(ん?あれは姉御?どうしたんだろ自分の家の前でじっと立って…?)

「どうしたんですか姉…!!」

遠くからナオの横顔を覗いて、いつきは驚いた。

(な、何?姉御のあの表情…いつもの姉御とは全然違う、凄く冷たくて、悲しそうな…)



家に入るとすぐにさらが駆けて来た。
何か話があると言っているけど、今のあたしは長時間さらの顔を見るのは耐えられない。
早々にあたしの方から話を切り出した。

「さら、あたしは今日この家を出て高科さんっていうおうちの娘になるわ。
 この家とは全然違うおっきい家の子供になるの」

あたしの声と表情に驚いたのか、話を始める時にさらはびくっと震えて不安そうな顔で話を聞き始めた。
そしてその表情はあたしが話を進めるごとにどんどん崩れて、青ざめていった。
あたしはそんなさらの顔を直視しないように目をそむけながら話した。

「う、嘘だよね…お姉ちゃん。嫌だなあ今日は4月1日じゃないよ…」

さらが作り笑いを浮かべながらそんなことを言う。
そうえばあたしは前のエイプリル・フールにも不治の病にかかってしまったなんて嘘をついた。
棒読みのバレバレの演技だったから、すぐにバレると思ったらさらは本気で心配して泣き出してしまった。
慌てて嘘だと伝えた後に、すねてしまったさらの機嫌を取るのに苦労したなぁ…。でも、内心では泣くほど心配してくれてすっごく嬉しかった。
あの時あたしはさらには二度と嘘はつかないと約束した。

………嘘、本当に嘘だったらどんなに良いだろう。
そんなことを思いながら、あたしは自分に喝を入れ直して言葉を続ける。

「本当よ」

「い、嫌だ、嫌だよお姉ちゃん!置いてかないで、私を置いてかないでよ!!うええええん!」

さらが泣き出してしまった。
あたしの心はそれを見て、大きくグラついてしまっている。
嘘だよと言って、泣いて抱きしめてあげたいという衝動に駆られる。それをあたしは必死で抑えた。

「ゴメンね…さら。何を言われても、あたしは高科の家に行くわ」

「なんで!なんで行っちゃうの!?私が嫌いになったの?お父さんは?芳槻のおうちがお姉ちゃんだって大好きなハズでしょ!?」

駄目だ。このままじゃ耐えられない。
もうこの言葉を言うしかない。さらにあたしを憎ませて一人で生きていく力をつけさせる為のこの『嘘』を。

「こんな貧乏な家族なんて、あたしは要らない」

「!!!!!!!」

言ってしまった。
やはりこの言葉はさらにとってショックが大きかったらしく、それを聞いたさらは泣くのも止めてその場に座り込んでしまった。
私はそんなさらを尻目に、用意してあった私物を持って部屋を出た。

ガチャッ…バタン

「バイバイ…さら」

あたしは目から溢れ出そうとする涙を必死で堪えながら、そう一言呟いて家を出た。
これからタクシーに乗ってお父さんの仕事場に顔を出す事になっている。

ガラララララ

「!!…パパ」

玄関の扉を開けると、そこには車と今日からそう呼ぶことになった高科のおじちゃんがいてあたしを待っていた。
多分、今日のことをお父さんから聞いていてあたしを慰める為に待っててくれたんだろう。
パパは何も言わずに手で車に乗るように合図をして、あたしも何も言わずに乗り込んだ。


ブロロロロロロ

車が走り出す。芳槻の家から遠ざかって行く。
もうあの家に戻る事は出来ない。家族を捨てたあたしにそんな資格は無いんだから

「ぐすっ…ひっく」

そう思うとまた涙が溢れてきた。あたしはまたそれを必死で堪える

「…泣きたい時は泣いていいんだぞ、奈桜」

横で運転しているパパがそう言ってくれた。でもそういう訳にはいかない。

「な、泣いちゃ駄目なんですよ。い、一番辛い思いをしたのは…ひっく…さ、さらだから、あたしは泣いちゃ駄目なんですよ…」

「そうか」

パパはそれだけ言って、何も言わず黙っていてくれた。
あたしは窓の外を眺めながらポツリと呟いた。

「約束…破っちゃったねさら。ゴメンね、ダメなお姉ちゃんで」

それから、あたしは高科の家でパパとママから充分過ぎるほどの愛情を注がれて育った。
周りの人は皆あたしを愛してくれて、だからあたしは皆が大好きだった。

小学校・中学校もたくさんの友達と一緒にたくさん遊んで遊んで遊んでちょっとだけ勉強して、楽しく過ごした。
中二の春あたりから成績は大変な事になっていたけど、パパもママも笑って許してくれたので
あたしは転校してまで小・中学校とあたしと同じ学校に入学したいつきをいじめたりして、ず〜っと楽しく過ごすことができた。

