「さあ、開幕戦から面白い流れ。
一発出れば逆転のチャンス、観客席も大いに盛り上がっています……」
テレビから流れ出る実況、熱い声援を大きく送る観客たちが大写しになる。
開幕戦ともなれば人のいりも多いようで、外野席はほぼ満席のようだった。
「…………(ごくり)」
 9回の裏ツーアウト、さらに一点差で三塁にランナー。
ヒットで同点、ホームランなら逆転。
野球のだいご味とも言えるこの場面、打席に立つは遅咲きの苦労人──小波。
今日の成績は四打席中三安打、猛打賞である。
さらにホームランも一本打っていて、絶好調と言えるだろう。
彼の妻である恵理はかたずをのんでテレビを見つめる、大事な開幕戦ともなれば
球場まで応援に駆けつけたかったのだが、身重の体を考慮して大事を取ることにしたのだ。
せめてもということで今はテレビの前でメガホン片手に応援している。
……といっても実は彼女の胸中は少し複雑だ。
もちろん活躍してくれるほうが非常にうれしい、けれども……



「えっちがしたい」
 全てはこの一言から始まった、
……というと大げさに聞こえるが、ともかく発端はこの一言だった。
時間は前日にさかのぼって、春キャンプも終わって開幕戦が明日始まるという大事な日。
夕食を終えて、二人でのんびりとした時間を過ごしていた最中。
突然夫がポンと手を叩き、真剣な表情でこんな言葉を言ってきたのだ。
「………………え?」
 数秒、意味をつかみ取れずに固まる恵理。
結婚生活も二年目に突入し、彼女も夫のたいていのことは知ったつもりではある。
だが夫は時々奇抜な――まるで子供のような――行動を取ることがあった。
……もっとも彼に言わせればこちらにもそういう部分があるらしいのだが。
ともかく今回もそのたぐいらしい、恵理は困惑し、視線を泳がす。
 と、テレビで殺人事件のニュースが流れているのに気づいて、名案が浮かぶ。
「……あ! 『えっ? 血が? 死体?!』……うん、最近物騒だよね?」
 『最近物騒になった』っていつ言っても大丈夫な便利な言葉だなぁ、
とか思いながらそんなことを口にすると。
「いや、そのボケは無理があると思う」
 間髪入れずにツッコまれた。冷えた声で。
「…………あたしもそう思う」
 呆れたような夫の視線に、思わず眼を逸らす。
名案ではなく、迷案だったらしい、おそまつ。
 幸いなことに、彼は深く追求してはこなかった、……が、替わりに。
「だーかーら。えっちがしたい。……つまり恵理とセックスしたいな、と」
 純度百%の欲望まみれなセリフを再び口にしてきた。
目がぎんぎらぎんに輝いていて、今にも押し倒してきそうな気迫が伝わってくる。
「せっ……え、えっと」
 恵理の顔が熱くなる。
……昔の商売柄、下ネタでからかわれることには慣れているはずなのに、
彼にからかわれるとなると恥ずかしく感じるのはなぜだろうか。
不思議に思うが、どうでもいいことでもある。とりあえず。
「やめた方がいいよ、だって、その……」
 恵理はやんわりと否定の言葉を投げた、
同時に手が自然と自らの腹部に伸びる――妊娠五か月。
もう誰が見ても妊娠していることは明らかなほど膨らんでいる。
……隣の奥さんは妊娠していなくてもこれくらいのお腹をしているが、
それもどうでもいいことである。
「うーん、そうなんだけどやっぱりしたいなと」
 諦めの悪い所は夫の長所の一つである。
……もっともこんな場面でそれを発揮してほしくは無いのだが。
「……えっと、いましたら赤ちゃんがびっくりしちゃうような……」
 妊娠していると意識したころから体調が悪くなっていって、
正月を最後に二人は身体を重ねていない。
……男の人はあまりガマンするといろいろと良くないと聞くし、どうしようかな。少し考えて。
「あ! その、口でなら…………胸でもいいけど」
 名案を思いついて、恵理の顔が明るくなる。……だが。
「ああ、それはそれで嬉しいんだけど」
 彼はにこやかに笑いながら――ことの最中に
自分をいじめる時と同じ笑顔――、提案を断る。
背筋に嫌な予感を感じながら、続く言葉を聞く恵理。
「…………正直なところ、一度くらいはお腹の大きい恵理としてみたいなぁ、って。
今の時期は安定してるらしいから大丈夫だって聞くし」
 ……確かに近頃は調子がよく、簡単な家事をすることも苦にならなくなってきた。
それは本当なのだが……
「……それって、かなり変態じゃないのかな……?」
 恵理もそういう需要があることは知っている。
だが、それがノーマルのものなのかは少し、いやかなり疑わしい。
「いや、普通だって! …………たぶん」
「うーん……」
 少し悲しそうな彼の顔。……恵理は迷う。
あまり気乗りはしないが、夫の要望にはできる限りこたえてあげたい。
しばらく迷っていると、こちらの葛藤を感じ取ったのか、夫は威勢よく。
「じゃあ、俺がなにか条件をクリアしたらってのはどうかな?
