最終更新:ID:fn8OzR7k8Q 2008年01月09日(水) 19:24:01履歴
何が起こった?――――小波は困惑していた。思考が停止していた。今するべき事――――何も思い浮かばない。
目を開けると隣で奈津姫がすやすやと吐息を立てていた。甘ったるい体臭。腕には柔らかな感触――――ふくよかな胸が押し当てられている。
目眩がした。身に覚えは無かった。奈津姫とは良好な関係を築いていたが、少なくともこんな仲ではなかった。
武美に愛を誓った。武美とこの街で一緒に暮らすと決めたはずだった。
奈津姫に手を出す意味が分からなかった。今の生活――武美との二人での生活――に十分すぎるほど満足していた。何もかもが満ち足りていた。だからこそ訳が分からなかった。
小波は違和感に気付き、辺りを見回す――――リヴィングだった。二人でソファーで寝ていた。
「何でこんな場所で寝てるんだ?」
思わず口から漏れた言葉。些細な情報が更に小波を混乱させた
奈津姫を起こさないように細心の注意を払いソファーに座る。だが、痛みが邪魔した。少し動くだけで強烈な頭痛が襲った。頭をグラグラと揺さぶられているようだった。
(ぐッ………なんだ……二日酔いか?酒なんて最近飲んで………!!)
酒というキーワード――――少しだけ昨夜のことを思い出す。
昨日は三人で酒を飲んだ、バカ騒ぎをした。それから先は記憶に靄がかかっていた。
(酔っ払ってそのまま寝たんなら、なんで俺たちは裸なんだよ……やっぱヤッちまったのか?)
自問自答――――応えは返ってこない。
「やっと起きたんだ………それはそうと二日酔いひどいでしょ?水飲まない?」
武美の声、痛みとともに頭の中に響いた。顔を上げると武美がいた。手に水の入ったグラスを持っている。
「あぁ、頭が痛くてたまらないんだ」
武美の手からグラスを奪い水を流し込む。
「お〜、すごい飲みっぷりだね〜、おかわりは?」
「悪いな……それじゃあ、もう一杯貰っとくよ」
「はいはい、ちょっと待っててね〜」
陽気な声を残し、武美はグラスを手に台所へ消えた。
「だいぶ……とまでは言わないが、少しは楽になったな」
少しだけクリアになった思考回路、回転させる。
この現状を見ても一切驚きを見せなかった武美、不思議でたまらなかった。
(もしかして、さっきの水の中に何か入ってたりしてな…………やべえ、飲むんじゃなかった)
風来坊さんが誰かのものになるくらいなら、殺しちゃうかもしれない――――武美が以前口にした言葉。すぐに冗談だと言って笑い飛ばしたが、笑えやしなかった。冗談には見えなかった。
漢方薬の力、未知の力、だが効果は折り紙付きだった。
(水なんて飲まないでさっさと聞いとくべきだったな)
小波は顔に手を当て、呻いた。武美が水を汲みに行って帰ってくるまでの数十秒が果てしなく長く感じた。
「はい、どうぞ」
グラスを受け取った。だが手はつけられない。遅いかもしれないが、万一の可能性を考慮しての事だった。
「ありがと、武美。あーー……悪いんだけどさ、何で俺は奈津姫さんと一緒に寝てるんだ?」
武美、一瞬だけ顔をしかめた、目を伏せた。だが、すぐにいつもの武美に戻る。
「昨日のこと覚えてないんだ?」
「ぜんぜん駄目だ、酒を飲んで騒いだ事くらいしか覚えてない」
「えーとね、見ての通り小波さんがなっちゃんとエッチしたからだよ」
「マジか?」
「マジマジ。小波さんかなり酔っててね、理性が飛んでたのかな?いや〜凄かったよ」
「……俺恋人いるのに、浮気して未亡人に手を出したのかよ」
罪悪感が小波の良心をきつく締め付けた。自身を呪った。愚かな行為を悔いた。
「ほんとに覚えてないんだ。誘ったのはなっちゃんだよ」
「そうなのか?どうもそうは見えないけどな………」
「なっちゃん素直じゃないからね〜、お酒でも入らないと小波さんのことが好きだなんて言い出せなかったんだよ」
