いよいよ天気予報で真夏日という単語が並び始め、蝉達が大音量で喚き散らす今日この頃。
山奥に佇む伝統のあるというか時代錯誤な感じすらするこの親切高校の森の中に潜むさらに古い旧校舎の裏で、1人の少女が小学生の忍者ごっこのようにコソコソと歩いていた。
その緑髪の少女―――高科奈桜は、悪戯を楽しむ子供のような表情で、しかし普段と比べ少し暗い表情で、いつものように旧校舎裏の彼女(もしくはもう1人)専用の扉から校外へと抜け出そうとしていた。
「だれもいませんね。いたらびっくりしますよ〜♪」
奈桜の所属する、といっても親切高校は運動部への参加が義務付けられているため真偽のほどは定かではないが、新聞部には読者の読みたい、見たいと思うものを発行するのが第一なのだ。
彼女の2年次から教室が男女合同となり、男子校舎の生活があまり女子にとって希少なものでなくなった今、やはり新鮮なものといえば、校外で探すのが一番だ。
本当は1人でではなく彼氏とデート気分で…といきたかったのだが、生憎甲子園連覇に向かって高校球児まっしぐらの彼は、毎日の鬼監督によるしごきと拷問の境界線を遥かにぶっちぎった練習と、
それが休みの日も補習・課題に追われ、遊ぶような時間も体力も皆無だった。
自身も彼と成績は同じ位目も当てられないのだが、親切で(彼と違って)優秀な友人たちの助けもあって、何とか難を逃れていた。
「持つべきものは友達ですね〜…でもやっぱりいっしょにいきたかったなあ」
はあ、とため息をついた後ぱっと妹の顔が浮かんだが、姉と違って出来がよくクソ真面目なあの子に言ったって無駄だろうとすぐに考え直し、また重い息を吐いた。
「はっ!こんなのナオちゃんらしくありません!小波君もさらも高校最後の年を自分の目標のために頑張ってるんですもんね!あたしも元気出していきますよ〜!
高科奈桜!いっきまーす!!」
自分に懐いている元気な妹分のことも、自分も2人と同じく3年であることも、仮にもこっそりと行動していることもすっかり忘れつつ、奈桜は元気よく扉に手をかけた時、
「高科!」
背後から急に名前を呼ぶ声がした。
「きゃっ!?す、すみません!すみません!!青い鳥を探して入ったお菓子の家の中にいた鬼さんにきびだんごもらってたら道に迷ったんです!!…ってあれ?」
どこの国のお話?とツッコミをあげることなく、声の主たち―――青葉、原田、荷田の3人は、何を考えてるか読み取れない妙な笑みを浮かべただ奈桜を黙って見つめていた。
「青葉君に原田君にニュダっち?どうしたんですかこんなとこで。勝手に森の中入っちゃダメですよ〜」
一応周りに注意していたのに突然現れたので驚きはしたが、同じクラスの友人たちを見て奈桜は気が緩んだ。
「自分のこと棚に上げて何言ってるでやんすか!ニュダって言うな」
「静かにな荷田君。いやね、荷田君の練習が休みでこの忙しい中やっと皆の予定が空いたから、立ててた計画を実行しようと思ってね」
青葉が軽い口調で言った。
「計画?なんですかそれ?ナオお姉さんも混ぜてくださいよ〜♪」
何をしようというのかはわからないがこんな所へ来てこっそりやろうというのならきっと面白いことだろう。
しかも普段から何かしらペラを集めて謎の悪だくみしているような青葉が言っているのだ。
もしかすればその謎も解けるかもしれないとも思い、好奇心の塊のような生き物である奈桜は無邪気に胸を弾ませて尋ねる。
「そりゃ当たり前じゃないか。高科を襲おうって計画なんだから。」