ただ、心配事が一つだけあった。…さらのことだ。
お父さんとは高科家に行ってからもちょくちょく連絡を取っていて、会ったりもしてたんだけど
さらとはあれから会うどころか電話や手紙すら交わして無かった。

さらの為を思えば連絡はしない方が良いんだけど、それはあたしにとって本当に辛いことで
衝動を抑えられなくなりそうになるたびに、あたしはいつも身につけている、さらと分け合った半分の桜色のリボンを見て心を落ち着かせていた。

お父さんに聞いた話では作戦通り、あれからさらは一人で何でも出来るようになって自立することが出来た。
でも…大きな誤算もあった。
それは、人を信じられなくなってしまったという事。
絶対の信頼を置いていたあたしに裏切られたことで、さらは他人を信じる事が、裏切られるのが怖くて出来なくなってしまった。
そのことを聞いた時、あたしは大きなショックを受けた。
そして、何とかしてあげたいと一層さらに会いたい気持ちが強くなった。

そして中三の冬頃にさらが親切高校へ行くという話を聞いて、あたしは半ば無意識の状態で一気に親切高校への入学手続きを終えた。
全寮制の学校ということでパパは少し反対したけど、ママのフォローで親切高校に進学するのを許してくれた。

そして時が流れて親切高校の入学式の日が来た。
あたしはさらに会えるのが嬉しくて、一週間位前からずっとそわそわしていて入学式の日も一番に学校に来た。
そして…さらを発見した。
会うのは9年振りで、さらだと分かるか心配だったけど一目見てすぐ分かった。と同時に驚いた。
髪の色が…変わっている。

あたし達は写真でしか見たことはないけど二人とも母親似で髪の色もお母さんと同じだった。
でも今のさらはむしろお父さんと同じ髪の色になっている。
恐らく染めたんだと思われる髪の色があたしに対する拒絶を表している気がして胸の奥がズキンと痛んだ。

でも、その後すぐにさらがあの桜色のリボンをしていることに気付いた。
それを見た時、無性に嬉しくなって気付いたらさらのところへ駆け出していた。


…でも9年振りの再会は感動の再会とはいかなかった。
当たり前だ。桜色のリボンをしているからといって許してくれているかもなんて甘い事を考えた自分に腹が立つ。
悪いのはあたしだ。
だから、この3年間さらの為にさらがまた人を信じることができるようになるように頑張ろう。
さらが去った後、その場に立ち尽くしながらあたしはそう決心した。

あたしはそれから、閉鎖された独特の環境である親切高校を充分に満喫するべく一年間奮闘した。
新聞部として駆けずり回り、皆学校生活を面白くする為、数々の危険な任務を達成するのは楽しくて友達もたくさん出来た。
そして、さらの学校生活が少しでも楽しくなるようにも色々やってるのがあたしだとバレないように色々やったんだけど、肝心の友達を作るという面においては貢献出来なかった。
昼休みにいつも屋上で独りでいるのを見守ったりして…一年が過ぎた。


二年になって学校が男女共同で学ぶようになった。
これでまた新しい友達がたくさん出来ると思ってあたしは嬉しかったけど、さらとは今年も違うクラスだったのが残念だった。


男子の中でも越ゴリラやニュダっちやイワタンといった仲の良い友達が出来た頃
あたしは昼休みに屋上に来た。勿論さらの様子を見守るため。
まぁいつもは何事も無くさらは本を読んだり空を眺めてるだけなんだけど、その日はちょっとだけいつもと違った。
さらのいる屋上に一人の男子生徒が来た。
あれは確か同じクラスで野球部の…小波君だったっけ?
その男子生徒はなかなかノリとギャグセンスに長けた人物だったらしく、テンポの良い一人語りをしたと思ったら逃げるように去って行った。

「ふ〜む、面白そうな人ですねぇ。それに、何だか人を安心させるような不思議なオーラを持った人ですね。
 ひょっとしたらあの人が…さらを変えてくれるかもしれませんねっ♪」

あたしは彼にそんな期待を勝手に寄せて、次に彼とさらが会うときがあれば手助けしようと決めた。

(2年目6月以降 うろつき・屋上・2回目に続く)

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