ボクは、あれからなにか変だ。
晴川先輩そっくりの妹さんに住宅街で会ったときから、ずっと変なのだ。


よく考えたら、「お兄さんがかわいくなったみたい」だなんて歯の浮くようなセリフを、よくもボクが言えたものだけど、確かあのとき内心はすごくびっくりしてて、何か言わなきゃって思ってたんだ。
地面に足が着いていないかのような感覚に襲われて、なんとか飛んでいかないようにするのに必死だった気がする。
そんな感覚はボクには初めてのことで、その女の子を思い出しては、終いには晴川先輩を見てさえ妙な気持ちになっていた。やっぱりボクは変なんだ。

それからはただ感情をくすぶらせてるままで、何度か晴川先輩に妹さんのことを聞こうとは思っても、野球以外のことで晴川先輩に話しかけるのは、なんとなく憚られるものだった。


そしてこれといって何も話せないまま、ボクたちは今、合宿で沖縄にきている。親父がいなくなってから、みんなで海を探してくれた時の産物だ。
しぶしぶだけど、費用はボクに宛てられたお礼の100万円を使うことになった。
それにしてもみんな、ボールになった親父すらいなくなった身寄りのない少年をないがしろにしすぎだよ。


予想はしてたけど、沖縄はやっぱり暑かった。
習ったばっかりだからよくわからないけど、ボクたちの住んでるところと違って温帯らしい。
だから羽柴先輩は昆虫採集に行ったっきり戻って来ない。
「晴川には内緒だぜ!」と旅立ったが、いないことを不思議に思った晴川先輩に聞かれ、「羽柴くんは虫採りに行ったわん!内緒なんだわん!」と誰ともなく答えた。
「あんのやろ、今日こそは!」と晴川先輩がバット片手に探しに出かけてしまい、キャプテン不在の合宿一日目はチーム崩壊で幕を閉じた。



ボクたちは民宿で雑魚寝するらしい。安上がりでいいとのことだが、100万円のうち余ったお金は今後のガンバーズの運営に使われるそうだ。おのれ。

羽柴先輩が帰ってきたのは、晴川先輩が戻ってきてしばらく経ってからだった。額を押さえたまま、全く言葉を発せず力なく座り込み壁に寄りかかっている。


めいめいに風呂に入り、ひとしきりバカ騒ぎしたあと、みんなついに床についた。
枕投げの流れ弾が真薄くんに当たって、緊急参戦したのは意外だった。


電気を消し、みんなの小さく笑う声も消えてしばらくして、今まで何も話すことのなかった羽柴先輩がうちつけにこう言った。


「お前らって…好きな子とかいる?」

みんな態度には表さなかったけど、大広間の空気が変わったのは分かった。無田くんの寝息がわざとらしく強くなったり。


「大波はいるの?好きな子」
羽柴先輩のキラーパスがボクを襲う。
「え、ええ!?ぼ、ボクは特にいないですよ…」
「そうか?お前ももう5年生なんだから好きな子の一人や二人作りなよ」
「二人ってお前!」
「ぐふぉ!」
晴川先輩の枕が羽柴先輩の顔に埋まる。
そしたらなんだか、晴川先輩の妹だっていうあの女の子を思い出しててしまった。

好き、なのかな。
まだ子供だからか恋を自覚したことはなかったけど、ひょっとしたらボクは、あの女の子が好きなのかもしれない。

「おい無田。狸寝入りなのは分かってんだぞ。お前はどうなの?」
羽柴先輩は枕を投げ返しながら言った。
「お、オイラ!女には興味がないのでやんす!」
「うにゅー!」
無田くんの答えが気に入らなかったらしく、会話を聞いていたさくらちゃんが男たちの巣窟に乱入してきた。同時にわんこまで飛び込んできて、第二次枕投げ大会が催された。


終わった頃にはみんな眠りこけていて、大広間に敷き詰められた布団に自由に散らばっていた。
でもボクは、どうも目が冴えてしまってロビーに一人座っている。
ボクはあの女の子が好きなんだと思うと、どうにも胸が疼いてとても寝てられないのだ。