さっきと同じ、いやさっきよりもっと軽い口調で、青葉が平然と述べた。
「……………はい?」
一瞬、彼が何を言ったのかわからず、ものすごく間抜けな声を上げてしまう。
目の前でそう言った友人も、横にいる2人も、普段と全く変わらない。
いや、原田に関しては元から何を考えているかわからないが、それでも彼らの様子と今聞いた言葉の意味がどうしても一致しない。
その様子が、逆に奈桜の中に言い知れぬ恐怖を生む。
だがそんな混乱の中で、奈桜はある答えに結びつく。
「あ、じょ、冗談ですね!?だ、ダメですよ〜!乙女の若い体はお宝です!宝石です!世界遺産です!!
簡単に触れていいようなものじゃいなんですからね!」
急いで笑顔で応答したが、言葉に隠しきれなかった戸惑いが口調として漏れる。
「ちがうちがう。聞いた通りそのまんまの意味だよ」
そんな奈桜の恐怖と懇願も含んだ応対も、青葉にあっさりと打ち砕かれる。
「な、何回言われてもつまんないですよ青葉君!ねえニュダっち!?原田君も!!」
「別に本気で言ってるから面白くなくていいでやんす。ニュダって言うな。というかなんでオイラだけそんな呼び方なんでやんすか!!」
「…………うるさいぞ、ニュダ」
「伝染った!!でやんす!!」
「はは、まあ落ち着けよニュダ君」
変わらない。
いつものように騒いでいて、いつものように笑っている。
目の前で話している彼らは、奈桜が知っているいつも通りの彼らなのだ。
そんな彼らが、自分を襲うというただ一点の不自然については何も否定しない。
その状態が、奈桜の頭を一層混乱させていた。
自分が一年以上共に過ごしてきた彼らは、普段からこんなことを平然と考えている人達だったんだろうか?
信じられない、信じたくない。
そんな気持ちを否定しても、確実に奈桜の中には恐怖心が芽生えていた。
だが、混乱している脳に本能が呼びかける。
逃げなければ。
こんな異常な空間から早く抜け出したい、後で会えばきっと皆元通りに、自分が信じている彼らに戻っているはずだ。
そう自らを鼓舞し、とにかく3人から離れるために強張っていた体を動かした。


「おっと」
だが笑っていたはずの青葉は、即座に彼女を逃がすまいと左腕を捕らえる。
「っ!?嫌っ!!」
思わぬ反応の速さに驚きつつも、思いっきり力を込めて腕を引き離す。
が、いつの間にか原田と荷田の二人が背後に回り込んでいた。
「う…嘘ですよね?そんな…こんなこと…」
囲まれてしまった。
取り柄である無邪気な笑顔も、今や完全に引きつっている。
「大丈夫大丈夫。あんま痛く無いようにはするよ」
最後の望みも絶たれ、何に対するものかわからない畏怖が膨れ上がる。
しかし奈桜の中では、恐怖心に比例するほどに焦りは存在しなかった。
昔偶然出会った謎の情報屋のお姉さんに気に入られ、素手で暴走族を壊滅させる、程の超人技はさすがに無理だったが、隠密術とそこそこの護身術の手ほどきを受けていた奈桜は、
異様な状況に戸惑いつつも自分がすべきことを考えるだけの心の余裕があった。
(とにかくここから逃げないと…)
困惑したり、悩んだりするのは後でもいい。
今はまず安全圏に非難するのが第一だ。
迷いから一旦頭を切り替えて、逃げる算段を巡らせる。
そうやっておとなしくなった奈桜の様子を、無抵抗と見てか、警戒してか、背後の荷田が彼女を捕らえんと腕をつかむ。
「!!」
捕まるわけには行けない。
いくら仲のいい友人で会っても、加減しては男の力からは逃れられない。
(ニュダっち…勘弁です…!!)
意を決して、後ろからは見えない角度で軽く握り拳を作り、
ガンッ!!
腕を引き寄せる力に逆らわず、振り向きざまに荷田の顔面に全力で打ち込む。
「ウガッ!!でやんす!」
運よく眼鏡からは外れたが、さすがにここまで見事なクロスカウンターは予測してなかったらしく、
そんな様子に目もくれず、奈桜は空いた隙間から一目散に飛び出し、真っ直ぐに森へ走り出す。
森へ入ってしまえば通い慣れて道を知り尽くしている分こちらが有利だし、逃げるなり隠れるなりして撒けるだろう。
警備員やドーベルマンに見つかると厄介だが、この状況よりは遥かにマシだ。
かなりおざなりであまり練習熱心ではなかったものの、陸上部で鍛えられた足があった奈桜には、このまま逃げ切れる自信があった。
が―――
「……逃がさん」
ガシッ!!
「きゃ!!?」
(は、速!!)
包囲網を抜け、森に入るまであと七・八歩といったところで、奈桜は突如として減速した。
背後を見ると奈桜のダッシュに瞬時に反応した原田が、すぐ後ろまで来て彼女の左腕を捕らえていた。