…………そうだな、明日の試合でホームランを二本打つ!」
「……え?」
 そんな提案をしてきた、ゆっくりと瞬きして、数秒後。ようやく恵理に驚きが走る。
「えぇぇ?! そ、それは無理じゃないの?」
 その驚きは当然だった、もともと夫はホームランを量産するバッターではない。
新しいチームの監督に気に入られたことと、キャンプの動きが良かったことで
見事レギュラーの座を勝ち取ったものの、一試合で二本のホームランが打つのは難しいだろう。
「大丈夫、俺を信じろ! ホームランを打って勝利を掴んでみせる!」
「う、うん。がんば…………あれ?」
 力強く言われて頷いてしまったが、そもそもあまり気乗りはしていない……けれど。
「…………うん、頑張ってね」
「ああ!」
 それでも夫に活躍してほしいことは確かである、恵理は心からのエールを送った。




 と言うのが昨日の出来事である、
夫は見事第二打席でホームランを放ち、今はおそらく今日最後の打席。
加えてかなりのドラマティックな場面、否が応でも応援する身も力が入る。
「…………頑張って!」
 思わず声を上げていた、メガホンを打ち鳴らして応援する恵理。
この思いは届かないはずはない、そう信じて。
「…………あ!」
 一球目、ミットに白球が吸い込まれる。……空振り。
つい先ほどピッチャーが交代したことで
タイミングが合っていないのではないか、とテレビの解説者。
軟投派から速球派、確かにタイミングが合わなくなってもおかしくない。
……この打席中に合わせることは難しいのではないか、そんなことを恵理は思った。
だがそれを可能にするのがプロの野球選手のはず、そう信じて見守る。
「頑張れ……頑張って!」
 手に汗握る一瞬、二球目はきわどいところでボール。
「……ふぅ」
 知らずに止めていた息を吐き出す。
プロ野球独特の間に飲まれて、
いつのまにかメガホンを叩くことも忘れ、ただ見守る。
 ――──三球目。
「……あぁ……」
 内角高めのストレート…………豪快に空振り、またもタイミングが合っていない。
それでも先ほどよりはずいぶんましではある、が……
(危ない……のかな?)
 このままだと三振しかねない。つばを飲み込んで、恵理は睨みつけるように画面を見つめる。
と、夫の姿が画面いっぱいに映る。バットをおろし、大きく深呼吸する姿。
構えなおし、彼は再び投手を睨みつけて――
(……あれ?)
 少し、本当に少しだけ、構えを変えていた。
実況も気付いていないようだが、けれどもたしかに違う。
――力みを抜いた、自然なフォーム。
その意味を恵理が理解する前に、四球目が投げられた。
ボールゾーンから、ストライクにはいる変化球――スィングされるバット!
カァン! と小さな音が聞こえた。
「……!!!! わあー! ……走って走って!」
 芯でみごととらえて、痛烈な当たり。
だがそれはホームラン性の辺りではなく、一二塁間をぬけて外野へと転がるヒット。
ホームに返ってくるランナー、そして一塁を蹴る夫……実況の興奮した声が少し耳障りだ。
「早く早く早く!」
 外野が補球に手間取っている間に、彼が……二塁を蹴る!
「あわわ…………あああーー!!」
 走り、走って…………彼の身体が宙に浮かぶ――ヘッドスライディング!
「…………!!!」
 小さな砂煙の中、塁審は……手を大きく横に広げた!
「わ〜〜!!! やった、やったぁ!」
 手をぱちぱちと打ち鳴らし、喜ぶ。
球場の歓声と同じように、恵理の興奮も最高潮に達して。
「わ〜〜〜〜〜!!!」
 そして思わず立ち上がったところで、
「あ…………こ、こほん」
 興奮しすぎている自分に気がついて咳払いを一つ。
彼を信じていれば当然の結果なのだからここまで興奮する必要はないはず、
そう考えて冷静さを取り戻そうとする。
そもそも家には彼女しか――いや、
お腹の中に子供もいるのだが――いないのに、はしゃいでるのは少し寂しい。
(でも、これで良かったの……かな?)
