰す。それを決意したから、震えているのだ。
 怖くて、がたがたと震える手を押さえつけて、
刀を抱きしめるように胸元に手を引き寄せた。
「っ…………」
 銀の刃が、喉に食い込んだ。
文字通り死の痛みがエリを襲い、
噴出する血液とともに、急速に意識が、身体が、視界が、消えていく。
(あ…………)
 一面の黒の中、最期に見たのはタマコの、顔だった。
 それに意識の中だけで微笑みかけて、エリは。



(馬鹿ね)
 そうですか?
(馬鹿よ)
 でも、これしか。
(そう、ね。悔しいけど、あたしの負け)
 ……え?
(身体を燃やされちゃったから、もう私が外に飛び出すこともできないしねぇ。
……さすが忍者ってところかしら)
 じゃあ、先輩が、勝ったんですか?
(いや……勝ったのはあんたよ。おめでとう、復讐を遂げることができて。
ぱち、ぱち、ぱち)
 なんで、そんなに楽しそうなんですか?
(さあ、ね。……あ、もういよいよダメみたい
じゃ、地獄で会いましょ。ゴールドも待ってるわ)
 ゴールド?
(アンタが殺した、あたしの大切な仲間よ)
 ……仲間……ですか。私にとっての、先輩みたいな?
(何? まさか、今頃後悔してるの?)
 いえ……後悔は、たぶんしてません。
(そう……ゴールドには負けるけど、あんたの身体も割と居心地良かったわよ)
 え?
(…………)
 ……シルバー、さん?
(…………)
 死んじゃったのかな。じゃあ、わたしも死ぬんだろうな。
 もっと、いろんなことしたかったかなぁ。
 おいしいもの食べたり、遊んだり、いろいろ。
 …………でも、仇をとれたんだから、それでいいか。
 やっぱり、後悔は、してない。から。
 ……ああ、でも、一つだけ。
 あの人に、一言だけ、伝えたいことが。
 あの人、に。















 三日が過ぎた。
 シルバーの襲撃によって、忍者組織が負った傷はあまりにも大きく、
今や組織とも呼べない人数しか残っていない。
 クローンを作る施設が破壊されていなかったのが幸いだ。
もっとも、目覚めた彼らを訓練するのも、手間がかかるのだが。
「……ふぅ」
 スコップを穴の外に放り投げて、タマコは小さく息を吐きだした。
飛びあがり、穴の淵に立つ。
海の見える丘に、深さ一メートルほどの穴ができていた。
「……そろそろ、姿を見せたらどうだ?」
 振り返り、王宮をでて、すぐに感じた気配の主に声をかける。
それと同時に、すぐ近くのタオルケットの上に眠っている
スズネ姫をかばう位置に移動した。
 三日間徹夜で働き続けた姫の――タマコのわがままを聞いてくれて、
ここにいる姫の――わずかな休息を邪魔するわけにもいかない。
「……」
 出てきたのは、真っ黒なおかっぱ頭に二本のアンテナを持つロボット
――シルバーの相方、ブラック。
「……そこに」
 囁くような声。彼女に戦う気がないのは、すぐにわかった。
姫と同じく、あれから休んでいないタマコを葬るのは、たやすいことなのだから。
「埋めるの?」
 ブラックの言葉に小さく頷いて、足元に置いた骨壺に手を伸ばす。
裏切り者とされたエリを忍者の墓地に葬ることを、組織は許さなかった。
たとえ彼女が、シルバーを葬り去ったのだとしても。
 もっとも、この灰にはシルバーの身体も混ざっているのだから、
あたり前なのかもしれない。
「……ここなら、安らかに眠れるだろうからな」
 壺を持ち上げる。軽かった。疲れた体でも重いと感じないほどに。
「……これも」
 ブラックがゆっくりと懐から何かを取りだす。
握り拳が開く。手のひらに牙があった。白く、大きい牙。
「……埋めてほしい」
「なんだ、それは?」
「……ゴールドの、形見」
「? …………まあ、いいだろう」
 ゴールドとは誰か、
気になったものの問うことはせず、ブラックに了承の言葉を発して、穴を下りる。
底にそっと壺を置くと同時に落ちてくる牙。
 からんと音を立て、壺の横に並んだ。
「……」
 タマコが穴を這いあがると同時に、ブラックは背が向けた。
「……さよなら」
「何故、戦わない?」
 別れの言葉をつぶやく彼女に、問いを投げたのは、単純な好奇心。
 長年一緒にいたパートナを殺されて、悔しくないのだろうか。
「…………意味が、無い」
 そうつぶやいて、木々の隙間へと彼女の姿は消えた。
消えた姿に向けて溜息。……意味がない、確かにそうかもしれない。
「……違う、か」
 意味はなくても、やらなければならないこともある。
そんなことは、わかっているはずだ。
 振り返って、海を見つめる。綺麗な青、オーブールの誇る宝。
「…………」
 胸に手を置く、硬い感触――彼女の焼け焦げた身体から、回収したクナイの感触。
 今更、感慨にふけるはずもない。
 ただ、頑張ろうと思った。
 この先もずっと、頑張ることを誓った。





「コナミく〜ん」
「……ん?」
「なんだか、ぼうっとしてるでやんすよ?
体調でも悪いんでやんすか?」
「まあね、事務仕事がこれだけたまってりゃぁ……ホント」
「この書類の山、今朝見たときとまったく変ってない気がするでやんす」
「いや、二メートルぐらいは減ったよ……たぶん」
「うーん……はあ、宇宙を駆けまわってた頃が懐かしいでやんす」
「はははは……」
 確かに、懐かしい。
あの頃の方が、楽しかったのも確かかもしれない。
だが、手に入れた平和を守るために、この仕事は必要なものだ。
そう思えば、これも苦にはならない。……たぶん。
「はぁ……みんな、今頃何してるでやんすかね……」
「さぁ? 元気にやってるだろ」
 次々に浮かぶ、仲間の顔。
隠居したり、転職したり、スターになったり、……戦い続けたり。
 ……そういえば、彼女は何をしているだろうか。
元気で、やっているのだろうか?
(……そうじゃないはずもないか)
 彼女が辛い顔を浮かべることが、どうしても想像できなかった。
彼女の相方――ブラックは、二度と彼女と会うことはないと入っていたが。
 彼にはどうしても、それを信じることはできなかった。
「……手が止まってるでやんすよ」
「ああ、ごめん。……そろそろ食事にしよう」
「そうするでやんす……ふぁぁ」
 暇が取れたら、探しに行くのもいいかもしれない。
別れの言葉を言うこともなく、別れたのは悲しいから。
 そうしよう。そうきめた。
「さあて、今日の食事は……」
「インスタント食品でやんす」
「…………また、か」
「美味しいでやんすよ? ……そこそこ」
「うん……そこそこ、だよな」
 英雄は日々を過ごしていく。
 叶うことのない願いを願いながら。

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