あれ?晴川先輩も眠れないのかな。
お風呂セットを持ってきょろきょろしてる。
あ…そうだ。悩んでてもしょうがないや。ボクも一緒に入って妹さんのことを聞こ。
ちょっと考え晴川先輩に遅れること数分、お風呂場に向かった。


「でへへ、来ちゃいましたw」
予め努めて明るく振る舞おうとしたボクだけど、あの女の子と会ったときみたいに、また妙にひょうきんぶってしまった。
すると、奥で髪を洗っていた晴川先輩が振り返り驚きを見せる。
「お、大波!なんでここにいるんだ!?」
へへへ、ついて来ちゃいました、と笑いながらボクは晴川先輩の隣へ歩く。


「わああ!こっちくんな!」
そう言えば、晴川先輩夕方はお風呂に入ってなかったっけ。
ひとつ疑問が浮かんだら、もうひとつの疑問もまた浮かんだ。

夕方入った時は壁の色は青だったはずなのに、今はピンク色の壁。


あ、あれ…?
ひょっとしたら…
「き、きゃー!」
「ここは女湯!?」


何回か転びながら、ボクは扉に向かって走り出す。
ええと、ここは女湯なら、晴川先輩も間違えたのかな?いやそれとも、いや。頭がどうにかなりそうだった。

「いやちょっ、大波!待ってくれ!」
体にタオルを巻きながら晴川先輩がボクを呼び止める。扉を引く寸前、強張ってまた転んでしまった。
ああ、怒られるのかな。
「すまなかった。あの…このことは誰にも言わんでくれ」
「…へ?」
ボクは転んで、セクシーポーズをとったまますっとんきょうな声を上げる。
「だから、その…俺が…女だってことだよ」


「ええええええ!」ボクの声がリバーブする。
「だああうるせえ!お前こそなんで女湯にいるんだよ!」
「いやボクは晴川先輩の後ろをついて行っただけで!ご、ごめんなさい!」


晴川先輩は怒ってるというより、驚いただけみたいだ。そして今、動揺しまくるボクを見て、軽く呆れてる。

「はあ…分かったよ。話があるならあとで聞くから、悪いけど今は出てってくれないか」
ボクはまだ晴川先輩が髪を洗ってる途中だったことを思い出し、慌てて出ていこうとした。けど…



あの女の子は確か、晴川先輩のことをおにいちゃんと呼んでいた。でも晴川先輩は女の子で、ならつまり、あの女の子は晴川先輩で…


ボクは、晴川先輩を好きになっちゃったんだ。



「は…せ、先輩…」
頭がからっぽになって、ボクは立ち尽くす。
一瞬でいろんなことが変わっちゃって、どうすればいいか分からくなった。

「おーい、大波?ぼーっとしてどうした?」
手のひらをひらひらと返しながら近づいてくる、いつもと違って艶やかな晴川先輩。
ギザギザの殺人的な髪型の面影はなく、かわいらしいストレートで、毛先からは水が滴っている。


なにより、ボクをずっと変な気持ちにしていた女の子が、目の前でタオル一枚でいるっていう事実が、ボクをこんなにも惑わせる。

「!
や、やばい…!」
不意に、ボクの股間のタオルが盛り上がる。
こんなところを見られたら、嫌われちゃう…!
ボクは焦った末、ドアを背に座り込んで、下を向いて動かないようにした。
これが収まるまでごまかし通すんだ!


「お、おい大波!お前ほんとにどうしたんだよ!?」
晴川先輩は心配そうに肩に手を乗せる。
ボクは好きな人の顔を見ないよう努めて下を向き続ける。


願ってもいない状況なのに、先輩の優しさがひどくつらく思える。


「お腹か?お腹が痛いのか?」
「お腹じゃ…ないです」
「じゃあさっき転んだところが痛いのか!?なあ!」
「それも…違うんです」
晴川先輩がすごい剣幕で迫ってきて、正直に答えてしまいそうになる。


「体起こせ!見せてみろよ!」
意地でも肩を持ち上げ、ボクのお腹を見ようとする。
嫌われたくない!ボクだって意地だ。
「だめです!大丈夫ですから!」
「大丈夫ならなんでそんなに苦しそうなんだよ!」
急に肩を揺すられる。


