「えーと、他に要る物は牛乳と卵と…」

スーパーの商品を一つ一つじっくりと品定めする。
自分で食べる時は適当に済ましちゃうけど、今日は十二波さんに食べてもらう日なので
気合いも入るというものだ。
既に私達二人は結ばれているとはいえ、油断は禁物。
夫婦円満の秘訣は、旦那の胃袋を掴む事だと掲示板にも書いてあったしね。
…夫婦かぁ〜いつか二人で暮らす日が待ち遠しいなぁ。

「いつまで悩んでるんですか漣先輩。料理する時間が無くなっちゃいますよ!」

「まぁまぁ瑠璃ちゃん。愛しい人の為に美味しい料理を作ってあげたいという浅井さんの気持ちを汲もうじゃないか。
 そりゃあ瑠璃ちゃんは殆ど通い妻状態だから、今更料理作るのに新鮮味は無いだろうが」

「だ、誰が通い妻です誰が!あ、あれはアパートが隣だから作り過ぎた料理を処理して貰ってるだけで…
 そ、それを言うなら鈴ちゃんこそ、いいかげんマンネリになってるんじゃないですか?」

「そんな事は無い。運命を越えた私と十波の絆は永遠だ。
 遠征から帰って来る十波に手料理を振舞うのを、いつも心待ちにしている。
 …もうすぐ振舞う相手も増えるしな」

「む、むぅ………羨ましい」

一緒に買い物に来た二人が何か喋っているが、私の耳には届いていない。
私の料理を食べて、美味しいと笑顔になる十二波さんを想像して、私の顔もニヤけてくる。
いやー幸せってこういう時間の事を言うんだろうなぁー…ん?

「これは………」

ルンルン気分だった私の視界に、一つの果物が目に止まった。
相場は知らないけど、特売と書いてあるし、多分かなり安いんだろう。
そんな所帯染みた思考と同時に、高校生の時の懐かしい会話が頭によぎる。

「…デザートに丁度良いかな」

当時の初々しい会話と、今の知識が組み合わさって妄想が一瞬で展開して行き
三秒後にはそれを手に取って、カゴの中に入れていた。

「フフフ…これはご飯の後が楽しみだ♪」

そんな独り言を漏らして、広がる笑みを抑えきれず俯いてフフフと笑う。
それじゃあ早く十二波さんの元へと急ぎますか!





「うーん、お腹いっぱいだ。ありがとう漣、最高に美味しかったよ」

お米の一粒も残さずに十二波さんは私の作った料理を全て平らげ、期待通りの最高の笑顔を私に向ける。
これだけで頑張って作ったのが報われるというものだ。

「お粗末さまでした。でもですね十二波さん、まだデザートが残ってるんですよ」

「え、本当?それは嬉しいな、丁度甘い物が欲しかったんだよ」

「フフフ、それは良かったです。それじゃあちょっと待ってて下さいね」

そう言って私は冷蔵庫に向かい、冷やしておいたそれを氷と一緒にお皿の上に盛り付ける。
何も調理はしていないけど、これだけで美味しそうに見える。
瑞々しい赤い体。
産まれ持ったその才能は、果物としてかなり上位に来そうだ。

「お待たせしました〜」

コトンと机の上にそれを置く。
野球中継を見ていた十二波さんが振り返って、それを見る。

「これは…さくらんぼ?」

「ハイ!特売で美味しそうだったので買ってみました」

お皿の上にあるのは山盛りのさくらんぼ。
二人分としてはちょっと量が多いかもしれないけど、勢い余って買い過ぎてしまった。
これでもさっき使った分は減ってるんだけどね。

「さくらんぼ………チェリーか…」

「?どうしたんですか、十二波さん」

十二波さんが一瞬表情を暗くして、何かボソっと呟いた。
どうしたんだろう?さくらんぼ嫌いだったのかな?

「い、いや。なんでもないよ。さくらんぼかぁ美味しそうだね。
 最近は食べてなかったからなぁ」

「ですよね〜あまり自分で買って食べようと思う物では無いですもんね」

「プリンとかに乗ってるのを食べる位かな?」

「たしかによくありますよね。そういう時のさくらんぼは凄く地位が上がってる気がします。
 ショートケーキのイチゴ的な感じで」

「知ってるか、漣。ショートケーキのショートは短いって意味じゃなくて
 脆いって意味らしいぞ?元々は生地がスポンジじゃなくてクッキー生地だったからとか何とか」

そんな会話をしながら、十二波さんがさくらんぼに手を伸ばす。
フフフ、口に入ったら作戦開始といきますか。

そう、さくらんぼを用意したのはこの作戦の為。
スーパーで手に取った時に一瞬で構築した、ロマンチックなムード作りの為の布石だ。
思い出すのは高校生の時の思い出。
理事長の家に遊びに行った時に、桜華ちゃんと交わした会話だ。



