１９９５年（平成7年）6月6日
岡山城築城400年記念「岡山城天下取り物語」 岡將男
まえがき
戦国時代末期から江戸時代にかけて、岡山城は天下の大きな動きとともにありました。宇喜多直家は戦国の梟雄の一人として、権謀術数を極めて備前を統一し、その妻となったお福は大変魅力的女性だったらしく、直家との間に秀家を生んだのです。直家没後お福は豊臣秀吉のパートナーとなり、その縁で秀家は秀吉の子として遇され、天下人の子にふさわしく岡山城とその城下町がつくられました。また秀吉は養子として幼い時から育てた前田利家の娘の豪姫を秀家に嫁がせたのです。やがて五大老の一人となった秀家は、宇喜多家の内紛で多くの重臣を徳川家康に奪われ、そんな中で関ヶ原の合戦がおきて秀家は八丈島に流されてしまいます。西軍から東軍に寝返った小早川秀秋が岡山城主となりますが、すぐに急死し、岡山城には家康の外孫池田忠継がはいりました。家康の娘富子と毒饅頭事件、坂崎出羽守と千姫の事件、池田忠雄と伊賀の鍵屋の辻の仇討ち事件等が岡山城を巡っておこり、やがて千姫の娘勝子を妻った池田光政が鳥取から岡山に入り、岡山藩の黄金時代を迎えるのです。男と女、父と子、母と子のあやなす物語が岡山城を巡って展開されるわけです。
岡山城を巡るこれらの物語は、築城４００年を機にもっと広く知られるべきですし、知ることを通して我々は将来の岡山を考えていかなければなりません。魅力的な人の生まれる町こそ天下を動かしてゆくのです。
岡山城築城400年関連事業推進協議会 ソフト事業委員会委員長 岡 将男
第1部 梟雄宇喜多直家と妻お福
�� １５３４年(天文３年)備前守護代の浦上氏の宿老であった宇喜多能家は、隠居先の邑久郡砥石城において同じ浦上配下の島村豊後守に討たれ、子の宇喜多興家・孫の宇喜多直家は城を失って放浪したのです。やがてほとぼりがさめてから、親子は当時備前最大の都市であった福岡の市の豪商阿部善定のもとに身を寄せたのです。興家は阿部善定の娘を妾として宇喜多春家・宇喜多忠家を生ませ、１５３６年(天文5年)に亡くなったのです。
福岡の市は今の長船町にあり、銘刀長船の産地に近接していました。のちに福岡藩主となった黒田長政(黒田官兵衛の子)の先祖が、もとはこの備前福岡の出身だった事から、現在の福岡の名前をつけたということです。
�� ところで能家没後、宇喜多直家の母は浦上家に奉公に上がったので、直家は邑久郡笠加村の尼寺の伯母の元で育てられました:直家は仇敵の島村豊後守の襲撃をおそれて、痴呆を装っていたということですが、１５４３年(天文12年)浦上宗景に仕えたのです。この時に能家時代の多くの家臣が戻り、翌年元服して初陣の功をあげ、邑久郡乙子城主として自立、所領300貫、足軽30人を預かったのです。
�Ｄ床箸麓磴�して才覚を発揮し、１５４９年(天文18年)には浦上宗景の命により砥石城主浮田大和を討ち、岡山市竹原の奈良部城を預けられたのです。直家は沼城主の中山備中守信正の娘と結婚しましたが、そのうち沼城周辺で頻繁に狩りを行うようになり、気のいい中山備中守は直家を沼城に泊めるようになったのです。
�� １５５９年(永禄2年)直家は謀反のうわさのあった中山備中守を討てとの宗景の命により、狩りと称して沼城に乗り込んで中山備中を謀殺、続いて祖父のかたきの高取山城主島村貫阿弥をおびきだして沼城で討ってしまいました。これを知った直家の妻は奈良部城において自決してしまったということです。
当時の結婚はほとんど政略結婚であったとはいえ、いくら主命でも馴れ親しんだ妻を自決に追いこんだ事は直家にとってかなリショックであったはずで、その後の直家は結婚を政略結婚の為と割り切って正室を持たず、側室に娘を生ませて政略結婚の道具としたのです。謀略を得意とし、肉親を平気で殺させたという梟雄宇喜多直家像というのがありますが、それは案外開き直りの結果かもしれないのです。さらに考えてみれば、領民や配下のものにとっては、大規模な合戦をしょっちゅうやられるよりも、いい領主であったかもしれないのです。また直家が若い時から苦楽を共にした譜代の家臣団を持っていたことも、謀略を可能にした原因でしょう。
続いて直家は１５６１年(永禄4年)には、金川城主松田元輝配下の龍の口城主の穝所元常が男色に目がないのにつけこみ、笛の名手岡清三郎を龍の口城の直下で毎晩笛をふかせて城に送り込み、暗殺したのです。これで岡山平野の中心部を手に入れたわけです。
�� 当時備中成羽城主の三村家親は毛利氏と結んで勢力を拡大しており、直家は美作の三星城主後藤勝基、備前金川城主松田元盛らと同盟してこれに対抗しました。１５６５年(永禄8年)美作に侵入した三村勢を直家は撃退しましたが、三村勢は帰りに勝山の高田城を攻略し、城主三浦貞勝は討たれ、その妻であったお福は子の桃寿丸と共に逃れて、やがて直家に匿われることになったのです。
�Δ�福はいわゆる作州美人でした。大変な美女であったともいわれ、またいわゆるいい女であったらしく、戦国の梟雄宇喜多直家でさえも、たちまちぞっこんに惚れ込んでしまったようです。それが証拠に三浦貞勝の仇討ちを請うお福の意に従って、１５６６年(永禄9年)直家は美作の久米郡興禅寺に滞在していた三村家親の元へ鉄砲の名人の遠藤喜三郎・又三郎兄弟を派遣し、軍議中をねらって暗殺させてしまったのです。そして直家は、お福と正室としてしまったのですから、お福はよっぽどいい女だったのでしょう。
�Р反動纏Δ棒�功した遠藤兄弟が直家に高緑で召し抱えられるに及んで、三村家では嫡男元親らが直家への復讐の念を燃やしました。１５６７年(永禄10年)3月、岡山の沢田にある宇喜多の出城、明禅寺城が侵入した三村勢に奪われ、さらにこの城を巡って三村勢2万と宇喜多勢5千の間で合戦(明禅寺崩れという)が起こり、軍略に勝る宇喜多直家が勝利をおさめたのです。お福の寝物語から岡山平野最大の合戦が起こったのですから、世の中何がおこるかわかりません。歴史は男がつくり、女が変えるというわけです。
