「くうぅ・・・。」
左腕を撃ち抜かれた芙喜子は、がっくりとその場で倒れ込んだ。
それほど深い傷ではない。だがもはや銃を握ることはできない。
戦いは終わった。完全な「敗北」であった。
「ど・・どうして・・・!」
彼女は負けるとは思っていなかった。いや、勝ちを確信していた。
銃撃戦が始まった際、彼女は常に優位にいた。実際、彼女は
武藤に対して全く隙を与えなかった。逆に彼は日本シリーズ直後
で疲れていたこともあり、かなり動きが投げやりで、隙も普段
より多かった。それこそ寸でのところでかわしてはいたが。
時は訪れた。彼女は武藤の背後をとった。武藤は気づいていない。
無防備な背中を向けながら、反対側に対して警戒している。
彼女は静かに銃を構える。彼はやはり気づかない。
(武藤・・・。あなたは私の最大のライバルだったわ。
でも、それも終わり。・・・さよなら、武藤くん。)
彼女の放った弾は、寸分の狂いもなく武藤の頭を貫いた。
 ・・・はずだった。

「!!?」
目を疑った。彼女が発砲すると同時に、彼は首を傾けたのだ。
まるで、初めからわかっていたかのように。彼女の放った
弾は、わずかに武藤の帽子をかすめ、闇に消えていった。
そして、武藤は信じられない早さで振り向き、発砲した。
その動き、その早さ、その正確さ。・・・CCR総合トップの
彼女の全ての能力を超えていたであろう。そのくらい、
既存のデータとはかけ離れていたのだ。

少しの間黙っていた武藤が、口を開いた。
「・・・聞こえたから。」
「えっ!?」
「君の声。・・・さよなら、武藤くんだっけ?」
「そ、そんな馬鹿なことが、あるわけ・・・!」
納得いかないのも無理はない。そんな空想的なもので
負けたと認められるほど、彼女は馬鹿じゃなかった。
「・・・不思議なものでね。試合中にランナーの声が
聞こえてくるんだ。ほらほら、盗塁するぞ〜とかね。
だから。声が聞こえたから、素早く牽制球を投げた。
それだけだよ。」
「・・・嘘よ。」
「信じられなくても、これが現実なんだよ。」
「そ・・そんなの・・嘘よぉぉ・・・」
泣かずにはいられなかった。腕に走る激痛のためではない。
絵空事なんて信じていなかった。そんなのありえないから。
でも、私は絵空事に負けた。それも、最も負けたくない奴に。

彼女の思考回路は破綻していた。彼女はただ、子供のように
泣き続けていた。武藤はそれを黙って見ていたが、ふと
思い立ったように、芙喜子の方へ近づいていった。
「こっ、殺すならさっさと殺しなさいよぉっ!!」
ムキになって彼女は叫ぶ。だが武藤は歩みを止めない。
そして、彼女の前でしゃがみ込み、じっと彼女の目を見つめる。
それはまるで、子供をなだめる父親のように。不思議なことに、
芙喜子もふっと泣き止んだ。表情はぶすっとしたままだが。

    少しの間、無言の時が流れる。

武藤は突然、芙喜子を抱きしめた。彼女は驚いて、とっさに
振り払おうとする。片腕が使えず、無駄な足掻きだったが。
「なっ、やめなさい!」
ならば・・・と、そう言うつもりだったが、今度は彼の唇が、
それを遮った。

「む・・・。」
暇つぶしに彼と付き合っていたこともあったが、決して、
必要以上の関係はもたないと決めていた。どうせ、自分の
理想通りにはならないんだから。
でも、今はどうだろう。私は割とすんなりと、彼の接吻を
受け入れていた。ちっとも甘くないのに、すごく甘い。
たった40度もないくせに、火傷するほどに熱い。

ようやく体が離れたとき、私は強い陶酔感に浸っていた。
腕の痛みも気にならなかった。ただポ〜っとしていた。
「・・・俺は、まだやることがある。救急車は呼んでおく
から、それまで・・・眠っててくれ。」
    ドスッ!
ふっと目の前が真っ暗になる。薄れゆく意識の中で、
私は最後に、こう、聞こえた。
「芙喜子・・・。これからは、お前とは、敵同士・・・。
永遠のライバルだ。・・・じゃあな。」

     (2年後・・・。)

「白瀬隊長!B地区で、サイボーグ軍の基地を発見しました!」
「ねえ高木君。・・・彼はいると思う?」
「え?・・・まあ、今はオフ期間だから、いるのでは・・・?」
「・・・そうよね。約束だもんね。」
「?」
武藤は、今はプロ選手であると同時に、反大神を掲げるサイボーグ
集団のヘッドだ。つまりCCRとも敵対関係にある。
あの日、灰原隊長が行方不明となり、私が後を継いだ。それは、
私と、彼の、終わりなき戦いの始まりを意味した。
「武藤くん・・・。今度は私の番だからね。あなたが最後を
迎える時、絶対そばにいてあげるから。・・・ああ楽しみ♥」

CCRの先陣を切って戦う白瀬と、サイボーグ達と共にCCRと戦う武藤。
二人の左手の薬指には、なぜか、同じ銘柄の指輪がはめられている。

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