 ゆっくりと腰を下ろし、微笑む恵理。
昨日、夫は自分と賭け(非常にくだらないものだが)をしたことは確かだ。
けれども彼はチームの勝利のために、無理にホームランを狙わなかった。
それが嬉しかったのだ……なぜだろうかと考えて、すぐに答えは出た。
(うん……良かったなぁ)
 結婚したその年に成績が落ちた夫――それが
テレビや新聞で良く書かれなかったことで恵理には少しだけ不安だったのだ。
……自分が彼の重荷になっているのではないかと。
とはいっても彼との結婚生活は良好なものだったし、
彼の精神面をサポートすることは十分にできたとは思っている。
恵理が不安だったのは、彼の野球への熱意が、
自分のことを気にしすぎるあまりに薄れてしまったのではないかということだった。
だが、今日の試合で、彼のはくだらないことにながされることなく勝利への貢献を選んだ。
それは彼の中では相変わらず野球が一番だと、
確信することができる行動。(少し野球に嫉妬した)
……去年は不調だったけれど、きっと今年は大丈夫。そう信じることができた。
 だから恵理は。
(…………うん!)
 ゆっくりとお腹を撫でながら、決意を固めた。



 その後、見事夫のチームが勝利してしばらく時間がたって。
彼からの電話に『……あんまり激しくしないでね?』と誘いの言葉を投げかけた後。
「よし!」
 恵理は自らの部屋のクローゼットの前にいた。声を出して、自らを奮い立たせる。
「………………」
 扉を開いたその先にあるのはさまざまな服、
どうせえっちをするのなら彼にも楽しんでもらいたい。
そう思って、いろいろと準備をしようと思ったのだ。
(えーっと)
 恵理は昔の仕事柄、おしゃれな服をたくさん持っている。
だが、用があるのはそのような服ではない。がさごそと奥の方へと手を伸ばす。
(…………あった!)
 隠されていた衣装ダンスを引きずり出し、
ふたを開ける。そこには様々な奇抜な衣装が入っていた。
(……いつのまにこんなに増えたんだっけ)
 メイド服に始まり、魔法少女服、
セーラー服(これだけは自前だ)、忍者服、女王様の服、etc……
いくつかはソムシーにプレゼントされたもので(コレでノーサツだ! と言われた)、
残りはお得意さんが誕生日にプレゼントしてくれた
(未だになぜこんな服をプレゼントされたかわからない)ものである。
……正直恵理は、こんな恥ずかしい服
(特に魔法"少女"の服とセーラー服)を着るには年が厳しいなぁ、とか思っているのだが。
夫の強い要望により、捨てなかったのだ。
……もっとも、未だ着ていない服がほとんどではある。
いつかは着なくてはいけないのだろうか、
という考えは頭の隅に追いやることにして。
(うーん、どれにしようかな?)
 まずはじめにサンタ服を除外した、
あまりにも季節外れすぎる。
続いて魔法少女、セーラー服を(着る勇気がないので)除外。
メイド服も着たことがあるので除外。
そうして次々に絞り込んでいって……
「…………あ!」
 最後に忍者服と警官服、どっちにしようか考えるとこまで来て。
彼女は大変なことに気づいた。
「このお腹じゃどっちも着れない……」
 一人つぶやく、無理をすれば着れないこともないかもしれないが、
あまり窮屈になるのはまずい気がした。
(…………どうしよう)
 おそらく夫は普通にしても喜ぶだろう、
だが久しぶりなのだから十分に満足してもらいたい。
視線をクローゼットに戻す、
奇抜な衣装でなくても他に何かいいものは無いかと考えて。
(浴衣も季節外れなうえに着れるかわかんないし、水着もダメだよね)
 いいものがなかなか思い浮かばす、
どうしたものかと途方に暮れていると、ぴろぴろと電話の音。
立ち上がってゆっくりと歩を進める……七回目のベルが鳴ると同時に、
受話器を取ることができた。




「はい、もしもし小波です」
 もうそれなりに遅い時間ではある、
少なくともなにかの勧誘の電話ではないだろうと思っていると。
「オー! 恵理、元気ニしてるカー? ソムシーだヨ」
 受話器の向こうから聞こえてきたのは親友――恵理の昔の同僚、ソムシーの声だった。
「あ、ソムシー? うん、こっちは元気だよ」
 彼女とは今でも時々電話をする仲である、
妊娠を報告したとき、産まれたらぜひ見に来たいと
言っていたことを恵理は思い出す……もっとも、今回の電話は単なる近況報告だろうが。
「確カに元気そーダナ、……ウン? でもナンだか元気ナいなー」
「……どっちなの? まあ、元気だけどちょっと悩んでるかも」
「悩ンでる……ハハーン、あれダロ、
恵理ガ相手できないカラあいつが他ニ女作らナイカ心配なんダロ?」
 ソムシーの声が楽しそうなものへと変わる、本当に世話好きなんだな、と苦笑する恵理。
「えっと、それは大丈夫なんだけど」