�┗Т鄲燭領呂�主家をしのぐ程になったのを嫌う浦上宗景は、直家に不信感をつのらせる様になっていましたが、直家は我関せずと金川の松田氏攻略に着手しました。軍師角南如慶の計によって、１５６８年(永禄１１年)に直家は金川城の裏山の狩猟の許可を得て、狩猟中に反宇喜多の家老宇垣与左衛門を暗殺し、ついで松田氏の重臣で虎倉城主の伊賀左衛門久隆を味方に引き入れて謀反させ、松田元輝を滅ぼしてしまったのです。
�� １５７０年(元亀元年)直家はかねてより同盟関係にあった岡山城の金光宗高にいいがかりをつけて自害させて岡山城を乗っ取り、自らの根拠地にするべく改修をはじめました。この年が岡山の都市づくりの元年といえるでしょう。金光氏時代の石山の城郭を拡大し、北を通る山陽道を城近くに迂回させました。
同年直家は浦上宗景に相談せずに、西の大勢力である毛利元就と提携しました。毛利家では吉川元春が三村氏との義理を主張して大反対し、三村氏は結局毛利氏と絶縁し、織田方につくこととなったのです。あらゆる意味で宇喜多氏が備前を代表する勢力となったのがこの年であったわけです。またこの年直家とお福の間に長男秀家が生まれました。
�� １５７３年（天正元年）岡山城の一応の改修が終わり、宇喜多直家は本拠地を岡山に移しました。翌１５７４年(天正2年)１２月宇喜多勢1万は、三村氏に義理立てする吉川勢を除いた小早川隆景軍とともに三村氏の諸城攻略をはじめ、翌１９７５年(天正3年)4月に高梁の松山城を陥落させ、ここに三村氏は滅亡したのです。同年6月、三村家親の娘鶴姫の嫁いだ常山城主上月隆徳は三村氏に義理立てして小早川勢に攻められ、鶴姫(梢の前)自ら陣頭に立って戦い、最後に城兵婦女子あわせて83人が自害して果てました。後にいう常山の合戦です。
��１５７５年7月(天正3年)直家は浦上宗景が兄の所領を奪っていたという大義名分を立てて、和気郡天神山城を囲み、ついに主君を追い落として備前を統一したのです。浦上宗景は織田氏と提携して直家を押さえようとしましたが、既に実力の差はいかんともしがたかったようです。
丁度この頃播磨の御着城の小寺氏の家老であった黒田官兵衛は天下の形勢を見て、反対を押し切って織田方についたのです。官兵衛は自らの居城姫路城を秀吉に明け渡すほどの肩入れであったそうです。備前を統一した宇喜多は毛利と同盟していたのですから、西に兵を進められず、当然の事ながら東の播磨に軍を進める事になつたのです。天神山城をおとしたあとすぐに直家は播磨の佐用・赤穂の二郡を占領し、続いて１５７７年(天正5年)3月には毛利軍の先鋒として播磨に侵入しましたが、毛利軍が腰砕けになって撤退を余儀無くされました。撤退後せっかく占領した佐用・赤穂の二郡を秀吉軍が席捲していると知った直家は再び播磨に侵攻したが、官兵衛を破ることが出来ず、作戦変更して上月城を奪回したのです。
��羽柴秀吉は、山陰の名族尼子氏の遺児尼子勝久と山中鹿之助に上月城を奪回させて入城させたのです。中国路にはまだまだ尼子氏の残党がいたのです。直家は再三上月城の再奪回を企て、ついに成功しますが、秀吉は再び大軍で上月城を囲み、またまた奪回し、婦女子まで皆殺しにして、後に尼子勢を入れたのです。このようにした佐用郡上月城が毛利・宇喜多連合軍と織田方の争奪の的になっていたわけです。
１５７８年(天正6年)3月、播磨三木城の別所氏が毛利方に寝返ったのを機に、毛利軍の第二次東上作戦が始まりました。さしあたりまず上月城の奪回が焦点であり、毛利勢2万が城を囲んだのですが、直家は1万4千の軍勢を出したものの、日和見を決め込んで自らは病気と称して出馬しませんでした。直家は既に織田信長に天下の勢いを感じていたのでしよう。しかし上月城は7月陥落し、秀吉は中国路での大きな橋頭堡を失いました。四方八方に敵のいた信長は上月城を見殺しにせざるをえなかったようです。直家はとりあえず毛利の陣へ出向きましたが、両者には深い溝ができてしまったようです。
さて秀吉は上月城の穴を埋めるため、岡山に縁のあった堺の商人の子の小西行長を使者に立てて宇喜多家に同盟の申し入れをしたのです。１５７９年(天正7年)8月直家は一族の基家を使者として別所氏攻略中の加古城に送り、宇喜多と織田の同盟が結ばれ、宇喜多は毛利と袂を分かつこととなったのです。
�� １５７９年(天正7年)9月小早川隆景は早速手切れとなった宇喜多領へと侵攻し、合戦が始まりました。しかし直家は今度は本当に病床にいて出陣できず、若い基家が総大将となり、直家の弟忠家が基家の後見となって出陣しました。のちに「辛川くずれ」といわれるように、最初の合戦では意外にも大軍の小早川勢が負けてしまったのです。続いて12月には毛利軍は吉備郡高田の忍山城を兵3万で囲み、城は援兵のないまま陥落しました。戦火は広がり、じわじわと宇喜多は押されていきましたが、秀吉はなかなか備前まで来ることができなかったのです。直家は悪性の腫瘍にむしばまれ、あいかわらず出陣することができませんでした。 ,
�� １５８１年(天正9年)2月14日、宇喜多直家は遂に息を引き取つたのです。53歳でした。喪は秘されて、弟の忠家が家政をとりしきりました。もちろんお福も子の八郎(秀家)を擁して、大きな発言力を持っていた事でしょう。8月には毛利軍との間に八浜の合戦があり、大将の宇喜多基家が戦死するというハプニングがありましたが、直家の死はなお秘密とされ、同盟軍の秀吉にさえ知らされなかったのです。しかし直家は宇喜多家と八郎の将来を秀吉に託すべき事をお福に遺言していたようです。
備前の国の一隅から身をおこし、才覚と謀略によって一国を統一した直家の人生は、ともすると暗い面ばかりが強調されますが、戦国時代においてはむしろ平和的に統一を為し遂げた方であり、もっと評価されるべきです。さらに宇喜多家の去就が天下統一のキーポイントともなっていたのです。
第2部 宇喜多秀家と豪姫、秀吉とお福
