ボクは悩んでいた。あの女、神条紫杏がボクの父、大神美智雄だったことに。
「くそ、どうしたら良いんだ!?」
 折角、パパの呪縛から解き放たれたと思ったのに・・・。
 近くにあった紙を怒りに任せて丸めると壁に向かって投げつけた。
 紙は壁にあたりそのまま落ちる。
 ボクの怒りは止まることなく乱暴に上着を掴むと部屋を出ようとした。
「どちらへ?」
 部屋を出ると犬井がそこに立っていた。
「球場だ、選手達に説明をしないとね」
 そう、ボクは仮にも球団のオーナーだ。何の説明も無しに選手達を首にするわけにはいかない。
「しかし、ご予定が…」
「全部キャンセルしろ! それともボクにはそういう権限すら与えられていないのか!?」
 ボクの言葉に犬井が黙る。あいかわらず何を考えているか分からない。
「かしこまりました」
 犬井はボクに頭を下げるとそのまま立ち去った。

 ホッパーズの球場はあいかわらずだった。緑の芝、手を伸ばしても絶対に手が届かないドーム。
 そして何より未だに未練があるマウンドがそこにはあった。
「やっぱり球場は良いな」
 パパが死んで僕はオオガミを継ぐことになったけどここは今でも変わらないな。
「あっ、大神会長でやんす!」
 後ろから誰かが声をかけてきた。振り向くとそこにいたのは後輩の湯田だった。
「やぁ、久しぶりだね」
 思わずにこやかに挨拶をしてしまう。
「本当にお久しぶりでやんす!」
 喜びの声をあげたあと彼の顔は急に曇った。
「どうしたんだ?」
「会長、球団がなくなるでやんすか?」
 湯田の言葉に僕は驚いた。球団が消える?
「一体どういうことだ?」
 ボクが湯田に問いただすと彼は語ってくれた。
 ジャジメントとオオガミが合併すること。
 ホッパーズとナマーズが一緒になって片方の球団は消滅してしまうということ。
「そうか……」
「会長、オイラは一人の選手としてお願いするでやんす! どうかこのホッパーズを残して欲しいでやんす!」
 そう胃って湯田は頭を下げた。
「あっ、社長だ!」
 今度は別の選手が入ってきた。諸星先輩だ。
「会長!お願いしますよ! ただでこき使ってくれてもいいし、金が足りないなら俺の貯金全部使ってもいいです! ですからホッパーズの存続をお願いします!
「会長! お願いします!」
「会長!」
「会長!」
 諸星先輩が頭を下げた後一人一人の選手がボクに頭を下げる。
 中には土下座までする奴もいた。
 僕にできるのか? 彼らを救えるのか?
「わかったよ、僕に任せてくれ」
 ボクの言葉に全員が明るくなる。
「やったでやんす!」
「優勝して会長を喜ばせてやろうぜ! みんな!」
「おお!」
 そんなみんなの様子を見ながらボクは自分がこの中の和に入れないことにガッカリしながらも彼らの行為を無駄にしない事を決意した。


 ボクが球場を出るといつもいるはずの犬井の姿が見えなかった。
「犬井はまだかな?」
 ボクは腕時計を見る。どうやら少し時間があるようだ。
 折角なのでボクは公園を散歩しようと思った。公園には誰も折らずボクの貸切といった雰囲気だった。

「うん?」
 どこからか、誰かの足音が聞こえてくる。早い音だから走っているのだろう。
 ボクが辺りを見渡すと一人の選手が走っていた。確か彼はナマーズの……
「おい、君は……」
 ボクが声をかけるとこちらを向いた。
「あっ、大神会長!」
 彼は頭を下げる。
「やぁ、今日も練習かい?」
「ええ……」
 やはり彼も浮かない顔をした。球団が消滅するというのは彼も同じらしい。
「……こんな事を聞くのもなんだけど、神条社長は最近どんな様子なんだい?」
 わざわざ彼にこんな事を聞くのもなんだけど、ボクは彼女の事が知りたかった。
 仮にもパパを自称するんだからそれなりの手腕を持っているに違いない。
「神条社長ですか? 最近会ってません」
 会ってない? 選手にも説明をしないで一方的や過ぎないか?
「支社に行っても門前払いで…一体どうなってるのかわかりません」
「そうか……」
 あの女は野球を何だと思っているんだ?
「会長、俺……」
「何も言わないでくれ、ボクも正直混乱しているんだ」
 混乱? 違う、意気地がないだけだ。
「すみません、でも…俺、ナマーズが好きですから」
 彼はそう胃って再びランニングを始めた。
 ボクはそんな彼をただ見送るしかなかった。

