じりじりと暑い日だ。陽炎がちりちりと地面を揺らしている。
暑い日に抱く思い出は、たくさんある。楽しいものもあれば、つまらないものもある。
だが人って奴は、つまらないことの方をよく覚えてるもんである。

真っ先に思い浮かぶのはやはり甲子園か。優勝を目指して懸命に練習したが、色々あって出られなかった。
その後は変な組織にロボットに改造され、様々な悪事に加担させられた。
今度はその組織を裏切り、親友を利用して世界征服しようとした。が、その親友に逆にコテンパンにされてしまった。
自分の人生はまさに波乱だったといえよう。今は野球も、幹部も休業中。
赤い帽子にサングラス、黒いコートを羽織ながらこうやって全国を歩き回り、当ても無く旅をしている。まさしく風来坊か。

「ん…?」

自分の背後で何かが落ちる音がした。人の気配、ではない。しかしそれは、まさに先ほどの記憶を呼び起こされるものがそこにあった。

「野球のボール…」

歩み寄り、手に取る。
辺りを見回してみると…なるほど、ちょっとした丘の上に球場があるのが見える。そこから飛んできたらしい。
よく耳を澄ませば、掛け声も聞こえてくる。草野球のチームが練習でもしているんだろう。

さてどうしたもんかと野球ボールをにぎにぎする。別にほしいわけではないが、拾った以上また捨てるのもどうかと思う。

「おじさーん!そのボール返してー!」
「お、おじさん…おいらのことでやんすかね…?」

小学生か、それ以下かくらいの、眼鏡をかけた少年が坂を駆け下りてくるのが見えた。
少年はこちらの姿を認めるとしばらく手を振っていたが、しばらくするとまたこっちに向かって駆け寄ってきた。

「おじさんボール、ボール!そういう時は投げてくれなきゃ!」
「あぁ、ごめんでやんす。ほら、ボールでやんす」

少年の手にしっかりとボールを持たせてやる。少年は元気いっぱいにありがとうと言った。



「…野球、好きなんでやんすか?」
「うん、大好きだよ!今日もブギウギチームが練習してるから見学に来てたんだ。今日は総合練習だって」
「そうでやんすか。懐かしいでやんすねえ…」

ぼそりと呟き、感慨に浸る。聞こえるか聞こえないかくらいの声で言ったつもりだったが、少年の小さな耳はしっかり、聞き逃すことは無かった。

「おじさん、野球やったことあるの??」
「へ?まあ、それなりには」
「だったらさ、ウチのチームに入ってみない?」
「いや、おいらは…」
「ね、頼むよ!うちのチームぜんぜん弱くてさ…」

予想以上に強い力で、少年に引っ張られていく。
こんな時はあのΖガンダーの名台詞を言ってみたくなる。

「これが若さか……でやんす」
「なにそれ?」
「なんでもないでやんす」
「…?ところで僕、おじさんの名前聞いてないんだよね。僕は神田カンタっていうんだ。おじさんは?」
「おいらでやんすか?…おいらの名前は――――

    亀田光男   

           でやんす」






丘を一歩一歩登っていくごとに、掛け声やボールをバットで打つ音が大きくなってくる。
本当に懐かしい。そう、現役時代は自分も真面目に野球にしっかり打ち込んだものである。…いや、真面目、に…?
まあ良しとしよう。そうこう考えているうち、球場にたどり着いた。
カンタは一足早く駆け出していき、チームのキャプテンらしき人の元へ駆け寄る。
恐らく助っ人を呼んできたとかそんなことを話しているのだろう。
しかしカンタには悪いと思いつつ、亀田は草野球チームに入るつもりなど毛頭無かった。
野球は亀田にとって、嫌な事を思い出させることの方が多いのだ。

カンタを連れ、無精ひげを生やしたキャプテンらしき男がやってくる。

「アンタが助っ人を買って出た亀田って奴かい?」
「ってちょ!なに勝手にそっち方面で話を進めてるんでやんすか!」
「なんだ?カンタがそういうから…違うのかい?」
「おいらはもう野球はしないでやんす」

きっぱりと断る。カンタは不満げな表情で睨んでいるが、なんと厚かましいことか。

「いーじゃないかー!野球してたんでしょ?頼むよ、この通り!」
「そんなこと言われても、そもそも野球なんてここ最近全くやってないでやんすよ。仮に助っ人に入ったところで役に立たないでやんすよ」

カンタはほほを膨らませ、まだ納得がいかない様子だ。
対照的に、この無精ひげの男は大して亀田に期待してなかったようで、やれやれという表情。
男は頭をぼりぼりと掻くと、亀田に対してこう持ちかけた。