�� １５８２年(天正10年)正月、ついに宇喜多直家の喪が発表されました。お福は重臣達と協議の上織田家にその由を通告し、織田信長は羽柴秀吉の後見のもと宇喜多家に本領を安堵したのです。この年の4月4日秀吉は岡山城にはじめて入城してお福と八郎に出会ったのでした。秀吉はお福に一目ぼれしてしまったので、秀家をことのほかかわいがり、自分の名前から一字とって秀家と名付けたのです。お福は宇喜多家と秀家を守るために秀吉を受け入れ、秀吉はお福に惑溺してしまったのです。当時の秀吉は足軽以下から取り立ててもらったの信長の一武将であったのですから、信長には全く頭があがりません。以前長浜城主時代に側室をもうけたところ、正室のねねが岐阜の信長の所へ行って愚痴を言ったことがあります。信長はすぐに秀吉を呼び付けて叱ったものですから、後の関白時代のように多くの女性をはべらせることなど到底できませんでした。女にうつつをぬかす間には、いくさでもしておれというわけです。だから秀吉にとって正室ねね以外にははじめて勇気づけられ相談できる存在の女性となったのがお福であったろうと思われます。しかもお福は二度も夫に先立たれ、謙虚に振舞う事を知っていましたから、後の淀君のような問題もなかったでしょう。お福はこれから中国平定という大事業にむかう秀吉にとって、最良のパートナーであったし、子のない秀吉は本気で秀家を養子にしようと考えていたのです。
�¬嗟�と宇喜多の手切れ以後、備中には毛利勢が続々と侵攻していました。秀吉は宇喜多勢と共同して毛利との前線に出ていきました。毛利氏は前線に宮山路城(足守)、冠山城(下足守)、高松城、加茂城(岡山市加茂)、日幡城(倉敷市日畑)、岩崎城、鴨荘城、松島城、庭瀬城等をまるで連珠のように連ねており、宇喜多羽柴連合軍はこれらをひとつひとつ落としてゆかねばならなかったのです。結局これらの城のうち、名将清水宗治が城兵5千とともに守る備中高松城が両軍の対峙点となり、秀吉は3万の兵で城を包囲し、小早川隆景は西の日差山に本陣を置いたのです。秀吉は2回にわたり力攻めに失敗し、毛利本隊4万の来援の情報を得るに及んで、急拠織田信長本人の来援を要請するとともに、黒田官兵衛孝高の献策により、高松城を水攻めにすることに決定し、早速堤防工事がはじまり高松城は陸の孤島となったのです。一方毛利方の政治僧安国寺恵瓊と秀吉の間で毛利織田の講和条件が話し合われましたが、なかなか決着をみることができません。
こんな緊迫した情勢のなかでも、秀吉は度々岡山城に帰ってお福に会っていたというのですから、お福にいかに惑溺していたかがわかります。
�� この時、天下をゆさぶる大事件がおこるのです。秀吉救援に赴く信長が近従のみで京都の本能寺に滞在したのは１５８２年(天正10年)6月2日でした。信長から秀吉救援を命ぜられた明智光秀は謀反を起こし、本能寺の信長はあえなく最期をとげました。秀吉が本能寺の変を知ったのは6月3日の夜半です。明智から毛利に宛てた密使を捕らえたのです。それまで信長の配下で馬車馬の様にこきつかわれていた秀吉は、大変な衝撃を受け、しばらくは放心状態であったようです。あまりに泣くものだから、側近の黒田官兵衛が「さてさて天の加護を得させ給ひ、もはや御心の儘になりたり」と言ったそうです。つまり「幸運にも上様が亡くなったのだから、誰に遠慮することもなく天下を取れ」と言ったわけです。この時もし官兵衛がいなかったら秀吉が中国大返しに成功していたかどうかを考えると、官兵衛が秀吉に天下を取らせたともいえるのです。
黒田官兵衛はすぐさま秀吉の意を受けて毛利方の政治外交僧の安国寺恵瓊と交渉し、清水宗治の切腹によって城兵の命を助け、毛利は織田方に領土を割譲するとの条件で講和を結んだのです。
�ぁ�6月4日の昼には清水宗治は切腹し、6月5日水攻めの堤防がこわされると同時に、秀吉軍は信長の弔い合戦にむけて走り出していたのでした。それは同時に天下取りの行軍でもあったのです。しかし秀吉は主君信長の死に結構ショックを受けて動揺していたので、黒田官兵衛は秀吉を元気づけようと本隊は沼城に先行させ、秀吉を岡山城まで帰らせて休息させ、お福に会わせたのです。おそらくここで天下取りという一世一代の大勝負に向かう秀吉をおおいに元気づけたでしょう。織田の他の武将の動きが一番気になる微妙な時期の一夜を秀吉はお福と共にすごしたのです。官兵衛としても、大将が元気でなければいかなる策も通じないと考えたのでしょう。そして見事秀吉は一晩のうちに精神的に立ち直り、天下取りに走りはじめるのです。たまたま梅雨の豪雨が吉井川を氾濫させ、秀吉は根拠地姫路に帰るまで結構苦労しましたが、それでも脅威的速さで山陽路を走ったのです。
�ァ＿�山城をあとにした秀吉は、姫路城で一休止し、天下取りに一気につき進みました。そして6月12日の山崎の合戦で勝利をおさめ、続いて織田家跡目相続会議ではわずか3歳の嫡孫三法師をたてて自分は後見役におさまったのです。さらに１５８３年(天正11年)4月21日の賤ヶ岳の戦いで柴田勝家を破り、織田の旧領をほぼ確保しました。なおこの戦いでは池田利隆の祖父中川清秀が亡くなったのです。
�� １５８４年(天正12年)3月の小牧長久手の戦いでは、秀吉は徳川家康と対峙したのですが、この時には宇喜多勢から岡利勝、長船貞親、花房職秀ら1万5千が参戦しました。これも一途に秀吉を頼みとしたお福の意思が反映されているのです。
一方のちに岡山城の主となる池田家では、当主の池田信輝と長男の之助が陽動作戦に失敗して戦死し、次男の輝政のみがかろうじて生き残り、後に岐阜城主(10万石)となりました。宇喜多勢はさらに四国征伐など秀吉の全国統一戦に次々と参戦していきました。
�В隠毅牽鞠�（天正13年）お福は秀吉のたっての要請で新装なった大坂城へ移りました。しかしお福はほかの多くの女達の様に秀吉の側室になったわけではありません。秀吉と寝室をともにすることはあっても、お福はおそらく秀吉のセカンド・レディーといった存在だったのでしょう。もちろん大名の母親が側室になるわけにもいかず、従って秀吉の側室リストに載らなかったのです。だから秀吉とお福の関係を証明するものは何もありません。ただ秀家の異例の出世がそれを証明しているのです。やがて秀家にはいまの中の島が与えられ、これを備前屋敷と呼びましたが、お福はいつも大坂城の西の丸にいて秀吉のよきパートナーとなったのです。