「ウーン、男は油断しタラすぐに離れてクからねー」
「だ、大丈夫だって!」
「フーン、それならイイんだけどナー。……デ、悩みってナンダ?」
 にやにやと笑いながら――そんな感じの声だった――、促してくるソムシー。
今まで彼女に相談した時のことを思い出すと、だいたいは頼りになっている。
少なくとも悪い結果には……なっていないと思う。思いたい。
とまれ先に悩みがあると言ったのはこっちの方だった、恵理はゆっくりと口を開いて、
「えっと、実は今日あたし……」
「フムフム…………」
 話し始めた、手持無沙汰な手でお腹を撫でながら。




 再び時は流れ、そろそろ夫が帰ってくる時刻。
恵理は彼をベッドの上で待ち構えていた。
以前玄関先で待ち構えていた(真冬にメイド服で約二時間)ときに、
夫からそのようなことはもうするなと釘を刺されたため、
暖かい部屋で彼を待っているのだ。
そわそわと時計を何度も見つめ……日付が変わる一時間ほど前、玄関から鍵を開ける音がした。
くるまっていた毛布をたたむ――だいぶ暖かくなってきたとはいえ、裸に近い服装だと少し寒い。
それと同時にいそいで膝元に置いてあった道具を手に取り、装着した。
視界が消えて、おもわずシーツの端を掴む恵理。
……なにかを触っていないと、
暗闇に耐えられそうにもないのだ。
不安に苛まれながらも、ただじっと待っていると、
三十秒も立たないうちに、どたどたと足音が近づいてきた。
「ただいま!」
勢いよく扉が開かれる、といっても恵理には何も見えていないのだが。
「え…………恵理?」
「お、おかえりなさい……あなた」
 なんとなく正座をして声の方に顔を向け、出迎えのあいさつをする恵理。
彼の困惑した声に、驚愕しているだろう顔を想像して、心臓が高鳴るのを感じる。
(……引かれたら嫌だなぁ)
 そう思ったが、聞こえてきた彼の声はかなり嬉しそうだった。
「え、恵理、その格好は?!」
「えっと…………その、喜ぶかなと思って」
 視線を感じて身をよじる恵理、
現在彼女は服を着ていないが、裸でもない。
妊娠中の大きくなったお腹でも、
装着できるアイテムは無いかと相談して、ソムシーが教えてくれたもの、それは。
「いやいやいや! そりゃ確かに喜ぶけど…………ちょっと寒くないか?」
 エプロン(裸でつけないとダメらしい)と、目隠しだった。
『……どっちか一つじゃ駄目なの?」』という質問に、
『合ワセたら効果はバイぞーダ!』とソムシーが返したため、
両方つけることにしたのだ。
(こんなことする自分はかなりの変態じゃないのだろうか、
と言う心の声は無視することにした)
「大丈夫だよ、さっきまで毛布にくるまってたから……それに」
「それに?」
 夫の気配が近づいてきて、息の音が聞こえるほどになった。
……手が恵理の頬に添えられる。
帰りは走ってきたのかもしれない、少し汗ばんだ熱い手だった。
「これから……あなたがあったかくしてくれるから」
「…………恵理!」
 言葉を口にすると同時に、ぶつかるように激しいキスが恵理を襲った。
少し驚いたものの、なんとか受け止める。
「んぅ…………」
 そのまま勢い良く侵入してくる舌を優しく包み込んで、
彼の服を手探りで脱がせ始める。
鼻腔には汗の匂い、
シャワーを浴びるということが頭に浮かばないほど彼は興奮しているようだった。
……それが悪いというわけではない。
彼の匂いに包まれるというのは、なんだか気分がいいものだ。
「んむっ、ん……んちゅ」
 しばらく濃厚なキスを楽しむ。
手探りで彼の服を脱がすのは少し大変だったが、
彼の手に誘導されてなんとか一糸まとわぬ姿にすることに成功する。
たくましい胸板、手で触れていない部分からも火にかざしているような熱気。
「ん!」
 突然エプロンの横から手を差し込まれ、胸を触られた。
久しぶりに愛しい人の手で触られて、
恵理の鼓動が期待と興奮で激しくなる……
恵理も負けずに彼の股間に手を伸ばす、熱いカタマリ、
波打つ脈拍。先端からは液体がにじみ出ている。
ぬるぬるとした感触、彼のモノに貫かれることを想像して、ぞくぞくと背筋に痺れが走る。
「……んは、もうだいぶ体が熱くなってるみたいだな」
「あっ……う、うん……久しぶりだから、ん!」
 キスを終え、彼の囁きが耳元で聞こえてくる。
確かに恵理の身体はかなり――全身から
湯気が出ていると錯覚するほど――熱くなっている。
けれど手に触れる彼の分身も同じぐらい、いやそれ以上に熱い。
視覚が封じられている今、聴覚と触覚はいつもより冴えているような気がした。
息使い、鼓動の音、小さく震える彼の分身。その全てが未曾有の興奮をもたらす。
「俺としては久しぶりじゃなくてもすぐにこうなってくれると嬉しいな〜」