「どうせだからよ、一回打ってみねえか?うちに入るか入らねえかは、その後だ」
「む…。仕方ないでやんすね」

ありがたい助け舟だった。ここで適当に空振りでも何でもして見せれば、カンタも諦めも付くだろうと考えた。
サングラスを眼鏡に替え、コートを脱ぐ。

男は他の練習中の面子に事情を話し、亀田の八百長入団テストが始まった。


「…っつーわけだ。…藤本!お前投げてやれ」
「はい、分かりました権田さん」
「ほれ、お前にはバットだ。ま、あんま期待はしてねえから、ぼちぼちでいいぞ」

権田と呼ばれた男からバットを受け取る。思ったことをはっきり言う性格らしい。
いまいち面白くない言いようだが、まあそっちのほうがいい。

藤本という男が投球練習を始めた。
亀田も数回ほど軽く素振りをし、そして気だるげにバッターボックスへと入ってから、バットを構える。

「………!」

――刹那。そう、ほんの一瞬だけ、映って見えた。かつて自分が青春を掛けた場所が。今はもうない、決して戻ることができない。あの時。
しかし今、亀田の中には何かが戻ってきていた。胸の鼓動が熱く高まるのを確かに感じている。

(…何を熱くなってるんでやんす。おいらはもう野球は捨てたんでやんす。野球は忌まわしい思い出しか持ってない。野球に関わらなければ、こんな放浪の旅もすることはなかったんでやんす…!)

必死で言い聞かせる。その時は、なぜそこまで否定したがるのか、自分では分からなかった。意地になっていただけかもしれない。
一つ確実なのは、結局、心たぎる自分自身を抑えることはできなかった。それだけだ。

「よし、じゃあ投げさせるぞ。いいか?」
「いつでもいいでやんすよ」

捕手に入っていた権田が、藤本に指示を下す。
藤本はこくりと頷き、構えた。
今日、さっき会ったばかりの相手だ。それでもこの感覚はあの時と変わらない。
足を上げ体を捻るピッチャーの動きが、スローモーションに見える。
いったいどのコースから入ってくるか、亀田は慎重に見極めようとしていた。そして、ついにピッチャーの腕が振り下ろされ、ボールが放たれた。
コースは…

(直球…!)


ボールめがけバットを振り下ろし、そして捉えた。完全に真芯で。
甲高いカキーンという音とともに、ボールは青い大空へと跳ね返されていく。……しかし、伸びない。上がりすぎた。
その球が場外へと運ばれていくことは無く、その手前、センターの守備範囲内ど真ん中へと落下したのだった。



「おじさん、上げすぎだよ…あれじゃ取られちゃうじゃないか!」
「久々に打ったんだからしょうがないでやんす!」

結果はセンターフライ。微妙な終わり方ではあったが、この手で球をしっかり打ったこの感覚は、なんとも言えない心地よさであった。

「驚いたな、結構運んだじゃないか。正直うちに来ても活躍は出来ると思うが」
「いや…やっぱり遠慮しておくでやんすよ」

カンタがそばでくるくる表情を変えている。
しかしまあ、元々やるつもりは無かったわけだし、しょうがない事だ。
名残惜しい、何て気もなんとなくしながら、またサングラスをつけコートを羽織る。

「じゃあおいらはこれで失礼するでやんす。邪魔したでやんすね」
「あ、ああ…残念だな」

「え、ちょ、おじさん!」

一言だけ言い、亀田は球場を後にする。その後ろをカンタが付いていった。

「…さて。…よし!練習仕切りなおすぞ!」




後ろのほうで再び掛け声が上がる。練習が再開されたのだろう。
まあ今の自分にはもう関係ないことだ。彼らにとってもそうだろう。
が、彼だけは諦め切れないらしい。

「おじさん」
「まだ付いてきてるんでやんすか。おいらは野球はやらないでやんすよ」
「う〜…」

そそくさと歩いて離そうとするが、ある程度離そうとするとまた走って追ってくる。埒が明かない。
足を止め、カンタに向き直る。

「いったい何なんでやんすか?」
「……その『やんす』ってなに?」
「は?」

恐らく、苦し紛れに別の話題を吹っかけて引きとめようというのだろう。付き合っては居られない。
いよいよ無視して足を進める。と、今度はなんと直接腕を掴んで来た。実力行使か。



