「敵は全て全滅させたか?」
「はい、もちろんです。」
 ガレキが散らばる部屋に二人の女性がいる。
 一方はジャジメントの支社長、神条紫杏。もう一人はその秘書の上守甲斐だ。
「やれやれ、手間を取ったものだ。」
 紫杏はガレキの中を歩き、ジャジメントの会長であったゴルドマンの遺体を見る。
 世界の支配者になれる男はたった今一人の魔王によって倒されてしまったのだ。
「はい、しかしこれで社長の目的も無事果たせるでしょう」
「そうだな…」
 紫杏は踵を返しこのガレキまみれの部屋から出ようとする。
 その時、一つのロケットが床に落ちた。
「社長、何か落ちましたよ」
 甲斐はロケットを拾い上げる。
「あっ、すまないな」
 紫杏は甲斐からロケットを手渡されるとそれをポケットの中に入れた。

 翌日、紫杏は頭を抱えていた。
 別に今後の活動に行き詰まりを感じているわけでもなく目的に不安も何一つなかった。
 しかし、たった一つだけ心に残っていたものがある
「小波…」
 紫杏はロケットを見る。中には高校時代の小波と紫杏が写っていた。
(あたし、どうすればいいの?)
 父親が殺された時、小波は自分の傍にいろと言ってくれた。
 しかし、自分はそれを無視してジャジメントに、あの男についていってしまったのだ。父親の仇を討つために。
 そして父親の仇を討ったが今度は世界が滅亡するかもしれない、という素っ頓狂な話になった。
 滅亡を回避するためにゴルドマンたちを手にかける、覚悟は出来ていた。
 だが、その覚悟もたった一つのロケット、たった一人の男のせいで心は揺らいでいた。
(ジャジメントを捨てる? でもこの舞台から降りられない… だけどあたしは小波に会いたい)
 そんな堂々巡りを終わらせる男がやってきた。
「こんにちわ、神条社長」
「デスマスか」
 デスマスはソファーに座るとゆっくりとした口調で話し始めた。
「ご命令の件、無事に終わりましたよ」
「そうか、流石だ」
 紫杏は自分の悩みを悟られないようにデスマスを見つめる。
「それにしても参りましたよ、まさかターゲットがクローンを使うとは…」
「!?」
 デスマスの言葉に紫杏は一気に明るくなった。
「どうかしましたか?」
「いや、何でもない…」
 紫杏は震える唇を噛み締めながら出て行くデスマスを見送った。


(クローンなら…分けられる、この舞台から降りられる!)
 震える指で電話のボタンを押す。
「もしもし、私だ。作ってもらいたい物がある。 悪いが甲斐には秘密で頼む…」

 数ヵ月後、プロ野球がクライマックスシリーズで盛り上がっている頃、紫杏は地下の実験場にいた。
 実験場のカプセルには紫杏のクローンがいた。
「どうだ?」
「はい、すぐにでも動かせます」
「そうか、それならでは最終チェックが終わり次第、私の仕事に就かせてやってくれ。」
 紫杏は目の前の”自分”を見る。
「かしこまりました」
 研究者が操作を始める。そしてクローンは自分のスーツを着ると地上へと向かっていった。
「これでよろしいのですか?」
「ああ」
「ぬるいですね、神条社長」
 頷いている思案の後ろからデスマスがやって来た。
「デスマス! 何しに来た?」
 紫杏は平静を装いながら目の前の男を睨む。
「無論社長の手伝いですよ」
 研究者に向かって一言こう言った。
「”ここでやった事を全て覚えておいて下さい”」
「!? 私はここでなにを?」
 デスマスの言葉を聞いた研究者は自分がここで何をしていたか忘れてしまったようだった。
「お仕事に戻りなさい、ここはあなたがいるべき場所ではないはずですよ」
「そうでした、では私はこれで…」
 研究者はデスマスと紫杏に頭を下げるとそそくさと去っていった。
「どういうつもりだ?」
「こういうつもりですよ、神条社長、いえミス神条。そろそろここから足を洗いたいと思いまして…」
 冗談めいたデスマスの言葉に紫杏は眉をしかめる。
「……礼は言わんぞ」
「かまいませんよ、では私はこれで…」
 去り行くデスマスに声をかける紫杏。
「デスマス」
「なんでしょうか?」
「さらばだ」
「はい、ミス神条もお元気で」
 これが紫杏が見た最後のデスマスであった。

 そして…ナマーズ解散式の日に乾いた銃声が響き渡る。
「社長!」
 甲斐は紫杏を車の中へと引っ張る。男はその様子をただ呆然と眺めているだけであった。
 その同時刻、一人の女性が新幹線に乗った。その女性は楽しそうな表情でロケットの写真を眺めていたらしい。
 行き先は…ご想像にお任せしよう。

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