�� １５８７年(天正15年)2月、宇喜多秀家は秀吉の九州征伐で初陣を飾り、秀吉の贔屓で宮中の官位も異例の昇進であったのですが、これもお福の存在と秀家のすずやかさが秀吉の心を動かしていたからでしょう。１５８９年(天正17年)秀吉は若い時からの盟友の加賀百万石の当主前田利家の四女豪姫を秀家の正室として輿入れさせました。秀吉がいかに宇喜多家を信頼していたかがわかります。秀吉には子がなかったから、豪姫は生まれるとすぐ秀吉の養子となり、秀吉の妻ねねや大政所に育てられていただけに、秀吉の本当の子のようであったのです。豪姫には前田家から中村形部次郎兵衛が付家老としてやっ
てきました。
秀吉の養子といえば、まず信長の子の羽柴秀勝がいます。続いて徳川家康の次男であった結城秀康がいます。これは小牧長久手の戦い以後、徳川との融和の為に縁組みをしたものです。次の豊臣秀次は後に関白となるが切腹させられる事になる人です。秀吉の姉の子です。さらに秀吉の正室ねねの兄の子が小早川秀秋です。いずれも大大名か兄弟の子なのです。宇喜多秀家が秀吉の子として名実ともに遇されていたのがよくわかります。
�� １５９０年(天正18年)秀吉は小田原の北条氏を滅ぼし、徳川家康を関東に封じて天下統一をなしとげました。このとき池田輝政は家康の押さえとして三河国吉田15万2千石に封じられたのです。宇喜多秀家は豊臣政権の中枢におり、桃山文化の担い手として秀吉からかわいがられ、またそれにふさわしい姿を要求されたました。茶人としても洗練されており、貴公子然としたその立ち居振舞は秀吉のお眼鏡にかなっていたでしょう。おそらくお福は秀吉への忠誠心をとことん秀家にたたきこんだのでしょう。しかし秀吉の子として振舞うということは交際費など経費の必要も尋常ではなく、国家老の宇喜多左京亮詮家(宇喜多忠家の子、秀家のいとこ、後の坂崎出羽守)_と対立する原因ともなったのです。
�� １５９０年宇喜多秀家は秀吉の命により、その家格にふさわしい岡山城と城下町の造営に着手しました。早い話が、今日岡山の町があるのは、お福がいい女だったから秀家が出世したからなのです。金箔瓦のとる岡山城が完成したのは１５９７年（慶長２年）でした。おそらく秀吉自身が城の縄張りに口を出したでしょうし、秀吉の子の居城として、いわば豊臣政権の西の押さえといった意味もあったでしょう。岡山城の天守閣は、古式に属し、安土城の天守閣に似ているともいわれています。江戸初期の一連の天守閣群の先駆となるもののひとつなのです。
秀家は秀吉の指導のもと文禄検地を断行しましたが、このことは在地の家臣団との対立の火種となったのです。家臣をそれぞれの領地から分離し経済官僚化するこの改革は、まだまだ若すぎて苦労知らずの秀家にとって荷が重たかったようです。
��１５９２年(文禄元年)秀吉は朝鮮征伐を開始し、もちろん秀家も参戦しましたが、この事は当然藩の財政を圧迫したでしょぅ。１５９３年(文禄2年)秀吉に秀頼が誕生しますが、誠実な秀家は秀吉に何の疑念も抱かせず、その地位はかわりませんでした。
翌１５９４年(文禄3年)秀家は権中納言に昇進しましたが、この年に三河の池田輝政は秀吉の命により、徳川家康の二女良正院富子(督姫)を継室としたのです。富子はもともと北条氏直に嫁入りしていたのですが、北条氏滅亡後徳川に帰っていたのです。当時の政略結婚のすさまじさの一例です。なお輝政の元の妻は中川清秀の娘でしたが、長男利隆を生んだあと病弱を理由に離縁されてしまいました。しかしそれは表向きの話で、家康はこの結婚で池田輝政を取り込む為に、前妻を離縁させたのでしょう。それが証拠に、のちのち九州の大名となった中川家では、このことを恨んでいたふしがあるからです。
富子にはたくさんの子ができ、その子達は後に家康が将軍になってからは将軍の孫にあたるわけで、池田家の騒動の原因ともなっていくゎけです。
�� １５９７年(慶長2年)慶長の役がおこり、秀家は再び参戦しました。この時秀吉の正室ねねの兄の木下家定(初代足守藩主)の第五子、小早川秀秋(金吾中納言、筑前の大名) は総大将として活躍しましたが、軽挙なふるまいがぁったとぃぅことで秀吉の不興をかい、越前北の庄に転封されかけたのです。しかし徳川家康の助言により許されて本領安堵されました。この事があったので、小早川秀秋は家康に借りができてしまったといわれています。関ヶ原での西軍から東軍への寝返りの一つの原因となっていくわけです。なおこの年岡山城が完成しました。
��一方宇喜多秀家の方も若くして五大老にはなったものの、まだまだ岡山57万4千石を背負っていくには未熟すぎたようです。１５９８年には後に宇喜多家家中騒動といわれるものがおこってしまうのです。この年豊臣秀吉が亡くなると同時に、くすぶっていた戸川達安、宇喜多忠家、宇喜多詮家、岡越前守、花房志摩守らの武将派と長船紀伊守、中村次郎兵衛らの文吏派の対立が激化し、秀家が日蓮宗を弾圧したことから対立は極限に達したのです
秀家とそりのあわない戸川達安が仕置家老となりましたが、武将派は中村の処分を要求し、ついに中村の取り立てた寺内道作が殺害され、激怒した秀家は戸川暗殺を企てたのです。そこで武将派は大坂玉造屋敷に250人で立てこもり、一触即発の事態となりましたが、家康の意を受けた大谷刑部、榊原式部大輔らのとりなしで事態は収拾されました。戸川、花房らは家康預かりとなりましたが、譜代の武将派が宇喜多家から離反した事は、関ヶ原の合戦を前に宇喜多家の弱体化という結果をもたらしたのです。
