ハセシマさんの影響で鍛えたネットオークションで格安でグッズを手に入れた武美、
それを手渡すと、大喜びで部屋に戻って行った。

「いよいよ明日から大会、か。」
「裏野球大会、だっけ?バブルス自体は初の出場らしいけど。」
「自体?」
「彼、小波さん。
 あの人だけは、幸せ島にいたときに1度出場して、優勝してるの。」

マジか。
と思ったところに、チャイムが鳴る。

「あれ?寺岡?」
「ああ、あたしが呼んだの。ごめんねー。」
「で、どこが調子がおかしいの?」
「…おい、武美!服を脱ぎ出すな!…!?」

胸のパネルを開ける武美。
思わず、寺岡の視界から体を張って武美を隠した。

「ば、馬鹿!なにを…」
「だーいじょうぶだって!薫ちゃんもサイボーグだから。」
「…え?」

調整を始める。
あれこれ話しあっている。どうやら寺岡は状況はつかめたらしい。

「大体予想通りだね。この部品で合ってて良かった。」
「ありがとう。わざわざ買ってきてくれて。」
「それじゃあ、取り付けるね。小波さん、コードを指してくれる?」

脇からコードを取り出す武美。

「ああ…なんでだ?」
「あたし、死ぬから。」
「…はあ!?」
「一時的、だけどね。直す場所が心臓と脳に関係しているから、一度両方を止めないといけないの。
 その際、外から電力を供給しないと、生命を維持できなくなっちゃう。」
「長時間その状態だと危ないけど、すぐ済むから。」

電力を差し込む。もちろん停電になったら終わりである。
ほぼ大丈夫とは言え、心配しながら死んでいる武美を見つめる。

…だが、さっきの死ぬから、というセリフ。明らかに冗談めいた言い方ではなかった。
なにかが、頭を過ぎる。

「ふう、完了。」
「う、うーん…できた?ありがと。…ねえ、薫ちゃん。」
「なあに?」
「…今回の不具合の原因、なあに?」
「…多分、想像しているとおりよ。私から言うべきじゃないから、あなたから、ね。」

寺岡がそそくさと出ていく。
武美が下を向き、部屋が静まり返る。

「原因って、なんだ?」
「…。」

眼の光が失われている。

「別に怒っちゃいない。もしかして、大神におれたちの居場所がばれたとか?」
「そうじゃないけど…ごめんなさい。」
「…?」
「…先月、…1か月に1回のあの日が…来なかったの…」

1か月に1度の『あの日』。
それで、すべてを悟った。

「おなかの中に、子供がいるの。それで…」
「こ、子供が?」
「根なし草の風来坊にただでさえ邪魔なついてくる彼女がいるのに、
 足手まといになる子供まで作って…失格だね、あたし。」
「そ、そんな事…」
「何も言わないで!サイボーグが…アンドロイドが親なんて、子供がかわいそう過ぎるよ!
 それに、子供まで連れて、旅なんてできない!」
「そ、それは…」

おそらく、武美の子だから、どうにかして多少無理してでもなんとか育てながら旅をするだろう。
俺は現実的に考えても不可能ではないと思うが、それでも武美は間違ったことは言っていない。

「でも、小波さんの子供を中絶できない。だから、一緒には行けない。
 …でも、小波さんなしで、あたしは生きていけない。だから…」

武美が苦しみ抜き、そして、武美なりに考え抜いた結論なのだろう。
その思いは、先ほどから痛いほど伝わってくる。武美の出した結論、だから何も言わずに聞いてきた。

だが、もう限界だ。

「…んぐっ!」

深い深いキス。絶対に、それ以上何もいわせないように。
何があろうと、だからのあとに言おうとした言葉、『死ぬ』。それだけは絶対に言わせてはならない。

「…ぷはあっ!」
「武美…悪いが、それ以上のことは言わせられない。」
「優しいんだね、小波さんは。でも…」
「ありがとうな。」
「え?」

そんなことはない、とか。俺が育ててみせる、とか。そんなこと言っても否定するに決まっている。
今の彼女に対して必要な言葉は、これしかないと思った。

「俺の、子供だ。…ありがとう。」
「そ、そんな…変なこと言わないで!」
「どこがだ?うれしいに決まってるじゃないか。俺と、武美の子供だ。
 俺は、本当に、幸せ者だ。」
「で、でも…育てるなんて…それに、親がサイボーグでアンドロイドなんて…」
「俺と武美の子供、授かる喜びに比べれば、そんな苦労はどうってことない。
 それに、人間である俺の子供を授かった。武美は、立派な人間だよ。」

