ヒーローたちとの試合が終わった後、小波はすぐに玲奈に電話をかけた。
 何よりも玲奈の様子が心配であったし、ヒーローたちに勝利したこと、そのヒーローたちが消えてしまったこと、俺自身が会いたいことなど、とにかく話したいことがたくさんあった。
 電話では、彼女のほうから話があると言ってきた。電話口の彼女の様子だけでは不安だった。
 実際に会ってみなければわからなかった。
 空が赤みを帯び始めた夕暮れの街角で、やってきた彼女は一番に抱きついてきた。
「……信じてたよ。きっと助けてくれるって」
 その言葉に小波の不安の全てが溶かされた気がした。彼女は間違いなく、小波の知る、小波の大好きな霧島玲奈だった。

 しばらくの抱擁の後、落ち着いて話すために近くの公園へと足を運んだ。
 手近なベンチに座るまで、玲奈はニコニコ顔でずっと小波にくっついていた。小波も引き離そうとは微塵も思わなかった。
「それじゃ意識はあったのか?」
「そうだね、夢の中にいるみたいで変な感じだったけど、意識はあったよ。知らない誰かが私を演じてるのを、ずっと黙って見てた感じかなぁ」
 玲奈がおかしくなっていたのはやっぱりヒーローに洗脳されていたからで、そうなった経緯やおかしかった間のことを彼女は事細かに話してくれた。
 ただ、洗脳された当事者であるのに意外と落ち着き払っているのには少しだけ驚かされた。
「怖くなかったのか?」
「全然。心のどこかで『助けてくれる』って思って安心してたから、不安じゃなかったし、怖くもなかったよ」
「……俺、そんなに信頼されてたのか」
「ちゃんと助けてくれたしね。小波君は、頼れるオトコ、だよ」
 玲奈の屈託のない笑顔が小波に向けられる。
 嬉しさとかいろんなものがない交ぜになって彼の心を満たしたが、あまりにストレートすぎる彼女の想いと視線がさらに迫ってくる。
 なんとなく照れくさくて目を逸らした。
「あ、照れてる」
 そんな小波を見た玲奈はクスクスと笑い転げ、隣に座る彼へさらに体を深く預けるのだった。


 話し込むうちに、世界からは太陽が消え、夜の闇に包まれていた。
「すっかり夜になっちゃったね」
「そうだな」
 その言葉を機に、二人は黙りこくってしまった。
 けれども苦になる沈黙ではない。
 この小さな公園は人の出入りが少なかった。話していた間も今も、二人以外の人間がこの場を通りすがることはなかった。
 ぴったりと寄り添う二人。完全に二人だけの世界。
「えいっ!」
「うおっ?!」
 突然また玲奈が抱きついてきた。背中まで手を回して、体の感触を味わうようにきつい抱擁をねだる。
 一瞬戸惑ったがすぐに小波も抱き返してあげた。胸に顔をうずめる彼女の顔は見えなかったが、きっと笑顔なのだろうと思った。自然と笑みが浮かぶ今の自分と同じように。
 しばらくの間、二人とも黙って互いのぬくもりを感じあっていた。時折彼女の髪を梳くとくすぐったそうに震えた。
 夜の公園は遠くからの喧騒がかすかに響いてくる以外、何の音も存在しない。ただ二人にだけは、互いの心音をしっかりと聞き取ることが出来た。
 不意に玲奈が顔を上げる。目の前には小波の顔。
 どちらともなく顔を寄せ、唇を重ねた。
「ん……」
 玲奈の口からかすかに声が漏れたが、小波は気にしなかった。
 ただ重ね合わせるだけのキスなのに、どうしてこうも満たされるのか、互いに不思議に思ったかもしれない。
 が、そんな些細な思いは一瞬だった。
 近くにいながら遠く離れていた二人は、その間に生まれた距離を失くそうと互いを求め合う。
 音のない二人だけの世界で、小波と玲奈はゆるゆると溶け始めていた。
 時間の感覚を忘れさせるような甘いキスから最初に離れたのは玲奈。街灯の薄明かりに照らされた小波の目を見つめ、そして顔を落とす。
「ねぇ」
「ん?」
「約束、覚えてるよね?」
「約束?」
「……甲子園に行くまではしないっていう約束」