ところでこの事件と同じ事が豊臣政権本体でもおこっているのです。石田光成ら文吏派と、加藤清正・福島正則・黒田長政・池田輝政・細川忠興ら武将派の対立です。このときは武将派が石田光成を殺害しようとしたため、あろうことか光成が徳川家康のところへ逃げ込んだのです。家康の仲介で光成は助かりましたが、大坂城を出て居城の佐和山城にひきこもらされたのです。この二つの事件は、家康が巧妙に仕組んだ天下取りへの戦略の一環だったといわれています。
�� １６００年(慶長5年)9月15日 関ヶ原の戦いにおいて、宇喜多秀家は西軍8万5千の総大将として奮戦しましたが、小早川秀秋の寝返りによって西軍総崩れとなり、秀家は伊吹山に逃れたのです。お福、前田家などの努力により秀家は伊吹山にて自害したと報告され、家康は戦後処理として岡山城を没収し、小早川秀秋に与えました。
また東軍に加わった坂崎出羽守(宇喜多詮家)は石見の津和野3万石、戸川達安は備中の庭瀬2万9200石(庭瀬藩)、小早川秀秋の父である木下家定は足守2万5千石(足守藩)を与えられました。宇喜多家の元家老達が岡山の近くに配されているのも興味深いことです。
池田輝政は家康の娘婿として関ヶ原の戦いの前後で政治的にも大活躍し、三河吉田15万2千石から姫路52万石に加増され、また弟の池田長吉も鳥取6万石に封しられたのです。
第3部 将軍家と池田家
�。隠僑娃映�(慶長6年)6月京都の前田家屋敷に匿われていた宇喜多秀家は、薩摩の島津家をたよって鹿児島に行き、その保護下にはいりました。関ヶ原の合戦で西軍に属した島津義弘は、責任を取って隠居していましたが、島津家自体は和戦両面の構えで、徳川とにらみあっていたのです。徳川側も関ヶ原の直後で、とても遠く九州南部まで討伐軍を派遣する力はなかったのです。秀家にとって唯一安全な隠れ家であったわけです。またお福も豪姫も出家して京都に移りました。豪姫の実家の前田家は健在でしたから、二人は前田家の援助を得られたのです。
一方姫路の池田輝政は家康の命により、現存する姫路城の壮麗な天守閣の造営を開始しました。 '
�� １６０２年(慶長7年)秀家を匿っていた島津家は、粘り強い交渉の末、本領安堵を家康から獲得しました。一方岡山城の小早川秀秋は城郭を補修したり、二十日堀を作るなどしましたが、関ヶ原の戦いの精神的ダメージから立ち直れなかったのか、鷹狩りに没頭するだけでなく殺生をも好み、家中は乱れたのです。家老の稲葉正成も岡山を去ってしまいました。なお稲葉の妻は後の春日局(徳川家光の乳母)ですから、一時期春日局は岡山に住んだことになります。結局この年秀秋は死亡しますが、その死因については謎も多い様です。秀秋には嗣子がなく、お家は断絶となってしまいました。
�� １６０３年(慶長8年)2月、岡山28万石は姫路城主池田輝政の次男で家康の外孫にあたる池田忠継に与えられました。忠継の母は家康の次女良正院督姫富子ですから、富子が家康におねだりして岡山城を与えられたのでしょう。忠継はまだ4歳と幼く、輝政は長男の池田利隆を備前監国として岡山に派遣して治めさせ、忠継は姫路城の備前丸に住んだのです。自分の子がかわいいというただそれだけの理由の富子のおねだりはこの後も続きますが、それは大きな事件に発展していくのです。またこの年、家康はついに征夷大将軍に任じられて江戸幕府を開きました。
�ぁ‘映�8月島津藩から幕府に秀家を匿っている事が報告され、秀家は京都所司代に出頭しました。家康としても秀家の処遇は重要であったようです。大坂の豊臣秀頼はまだまだ豊臣氏恩顧の大名のよりどころとなっていましたし、島津家や前田家からは秀家赦免の嘆願書が出ていました。関ケ原の最終戦後処理として幕府は慎重に審査し、ついに「死一等を減じ駿河久能山に幽閉」と決まったのです。この年豊臣秀頼は11歳、秀忠の娘千姫(7歳)との婚義が整い、徳川と豊臣の関係は表面上穏やかにみえました。
�� １６０５年(慶長10年)秀頼は右大臣になり、次の将軍は秀頼ではないかという希望が豊臣恩顧の大名に生まれた矢先、家康は秀忠を2代将軍として、豊臣方の希望を断ち切ったのです。将軍職が徳川家に継承されると決まった事で、幽閉中の宇喜多秀家を総帥に担ぎ挙げて、徳川家に対抗しようといぅ大坂方の動きが始まりました。危険を察知した幕府は、翌１６０６年(慶長11年)宇喜多秀家を八丈島へ流罪としました。秀家はその後生活が困窮し、妻豪姫の実家前田家からは2年に一度白米70俵、金子35両が届けられ、それは豪姫の遺言で明治まで続いたということです。秀家は現地で妻をめとり、子孫はようやく明治になって赦免されたそうです。
�� １６０８年(慶長13年)西国将軍として徳川家康の信任厚い池田輝政は、姫路城を完成させました。輝政は外様大名とはいえ、譜代並みの待遇であったのです。１６０９年(慶長14年)岡山城にいた池田利隆に長男新太郎(光政)が生まれました。母は徳川秀忠の養女で榊原康政の娘の鶴姫です。１６１０年(慶長15年)輝政は駿府の家康に拝謁して三男忠雄に淡路6万3千石を賜わりました。これも富子のおねだりの結果でしょう。
�� １６１３年(慶長18年)正月池田輝政は姫路城で病死しました。長男利隆は10万石削られて姫路42万石の領主となりました。削った10万石は播磨の宍粟郡、赤穂郡、佐用郡でしたが、それはそっくり次男忠継に与えられ、岡山とあわせて38万石となりました。富子が駿府の家康に運動した結果でしょう。家康は富子の讒言によって利隆の国政執行に難癖をつけて詰問使を出し、利隆の重臣の若原右京と中村主殿が改易されるという事件さえおこりました。
�� 忠継は１６１４年(慶長19年)初めて岡山に入国しました。この年の冬大坂冬の陣がおこり、池田利隆勢も参戦しましたが、片桐且元の軍を見殺しにしたとして疑われ、家康から再三詰問されましたが、重臣の必死の努力で改易をまぬがれたのです。これらにもすべて富子の意思が感じられるのです。