「はぁ、どうすれば良いんだ?」
 ボクに何ができるんだろう?
 そう思いながら会長室へと帰ってきてしまった。
 球団の消滅、選手達の懇願、そしてあの女。
 ボクはパパ、いやもっと大きなものを敵に回して勝てるのかと言う不安に駆られていた。
 そんな時だった。突然机に備え付けられている電話が鳴り響いた。
「もしもし」
「お、オオガミか?」
「せ、先輩!」
「どうした、声が
 電話の主は日の出島のキャプテンだった。今は日の出時まで生活をしているらしい。
 僕は話してしまった。パパが死んだこと、球団消滅の事、そしてあの女の事。
 先輩はボクの言葉を黙って聞いてくれた。悔しいけど、まだまだこの人を超えられてないな
「そうか…」
「先輩、ボクはどうしたらいいんでしょうか?」
「オオガミ、嘘かホントが分からないが俺の話を聞いてくれ」
 そう言って先輩を始めた。
 むかし、日の出島には戦没者の慰霊碑があったらしい。そんなある日、一人の野球部員がその慰霊碑を倒してしまった。
 部員は試合に負けると仲間が消えてしまうという呪いを受けてしまった。呪いを解くには甲子園で優勝するしかない。
 だが皮肉なことに野球部の部室は落雷によって炎上、かつての部員たちはバラバラになってしまった。
 しかし彼は諦めなかった、野球部を再建しかつての部員達を集め、無事甲子園で優勝したのだ。
「まあ、俺が何が言いたいかって言うと、やってから諦めろって言うことかな?」
「先輩…」
 先輩の言葉の節々には見てきたかのような雰囲気があった。ああは言ってるけど恐らくこの話は先輩のお話だろう。
「大神、俺はお前の味方だ。俺だけじゃない、日の出島の皆がお前の味方だ。……そろそろ電話を切るぞ」
「はい、ありがとうございます」
「じゃあな」
 受話器を置く音と共に僕の心に何かが芽生えた。
 先輩、ありがとうございます。
 ボクは受話器をとると電報会社に電話した。相手は雪白家。
 電報の内容は分かりやすい暗号文にしてみた。
 孤立無援でもいい、でもやらなきゃいけないことなんだ。
 パパ、これで”本当”のサヨナラを言うよ。
 例えそれが僕の命と引き換えでも…

 そうこうしてクライマックスシリーズになった。
 案の定ボクは常に犬井と一緒に行動させられている。
 ボクが行かなくちゃいけない場所、それは球場の地下だ。そこで全てをさらけ出させる。
 呼吸を整えるとボクはエレベーターの前に立つ。
 不気味な機械音が聞こえてくる。
「ここが…? 兵器工場?」
 ボクはあまりの事に驚きが隠せなかった。サイボーグの腕、足、そして頭脳。そういったものが所狭しと並んでいた。
 そして驚きが収まってくると思いっきり唇を噛んだ。彼らはいったい野球を何だと思っているんだ!?
「どうですか? この兵器工場は?」
 奥の方からおかっぱ頭の秘書が出てきた。彼女は確か神条紫杏の……
「申し遅れました、私、上守甲斐と申します。」
 彼女は礼儀正しく頭を下げる。どうやら彼女もサイボーグらしいな。
「では、こちらへ……」
 ここまでは良いな。もしも雪白家がボクの電報を読んで来てくれるなら……
 いや、彼らは来る。だってあのジャジメントと大神に大打撃を与えるチャンスなんだから!
 ボクは内ポケットに入っている機械のスイッチを入れた。
 
「4番・諸星」
 スタンドのボルテージが一気に加熱する。辺りからも諸星コールが飛び交っている。
「あれ、何だ!?」
 一人の男性がスタジアムのビジョンに何かが移っている。映っているのは大神たちがいる地下の工場だ。
「あれは…大神会長でやんす!」
 具田が叫ぶ。
「それだけじゃない、あの後ろにいるのは……社長の秘書だ」
 今度は羽車が声をあげる。
「一体何が起こってる!?」
「わ、わかりません!?」
 紫杏は怒声を上げて叫ぶが黒服からはおかしな声をあげていた」