 笑うような声、絶え間ない攻めに小さく身悶えしながら、なんとか言葉を返す。
「んぁっ……うん、次はがんばってそうするね」
「……いや、冗談だから。準備ができるまでこうしているのも悪くないし」
「うん……んっ、わたしもこうされるの好き……あっ……?」
 突然、夫の胸を揉んでくる手が止まる。そして一言。
「胸、少し大きくなった?」
「……え?! わ、わかるの?」
「そりゃあ、まあ」
 最近少しだけ大きくなったような気がする胸、――といっても下着のサイズを
変えるほどの変化はないのだが―――それをまさか気づかれると思っておらず恵理は動揺する。
「ん〜、もしかして出てくるんじゃないのか?」
「出てくるって…………あ!」
 ちょっとだけ嬉しいな、と恵理が思っていると、
荒々しい手つきでエプロンをずらされ胸にかぶりつかれた。
彼は舌先でちろちろと乳首を舐めた後、すぐに強く吸いついてくる。
「あぅ……んっ!」
 むずむずとした感触を耐えていると、
彼の固い手が尻の形をなぞるように動いてきた。
びくん、と震える恵理の身体、身をわずかによじらせながら穏やかな快楽を受け入れる……
「んっ……んっ、むぅ……ん?
……なんか妙な味が、これっておっぱい?」
「あっ、んっ! ……出て、きたの?」
 母乳。時期を考えると、そろそろ出てくるはずではあった。
昔彼が『一番最初に飲むのは俺だ!』と言っていたことを思い出す、
どうやら願いがかなったようだが。
「? ちょっとだけ出たかも…………もっと吸ってみるか」
「あ、んっ……か、噛んでも出てこないよ……ん!」
 妙な味、と言う言葉が気になったものの、
さらに激しさを増した彼の吸いつきが恵理の思考を止める。
単に吸い上げるだけではなく、軽い噛みつきも混ぜてくる。
暗闇の中で攻められているというのは、非常に不安が強い。
恵理は夫の身体を強く抱きしめてそれに耐えながら、
激しさの増す彼の攻めを受け入れる。
「あ……ん……あっ!」
 お尻にあった彼の手が、ゆっくりと秘所の方向に近づいてきた。
……すでにじっとりと濡れているようだった。指先で陰毛を撫でるように触られて、
「ん!」
 そのままゆっくりと、陰核に近づいてくる。
早く触ってもらいたい、けれど触れたら最後、おかしくなってしまいそうな予感がある。
そんな恵理の心に気づいているのかいないのか、彼は胸から口を離して、動きを止めた。
「……んー、今日はもう出ないみたいだな。……味がよくわからなかったのが残念」
「そ、そうなんだ……」
 ぽつりと残念そうな声、恵理もどんな味なのか気になるな、と思っていると。
「うぁ!」
ついに彼の指がクリトリスに触れた。
会話へと意識がそれていたため、
心構えが足りない状態だった恵理は一瞬で高みへと昇っていく。
「まあ、生まれるころじゃないとちゃんとしたものがでないらしいからしょうがないか。
……ところで恵理、頼みがあるんだけど」
「んっ! な、何? あっ!?」
 膨れ上がった股間の突起をいじりながら、耳もとで息を吹きかけてくる夫。
彼の汗が一滴、ぽたりと恵理の太ももに落ちた。
きっとシーツは互いの汗と、自らの秘所から溢れ出た液体が混じってぐしょぐしょなのだろう。
それを想像して恵理の意識がぐらぐらと揺らぎ始める。
「いや、どうせエプロンつけてるんだったら台所でしたいなぁって」
「あっ、んっ、ああっ! ん〜〜!!」
「……恵理?」
 彼の言葉は耳に入っていたが、返事をする余裕が恵理にはなかった。
久しぶりなためか、それとも目が見えないためか。
……もしかしたら子供がお腹にいるせいかもしれない。
身体全体がずっと愛撫されたあとのように敏感になっている。
「んっ、いっ……あんっ、……あっ、ぁあ……」
 耳の周りをなめられて、首回りが熱くなる。
それを鎮めるかのように首回りをついばまれ、身も心も快楽の渦へと堕ちる。
「…………恵理、返事をしてくれないか?」
 にやにやとした顔を想像できるような彼の声。
歪む胸からはじんじんとした快楽、股の間からは痛みにも似た快楽。
力が抜け、彼のモノをしごく手が止まる。
「んっ! あっ、あぁっ! あっ、はぁ!」
 そして乳首を手と歯で潰されて、陰核が彼の手でつねられた瞬間。
「ああぁぁ!! んっ! あっ! あああああああああっ!」
 絶叫と同時に、恵理は絶頂を迎えた。
しばらく身体を小さく痙攣させた後、体重を彼に預ける。
熱い肌、汗が混じり合うほどど密着する。
「……んっ!! ……はぁ、はぁ」 
 嫌になるほど大きい自らの鼓動の音。
だけど、それが手のひらに伝わる彼の鼓動と重なったことに、小さな幸せを感じた。
「可愛かったよ、恵理……」
「はぁ、はぁ、はぁ、ん……気持ち、よかった」
 彼の手が恵理の股間から離れていく、共に快楽の波も引いて行った。
(…………あれ?)
