「そろそろご飯でも食べるでやんすかね。」
フィギュア用の工具を片付けて、オイラは立ち上がる。二日間のオフの一日目、
今日は一日趣味に没頭した、そこそこ有意義な日だった。
気付けば雨が降っている。

隣室の親友を誘いにいったが、留守らしい。思えば朝から居なかった。
ここ一ヶ月あまり、暇あれば出かけている。 公園のベンチに座り、
どこかを見つめながら不安そうにしているのを一度見た。
聞くと、中学時代の友達と待ち合わせをしているらしい。
しかし、オイラはうすうす感じていた。一昨年のバレンタインに少し見たあの子を待っているのだろう。
一ヶ月ほど前の爆発事故、あの日からどこか元気がなくなり、ふらっと日々出かけるようになった。
嫌でも気づくだろう。
ため息をつき、上着を着込んで公園に向かう。寒い。


遠巻きに、ベンチに座る一人の男が見える。冬の寒い雨に打たれながら、どこかを見つめているようだ。
ゆっくりそっちに歩いていく。

「また、同級生でやんすか。」
「…湯田君か。」

「ピッチャーの肩は大切でやんすよ。こんな寒い日に…
わ!凍えてるじゃないでやんすか!
…いつからそうしてたのでやんすか?」
「…悪いが、一人にしてくれ…湯田君。」
「親友をみすみす風邪引かせるわけにはいかないでやんす。
気持ちは分かるでやんすけど、今日はもう…。」
「あいつは、友子は絶対に来る。俺は…俺はあいつを信じてる。
湯田君に何が分かるって言うんだよ!」


「分かるんでやんす!分かるんでやんすよ。
…ちょっとしゃべってもいいでやんすか?
オイラには高校の時、ある親友がいたのでやんす。
その親友は、オイラの義理の妹と付き合い始めたのでやんす。
妹はオイラと仲が悪くて、お袋ともどうもうまくいかないみたいで、
行き場を失っててあまり笑わない子だったんでやんす。
でも、恋人と付き合い始めてから、それまでより少し幸せそうな表情をするようになって、
オイラも内心嬉しかったでやんす。その時はまだ彼氏が誰かは知らなかったんでやんすけどね。
でも、ある日妹が交通事故にあったのでやんす。
幸い命に別状はなかったでやんすけど、記憶をなくしてしまったのでやんす。恋人のことも、全部でやんす。
そして、あろうことか、しばらく世話してたオイラに家族の域を越えてなついてしまったのでやんす。
…それっきり、その親友だったやつとオイラの関係も、妹とそいつとの関係も、全部終わりでやんす。
オイラは、妹が記憶を取り戻して、そいつがオイラのことを許してくれる日を、
いつ来るかも分からないその日をずっと待ってるのでやんす…。

長々としゃべって悪かったでやんす。でも、オイラはまた親友を失いたくはないのでやんすよ。
このまま放っておくとまたオイラは後悔しそうな気がしたんでやんす…」



「湯田君……ごめん。でも………」

そう言ってこっちを見たその顔は、涙と、申し訳なさが混じったような顔だった。
普段の、少し大人な、野性味のある彼からはかけ離れていた。
仕方ない、今日のところは気の向くままにさせてあげよう。

「あぁもうわかったでやんす!この傘と上着を貸してやるでやんすから、好きなだけ待つが良いでや
んす!」

「君は…どうするんだ?」
「オイラは雨が似合ういい男なのでやんす。遠慮はいらないでやんす。」

「湯田君…ありがとう。」
「今夜は冷えるでやんすよ。気を付けるでやんすじゃあ、また明日でやんす。」


一日でも早く親友が立ち直ることを、あわよくば思いが届くことを、オイラは願う。


「へっくし!うぅ…格好つけすぎたでやんすかね。早くお風呂に入るでやんす…。」

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