�� １６１５年(元和元年)2月、富子は先妻の子利隆が輝政の領地を相続したのが気に入らず、岡山城を訪ねた利隆を毒殺しようと、毒饅頭を用意したのです。この時給仕の女が利隆に危険を知らせようと、手の平に「どく」の文字を書いて知らせたので、律儀な利隆は申し分け程度に口をつけて全部を食べなかったそうです。これを見た17歳の岡山城主忠継は、母富子の陰謀を見抜き、自分がその利隆の食べ残した毒饅頭を食べてしまったのです。事の意外な展開に驚いた富子は自らも毒饅頭を食べたので、富子は即日亡くなり、忠継もしばらく後に亡くなったということです。これを俗に「毒饅頭事件」と呼びますが、真実かどうかはわからないということです。
�� 忠継死後、岡山城には弟の忠雄が淡路から入りました。忠雄は備前28万石と母富子の化粧料の備中4郡をあわせて領したので、ここに岡山藩31万5200石が確定したのです。なお富子の子であった輝政の4男輝澄には宍粟郡で3万5千石、5男政綱には赤穂郡で同じく3万5千石、6男輝興には佐用郡で2万5千石が与えられました。これも急死した富子への家康の配慮でしょう。
�� １６１５年(元和元年)大坂夏の陣では池田利隆勢も活躍しましたが、家康の疑いの目は厳しく、利隆は細心の注意を払って行動したようです。この戦いでは、宇喜多秀家のいとこの坂崎出羽守も参戦していました。秀頼助命嘆願のため大坂城から出てきた家康の孫千姫は、たまたま坂崎出羽守の陣中にきたので、出羽守は千姫を家康・秀忠の陣に案内しました。講談では、家康が「千姫を助けた者には千姫を与えよう」と言ったので、坂崎出羽守が火に飛び込んで助けたとなっていますが、これは違うようです。やがて大坂城は落ち、千姫は悲しみにうちひしがれていたので、出羽守は千姫の仲人を買って出て、公家
の九条家との縁談をまとめ、秀忠や千姫も承認しました。ところが千姫は江戸城拡張工事を見学中に本多忠刻(伊勢桑名城主の子)に一目ぼれしてしまい、九条家との縁談を破談にしたので、面子を潰された坂崎出羽守は婚礼の行列を襲撃しようとして発覚し、津和野4万石を没収され、切腹させられたというわけです。
�� １６１６年(元和2年)6月、池田利隆が京都の京極高広の屋敷で病死しました。嫡子光政は一旦その相続を許されましたが、翌年6月幕府は光政が9歳と幼少のため、交通の要地である播磨42万石の支配できずとのことで、32万石に減封の上、鳥取に転封させたのです。しかもそのあとの姫路に、千姫の夫本多忠刻の父・本多忠政を配置したのです。幕府の徹底的血縁主義の中で池田家も翻弄されていたということでしょう。
�� １６２３年(元和9年)鳥取の新太郎は元服し、池田光政と名乗りました。この年3代将軍家光が誕生し、幕藩体制はますます確固たるものになりました。光政の名は家光から一字賜わったのです。１６２８年(寛永5年)には光政は姫路城主本多忠刻の妻になっていた千姫の長女勝子と結婚しました。つまり大御所秀忠の孫と結婚したわけです。鳥取の池田家も将軍と縁続きになった事で、ようやく幕府からのいじめにあわなくなったことでしょう。なお翌年には家光の乳母が春日局の名を賜わったのです。
�� １６３０年(寛永7年)7月21日、岡山城下で池田忠雄の嫡子光仲誕生を祝って盛大な盆踊りが挙行されていた日、忠雄の家臣の河合又五郎が、忠雄の寵愛の厚かった渡辺源太夫を岡山城下で斬って逃走するという事件がおこりました。源太夫は美少年で言い寄る青年も多く、河合又五郎も言い寄ってはねつけられたのを恨んで犯行に及んだのでした。又五郎は岡山城下森下に潜伏したあと、江戸の旗本安藤治右衛門のもとに匿われました。
�� 参勤交替で上京した忠雄は翌１６３１年(寛永8年)又五郎の行方を知り、懇意にする旗本を通して又五郎の引き渡しを要求しました。しかし又五郎の叔父河合半左衛門はもともと殺人を犯して忠雄の行列に逃げ込んだのを忠雄が匿ったといういきさつがあったので、安藤は半左衛門と交換で又五郎を返すといってきたのです。そこで池田家では半左衛門を引き渡したところ、安藤は前言を翻して又五郎を返さなかったので、使者に立った忠雄の家臣二人は藩邸にも帰れず切腹してしまいました。怒った忠雄は一戦に及ばんとしたため、幕府は安藤ら旗本を寺入させて事態の収拾をはかりましたが、旗本連合の意気は盛んでした。忠雄には妹婿の伊達忠宗や妻の父の阿波の蜂須賀、鳥取の池田光政等池田一統の外様
大名連合がつき、旗本連合との大規模な対立となったのです。
この事件は幕藩体制がようやく安定期に入ろうとするこの時期、わずかの差で大名になれなかった多くの旗本のうっぷんが、家康の孫とはいえ外様大名の池田忠雄に向けて発散されたものだったようです。それだけに根は深く、幕府も困惑したのです。
�� １６３２年(寛永9年)春幕府は忠雄が家康の外孫であるだけに簡単に処罰するわけにもいかず、対策に苦慮していた矢先、忠雄が病死しました。一説によれば幕府が御典医を送って毒殺させたとも言われていますが、戦後忠雄の墓地が新京橋建設のため改葬された時、調査した結果は、毒殺ではなかったとされています。忠雄は臨終の末期に「いかなる供養よりも又五郎の首をわが墓前に供えよ」と言ったそうです。勝ち気な忠雄の性格から考えて、幕府による毒殺というのもありえたかもしれません。忠雄の死は4月2日、31歳でした。この年の4月15日いわゆる宇都宮釣天丼事件がおこる等、幕府を巡っても陰謀が絶えなかった時期でした。
�� 幕府は忠雄の嫡子光仲が3歳と幼少であることを理由に、鳥取の池田光政と領地を交換させました。実質的に幕府を騒がせた備前池田家に対する処罰でしょう。光政は父利隆が備前監国時代に岡山に生まれ、岡山に親しみがあっただけに、大層喜んだそうです。事件の処理としては、喧嘩相手の処罰も行なわれ、河合又五郎は江戸所払いとなりました。忠雄の弟輝澄、輝興らが再度幕府に抗議しましたが聞き入れられなかったということです。そこで仇討ちの場合の名義人となるべき渡辺源太夫の兄渡辺数馬は仇討ちのため浪人し、鳥取に転封になった光仲についてゆかなかったのです。