「ねえぇぇぇぇ、頼むよおじさん!少しだけで良いからぁぁぁぁぁぁ!!」
「ええい!離せでやんす!こんなところに特に用事は無いでやんすよ!」
「そんなこと言わずに!うちの商店街の近くにおいしいレストランあるよ!」
「そんな贅沢はしないでやんす!」
「毒舌メイドの居るカフェもあるし!」
「性格の悪い女は嫌いでやんす!」
「無人の漢方薬のお店もあるでやんすよ!」
「だからどうしたでやんす!というか真似するなでやんす!」
「ちょっと古いおもちゃ屋もあるでやんす!!」

「………ッ!」
「うわっ!?お、おじさん、急に止まらないでよ…」

カンタが偶然放った、亀田を揺るがした最強の一言。
そう、さっきとはまた違うものが、亀田の心を鷲づかみにした。

「…案内するでやんす」
「へ?」
「そのおもちゃ屋…おいらに案内するでやんす…!」




こうして結局カンタに乗せられ、亀田は商店街へと向かうことになってしまった。それでも亀田の心は踊っている。
この商店街、はっきり言ってノーマークだった。もしかしたら自分が知らない掘り出し物が見つかるかもしれない。

「おじさんはおもちゃ好きなの?」
「おいらの人生の伴侶といっても言い過ぎではないでやんす。おいらの胸は最高潮に高まってるでやんす!」
「…僕はデパートのおもちゃ屋がいいなあ…。」

まったく分かってないと亀田は思った。まあ、しょうがない、まだ子供なのだから。
ならばこれから行くところでとことん鍛えてやるのも悪くない。そう考えた。

「ここだよ」
「ほう…」

そうこうしている内に2人はそのおもちゃ屋にたどり着いた。
なるほど、外見はなかなかくたびれたおもちゃ屋。期待できそうだと亀田は思った。

「さて中は…?」

汚れきり、透けて見えないガラスの戸をそっと開ける。独特の匂いが亀田の鼻を刺激する。
興奮収まるどころか、更に拍車を掛けていく。次に品揃えを見ていこうと棚を調べようとする。そこにあったのはランダムに物が入ったフィギュアの箱だ。

「こ、これは……!         ―さ、最近新発売されたばかりのガンダーSEEDDESTINYのフィギュア…」

先ほどの興奮はどこへやら。亀田はがっくりと肩を落とし、他の棚を眺めてみると、それらは揃いも揃って新しいおもちゃばかりが並んでいるのだ。
当然亀田はこれらから、自分の興味があるものはすべてそろえてある。
こんなに雰囲気は古臭いというのに。ならもうちょっと店内は綺麗にしとけよと亀田は心で呟く。
完全に意気消沈の亀田の目に次に映ったのは、先ほどのガンダーSEEDDESTINYのフィギュアの箱とにらめっこをしているカンタだ。


「なにしてるんでやんす?」
「僕、これ後一つで全部揃うんだよ…でも全然出なくて…」

亀田はそれらの中から一つを取り出し、じっくりと見る。
自分はすでにコンプリートしたシリーズだ。自分としては早く次の、00ガンダーシリーズを出して欲しいところだと思った。

「何を出したいんでやんす?」
「レジェンドガンダー!あとそれだけで全部揃うんだ!」
「ちょっと待つでやんすよ」

亀田は持っていた箱を耳に当て、それから軽く振った。

「違う…」

箱を元に戻し、また新たな箱を手に取る…亀田はこれを数回繰り返し、そしてある一つをカンタに手渡した。

「それがレジェンドガンダーでやんすよ」
「え、う、うそ!?」
「本当でやんすよ。早く買ってくるでやんす」
「う、うん!!」

ここからは見えないレジに向かって走るカンタ。姿が見えなくなってしばらく、カンタの歓喜の声が狭い店内へと響いた。

「やったよおじさん!本当にレジェンドガンダーだ!凄い!!どうやったの!?」
「技でやんすよ、技」

こうして喜ばれるのは満更でもなかった。自分の得意分野の一つだから。
正直カンタのことはさっきまで鬱陶しく感じていたが、こうも喜ばれると可愛く見えるものである。

「しかしその行為は基本的に禁止されている…」
「え…」

カンタの後ろから登場したのは、恐らく店長と思わしき人物。
亀田を威圧するかのようにとても高圧的に振舞っている。

「その商品、すべて買い取ってもらうよ」
「ええぇ!?ぜ、全部でやんすか!?」
「決まりだからね」
「そ、そんな…おいらが触ったのは5,6個くらい…」
「決まりだからね」


結局、そのすべての商品を亀田は買わされることになってしまった。
財布の中身が一気に軽くなる。

「くっ…おいら、このシリーズは全部持ってるでやんすよ…」
「おじさん凄いね…全部あの技でやったの?」
「そんなわけ無いでやんす。一箱丸ごと買えばすぐに揃うでやんすよこれくらい」
「へえええ!お金持ちなんだねおじさん」

