「おーい!天本さん!」
日の出島の海岸沿い、沈没船の側に自分は一人でぼうっとしていた。
そんな自分を見つけたのか、元気な青年の声が聞こえる。
「あら?河島さんではないですか」
彼の名前は河島廉也。
一年前にこの日の出高校に転向してきて、野球部に入った男だ。
そして慰霊碑を倒して呪いをかけられた者…。
「偶然ここを通りかかったら天本さんを見つけてね。
天本さん、何をしているの?」
「私は…、ちょっと散歩にきていました。
そしてここで海を見ていたんですよ」
「そう…、だったら一緒に見てもいいかな」
「ええ…」
彼が自分の隣にそっと立つ。
その顔を見ながら、自分は思い出す。祖母に見せてもらったあの写真を。
(やっぱり、恐ろしいほどあの人にそっくりだわ…。おばあ様の…)
彼に呪いをかけているのは自分の祖母である天本セツ。
祖母のかつての恋人であるのは当時の日の出高校野球部キャプテンの河島廉也。
彼と同姓同名の人物だ。
(おばあ様は今も若い頃のロマンスのことばっかり。
だから私はおばあ様が嫌いだった。だから野球部には勝って欲しくない。
でも、どうしてかしら?
どうして貴方の顔を見ると心が安らぐのかしら…?)


「ねえ、河島さん。これから何かがおきると思いませんか?」
心の中の戸惑いを抑えながら話題を出した。
「え?…うーん…確かに何か起こりそうだよね」
「そうですよね…ふふふ」
笑って彼をごまかして、自分を安心させていた。
そんな中、何か小さな音が連続して聞こえる。
「な、何かしら…」
「これって…」
彼がそう言った途端、地面から大きな揺れが始まる。
「うわあっ!」
「きゃああっ!」
大きな揺れに体のバランスが保てなくて自分が倒れようとした時に、
彼は自分の体をがっしりと受け止めていた。
「天本さん、大丈夫?」
「すみません…」
少し大きな地震だったようだ。揺れは治まる。
自分を抱きとめている腕は野球の練習を積み重ねていてとても逞しそう。
その腕から感じられる熱に少しぼうっとしていた。
しかし、ふっと思いついたところでそれは消える。
「ちょっと待ってください。地震の時の海って……」
「もしかして…」
激しい音とともにその予感は的中する。
大きな津波が自分達を襲おうとしているではないか!
「に、逃げろおおおおっ!」
自分達は必死で陸に戻ろうとするが、間に合うはずもなく、
「きゃあああああああっ!」
飲み込まれていった…。


「こほっ!こほっ!」
数分後、なんとか生きてきた自分はやっと海岸まで辿り付いた。
しかし…彼の意識はなかった。
「河島さん!しっかりしてっ!河島さんっ!!」
そうやって自分は彼の名前を呼ぶものの反応はなかった。
そして彼の体を見て呼吸をしていないだけでないことがわかった。
彼の右腕が血まみれだったのだ。
(まさか津波に巻き込まれた時に浅瀬にぶつけて…)
「さっきの地震はきつかったでやんす…。あれ…あー!」
陸から眼鏡の男がやってきた。彼の同級生で野球部のチームメイトの山田だ。
「天本さん…それに河島くんが大変でやんす!」
「山田さん!すぐに河島さんのお父さんを呼んでください!」
「わかったでやんすっ!」
山田が急いで駆け去った後、自分は再び彼を見た。
(どうにかしてはやく助けないと……ちょっと待って)
そんな中、自分の頭の中にある考えが浮かんだ。
(このまま見殺しにしたほうが…私にとっては…)
自分は野球部には勝ってほしくない。それより祖母の思い通りになるのが嫌いだ。
野球部が勝たなければ彼は祖母によって神隠しにされる。それは死ぬのと同じだ。
このまま見殺しにしたほうが…。
(お母さんっ!お母さんっ!!)
あの時を思い出して自分ははっとなった。
裏山で自分の身を燃やして命を捨てた母のこと…。
そしてその母を捨てた顔もしらない自分の父…。
今やっていることは父と同じじゃない…!
(やっぱり駄目、見捨てるなんてできない…!)
まずは右腕から流れている血を止めなきゃ…でもどうやって…?
止血用の道具なんか持ち合わせていない…。
(恥ずかしいけど…しかたないわ…)
そう思った自分は…。
自分の服を引き裂いた……。


引き裂いた自分の服を適当に折る。
それによって出来たものを、彼の右腕に回しつけた…。
(これで止血はできたわ…あとは…)
自分の顔を彼の顔に近づけた…呼吸をしていない彼…。
こんなことをするのは始めてで体中が熱くなって胸がどくんどくんと響く。
「すー…」
大きく息を吸って…。
自分の口を彼の口に覆って…、
「はー…」
息を吹き込む。
「すー…」
再び息をすって口に覆って
「はー…」
息を吹き込む。それを繰り返した。
「はあ、はあ、はあ、はあ…」
何回か繰り返しても彼は一向に吹き返すことをしない。
自分も何度も繰り返して息があがってきた…、でもあきらめたら駄目…。
再び息を吸って吹き込もうとしたら…。
「う…天本さん…?…!?」
「え……?」
「天本さん…その格好…何…?」
自分と彼の体制を周りからみたらきっと固まるだろう。
自分は今、彼の唇に自分の唇を当てようとしていて、
しかも自分は上着を脱いだ状態だ。つまり半裸…。
さっきまで必死だったので気づいてなかったけど…。
「……」
「えーっと…」
自分も彼も固まってしまっていた…。



「二週間は右腕をつかった練習はしないこと、わかったか廉也?」
「うん…」
「でも、無事でよかったでやんすね。天本さんのおかげでやんす」
「そうだね、天本さん、ありがとう…」
「ええ…」
彼の父と山田が助けにきてしばらくした後、そんな話をしていた。
「すっかり遅くなりましたね」
「神社まで送るよ」
「はい、お願いします」
そんなことで再び二人きりになった自分達。
二人とも何も言わずに帰り道を歩く…。
「すみません…」
「天本さんは悪くないよ…。
でも天本さん…本当にあれしかなかったの?」
そのことを聞かれて少し体が熱くなった。
「あの時は必死で…こうするしかないって思ってたから…」
「俺の服を使えばよかったんじゃ…」
そう言われて自分ははっとして…そのまま黙り込んだ。
「…………………」
「ごめん…」
自分の体は完全に熱くなってしまっていた…。


「天本さんは何座だっけ?」
数週間後、彼からデートの誘いが来て自分はそれを了承した。
街の中を一緒に歩いている中、彼が尋ねてきた。
「星座ですか?えっと、十月二十五日だからさそり座ですね」
「物静かだけど情熱的、だったっけ?」
「ふふ、それではあまり当たってはいませんね。情熱的というのはちょっと…」
「でもあの時は情熱的だったよね?」
少し強調して彼は言ったので少し頬を赤く染めた。
「あの時のように、何か熱中できるものが見つかれば変わるんじゃないかな?」
「私が、ですか?うーん…」
今自分が熱中できるもの、そう考えているとすぐに思いついた。
「じゃあ河島さんで」
「は?」
きょとんとなった彼に対して自分は半分は作り物の、半分は本物の笑顔で言った。
「熱中させてくださいね?」
この言葉は本心から言った言葉だった…。

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