「俺を好きだ?何バカな事言ってんだよ」
「気付かない、か……あたしの時もだったけど、小波さんってかなり鈍感だよね」
言い返せない――――告白されて初めて好意を持たれていると気付いた。告白されてようやく自分の気持ちに気付いた。
「………まぁ、仮に奈津姫さんが俺の事を好きだったとしても、酒の勢いで抱くなんて最低な行為だ」
「そう?これでよかったんじゃない?なっちゃんだったらあたしは気にしないし。もっと柔軟に生きないと」
頭が痛んだ――――少なくとも二日酔いのせいではなかった
「はぁ、もういい………そういやぁ、武美はどこに行ってたんだ?」
「カンタ君にご飯作ってあげてたの、ほらママがそこでオヤスミ中だし」
「………まさか今からカンタが来たりとかしないだろうな」
「あはは、それはないない。まあ、新しい家族は増えるかもね。って言っといたけどね」
「なに言ってん………つっ」
突然目の前が歪んだ、頭がふらつく。手に持ったグラスを盛大にぶちまけた。
「………やっと効いてきたんだ」
「なに入れやが……った」
「あーあー、絨毯グチャグチャだよ」
ぶちまけられ水――――絨毯が全て吸収していた。塗れた絨毯は黒く変色している。
「…応えろ…よ」
「………睡眠薬だよ。なっちゃんにもさっき飲ませたから、二人ともお昼くらいまでは絶対に起きないよ、あたし特製だからね〜」
「……どう…する気…だ?」
「大神の奴らに見つかっちゃってね、あたしこの街にいられなくなったんだ。だからさ、みんなの記憶を消してこの街から消えるの。って言っても、最後に小波さんの記憶を消しておしまいだけどね」
「だっ…たら…俺…も……」
「ダメだよ、あたし達の世界に普通の人間が踏み込んじゃいけないの」
「……ふ…ざ………けん……な…………」
「ふざけてなんかないよ」
武美は歌うように言った――――強がっている。内心は怯えきっている。恐怖で埋め尽くされている。
「本当に良いの?」
誰かの声が聞こえた。奥から誰かが入ってきた、長髪の女――――見たこともない女だった。
「うん……しょうがないよ…………」
何かをされた訳でもなかった。だが次第に記憶が希薄になっていく。何もかが消えていく。
「……や……………め…………ろ…………」
「ごめんね、なっちゃんとお幸せに」
不意にキスされる。唇が触れ合うだけの、子どもっぽいキス。
「バイバイ………大好きだったよ」
武美の声――――泣きそうな声だった。
声が出ない。喉が震えない。体に上手く力が入らない。視界が霞む。意識が今にも飛びそうだった。それでも、拳を力いっぱい握りしめた。
ブチッ―――手のひらの肉が切れた。苛烈な痛み――――一瞬だけ意識が戻った。
「っ……た…武美………行くな………武美!!………武美!!!!…武美……た…け……み…………」
小波の意識――――すぐにブラックアウトした。
「武美、これで本当に良かったの?」
「…………分かんない。何が正しいかなんてあたしには分かんないよ」
武美の悲痛な叫び。女は武美を抱き寄せ、優しく頭を撫でた。
「私達も泣ければいいのに」
「くやしいなぁ……友子…………くやしいよ」
数年がたった。奈津姫は小波と再婚した。新たに子どもが産まれた。何もかもが順調だった。幸せな日々を送っていた。
「父ちゃんに手紙来てるでやんす」
カンタの声に振り返る。一通の手紙を受け取る――――差出人不明の手紙、配達日の指定された手紙。
「ずいぶんと可愛い手紙ね………あなたの昔の恋人とか?」
「いやいや、何を疑ってるんだ?それにしても、ここに俺が住んでるなんて知ってる奴はいないはずなんだが」
(………何だ?何かが引っかかるな)
小波は手紙を開き、目を通す。
「突然いなくなって、ゴメンナサイ。
でも、あなたを巻き込めないから。
たぶんこの手紙が届く頃には、もう会えないから 武美」
(どう言う意味だ?そもそも武美って誰だ?)