まったくなんと気楽な。古いおもちゃ屋があるからどんなだと思ってわざわざ寄ったのにとんだ出費である。
やはりあの時さっさと無視して立ち去ればよかった。



「はあ…おいらが欲しかったのはもっとこう、初代ガンダーロボの限定モデルとか、生産台数の少ないVガンダーの完全変形再現モデルとか…」
「ん?なんだ、そういうのなら店の奥に在るぞ」
「なん…だと…?……でやんす」

亀田は急いで店の奥を覗き見てみる。
あるわあるわ、亀田の追い求めていた、或いはまったく見たことの無い、ある種のパチモンのような胡散臭いおもちゃ。
そこはまさに理想郷。亀田は追い求めていた景色であった。

「お、おおおおおおおおおおおおおおお!!!」

叫ぶが早いか、亀田は宝の山へと駆け出し、悲鳴のような雄たけびを上げていた。

「…汚さないでくれよ」
「お、おじさん…」





かくして、地雷認定されるところだったそこのおもちゃ屋は、超重要店へと変わったのである。
例の出費のせいで何一つ買うことは出来なんだが、これからきっと幾度と無く世話になるだろう。

「すごいはしゃぎようだったね、おじさん」
「カンタには礼を言わなければならないでやんすね」
「えへへ。でも僕もレジェンドガンダー手に入ったし、ありがとうおじさん!」

有意義な一日だった。久々にバットを握り、穴場の店も見つけることが出来た。
これまでは特に何があったわけでもない。元プロペラ団の女と会ったときなんかはピリピリしたものだが。
亀田はふと、足を止める。あの時とは違う、何者かの気配を感じたのだ。殺気のようなものもはっきり感じる。
今日はどこまでも濃厚な一日らしい。



「カンタ、家はどこでやんすか?」
「僕の?この先のカシミールって店だけど」
「先に帰ってるでやんす」
「え?でも…」
「早くするでやんす!」
「う、うん!?」

凄い剣幕で怒鳴り、カンタを帰らせる。時折振り返ってきたが、そのたびに大声を上げた。
完全に姿が見えなくなったとき、ようやく気配が動くのを感じた。

「子供を先に帰らせるとは、見上げた心意気だ」
「おいらの子供ってわけじゃないでやんすけど」

篭った声…いや、人間の声ではないような気がする。機械音か。声を変えている…?

「クク…ようやく見つけたでやんす。亀田光男…!」
「…プロペラ団残党、でやんすか…?いや……」
「そんな小物と同じに扱わないでもらいたいでやんすね」

漆黒のマントを身にまとい顔を隠している。只者でないことは分かったが、手の出しようが無い。

「おいらに何のようでやんすかね?」
「……貴様の命を貰いに来た。でやんす」
「先に名乗ってもらいたいんでやんすけど」
「……おいらは…」

突如、その男はマントを翻す。バサッという音が静かな商店街になりわたる。
男は、人間では無かった。全身を鋼鉄の肌に包まれた、まさしくロボットと呼ぶに相応しい。

「…メカ亀田…貴様を模して作られた、最強のロボット」
「おいらを模して?…冗談きついでやんすね。おいらのほうがずっと男前でやんすよ」
「なんだって構わない…貴様を殺し、ワタシが『亀田光男』となる…!!」

言うが早いか、メカ亀田の目から一線、レーザーが亀田に向けて放たれた。

「!!」

寸でのところで身を翻し、かわす。レーザーは地面を焼き、じゅっという音と共に煙を作った。

「データより鈍いな。所詮は生身の人間か。老朽が著しい」
「ふん…そちらも旧式のようでやんすけど?」
「…黙れ!」

再び数発のレーザーが亀田を襲う。
亀田はわき目も振らずに走り抜けていく。もちろんカンタが帰った方向とは逆のほうにだ。ここでこれ以上暴れられたら、商店街が破壊されてしまう。



「逃げるか臆病者!」
「さっさと追って来いでやんすオンボロ!」
「き、貴様ァ!!」

レーザーを放ちながらメカ亀田が迫る。10発以上は撃っていたはずだが、かすりもしない。照準がずれているのだろうか、向こうは向こうで旧式化が深刻のようだ。
しばらくの追いかけっこの後、2人は川原へとたどり着いた。