青葉はまだずっと後ろで走っているし、荷田に至ってはようやく鼻を押さえながら起き上ろうとしていた。
あっさりと追いつかれた原田のその謎のポテンシャルに一瞬の焦りを覚えるも、すぐに体を反転させる。
彼らまでもが来る前に、この手を解かなければ、逃げるのは困難になる。
奈桜は荷田の時と同様、おもいっきり拳を彼の頬に叩き込む、
……と見せかけて、腕を止めて原田が前に出している、重心の乗っている左足を柔道選手の如く足払いする。
顔を守るのに気を取られた原田は、予期せぬ部分への攻撃に何の反応もできず、バランスを崩され倒れる。
だが、奈桜のそんな考えに反して、渾身の足技には、何の手応えも感じられなかった。
咄嗟に足を浮かせて回避した原田は、蹴りを空振って大きくスキができた奈桜を見逃さず、右腕も素早く掴み取り背後から組み敷く。
「ああっ!!!」
(しまった!?)
想像していなかった動きに呆然としてしまった奈桜は、
必死に両腕に力を込めるも、純粋な腕力で男子に勝てるはずもない。
「いや〜さすが原田さん。あんなプロの格闘家みたいな動き初めて見たよ」
「いだだ…いきなり殴られるなんてびっくりしたでやんす…。でも、ホントにすげ〜でやんす!
まるでマンガみたいに次に何をしてくるのかわかってみたいでやんす!」
20秒ほどして青葉が荷田を肩を担いで追いついてきた。荷田はまだフラフラしている。
「……………勘だ」
「「「うそ!!?」」」
思わず奈桜までリアクションしてしまった。
そんな場合じゃない。このまま捕まったままでいたら、このよく知る友人たちに、何をされるか分からない。
しかし、楽に逃げられると高をくくっていたはずが、こうも簡単に捕まってしまった。
その事実に、奈桜の胸に軽い絶望がのしかかり、再び体を強張らせていた。
「しかし危なかったなあ。いきなり右ストレートはないよなあ」
「マジで痛かったでやんす!!つーか軽く言うなでやんす!あのまま逃げられてたらオイラ達終わってたでやんすよ!?」
奈桜を無視して談笑を再開させた2人に、無性に悔しくなって体を揺らしておもいっきりもがく。
自由を封じられた両腕の代わりに、背中に密着している原田に何度も蹴りを入れ、かかとで踏む。
が、がっちりとホールドされているせいで、下半身にも思うように力が入らない。


そんな奈桜の様子が、逆に彼らを本願へと駆り立ててしまう。
「あー、高科いいかげんあきらめたらどうでやんす?」
「離して、離してください!!」
「ハハハ、まー無理だよね。じゃさっそく」
軽く一瞥して青葉が奈桜の胸に掌全体で触れた。
制服の上からでは弾力も大きさも分からないはずだが、ゆったりと弱い力を込めていく。
「やあっ!!?ダ、ダメっ、やめてください!!なんでこんな!?」
せめて高校卒業までは清楚な関係でいようという2人の約束から、まだ彼も犯していなかった体を突然触られて、大きく悲鳴を上げる。
「なんでって…ヤリたいからかな?」
「そんなの理由になって………んっ!!」
胸だけでは飽き足らず、青葉は空いた手で奈桜の頭を押さえ、実耳を舐め回す。
胸を他人に触られる事も、耳を舌が這う感触も経験したことがない奈桜は、恥ずかしさと未知の恐怖ですっかり抵抗を緩めてしまっていた。
その隙をつき、それまで黙って眺めていた荷田が自由だった足を抑える。
「っ!?あっ!!」
「ふふふ…これでもう抵抗は無理でやんすね……ってうおおおおおおおおお!!!
絶対領域でやんす!!白いでやんす!!!」
いきなり叫んだ荷田を、奈桜はすぐに察し、顔を真っ赤にして視界を阻もうとするも、足はもはや動かしようがなく、逆にスカートが揺れて荷田を余計に喜ばせてしまっている。
「やあっ!!見ないでぇ!!んんっ!!」
「ずるいぞ荷田くん!!うるさいぞ荷田くん!!そこはもうちょっと順序立ててからだ!」
「わかってるでやんす!見るだけでやんすよ!」
漫才のような掛け合いをしているがこの状況はどう考えても異様だ。
人を呼ばなければ。
もはや余裕の全くない状況の中で、そう判断した奈桜は、胸と耳の妙なくすぐったさに耐えながら深く息を吸い、
「んむっ!!?」
どこからか取り出されたガムテープで口を塞がれてしまった。
「うん、まあ警備員とかに来られると厄介だしね」
(そんな……このままじゃ……)
抵抗する手段をことごとく潰された奈桜の顔には、はっきりと絶望の色が浮かんでいた。

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