迂闊だった。
その瞬間、ボクの体は右に倒れ込み、晴川先輩に押し倒された。腰に纏っていた我が最後の砦、腰巻きタオルがめくれて床にはたりと落ちる。
ふあっ…!という甘い吐息がボクの耳にかかる。ボクは感じたことのない高まりを覚え、更に股間を大きくしてしまった。


「ご、ごめんな。どこか打ってないか?
…えええ!?こ、これ…お前の、チ…ンコだよな…?」
終わった。
晴川先輩は、ボクの大きくなった股間を見つめてる。
こんなえっちな気持ちでいただなんて知られて、嫌われないはずはないじゃないか。
グッバイ。ボクの短すぎる初恋。自覚してから僅か2時間の見事な戦いであった。


「どうしたんだよこんなに腫らして!やっぱり転んだときにぶつけてたんじゃねえか!」
え…?
あれ?気付いてない?
ひょっとして、男の子がこういうことになるって知らないのかな。

「なんで正直に言ってくれないんだよ…心配したんだよ?」
晴川先輩の見せてくれた初めての気遣いと上目遣いに悶える。

「あの…ごめんなさい。嫌われると思って…」
「へ?なんで俺が大波を嫌うんだよ。
むしろ…俺が怖がらせたみたいで、ごめんな」
そう言って、先輩はボクの腫れたところを優しくさすってくれた。
ボクの…腫れ上がったチンコを。


たどたどしい手つきで、いたわるように上下にさすってくれてるのだ。
「は、晴川先輩!なにやってるんですか!?」
「あ!痛かったか?晴れてたからさすってたんだけど…」
「いえあの!…その、気持ちよかったです」
「ふふ、よかった」
ちょっとの間をおいて、また上下の動きが再開される。
下にさすってもらったときに、先っぽの皮が剥けて先輩の指の側面がたまに触れるのが最高に気持ちよかった。


先輩の吐息が僕にかかる度に、我慢できずに震え、足の指をぎゅっと閉じる。


そして訳の分からない腰の痺れが来た頃、後ろめたさに耐えきれなくなった。


「せ、先輩!
…ボク…ごめんなさい!」
「おいおい、悪いのは…」
違うんです!と晴川先輩の言葉を遮る。


ボクは意を決した。
「その…チンコが腫れてるのはぶつけたんじゃなくて…
ボクが晴川先輩のことが好きだからなんです!」
「はああああ!?」
言ってしまった後悔より先に押し寄せたのは今日何度目かの絶叫だった。

「え、いや、だってお前、今まで俺を男だと思ってたんだよな?」
「住宅街で妹だってごまかしてた先輩を好きになってしまったんです!」

「あああ、えっと、でも俺、男より言葉汚いし、女っぽくないじゃん」
「そんなことないです!目の前の先輩はこんなにもかわいいです!」

「えっとその、男ってそういう風にチンコが腫れ上がるものなのか?」
「よく分かんないんですが、先輩をかわいいと思ったらこうなりました!」



やってやった。ボクは少しの恥ずかしさと、それ以上の達成感を得る。
そして先輩は、真っ赤にした顔を手で覆う。
「はははなんか暑くてのぼせたみたいだ。俺たち風呂場で何やってるんだって話だよな。出ようぜ大波!」
しどろもどろの先輩が取り繕う。
「晴川先輩、髪洗ってる途中ですよ?」
「う、うるせえばか!ああもう、どうすりゃいいんだよ!」


「あの…ボク、もう一回先輩にさすってもらいたいんです」
「ヘンタイ!分かったから床のタオル巻いてくれ!」

ここまで来たら後には退けない。なにより真っ赤になって慌てる先輩は信じられないほどかわいいんだ。
「でも、ボクがこうなったのは先輩がかわいいせいなんですよ?」
「くうぅ…っ
ち、ちょっとだけだからな!」