「へぇ〜…それであなた………この人、武美さんとはどう言った関係なの?」
「母ちゃん……怖いでやんす」
「いや、だから知らないって。人違いじゃないのか?……ん、写真も入ってるな」
四人が楽しげに写った写真――――小波と奈津姫とカンタ、そしてもう一人――――誰かが写っていた。
「誰?……この女の人が武美さん?どうして私たちと一瞬に写ってるの?」
「分からない……分からないけど、俺は武美の事知ってるんだ。覚えているんだ」
「?」
奈津姫とカンタは不思議そうに首を傾げた。
小波自身にも何故そんな事を口にしたのか分からなかった。
不意に涙が零れた。涙が溢れた。何故かは分からなかった。小波は声をあげて泣いた、泣き続けた。
目を開けると隣で奈津姫がすやすやと吐息を立てていた。甘ったるい体臭。腕には柔らかな感触――――ふくよかな胸が押し当てられている。
目眩がした。身に覚えは無かった。奈津姫とは良好な関係を築いていたが、少なくともこんな仲ではなかった。
武美に愛を誓った。武美とこの街で一緒に暮らすと決めたはずだった。
奈津姫に手を出す意味が分からなかった。今の生活――武美との二人での生活――に十分すぎるほど満足していた。何もかもが満ち足りていた。だからこそ訳が分からなかった。
小波は違和感に気付き、辺りを見回す――――リヴィングだった。二人でソファーで寝ていた。
「何でこんな場所で寝てるんだ?」
思わず口から漏れた言葉。些細な情報が更に小波を混乱させた
奈津姫を起こさないように細心の注意を払いソファーに座る。だが、痛みが邪魔した。少し動くだけで強烈な頭痛が襲った。頭をグラグラと揺さぶられているようだった。
(ぐッ………なんだ……二日酔いか?酒なんて最近飲んで………!!)
酒というキーワード――――少しだけ昨夜のことを思い出す。
昨日は三人で酒を飲んだ、バカ騒ぎをした。それから先は記憶に靄がかかっていた。
(酔っ払ってそのまま寝たんなら、なんで俺たちは裸なんだよ……やっぱヤッちまったのか?)
自問自答――――応えは返ってこない。
「やっと起きたんだ………それはそうと二日酔いひどいでしょ?水飲まない?」
武美の声、痛みとともに頭の中に響いた。顔を上げると武美がいた。手に水の入ったグラスを持っている。
「あぁ、頭が痛くてたまらないんだ」
武美の手からグラスを奪い水を流し込む。
「お〜、すごい飲みっぷりだね〜、おかわりは?」
「悪いな……それじゃあ、もう一杯貰っとくよ」
「はいはい、ちょっと待っててね〜」
陽気な声を残し、武美はグラスを手に台所へ消えた。
「だいぶ……とまでは言わないが、少しは楽になったな」
少しだけクリアになった思考回路、回転させる。
この現状を見ても一切驚きを見せなかった武美、不思議でたまらなかった。
(もしかして、さっきの水の中に何か入ってたりしてな…………やべえ、飲むんじゃなかった)
風来坊さんが誰かのものになるくらいなら、殺しちゃうかもしれない――――武美が以前口にした言葉。すぐに冗談だと言って笑い飛ばしたが、笑えやしなかった。冗談には見えなかった。
漢方薬の力、未知の力、だが効果は折り紙付きだった。
(水なんて飲まないでさっさと聞いとくべきだったな)
小波は顔に手を当て、呻いた。武美が水を汲みに行って帰ってくるまでの数十秒が果てしなく長く感じた。
「はい、どうぞ」
グラスを受け取った。だが手はつけられない。遅いかもしれないが、万一の可能性を考慮しての事だった。
「ありがと、武美。あーー……悪いんだけどさ、何で俺は奈津姫さんと一緒に寝てるんだ?」
武美、一瞬だけ顔をしかめた、目を伏せた。だが、すぐにいつもの武美に戻る。
「昨日のこと覚えてないんだ?」
「ぜんぜん駄目だ、酒を飲んで騒いだ事くらいしか覚えてない」
「えーとね、見ての通り小波さんがなっちゃんとエッチしたからだよ」
「マジか?」
「マジマジ。小波さんかなり酔っててね、理性が飛んでたのかな?いや〜凄かったよ」
「……俺恋人いるのに、浮気して未亡人に手を出したのかよ」
罪悪感が小波の良心をきつく締め付けた。自身を呪った。愚かな行為を悔いた。
「ほんとに覚えてないんだ。誘ったのはなっちゃんだよ」
「そうなのか?どうもそうは見えないけどな………」
「なっちゃん素直じゃないからね〜、お酒でも入らないと小波さんのことが好きだなんて言い出せなかったんだよ」
「俺を好きだ?何バカな事言ってんだよ」
「気付かない、か……あたしの時もだったけど、小波さんってかなり鈍感だよね」