 攻めが止まったことに、恵理は疑問を抱いた。
いつもなら泣いてもわめいても彼は攻めを止めない、
なんどもなんども昇らせてから、繋がってくるのが普通だった。
恵理もそうされるのを――口では拒みながらも――望んでいるので、
それに不満があるわけもないのだが。
「恵理、台所に行きたいんだけど」
 彼は優しくこちらの頭に手を置いて、髪をくしゃくしゃにすると同時に、再び要望を口にしてきた。
「……うん」
 ゆっくりと恵理は首を縦に振る、それにわずか――本当にわずかだけ遅れて。
「よし! ……それ!」
「わ、わあ!!!」
 突然恵理の身体が浮かんだ、不安定な体勢になって、思わず彼にしがみつく。
震動する身体、ベッドの軋む音、足跡……ドアの開く音。再び足音。
暗闇のなかでも、すぐそばにある彼の体温のおかげで恐怖心は無い。
「……んっ!」
「え、恵理! い、今そんなことしないでくれ!」
 それでも突然抱えられたことに対する抗議として、彼の胸元に口を寄せてみた。
胸の突起を舌で舐めると汗の味が口に広がった、
いつも自分がされているように軽く噛むと可愛らしく身体が震える。
さらに彼を攻め立てようとして……
足音が消える。
「んむ……んっ!」
 震動が止まると同時に、彼が身体をおろして、後ろから覆いかぶさってきた。
「んっ!」
 顔を後ろに向かされて、襲われるように二度目のキス。
見えない視界の中、手探りで支えを求める恵理。
手にぶつかったのは金属の感触だった。どうやらキッチンのシンクのようだが。
「んっ、んむっ! んんっ!!」
 彼の舌の動きがさらに激しくなる、
さらに後ろから乱暴に胸を――またエプロンの横から――揉まれた。
同時にお尻に彼の熱い性器の感触。……据えた匂いが届いたような気がして、
恵理の身体の芯がさらに熱くなった。
「んぁ! あ……」
 キスが終わると同時に、入口に熱いモノが押し当てられた。
……恵理は後ろからするというのはあまり好きではない。
その理由は、彼の顔を見ることができないということだ。
だが今はもとより視界を封じているうえに、
十分に――それこそ犬のように繋がり合う体位でもかまわないと思えるほど――興奮している。
「あ……あぁ!」
 ようやく繋がることができる、そう期待したが、彼はなかなか動かない。
だがなにもしなくても異常に気持ち良い、
足の力が抜けて、シンクに必死でしがみつかなければいけないほどに。
「……しかし、この格好はエロイな、背中は紐一本、お尻は丸見え」
「え? …………んっ、あぅ」
 彼が腰をゆっくりと動かし、肉棒を擦りつけてきた。
ぺちゃぺちゃと小さな水音が響く……
「大事なところもぐしょぐしょに濡れて、
いやらしい匂いをさせながら、ひくひくと動いてる。
……こっちもちょっと物欲しそうだな」
「え?! や、やだ!」
 尻の割れ目を広げられ、彼の指が後ろの穴をまさぐる。
嫌悪感に身をすくませ、恵理はいやいやと首を振った。
「や、やぁ……あ! そ、そこは……だめ……あ!」
 ……彼が動きを止めないことはわかっていた。
けれども後ろの穴で攻められて、気持ち良くなってしまう姿を見てほしくなくて、
「いや、いやぁ!」
 拒絶の声をあげ、手を後ろに回して彼の腕を押す。
だが、彼は気にすることなく指を侵入させてきた。
「あぁぁ!!!」
 ゆっくりと動く侵入物、奥へ奥へと進んでいき。
「ひぁ! あはぁ!」
 たやすく急所を探り当てられ、恵理の口からひときわ大きい嬌声が漏れた。
力が抜けて、足が震える。倒れこんでしまいたい衝動を押さえつけるために、
声を押し殺そうとする。
「ぁ! あっ、あっ、んっ、ん!」
 それもかき回すように暴れる指と、
膨れ上がった豆を肉棒で擦られて、それは無駄に終わる……
「……そういえば、前恵理と一緒に見たビデオこんな場面のがあったな」
「あっ、んん! ……え? えっと……んぁっ!!」
 つぶやくように夫。そういえば、
気分を盛り上げるためにと言って(実際かなり盛り上がった)
AVを見ながら肌を重ねたことがあったことを、恵理は思い出した。