 胸の中でぼそぼそと囁く玲奈の言葉。数ヶ月前のあの日々の出来事が小波の脳裏にフラッシュバックする。
 初めて玲菜と結ばれてからというもの、二人は練習の合間を縫って、わずかな時間を作り愛し合った。日が経つにつれ、愛し合う機会が増え、貪欲に求め合うようになりつつあった。
 あるとき、練習なんか放っておいて二人で過ごしたいという思いが湧いて出た。
 無論そういうことは日頃から思っていることなのだが、それは単なる希望であって、笑い飛ばしたり、ハードな練習で打ち消すことも容易だった。
 だが今回湧き出たこの思いは、ちょっと本気で野球をすっぽかそうとか、そういうレベルに近い衝動が付いてきたのだ。
 これはまずい、と唱えたのは玲奈である。
 小波には野球に打ち込んでもらう必要があったし、何より玲奈自身が、愛し合う快楽に深く溺れそうになっていることを自覚していた。
 これらが原因で野球そのものに支障をきたすのは非常によろしくない。
 『健全な高校生として』と言う建前の元、玲奈は小波との間にちょっとした制限を設けることを提案した。
・甲子園に行くまでエッチ禁止
 以上。
 ちなみに小波は大反対した。若い彼は性欲とか性欲とかいろいろ持て余していた。
 だが玲奈に野球と甲子園をちらつかされ、泣く泣く言い包められたのを彼は今でも鮮烈に覚えている。
 しかしそれ以来、小波と玲奈は愚直なまでにそれを守り、自制してきた。
 甲子園へ、という嘘偽りのない想いの強さがそれを可能にしていた。
 二人は本気で愛し合っていると同時に、本気で甲子園への道を走っているのだ。互いを想えばこそ、である。
「……あぁ、しっかり覚えてるよ」
「あれ、今日だけなしにしよう」
「今日だけ?」
「そ、今日だけ。今日は特別。今日は小波君に助けてもらって嬉しくて、その――」
 語尾がだんだん小さくなっていく彼女の声。
 同時に抱きつく腕に力がこもってくる。
 一瞬の間。
 小波は言葉を待った。
 周囲に溶けて消える前に、辛うじてくぐもった玲奈の声を聞き取ることが出来た。
「――我慢できないよ」
 小波は理性がどこか遠くへ吹っ飛ばされるのを感じた。
 ああ、こんな言葉を聴かなければ我慢できたかもしれないのに。


 生い茂る立ち木の陰に隠れて、小波は玲奈を木に押し付けながらその唇を貪っていた。先ほどの感じるような優しい口付けではない。
 対する玲奈も必死に応えようと、腕を小波に絡ませ自身を彼の体に擦り付けていた。
「ん……ちゅ、はぁ……」
 やがて、惜しむように唇を離した。互いの息遣いが荒い。
「玲奈ちゃんのここ……」
 スカートをたくし上げ、太ももをなぞっていた小波はその手をゆっくりと玲奈の秘所へと運んでいった。
 びくりと玲奈が反応する。
 彼女の下着は愛液で濡れそぼってその役目を果たしておらず、結果玲奈の羞恥心をさらに煽り立てるだけのものとなっていた。
「すごい濡れてる。もしかして相当溜まってた?」
「そんなの、小波君だって」
「だってまだキスしただけなのに……ひょっとしてさっきからずっとこうだった?」
「うぅ……だって」
 恥ずかしさで言いよどむ玲奈の姿は、普段の快活な彼女の姿とはまた違った愛らしさがあった。
「本当に久しぶりだし……」
 返答に困った玲奈はとにかく彼にしがみつくことにした。
 小波はこの彼女の姿が好きだった。なので、もっと快楽に悶えてもらうことにする。
 指二本で下着の上から強く擦ってみる。こねてみる。
「んっ! やぁ……」
 指に纏わり付く愛液の量は増すばかり、そして玲奈の声量も、ある程度抑えているとはいえ次第に高いものになっていくのが感じられた。
 もう十分な気がしたが、とりあえず指で一度イッてもらおう。
 そう思った小波は器用に下着をずらし、中指を一気に玲奈の秘所へ捻じ込んだ。
「うぁっ?!」
「どう? 気持ちいい?」
 そうたずねながら、膣内を掻き回し、さらに親指でクリトリスを押し潰す。
 軽くキスしてから、彼女の露出した首筋を舌でなぞる。びくびくと快楽に喜ぶ彼女の肉体がはっきりと感じられた。
「うん、気持ちいい……あっ! んっ! ぁああ!」
「声大きいよ。誰かに聞こえるかも」
 その言葉にはっとなった玲奈は目を見開いた。どうやら軽く浸っていたようで、ここが野外だという事を思い出してくれたらしい。
 彼女は下腹部から来る快感を必死になって噛み殺そうと試みた。しかし小波の指がその努力をことごとく打ち砕こうと蠢きを激しくする。
「っ!」
 彼女の反応を見て、そろそろイキそうだと判断した。
 指を鉤状に折り、膣内への攻めをより激しくする。
 玲奈の耐える姿が愛らしく、またこの姿を崩したいという加虐心も同時に芽生えてくる。
「ちょ、あっ……っやあああぁぁぁぁ!!」
 我慢できなかったのか、一際大きな嬌声と共に玲奈はあっけなく限界を迎えた。
 足が軽く震えている。どうやら相当気持ちよかったようだ。
 膣から抜き取った指には、彼女の愛液が淫らに絡みついたままだ。