キャプテンの正義感を利用したようで少しだけ後ろめたかったが、逆にその後ろめたさが何とも心地よく感じられた。
ヘンタイっていうのも間違ってないみたいだ。


さっきまでの優しい表情ではなく、恥ずかしそうに、そしてちょっと恨めしそうにこっちを見ながらさすってくれる。
「先輩…気持ちいいですよ」
「うるさい、ばか」


それからしばらく先輩はボクをさすってくれたけど、いい加減疲れてきたのか、もともとたどたどしかった動きが緩慢になってきた
「なあ…これ、いつまで続ければいいんだ?」
「…ぼ、ボクが最高に気持ちよくなるまで、ですか?」



「だからそのためにずっとこうやってるじゃねえか!お前、そろそろ怒るぞ!」
や、やばい!晴川先輩すごく怒ってる!そろそろじゃなくてとっくに怒ってるよ!
ボクは逃げようと足をバタつかせる。

すると奇跡が起こった。
晴川先輩を包んでいたタオルの端にボクの足が引っ掛かり、タオルが床に落ちたのだ。
「てっ、てんめー!俺は本当に怒ったからな!」
わざわざ宣言する晴川先輩の声は聞こえず、ボクは先輩の体に釘付けになる。
今まで以上の高ぶりを感じた。


「聞いてるのか大波!」
そう言って注意を促そうとしたのか、ボクのチンコを強く握りしめた。
「!うわ、だめです先輩!なんかきます!」
一体、ボクに何が起こっているのかが分からない。未知の感覚に見舞われている。
「なにがくるんだよ!分かるように言わないと恐いぞ!」
更に強く握られる。こんなの、もう耐えられない。
「先輩!やめてください!すごくまずいです!なんかくるんですってば!」
「お前がやれって言ったからやってるのに、急になんなんだよ!やめないぞ!お前が気持ちよくなるまでずっとこうしてる!」

晴川先輩は、ボクにトドメを刺しに来た。
ボクは抵抗できず、激しくなった先輩の責めを甘んじて受け止めてるだけだ。
「違うんです!その、気持ちよすぎるからやめないとやばいんです!」
息も絶え絶えこれだけ言うが、責めは続く。
先輩が手でボクをさするときに、先輩の小さな胸がすこしだけ揺れるのがボクをもっと熱くする。

そして身の置き場のない程の快感が襲いかかってきた。
「は、晴川先輩…っ!お願いですからやめてください!」
「やだ!お前に気持ちよくなってもらうまでやめないって言っただろ!」
「だから…!最高に気持ちよくてやばいんですってば!」
「うそつけ!気持ちよくてやばいなんてことがあるかよ!」


腰が痺れて動けなくなってきて、頭に熱さがこびりつくようだった。
ボクは好きな女の子の前でよがって叫ぶ最低な状況で、最高の快感を覚えてしまった。
なにかが、なにかが出る!分からなくて怖いけど…!
「うわあああ!先輩の、ばかー!」
「てめーばかって…
うわ!おい!なんか顔にかかったぞ!」
先輩の顔に白い液体がついていた。ボクが今出したものなのかな…
切れた息を調えながら妙に満ち足りた心持ちになったが、とりあえず晴川先輩に「ごめんなさい」と伝えた。ったく、なんて仕方なさそうな返事も嬉しい。


「おおなみーぃ…これ、なんだよ。変なにおいだしまずいし、洗っても顔が変につるつるするぜ?」
「ボクに聞かれても…分かんないです。だからやめてって言ったのに」
「だああ!だったら何でやめて欲しいのか言えよ!」
「だからなんで白いのが出てきたのも分からないんです!」
「開き直るなばか!」
その後ボクたちは軽い言い争いをした。全裸で。
晴川先輩は、自分のせいでボクが変になったからっていう責任感だけじゃなくて、ボクに告白されて嬉しかったからしてくれたらしい。


「だったら何で怒ったりしたんですか?」
「う、うるせーな。
…あんなこと言われたの初めてだったんだよ。男友達はみんな俺のこと男扱いするからよ」
「だったら、ボクと友達になりませんか?」
「待て。それは男友達としてか?」

ボクはまた意を決して、こう応えた。
「いいえ。ボーイフレンドとして、です」

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