だが、確かそのビデオのストーリーは……
「若妻が台所で無理やり犯されるって設定だったっけ、恵理と同じエプロン姿で」
 レイプ物、演技だとわかっていても見ているこっちも辛くなる内容。
だが、そんなシチュエーションにかなり興奮したのも確かだ。
それと同じ状況。……ふと、恵理の心に恐ろしい考えが浮かんだ。
「やあ……うぁ……ん!」
 触れている夫の肉体、それがまるで見ず知らずの人のように思えてしまったのだ。
もちろん錯覚だとはわかっている、
だが、彼が帰って来てから一度もその姿を目にしていない。
どんなに否定しようとしても、猜疑心は増していく。
「……あれは凄かったよな、
いやいや言いながら犯されてたけど、かなり感じてるようだったし」
 彼の手が恵理の大きなお腹を撫でる、固くて熱い手、
彼の手なのは間違いない。それなのに……怖い。
怖くて怖くて堪らないのに、嫌になるほど気持ちがいい。
「う……あ……あぁっ!」
 彼のモノ――だというのに恐怖心を感じる――が、
さらに強く押しつけられた。
恵理の身体全体に大きな痺れが走る。
挿れてほしいのか、ほしくないのか、そんなことさえよくわからない。
「……恵理、床に水たまりができてるよ」
「う、うそ……や、あぁ!」
 自らの秘所からあふれ出る液体が、
太ももを伝っていることには恵理も気づいていた。
だが、水たまりができるほどだとは思っていなかった。
確認しようにも視界はふさがれている。
「嘘じゃないって、ほら」
「!!!」
 ――ひたり、と、足元から小さな水音が聞こえた。
小さな、けれど確かな音。彼の足が水たまりを踏んでいるのだろう、
リズムを取るようにたんたんと。
「……犯されるって思って、興奮したとか? ……恵理はマゾだな」
 自らの痴態を明白にする音にくわえ、
追い打ちをかける彼の言葉。恵理の身体が痙攣し始めて。
「やだ……やだぁ! いや! いやぁ!」
 ついに口から本物の拒絶の言葉――ポーズではなく、心からの――が漏れた、
隠されている瞳から涙があふれ出し、眼隠しを濡らす。
「ひっく……ぅぁ! ぁっ! うっ、うぁ!」
 嬌声と嗚咽の混じった自らの声、まるで本当に犯されているようだった。
「……ちょっと脅かしすぎたな、ごめん、恵理」
「ううっ……ぐす……」
 彼の手が、優しく頭を撫でてくる、少しだけ恐怖心が消える……だが。
「おわびに……そら!」
「あ、あぁぁぁぁ!!!!」
 それが完全に消え去る前に、熱い塊がゆっくりと侵入してきた。
少し前までは待ち望んでいたはずのモノなのに、今では嫌悪感の方が強い。……だが。
「あんっ、あっ、はっ、はっ!」
 拒絶したくても、自己嫌悪してしまうほどの強い快楽に溺れてしまう。
逃げ出したい、恵理はその衝動を必死にこらえる。
何も怖いことは無いはずなのだから、彼のことを信じているのだから。
自らを暗示するように言い聞かせ、腰が砕けそうになる快楽を耐える。
「はぁ……あっ……あぁ……あっ」
 ――犯してくるような言動に反して、彼の動きは非常に緩やかだった。
ゆっくりと、優しく弱い部分を攻めてくる。
その優しい動きと、彼の荒い息使いの音。……そして。
「恵理…………恵理!」
 耳元で名を呼ぶ声。久し振りで余裕がないのか、少し切羽詰まっている。
彼の存在を確かに感じて、恵理の不安はようやく消えさった。
「あっ、ん! いい……もっと、もっと! あん!」
 もう遮るものは無かった、さらなる快楽を望み彼に合わせて腰を動かそうとして……
「ダーメ!」
「……ひあああっ?!」
 否定の言葉と共に、彼の指が後ろの穴から引き抜かれた。
目と口を大きく見開き、
恵理は絶頂を迎える……喉の奥からくぐもった悲鳴のような声が飛び出した。
「恵理は本当にいけない子だな……おっと」
 ついに恵理が膝が崩れ落ちようとしたところを、たくましい腕が優しく受け止めた。
彼の胸板が背中に押しあてられ、汗に濡れた肌が吸いつくようにくっつく。
胸元に添えられた腕、指が突起を軽くつまんでくる。
「駄目だろ、あんまり激しくしちゃ……子供がいるんだから」