�� １６３４年(寛永11年)10月6日、渡辺数馬は姉婿の荒木又右衛門らの助太刀で、江戸に向かう河合又五郎―行を伊賀上野の鍵屋の辻で襲撃し、仇討ちを成し遂げました。この仇討ちは三大仇討ち事件の一つとして有名です。仇討ち後、数馬と又右衛門は鳥取藩に迎えられましたが、又右衛門は鳥取到着後わずか18日にして亡くなっているのです。この年、加賀前田家にいた豪姫も亡くなりました。
なお幕府は翌１６３５年(寛永12年)の武家諸法度の改正の第12条でこの一連の事件を教訓とした条文を追加しています。すなわちある武士が不都合あって浪人した場合、他藩に奉公しようとしても、旧主が意義を申し立てれば奉公できないとしたのです。まさに幕府の御政道をゆるがす大事件だったことがわかります。
�� 岡山に国替えとなった池田光政は、江戸時代初期の名君として有名になり、岡山池田藩は幕末まで続きます。児島湾の干拓は代を追って進行し、現在の後楽園や閑谷学校が築かれるのです。また鳥取池田藩も平和に幕末まで存続します。八丈島の宇喜多秀家は、すべてを見届けるかのように、１６５５年(明歴元年)11月20日に亡くなりました。
主要参考文献
「戦国の宇喜多一族」高山友禅著 山陽新聞社
「巣雄の妻」宇喜多直家夫人お福 森本 繁著 山陽新聞社
「傷ついた備前鳥」備前宰相秀家の母 森本 繁著 山陽新聞社
「揚羽蝶の飛翔」森本 繁著 山陽新聞社
「備前藩史談」荒木 臣著 日本文教出版
「岡山県の歴史」谷口澄夫著山川出版社
「岡山城物語」上・下 市川俊介著 岡山リビング新聞社
「岡山城と城下町」(岡山文庫) 巌津政右衛門著 日本文教出版
「岡山の女性」(岡山文庫) 吉岡三平著 日本文教出版
「岡山県百科辞典」上・下 山陽新聞社
「日本の歴史��江戸開幕」藤井譲治著集英社
「剣酢しょう草の乱舞」 森本 繁著 山陽新聞社
岡山城築城400年記念「岡山城天下取り物語」 岡將男
まえがき
戦国時代末期から江戸時代にかけて、岡山城は天下の大きな動きとともにありました。宇喜多直家は戦国の梟雄の一人として、権謀術数を極めて備前を統一し、その妻となったお福は大変魅力的女性だったらしく、直家との間に秀家を生んだのです。直家没後お福は豊臣秀吉のパートナーとなり、その縁で秀家は秀吉の子として遇され、天下人の子にふさわしく岡山城とその城下町がつくられました。また秀吉は養子として幼い時から育てた前田利家の娘の豪姫を秀家に嫁がせたのです。やがて五大老の一人となった秀家は、宇喜多家の内紛で多くの重臣を徳川家康に奪われ、そんな中で関ヶ原の合戦がおきて秀家は八丈島に流されてしまいます。西軍から東軍に寝返った小早川秀秋が岡山城主となりますが、すぐに急死し、岡山城には家康の外孫池田忠継がはいりました。家康の娘富子と毒饅頭事件、坂崎出羽守と千姫の事件、池田忠雄と伊賀の鍵屋の辻の仇討ち事件等が岡山城を巡っておこり、やがて千姫の娘勝子を妻った池田光政が鳥取から岡山に入り、岡山藩の黄金時代を迎えるのです。男と女、父と子、母と子のあやなす物語が岡山城を巡って展開されるわけです。
岡山城を巡るこれらの物語は、築城４００年を機にもっと広く知られるべきですし、知ることを通して我々は将来の岡山を考えていかなければなりません。魅力的な人の生まれる町こそ天下を動かしてゆくのです。
岡山城築城400年関連事業推進協議会 ソフト事業委員会委員長 岡 将男
第1部 梟雄宇喜多直家と妻お福
�� １５３４年(天文３年)備前守護代の浦上氏の宿老であった宇喜多能家は、隠居先の邑久郡砥石城において同じ浦上配下の島村豊後守に討たれ、子の宇喜多興家・孫の宇喜多直家は城を失って放浪したのです。やがてほとぼりがさめてから、親子は当時備前最大の都市であった福岡の市の豪商阿部善定のもとに身を寄せたのです。興家は阿部善定の娘を妾として宇喜多春家・宇喜多忠家を生ませ、１５３６年(天文5年)に亡くなったのです。
福岡の市は今の長船町にあり、銘刀長船の産地に近接していました。のちに福岡藩主となった黒田長政(黒田官兵衛の子)の先祖が、もとはこの備前福岡の出身だった事から、現在の福岡の名前をつけたということです。
�� ところで能家没後、宇喜多直家の母は浦上家に奉公に上がったので、直家は邑久郡笠加村の尼寺の伯母の元で育てられました:直家は仇敵の島村豊後守の襲撃をおそれて、痴呆を装っていたということですが、１５４３年(天文12年)浦上宗景に仕えたのです。この時に能家時代の多くの家臣が戻り、翌年元服して初陣の功をあげ、邑久郡乙子城主として自立、所領300貫、足軽30人を預かったのです。
�Ｄ床箸麓磴�して才覚を発揮し、１５４９年(天文18年)には浦上宗景の命により砥石城主浮田大和を討ち、岡山市竹原の奈良部城を預けられたのです。直家は沼城主の中山備中守信正の娘と結婚しましたが、そのうち沼城周辺で頻繁に狩りを行うようになり、気のいい中山備中守は直家を沼城に泊めるようになったのです。
�� １５５９年(永禄2年)直家は謀反のうわさのあった中山備中守を討てとの宗景の命により、狩りと称して沼城に乗り込んで中山備中を謀殺、続いて祖父のかたきの高取山城主島村貫阿弥をおびきだして沼城で討ってしまいました。これを知った直家の妻は奈良部城において自決してしまったということです。
当時の結婚はほとんど政略結婚であったとはいえ、いくら主命でも馴れ親しんだ妻を自決に追いこんだ事は直家にとってかなリショックであったはずで、その後の直家は結婚を政略結婚の為と割り切って正室を持たず、側室に娘を生ませて政略結婚の道具としたのです。謀略を得意とし、肉親を平気で殺させたという梟雄宇喜多直家像というのがありますが、それは案外開き直りの結果かもしれないのです。さらに考えてみれば、領民や配下のものにとっては、大規模な合戦をしょっちゅうやられるよりも、いい領主であったかもしれないのです。また直家が若い時から苦楽を共にした譜代の家臣団を持っていたことも、謀略を可能にした原因でしょう。
続いて直家は１５６１年(永禄4年)には、金川城主松田元輝配下の龍の口城主の穝所元常が男色に目がないのにつけこみ、笛の名手岡清三郎を龍の口城の直下で毎晩笛をふかせて城に送り込み、暗殺したのです。これで岡山平野の中心部を手に入れたわけです。