「牧村、どうだ?」
 晴継は隣の老執事に聞く。
「はい、首尾は上々です」
 彼はそう言って頭を下げた。
「まさか、大神博之本人からこういったものを貰うだなんて」
 晴継はカップを手に取るとそのまま食いと飲み干した。
「だが、これで大神は弱体化するはずだ」
 不敵な笑みを浮かべながら。

「これが黄色いのがサイボーグなのか?」
「そうです」
「実績は?」
「ジャジメントの戦闘部隊を壊滅させました。おまけにゴルドマンの討ち取りにも成功しましたよ」
「ほう、じゃあ他にも似たような物があるってことか?」
「ええ、そうです」
 甲斐が話せる事を全て話した瞬間、ボクは不敵な笑みを浮かべてしまった。
「どうかしましたか?」
「ああ、ありがとう。おかげでこのナマーズ球場の地下でおきたこと、全てが皆に知らせられたよ!」
「な!?」
 突然の事に思わず焦る甲斐。それもそうだ、ボクもこうまで上手く行くなんて思っても見なかったんだから。
「今頃外にいる人たちの誰かが警察に通報しているんじゃないか? こんな危ない所にはいられないって」
「くっ!貴様!」
 彼女が銃を突きつけてくる。そして破裂音が部屋に響いた。
 ……あれ?死んでいない
 一瞬死を覚悟したのにボクは死んでいなかった。目の前にいるのは…
「犬井!」
 どうやら犬井は飛んできた弾を自分の刀で切ったらしい。いくらなんでも無茶すぎるだろ?
「な、何故です!? 何故あなたが…」
「決まっているだろ? 俺の任務は大神博之を守ることだ。お前達に協力はするが、従った覚えない」
 そう言って犬井は一撃で彼女を破壊した。

「会長、そろそろ警察が来ます」
「分かった、僕たちも行こう」
 逃げるためじゃない、全て終わらせるために……

 1週間後、ようやく事態が沈静化した事を新聞で知った。
 神条社長は無事捕まり、ナマーズとホッパーズではナマーズが勝ってしまったらしい。
 負けてしまった事を怒るつもりはない、でも理不尽な経営者からは取り戻せた気がした。
「大神博之、面会だ」
 看守の人がボクを呼ぶ。
 僕が面会室へと行って見るとそこには赤井刑事が居た。
「よう、気分はどうじゃ?」
「はい、おかげ様で」
 ボクが頭を下げると赤井刑事は笑顔で答えてくれた。
「……ホッパーズはどうなりましたか?」
 僕の質問に赤井刑事は少し悲しそうな顔をした。
「残念だがな、ホッパーズは無くなったよ。」
「そうですか…」
「じゃあナマーズは残っているぞ、旧ホッパーズの選手も自然な形で吸収されたよ」
「そうですか!」
 よかった、僕は彼らを救えたんだ!
「ところで一つ聞きたいんじゃが・・・」
 赤井啓二の眉間に皺が寄る。一体どうしたんだろう?
「神条紫杏いついてなんじゃが・・・何か知らんか?」
「どういうことですか?」
「いや、実はな逮捕される直前の神条紫杏はかなり脱力してたんじゃ。
 それで逮捕をしてみてんじゃがここ3年間の記憶がすっぽり抜け落ちてるんじゃよ」
「なんだって!?」
「社長業務をしていたことも、何故あのような事をしたのかも全く分かっておらん。まるで記憶がごっそり抜け落ちてしまったようにな……」
「そうですか…」
 もしかしてパパの記憶を移植した後遺症なのか? それとも…
「その様子じゃと何にも知らんみたいじゃな」
 少し落胆した顔でため息を付いた。
「それよりもホッパーズとナマーズの解散式に出席してくれと野々村監督が言っておったぞ」
「え?」
 野々村監督が?
「それと株主連中から大神博之を首にしろと言っておった。つまり…」
「また、野球ができる…!」
 ボクは思わず泣いてしまった。色々会ったけど、またあのマウンドに立つことができるんだ!
「それじゃのぅ」
 赤井刑事は面会室を出て行った。

 こうしてボクは再びプロのマウンドに立つことになった。
 これで終わりとは思えないけど少なくとも今は野球を出来る喜びを噛み締めておこうと思う。

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