…ついでだ。
告白の時に言ってやったあの言葉、うろ覚えだけど、今の武美にはどう響くかな。

「いや、むしろ子供を持っている人間の方が少ない。」
「…!」
「…w」
「…じゃあ、いきなり普通の人間を超えた?やったあああっ!」

ある程度無理しているだろう。泣きそうな顔で(泣けないからだが)抱きついてきた。
もちろん、まだ自分が足手まといになることへの罪悪感から解かれたわけではないだろう。
迷惑、という言葉をこれからも使っては来るかもしれない。

だが、俺の想いは、理解してくれた。今は、それで十分だ。
俺への優しさを求め、触れようとしてくれるだけでいい。

「よし、何かプレゼントを用意しないと…」
「えへへ。あるよ、欲しいもの。」
「?」

よくよく考えればすぐにわかるものだったが、
悲惨なことに俺にはそれが思いつかなかった。本当に悲しい。

「裏野球大会の、優勝!」
「…よく考えれば、それしかないよな。」

明日の先発投手が、今から体力を消費するのは選手としては失格である。
でも、そんなの知ったこっちゃない。今は、武美を抱く。これだけしか考えられなかった。


「うーん…あれ?小波さん?」

周りにはだれもいない。置手紙があるだけ。
一瞬、不安になった。孕んだ自分を捨てたんじゃないのか、と。

しかし、あんなにやさしい言葉をかけてくれた小波、そんなわけがなかった。

『よく眠れたか?
 あまりにも気持ちよさそうに寝てたから、起こせなくってさ。
 俺は試合があるからもう行く。時間は待ってはくれないからな。
 起きたら、適当に身支度して、応援に来てくれたらうれしいな。』

場所も同時に添付されていた。一応知ってはいたが、再確認のためだろう。
あわててセーターを着て紙を結び、部屋を出た。


「はあ、はあ…もう7回か。
 お、勝ってるよ。相手は、…USスーパーヒーローズ。」

さすがの武美も、ドッペルゲンガーが以前戦った相手、とまでは知らなかった。
一応3−1で勝っている。

「しかし、よく勝てるでやんすねえ。
 あきらかに相手チームにはA・ロ○ド、ジー○ー…」
「オールメジャー選手。
 相手のミスで奇跡的に出たランナーを小波君(キャッチャー)が3ランで返して、」
「エラーがらみの1失点じゃねえか。
 まあ、このピンチを乗り越えなきゃならねえわけだが。」

ベンチには山田、そしてなぜかフローラルローンズのキャプテンが座っている。
塁上には、ヒットとフォアボール、エラーによって3人のランナー。

「やれやれ…さすがにしんどいな…1アウト満塁か…」

ストレートを投げ込む。が、だんだん力がなくなってきた。
特大のファールボールを打たれる。

「さすがに、昨日武美と調子に乗ってやりすぎたか…ん?」

視界に、武美が映る。
武美もそれに気付き、渾身の力で声を張り上げる。

「勝ってー!お願い!
 小波さん、お願い、お願い!勝ってー!」

生まれてくる子供のためにも、なんてのはさすがに恥ずかしすぎて言えなかった。
だが、これで小波が最後の力を振り絞った。

「うおおおおおおおっ!」

バットをへし折り、6−4−3のダブルプレー。
この大ピンチをしのぐと、大声でほえた。

そして、山田、奥野とリレー。オールメジャー相手に、奇跡的な勝利をおさめた。

「いや、今日はごくろうさん。」
「ほるひすだよ。きょうは4つのさんしんだよ。」

自分で言ってて情けなくないのか?
という突っ込みはこの際置いておく、

「次の相手はどこですか?」
「ええっとねえ…この2チームの勝った方とだね。
 サッカー野球部対…ブギヴギビクトリーズ。」
「!」

当然、小波が忘れるはずもない。9か月お世話になった、あのビクトリーズである。
今頃、権田が中心になって頑張っているだろう、と思っていた矢先であった。

「どっちでやんすかねえ。まあ、どっちつかずのサッカー野球部は、弱そうでやんすけど。」
「…絶対に、ビクトリーズだ。」
「おや、アンタもそう思うでやんすか?まあ、サッカー野球部なんて、所詮足が速いだけの」
「違う。あいつらは、絶対に勝ちあがってくる。」