 小波は果てたばかりで呆けた玲奈を支えると、その片足をひょいと持ち上げた。バランスのとれない彼女の体をしっかりと抱きとめながら呼びかける。
 限界だった。もう抑えられない。
「玲奈ちゃん」
「ん……?」
「いくからね」
「え? まだ……」
 返答を待たず、小波は既に熱く滾っていた自身を玲奈の秘所へ突き刺した。彼女の嬉しい悲鳴は無視した。
 包み込まれるような感触に思わずうめきを漏らす。やはり久しいせいもあるのか、快楽はいつかの比ではなかった。
 限界もそう遠くないと感じた小波は、最初から激しく腰を動かした。
「こ、小波君!? 激し、うぁっ!」
 快感に染め上げられているのは小波だけではないようで、先ほど一度果てた玲奈もまた、激しい昂ぶりを感じ始めていた。
 二人は夢中になって体を打ち付けあい、それ以外のことは全て違うところへ追いやっていた。
 ここが何処かも、今が何時かも、そして自分たちがどれだけ恥ずかしい声を上げているのかも理解していないだろう。
 今はただ、この激しい快楽に身も心も全て流してしまうことでいっぱいだった。
 それでも終わりは来る。
「あっ! んっ! う、ぁああ!!」
「玲奈ちゃん……俺、もう!」
「あっ、私、も……んぅ?!」
 最後、玲奈の顔を引き寄せ唇を塞いだ。彼女の荒れる息と舌とが小波の中で絡まりあう。
 射精感に襲われた小波が玲奈の最奥へ突き入れた瞬間、背と首に回されていた彼女の手に力が篭り、その身を震わせた。
 小波が口を塞いでいたので、声にできない悲鳴を上げて、玲奈は激しい二度目の絶頂を迎えた。
 蠢く玲奈に呼応するように、小波も自身の中から熱い液体が彼女の中へ流れていくのをはっきりと感じていた。
 腰が抜けそうなほどの快感に、二度、三度と腰を震わせる。ややあって、力を抜いた。
「ふぅ……」
 思わず大きく息を吐いた。こんなになるまで双方乱れたのは実に久しぶりだった。
 余韻に浸ろうと、小波は玲奈のまだ熱い身体を抱き寄せ――そのまえに、引き寄せられた。彼女の全体重をもって。
「おわ?!」
 完全に力を抜いて油断しきりの小波は、その力に抵抗できず玲奈もろとも綺麗に整地された若草の上に倒れこんだ。
 手を付いて彼女を押し潰さないことだけは忘れなかった。
「あのー、玲奈ちゃん?」
 玲奈は下からじっと小波を見上げていた。汗をかいてぴったりと張り付いた服が上半身を着飾っている。非常に淫猥だ。
 なぜだろう、吸い寄せられるような瞳に一瞬でも怖気を感じてしまったのは。
 普段なら間違いなく、もう一度彼女へと飛び込むだろうに。
 それはきっと、これから起こる連戦への警鐘だったのだろう。しかしもう遅い。すでに試合開始のサイレンは鳴らされているのだから。
 玲奈は腕に力を込めて小波の顔をぐいと抱き寄せる。
 そして囁くように一言。
「せっかく今日だけなんだから、もっと、ね?」


「へへへ……」
 公園からの帰り道。
 どうにもさっきからニヤニヤが止まらないらしい玲奈。
 その隣を並んで歩く小波の表情には若干とは言い難いくらいの疲れが見えた。そりゃ試合のあとに連戦が続けば疲れるに決まっている。
 一度火がついたらなかなか消えてはくれないようで、それこそ燃えカスも残らないまでに燃焼しきった二人がそこにいた。
 気がついたときには時計の針が真上を向こうかという時間にまで迫っていた。
 互いの携帯には家族からの着信、メールが多々。どこで何をしているのかという旨のものであろうことは想像に難くない。
 とてもじゃないがどこで何をしていたかなど言えるはずもない。
「あーあ、きっと帰ったら怒られちゃうなぁ」
 ため息をつきながらの玲奈のその響きは、彼女の嬉しさが溢れる表情と非常に対照的だった。
 一方の小波は……もう多くは語るまい。
 玲奈の自宅近くまで来たとき、彼女は小波のほうへくるりと振り向いた。
「今日は本当にありがとう。嬉しかったよ、いろいろと」
 闇に映える彼女の花のような笑顔に妖艶の色が見え隠れするのは気のせいだろうか?
 小波は目を瞬かせもう一度玲奈を見た。いつもの彼女だった。
「俺も」
 小波は続けた。
「玲奈ちゃんが元に戻って、またこうして話せるようになって、嬉しいよ」
「私もだよ」
 玲奈は終始笑顔のままだ。
「それじゃこの件は一件落着ということで、次は甲子園で優勝だね?」
「うっ」
「……そこで躊躇いを見せちゃダメだと思うな」
「だ、大丈夫だよ。絶対に優勝してみせる!」
「お?言い切ったね」
 えらいえらいと呟きながら、玲奈は小波の正面に立った。
 そして今までの笑顔を引っ込めたかと思えば、急に取り繕ったような真面目な表情を引っ張り出してきた。
 つられて小波も固まる。
 二人の間を夏の夜の風が緩やかに通り過ぎた。
「……日本一以外は認めません」
「まかせとけ」
 じっと見つめあう。先に折れたのはどちらだったか、いつの間にか二人して笑いあっていた。

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