「ねえねえ桜華ちゃん」

「何ですか?漣お姉さま」

「この漫画のここ見てよ!さくらんぼの茎を口の中で結べる人はキスが上手なんだって!」

「は、はぁ。そうなんですの…」

「あれ?リアクション薄いなぁ。さくらんぼだよ?桜の木の実だよ?桜華ちゃんの名前の木だよ?」

「そ、それは分かってますけど。そんな、キ、キスだなんて。は、はしたないですわ漣お姉さま!」

「え〜私は桜華ちゃん位の時から、素敵な王子様とのキスは夢見てたけどなー
 ねぇねぇ今から二人で練習してみようよ!」

「い、今からですの!?というか私も!?
 で、でも残念ですが、今家の中にさくらんぼなんてありませんわ。
 残念ですけど、それは漣お姉さま一人でご自分の家でやっていただけれ― ガチャ 

「おーい、桜華に漣さん。最高級のさくらんぼを貰ったから一緒に食べよう」

「ナイスタイミングです理事長!」

「も、もうお父様ったら!!」



そうやって、舌が動かなくなるまで練習したなぁ。懐かしい思い出だ。
流石にその日から時間経ってるから、勘を取り戻せるか心配だったけど
さっき家で頑張って練習したから、それもバッチリだ。
瑠璃花ちゃんと五十鈴ちゃんにも一緒にやろうって誘ったんだけど、恥ずかしいって断られちゃった。
でも二人がこっそり自分の買い物カゴにさくらんぼを入れていたのを、私は見逃さなかったけどね。
今度からかってあげようっと♪

そして、その思い出から発展させた作戦。
まず「そうえば、さくらんぼの茎を結べる人はキスが上手いって言いますよね」と私が言う。
そして、どっちが早く結べるかの勝負を提案。
そうすれば十二波さんは負けず嫌いな所があるから、必ず受けてくれるハズ。
でも、これは簡単な事じゃない。
十二波さんは悪戦苦闘してる間に、私がさらっと結び終える。
そこで私が勝ち誇った笑みを十二波さんに向けて

「もーダメですねー十二波さんは。それじゃあ私が舌の使い方をレクチャーしてあげますよ」

って言って、わ、私が十二波さんの舌を好き放題!二人の舌で固結び!
キャーキャー!それ良い!凄く良い!私から攻めるっていうのも一度やってみたかったし!
さぁ十二波さんが手に取った。今だ!

「そ、そうえばですねね、十二波さささん。しゃくらんぼの茎ってぇ痛っ!

「ど、どうした漣!?そんな汗かいて鼻息荒くして…それと舌大丈夫か?」

「だ、大丈夫です。気にしないで下さい」

うぅ…舌噛んじゃった。
落ち着け落ち着け私。深呼吸してー………良し。

「十二波さん、さくらんぼの茎を口の中結べる人はキスが上手いって知ってます?」

「ん、あぁ。何かで聞いた事あるな」

「ちょっと勝負してみません?どっちが先に結べるか」

出来るだけさりげなさを装って、思い付きの様に言うのがポイントだ。
この為に一日潰したなんて知られたら、はしたない女だと思われちゃうかもしれないしね!

もし断られたらどうしようと、実は心臓はドキドキしてたけど
十二波さんは目論見通りに軽く了承して、茎を手に取ってくれた。
よし、ここまでは作戦通り。
後は私が苦戦する十二波さんを尻目に圧勝するだけ!

「それじゃあいきますよ。位置について…用意…スタート!」

二人同時に茎を口に入れる。
私の自己ベストは12.3秒。
まぁでも口をモゴモゴさせる十二波さんの可愛い姿も堪能したいからちょっとゆっく「ペッ」

!?

「出来たぞ。俺の勝ちだな、漣。でも簡単だなコレ、こんなの誰でも出来るだ…ど、どうした漣!?」

ずずずーん、と膝を抱えて蹲る私。
そ、そんな馬鹿な……まだ3秒も経ってないのに……。
今日の苦労は何だったんだと、疲労と憔悴が一気に私の体に押し寄せる。

「ホ、ホントにどうしたんだ漣?今日何かちょっとおかしいぞ?」

慌てた様子で私に声をかける十二波さん。
私はそれに応える気力も無く、一言だけ返す。


「……………すけべ」





浅井漣が色々と打ちひしがれた同時刻に、二軒程同じ様な事をして同じ様な結果に終わった家があり
そこにも同じ様に打ちひしがれる女が居たとか居なかったとか。

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