そう言って、ロッカールームを出た。
この事実を、真っ先に伝えねばならない相手がいる。

武美である。
球場の外で待ってくれていた。俺を見つけるやいなや、抱きついてきた。

それを受け止めた後、真顔でこのことを話した。

「え!?ビ、ビクトリーズが相手…」
「ああ、おそらく、いや間違いなく勝ち上がってくる。
 …なあ、武美、頼みがあるんだ。」
「どんな?」

…。

「うん、わかった。」
「複雑な思いもするかもしれないが、な。」
「その代わり、お願い。」
「?」

武美が、いつも通りのおねだりをしてきた。

「戦勝を祈願して、思いっきりエッチして!」

周りの人にまで聞こえてしまった。
おいこら武美、なんてことしてくれる。思わず武美を引きずってその場を早々に立ち去った。

その夜、思いっきりエッチをしたのは言うまでもないだろう。
次の試合まで1週間、一晩無酸素運動をしても、試合に影響は出ないだろう。
むしろ、この運動は、本番に向けてのいい調整になるかもしれない。

…こんなスケベな考え方をするのは、我ながら初めて見た。


「すまないな、奈津姫。マネージャーを頼んで。」
「別にかまわないわよ。…ねえ、あの人…」
「…な!?こ、小波!?」
「人違いじゃないでやんすか?」

マネージャーとして奈津姫がベンチ入りしている。
その親子とキャプテン、権田の目に飛び込んできたのは、まぎれもなく小波本人だった。

「…カンタ。まちがいなく、小波さんよ。」
「あ、武美のおねちゃんでやんす!」
「武美…元気でやってたのね。」

小波が武美に頼んだこと。それはベンチに入ることだった。
みんなに、元気な姿を見せてもらうため。武美は快く了承した。条件付きで。

「元気にしてた?」
「うん。あのね、わたし、なっちゃんになれたよ!」
「え?」
「こどもができたんだよ!小波さんの!」

小波の、自分の子供。誇りを持って、奈津姫に言えた。
それがどれだけ嬉しかったことか。小波は遠くから、その様子を優しく見守る。

「2人で、一生懸命頑張ってきたのね。本当に良かった。」
「うん!でもね、手加減はしないよ!」
「それはこっちもね。」
「それじゃあね!私の、永遠の、最高の友達!」

武美がはしゃいでベンチに戻る。
そういうところは相変わらずね、とでもいうような表情をし、奈津姫もベンチへ戻って行った。


「両軍整列、礼!」
「…権田。」
「なんだ、元キャプテン。」
「一目でわかったぞ。ずいぶんと練習を積み重ね、そして強くなったってことが。」
「あんたに見せてやるよ。俺たちの強さを、あんたに勝つことでな!」

助っ人たちは、城田さんを除いて全員いない。
それでも、自信に満ち溢れているビクトリーズのナイン。

もう、俺たちがいなくても大丈夫だな。
遠前町を旅立つときにも同じことを思ったが、それは確信に変わった。

スタメンは敢えて見なかった。
出てくるバッターが誰かを知っていると面白くない。対峙して初めて分かる方がいい、そう思った。
全員の自信に満ち溢れた顔、それを楽しむために。

そのおかげで、マウンドの上で驚くことができた。
なんと向こうの切り込み隊長は、

「さあこいでやんす!あの日の約束、果たしに来たでやんす!
 もっともっと強くなって、小波さんの前にあらわれたでやんす!」

あれから、何年かの月日が経った。

「そして、小波さんを倒すために、挑戦しにきたでやんす!」

カンタ君は青年になっていた。
倒しがいのある、青年に。

「そうかい。…待ってたよ。」
「さあ来いでやんす!」

後ろには城田、権田が控える怖いクリーンナップ。
塁に出すとうるさいこのバッターを出すと厄介だな。

…笑ってるよ、俺。すごくこの勝負を楽しんでるよ。

「さあいっけえ、小波さん!」
「おっしゃ、いくぞ、カンタ君!」

高らかに、プレーボールが宣言された。
大きく振りかぶって、豪速球を投げ込む。

「うおおおおおおでやんす!」

臆することなくバットを振りに行く。
これから3時間の激闘を想像させるのに難くない、渾身のフルスイングである。


それからどうなるかは、また別のお話ということで。

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