言い返せない――――告白されて初めて好意を持たれていると気付いた。告白されてようやく自分の気持ちに気付いた。
「………まぁ、仮に奈津姫さんが俺の事を好きだったとしても、酒の勢いで抱くなんて最低な行為だ」
「そう?これでよかったんじゃない?なっちゃんだったらあたしは気にしないし。もっと柔軟に生きないと」
頭が痛んだ――――少なくとも二日酔いのせいではなかった
「はぁ、もういい………そういやぁ、武美はどこに行ってたんだ?」
「カンタ君にご飯作ってあげてたの、ほらママがそこでオヤスミ中だし」
「………まさか今からカンタが来たりとかしないだろうな」
「あはは、それはないない。まあ、新しい家族は増えるかもね。って言っといたけどね」
「なに言ってん………つっ」
突然目の前が歪んだ、頭がふらつく。手に持ったグラスを盛大にぶちまけた。
「………やっと効いてきたんだ」
「なに入れやが……った」
「あーあー、絨毯グチャグチャだよ」
ぶちまけられ水――――絨毯が全て吸収していた。塗れた絨毯は黒く変色している。
「…応えろ…よ」
「………睡眠薬だよ。なっちゃんにもさっき飲ませたから、二人ともお昼くらいまでは絶対に起きないよ、あたし特製だからね〜」
「……どう…する気…だ?」
「大神の奴らに見つかっちゃってね、あたしこの街にいられなくなったんだ。だからさ、みんなの記憶を消してこの街から消えるの。って言っても、最後に小波さんの記憶を消しておしまいだけどね」
「だっ…たら…俺…も……」
「ダメだよ、あたし達の世界に普通の人間が踏み込んじゃいけないの」
「……ふ…ざ………けん……な…………」
「ふざけてなんかないよ」
武美は歌うように言った――――強がっている。内心は怯えきっている。恐怖で埋め尽くされている。
「本当に良いの?」
誰かの声が聞こえた。奥から誰かが入ってきた、長髪の女――――見たこともない女だった。
「うん……しょうがないよ…………」
何かをされた訳でもなかった。だが次第に記憶が希薄になっていく。何もかが消えていく。
「……や……………め…………ろ…………」
「ごめんね、なっちゃんとお幸せに」
不意にキスされる。唇が触れ合うだけの、子どもっぽいキス。
「バイバイ………大好きだったよ」
武美の声――――泣きそうな声だった。
声が出ない。喉が震えない。体に上手く力が入らない。視界が霞む。意識が今にも飛びそうだった。それでも、拳を力いっぱい握りしめた。
ブチッ―――手のひらの肉が切れた。苛烈な痛み――――一瞬だけ意識が戻った。
「っ……た…武美………行くな………武美!!………武美!!!!…武美……た…け……み…………」
小波の意識――――すぐにブラックアウトした。
「武美、これで本当に良かったの?」
「…………分かんない。何が正しいかなんてあたしには分かんないよ」
武美の悲痛な叫び。女は武美を抱き寄せ、優しく頭を撫でた。
「私達も泣ければいいのに」
「くやしいなぁ……友子…………くやしいよ」
数年がたった。奈津姫は小波と再婚した。新たに子どもが産まれた。何もかもが順調だった。幸せな日々を送っていた。
「父ちゃんに手紙来てるでやんす」
カンタの声に振り返る。一通の手紙を受け取る――――差出人不明の手紙、配達日の指定された手紙。
「ずいぶんと可愛い手紙ね………あなたの昔の恋人とか?」
「いやいや、何を疑ってるんだ?それにしても、ここに俺が住んでるなんて知ってる奴はいないはずなんだが」
(………何だ?何かが引っかかるな)
小波は手紙を開き、目を通す。
「突然いなくなって、ゴメンナサイ。
でも、あなたを巻き込めないから。
たぶんこの手紙が届く頃には、もう会えないから 武美」
(どう言う意味だ?そもそも武美って誰だ?)
「へぇ〜…それであなた………この人、武美さんとはどう言った関係なの?」
「母ちゃん……怖いでやんす」
「いや、だから知らないって。人違いじゃないのか?……ん、写真も入ってるな」
四人が楽しげに写った写真――――小波と奈津姫とカンタ、そしてもう一人――――誰かが写っていた。
「誰?……この女の人が武美さん?どうして私たちと一瞬に写ってるの?」
「分からない……分からないけど、俺は武美の事知ってるんだ。覚えているんだ」
「?」
奈津姫とカンタは不思議そうに首を傾げた。
小波自身にも何故そんな事を口にしたのか分からなかった。
不意に涙が零れた。涙が溢れた。何故かは分からなかった。小波は声をあげて泣いた、泣き続けた。