「あ……ああ……」
 あまり激しくするのは良くない、確かにそうだ。
快楽に潰されて、ぼんやりとした思考の中。恵理は、
(……ごめんね)
 小さな罪悪感――肉欲に溺れ、子供のことを忘れかけていた自分への――に苛まれて、
自らに宿る命への謝罪の言葉を、胸の内でつぶやいた。
……それに応えるように、とくんと小さな鼓動の音が聞こえた気がしたが、
それは定かなものではなかったため、聞こえてきた彼の言葉の方へと意識はそれた。
「……しかし、本当に子供がいるんだなぁ、この中に。
……もしかしたら、えっちしてるってわかってるかも」
「んっ!!!」
 お腹を彼の手が優しく撫でる。
恵理はまだだが時期的にはそろそろ胎動を感じてもおかしくないらしい。
もしかしたら意識があるのかもしれない、そんなことを思いついて。
「こんなにえっちな恵理を見て、どう思ってるんだろうな」
「そんなの……いやぁ……」
 強い羞恥が恵理を襲う、
もとよりかなりアブノーマルなシチュエーションだったことにくわえ、
子供を意識したことにより、さらに恥ずかしくなったのだ。
精神的に追い詰められ、恵理は限界を迎えようとしていた。
「うぁ! あっ、ん、くる……はぁ!」
 意識が白に染まっていく。彼の動きは穏やかだが、
奥を突かれていることで絶頂はすぐそこに来ていた。
「きてぇ……はやく、きてぇ!」
 終わりを望む言葉を口にし、恵理は膣内を強く締め付けた。
――彼のモノが、少し震えたような気がした。
「う……わかった……出すぞ!」
 宣言と共に、深くねじ込まれていた男根が。
「あ゛ぁぁぁぁぁぁ!!!!」
 勢いよく引き抜かれた、力が抜けて恵理の体が崩れ落ちると同時に、
身体中に熱いものが降り注ぐ。
「あっ! あっ、あぁ……あついのが、ん……」
 全身にくまなくかけられた、
そう錯覚してしまうほど大量の液体が背中に飛び散る。
自らの顔が恍惚に歪んでいることを意識しながら、恵理は。
(……髪の毛についたみたいだから、洗うの大変かも)
 そんなことを考えながら、快楽の余韻に身を委ねた。


 しばらくして、夫の手が目隠しを外す。
ゆっくりと瞼を開けると暗いフローリングの床が見えた。
もともとキッチンの電気が消えていたこともあり、眩しいとは感じない。
「……よかったよ、恵理」
「わたしも……」
 四つん這いの状態の恵理に、夫が再び覆いかぶさるようにくっついてくる。
火照った体温が心地よい、首だけで振り返ると。
「ん……」
 触れ合うだけの軽い口づけをされた、恵理は潤んだ目で夫を見つめ。
「んっ……だいすき」
 唇を離すと同時に、言葉を紡いで彼に微笑みかけた。彼もまた微笑む……
「俺も、大好きだ。…………でも、今日はここまでにしておこうか」
「うん…………え?」
 意外な言葉も何度も聞いていれば聞き慣れる……と言うことは無く、驚く恵理。
この後も何度かするのではないかと思っていたのだ……
「やっぱり、無理しちゃだめだからな……あ、そうだ」
「?」
 彼は少し恥ずかしそうに、
「……一緒にお風呂に入らないか?」
 そんな可愛らしい要望を口にしてきた。
「…………うん!」
 微笑みを携えたまま、恵理は了承の証として彼に抱きついた。





 いちゃいちゃしながらお風呂に入った後、ベッドで寄り添う二人。
ほんのわずかな時間ではあるが、これも大切な二人の時間だ。
恵理は甘えるように彼に抱きつく……といっても、
お腹を気にしてあまり強くは抱きつけないのだが。
「……生まれたら忙しく……だろうなぁ」
「そうだね……」
 暗い部屋の中、少し眠たそうな彼の声。
とぎれとぎれの言葉を、聞き洩らさないように、耳を傾ける。
「……俺……頑張るから、恵理……ふぁ……」
「……うん、わたしも頑張るね」
 彼の声は尻つぼみに小さくなっていく。恵理も睡魔に身をゆだね。
「…………ん……おやすみ、恵理」
「おやすみなさい、あなた……」
 穏やかに夢へと沈んで行った。

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