「もう逃げられんぞ!」
「誰が。何も考えずレーザー乱射されては敵わんでやんすよ。それより」

一息置き、亀田はメカ亀田に向き直る。

「その様子だと、やっぱりプロペラ団のロボットでやんすね?」
「………。貴様が…貴様がプロペラ団を脱走しなければ、ワタシが生まれることなど無かった。ワタシは貴様への当てつけのために作られた。それだけ…それだけのためだ!役立たずの烙印を押され、終いには廃棄処分など…冗談ではない…!」

智美辺りが作らせたものだろうか?全く面倒なことをしてくれたものである。

「おいらを殺したところで、生身の体になれるわけではないでやんすよ?」
「体の問題ではない…」
「くだらない…あんたはあんたでやんす。おいらになる事など…」
「黙れといっている!」

メカ亀田の右腕が伸びる。巨大な爪が手の甲に装着され、亀田を切り裂こうとする。

「ちっ…!」

再び体を逸らし、何とか避ける。
しかし、メカ亀田の攻撃手段がレーザーのみと思っていた亀田は一瞬反応が遅れてしまい、コートを掠めていった。
メカ亀田の腕はチェーンで繋がれており、ふたたび元あった場所へと収まった。

「あのおもちゃ屋の前で貴様を見かけたときはまさかと思ったがな…絶好のチャンスだ!しとめさせて貰う!」
「無理でやんす。今の一撃でおいらを倒せなかった、あんたに勝ち目は無いでやんす」
「戯言を!」

再び…今度は右と左、両腕が亀田めがけて放たれた。
だが遅い、はっきりと見える。亀田は上体を低くし、一気に距離を詰め寄った。

「死ねッ!!」

目が光り、レーザーが放たれようとしたその瞬間、亀田はとっさに懐から拳銃を取り出した。
そして、レーザーが放たれるより早く、メカ亀田の目に、その銃口が突きつけられた。

「!!」



バァアン!!…



川のせせらぎ、虫の鳴き声、草木が擦れる音。そして、それらに似合わない、死を呼ぶ音。
至近距離から銃を撃たれ、メカ亀田は視力を失っていた。ロボットでも痛みを感じるのか、右目を押さえ膝をついていた。


「がっ…ガッ…何、故……」
「……経歴上、命を狙われることは少なくないでやんすよ、おいらは」

心底信じられないのだろう、ロボットである自分が生身の人間に敗北することが。しかしコイツはただでさえ旧式なのに奢りが酷い。
並の人間には勝てるだろうが、幾度もの修羅場を掻い潜ってきた亀田には通用するわけがないのだ。

「ククッ…」
「…?何が可笑しいんでやんす」
「何でもないでやんすよ…貴様に討たれるなら…おいらも本望でやんすからね…」

また口調が変わった。まったくどうしてロボットという奴にこうまで人格を与えられるのか、不思議でしょうがない。
だが…。

「悪いけど殺すつもりはないでやんす」
「なっ…貴様!情けを掛けるというか!?」
「………」

銃を再び懐に収めると、亀田はメカ亀田に背を向け歩き出した。

「ま、待て…貴様!なんだそれは!!隙だらけだ、殺してやるぞ!!」

無理。メカ亀田に戦闘能力など残っては居ない。捨て身の攻撃をしてきたって、軽くいなせる。
一度だけ立ち止まり、しかし振り返ることはせずに言葉だけを投げかける。

「もう一度だけ言うでやんす。あんたはあんた、おいらはおいらでやんす。どんな事があってもそれだけは変わらない。…覚えておくでやんす!……あ、そうだ」

思い出したかのように亀田はメカ亀田の方にまた歩み寄った。
そして懐から…今度はさっきおもちゃ屋で買わされた未開封のフィギュアを二つ取り出し、メカ亀田の前に置いた。

「…なんだこれは」
「餞別でやんす。デスティニーガンダーとストライクフリーダムガンダー。このシリーズの主人公ロボでやんすよ」
「いらん!」
「……それをしっかり自分の部屋に飾っておくでやんすね。もちろん箱から取り出して、ショーケースに入れておくんでやんすよ?」
「おい…!」

そして、今度こそ亀田はその場を後にした。
涼しくなってきたと亀田は思った。まさかあのロボットもここのおもちゃ屋に目をつけていたとは。抜け目の無い奴である。
何故メカ亀田を殺さなかったのか。なんてことは無い。血なまぐさいことはもうコリゴリなのだ。
そして自分がどこかに居続けることによって、周りに被害が及ぶのもまた面白くない。
だから亀田は旅を続けるのだ。
最後に商店街全体を眺め、亀田は静かに呟く。

「ブギウギ商店街…」

面白い一日だった……亀田は、ただそう思った。

管理人/副管理人のみ編集できます