高校受験の一ヵ月前、父が病院のベッドの上で亡くなった。
もう長くない事は随分前から分かっていたし、覚悟も出来ていたつもりだったが、『その時』には心が震えて泣き崩れるものなのかなと考えていたが
私は『その時』も冷静にその場にいて父を看取った。
父は仕事が忙しかったので、あまり仲の良い家族と呼べる関係では無かったが、この時ばかりは感情を表に現すことの出来ない自分の性格を恨めしく思った。

そしてこの日、母も兄弟も親戚すらもいなかった私はただ一人の肉親をも失い天涯孤独の身となった。

自分が何をしようとどうなろうと誰も気にする人はいないというのは気楽だと思ったが
家に帰った時、もうここに住んでいる人は私以外に誰もいないということを強く感じ、それはとても寂しいことだとも思った。

ひとりきりで住むにはこの家は大き過ぎるし、何よりふとした事で父がいない事を思い知らされるのが嫌だったので
私は母の母校への進学を辞めて、全寮制の高校を探して親切高校に進学した。
周りの人間はもっとレベルの高い所へ行けるのにどうして?と不思議がり、子供の頃からの親友で中学一年の時に再会した瑠璃ちゃんもその事を聞いて驚いていた。

「親切高校…ですか?意外です。鈴ちゃんなら今住んでる家を引き払っても、どこかのアパートででも一人暮らし出来ると思ってましたけど。
 お料理なら私教えられると思いますよ?」

「フフフ、それは今度家に遊びに行った時に指導してもらうとしよう。おばさんに後見人になっていただいたお礼もしなくてはならないしな」

「そんな事気にしなくていいですよ。どうせならうちに来て一緒に暮らしてもいいと言ったのに…」

「いや、そこまで迷惑をかけることは出来ないよ。ところで瑠璃ちゃんはどこの高校へ進学するんだ?」

「私?…高校ですけど」

「あぁ、あの野球が強いので有名な所か。…というか、それこそ意外だな。
 瑠璃ちゃんならもっと偏差値の高いところに入れたんじゃ…?」

「………頑張って勉強教えたんですけどパワポケの頭ではそこが限界で(ボソッ)」

「ん?何?」

「な、なんでもないです!」

(るりか〜。おばさんがご飯出来たから来なさいって…

「パ、パワポケ!?い、今電話してるから向こうに行ってて下さい!」

「………何か聞こえた?鈴ちゃん」

「いや、何も。誰かの声がしたみたいだけど」

「そ、そう。良かった…」

「それじゃあ試験の準備があるから切るよ。…彼によろしくな」

「!?か、彼って!?やっぱりパワポケの声聞こえて…あっ

ガチャッ


そして私は親切高校に合格して、入学の日が来た。
学校の周りを見ておきたかったので早くに来て、雰囲気の良い崖を発見してから学校内に入って少し歩くと
何人かの生徒の中で、何かただならぬ雰囲気の二人の女子が目に入った。
良く見ると、髪の色は黒と緑で違うが、顔がよく似ている。まるで姉妹のようだった。
聞くつもりはなかったけど、話し声が聞こえて来た。


「あんな事をやっておいてよく私の前に姿を現せましたね。はぁ…失敗でした。あなたがいると分かっていれば
 この学校になんか入学しなかったのに」

「さ、さら…」

「気やすく私の名前を呼ばないで下さい。あなたにその資格は無いハズです。
 幸いクラスは違うみたいですし、目障りですので今後一切私の前に姿を現さないで下さい」


事情は分からないが、どうやら二人は昔からの知り合いのようだった。
そして、黒髪の方が何らかの理由で緑髪の方を責めている。
そのあまりに辛辣な言葉と、それを聞いて表情に暗い影を落としている様子を見て止めに入ろうと思ったけど、その前に黒髪の方がその場を立ち去った。

そして、その場に立ち尽くしていた緑髪の方は数秒俯いていた後顔を上げて前へ歩き出した。

入学式が終わり、クラス分けを見て私は自分の名前があるクラスへ向かい、席に座った。
横を見て、驚いた。
隣の席には今朝見た緑髪の娘が座っていた。
名簿を見ると、名前は高科奈桜。明るい娘のようで、その後ろの席の娘と元気に喋っていた。
誰からも好かれるタイプ…という感じだが、あの黒髪の方の娘は彼女の何を憎んでいるのだろう…?周りを見渡すと黒髪の方の姿は無かった。
あまり私は他人に関心を持つ事が無かったが、どうしてか彼女達の事は気になった。



少しすると担任の先生が来て、ペラの制度等独特の校風を持つこの学校の仕組みの説明を始めた。
その中に「運動部への強制所属」があったので
体を動かす事は嫌いじゃなかったが特に好きなスポーツも無かった私はどの部に入ろうか考えていると、高科が話しかけてきた。

「ねえねえ、すずちんはどの部に入ろうと思ってるんですかっ?」

「…すずちん?」

聞き慣れない名前だ。
この状況からすると私のことだろうか…?

「うんっ五十鈴ちゃんだからすずちん!可愛いよねっ」

「い、いや。出来れば辞め…

「それでねっ

聞いていない。
かなりマイペースな人間のようだな…。

「決めていないなら、陸上部はどうかなって?」

「陸上部?」

「うんっ!多種の種目!走る時に感じる風!目に見えて分かる自分の進歩っそして生まれるカモシカのような脚っ!絶対楽しいと思うよ」

言っている事は分かるし、人とのコミュニケーションが得意では無い私には個人種目が多い陸上部は向いているかもしれないが…違和感を感じた。
明るくて社交的な高科の性格なら、バレーやバスケといった団体競技を好みそうな気がする…。
あくまで予想でしかないが、この言葉には何か裏があると感じた。
他人が干渉する問題じゃないと思ったが、どうしても気になったので私は聞いてみた。

「…何か他に理由があるんじゃないのか?たぶん…朝話していたあの娘のことで」

「!」

私がそう言った後、朝の事を言って盗み聞きの様な形になってしまったことを謝ると
高科は「つまらない話だけど…」と前置きして教えてくれた

「あの娘は、さらは…あたしの双子の妹なんですよ。苗字は違いますけどね。色々あって長い間離れて暮らしていたんです。
 そして、あたしは離れる前にさらにとても酷いことをして、さらは今でもあたしを恨んでいるんです。顔も見たくないって言われちゃいました。」

悲しそうな表情を浮かべながら話す高科。
やっぱり姉妹だったのか…。恐らくその『酷いこと』というのも何か大きな理由があってのことなのだろう。


「あ、何で陸上部を選んだのかだったね。理由は簡単、さらが陸上部に入るからですよ」

「え?でも妹には拒絶されてるんじゃ…」

「…そうなんですけどね」

高科の顔が曇る。しまった。
不用意な発言を私は恥じた。

「勧めておいてこう言うのもなんですけど、あたしは多分もう一つの部活が忙しくて多分殆ど顔を出せないし…夢だったんですよ。
 さらと同じ部活に入って青春を過ごす事が」

「そうだったのか…」

私はその後、高科に話してくれた事に礼を言って、陸上部に一緒に入部すると約束した。
そして、話を聞いてどうして二人の事がこんなに気になったのか分かった気がした。
私にはもう家族がいないから、本当はお互い大好きなのにすれ違ってしまっている高科と妹がとても悲しく、勿体なく感じたんだ。

陸上部に入った後
他人を寄せ付けず、誰にも寄って行くこと無く独りでいる芳槻を見て
その様子を遠くから悲しそうな顔で見ている高科を見て
私は二人の間の溝が一日でも早く埋まることをただ、願った。

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