�� 当時備中成羽城主の三村家親は毛利氏と結んで勢力を拡大しており、直家は美作の三星城主後藤勝基、備前金川城主松田元盛らと同盟してこれに対抗しました。１５６５年(永禄8年)美作に侵入した三村勢を直家は撃退しましたが、三村勢は帰りに勝山の高田城を攻略し、城主三浦貞勝は討たれ、その妻であったお福は子の桃寿丸と共に逃れて、やがて直家に匿われることになったのです。
�Δ�福はいわゆる作州美人でした。大変な美女であったともいわれ、またいわゆるいい女であったらしく、戦国の梟雄宇喜多直家でさえも、たちまちぞっこんに惚れ込んでしまったようです。それが証拠に三浦貞勝の仇討ちを請うお福の意に従って、１５６６年(永禄9年)直家は美作の久米郡興禅寺に滞在していた三村家親の元へ鉄砲の名人の遠藤喜三郎・又三郎兄弟を派遣し、軍議中をねらって暗殺させてしまったのです。そして直家は、お福と正室としてしまったのですから、お福はよっぽどいい女だったのでしょう。
�Р反動纏Δ棒�功した遠藤兄弟が直家に高緑で召し抱えられるに及んで、三村家では嫡男元親らが直家への復讐の念を燃やしました。１５６７年(永禄10年)3月、岡山の沢田にある宇喜多の出城、明禅寺城が侵入した三村勢に奪われ、さらにこの城を巡って三村勢2万と宇喜多勢5千の間で合戦(明禅寺崩れという)が起こり、軍略に勝る宇喜多直家が勝利をおさめたのです。お福の寝物語から岡山平野最大の合戦が起こったのですから、世の中何がおこるかわかりません。歴史は男がつくり、女が変えるというわけです。
�┗Т鄲燭領呂�主家をしのぐ程になったのを嫌う浦上宗景は、直家に不信感をつのらせる様になっていましたが、直家は我関せずと金川の松田氏攻略に着手しました。軍師角南如慶の計によって、１５６８年(永禄１１年)に直家は金川城の裏山の狩猟の許可を得て、狩猟中に反宇喜多の家老宇垣与左衛門を暗殺し、ついで松田氏の重臣で虎倉城主の伊賀左衛門久隆を味方に引き入れて謀反させ、松田元輝を滅ぼしてしまったのです。
�� １５７０年(元亀元年)直家はかねてより同盟関係にあった岡山城の金光宗高にいいがかりをつけて自害させて岡山城を乗っ取り、自らの根拠地にするべく改修をはじめました。この年が岡山の都市づくりの元年といえるでしょう。金光氏時代の石山の城郭を拡大し、北を通る山陽道を城近くに迂回させました。
同年直家は浦上宗景に相談せずに、西の大勢力である毛利元就と提携しました。毛利家では吉川元春が三村氏との義理を主張して大反対し、三村氏は結局毛利氏と絶縁し、織田方につくこととなったのです。あらゆる意味で宇喜多氏が備前を代表する勢力となったのがこの年であったわけです。またこの年直家とお福の間に長男秀家が生まれました。
�� １５７３年（天正元年）岡山城の一応の改修が終わり、宇喜多直家は本拠地を岡山に移しました。翌１５７４年(天正2年)１２月宇喜多勢1万は、三村氏に義理立てする吉川勢を除いた小早川隆景軍とともに三村氏の諸城攻略をはじめ、翌１９７５年(天正3年)4月に高梁の松山城を陥落させ、ここに三村氏は滅亡したのです。同年6月、三村家親の娘鶴姫の嫁いだ常山城主上月隆徳は三村氏に義理立てして小早川勢に攻められ、鶴姫(梢の前)自ら陣頭に立って戦い、最後に城兵婦女子あわせて83人が自害して果てました。後にいう常山の合戦です。
��１５７５年7月(天正3年)直家は浦上宗景が兄の所領を奪っていたという大義名分を立てて、和気郡天神山城を囲み、ついに主君を追い落として備前を統一したのです。浦上宗景は織田氏と提携して直家を押さえようとしましたが、既に実力の差はいかんともしがたかったようです。
丁度この頃播磨の御着城の小寺氏の家老であった黒田官兵衛は天下の形勢を見て、反対を押し切って織田方についたのです。官兵衛は自らの居城姫路城を秀吉に明け渡すほどの肩入れであったそうです。備前を統一した宇喜多は毛利と同盟していたのですから、西に兵を進められず、当然の事ながら東の播磨に軍を進める事になつたのです。天神山城をおとしたあとすぐに直家は播磨の佐用・赤穂の二郡を占領し、続いて１５７７年(天正5年)3月には毛利軍の先鋒として播磨に侵入しましたが、毛利軍が腰砕けになって撤退を余儀無くされました。撤退後せっかく占領した佐用・赤穂の二郡を秀吉軍が席捲していると知った直家は再び播磨に侵攻したが、官兵衛を破ることが出来ず、作戦変更して上月城を奪回したのです。
��羽柴秀吉は、山陰の名族尼子氏の遺児尼子勝久と山中鹿之助に上月城を奪回させて入城させたのです。中国路にはまだまだ尼子氏の残党がいたのです。直家は再三上月城の再奪回を企て、ついに成功しますが、秀吉は再び大軍で上月城を囲み、またまた奪回し、婦女子まで皆殺しにして、後に尼子勢を入れたのです。このようにした佐用郡上月城が毛利・宇喜多連合軍と織田方の争奪の的になっていたわけです。
１５７８年(天正6年)3月、播磨三木城の別所氏が毛利方に寝返ったのを機に、毛利軍の第二次東上作戦が始まりました。さしあたりまず上月城の奪回が焦点であり、毛利勢2万が城を囲んだのですが、直家は1万4千の軍勢を出したものの、日和見を決め込んで自らは病気と称して出馬しませんでした。直家は既に織田信長に天下の勢いを感じていたのでしよう。しかし上月城は7月陥落し、秀吉は中国路での大きな橋頭堡を失いました。四方八方に敵のいた信長は上月城を見殺しにせざるをえなかったようです。直家はとりあえず毛利の陣へ出向きましたが、両者には深い溝ができてしまったようです。
さて秀吉は上月城の穴を埋めるため、岡山に縁のあった堺の商人の子の小西行長を使者に立てて宇喜多家に同盟の申し入れをしたのです。１５７９年(天正7年)8月直家は一族の基家を使者として別所氏攻略中の加古城に送り、宇喜多と織田の同盟が結ばれ、宇喜多は毛利と袂を分かつこととなったのです。
�� １５７９年(天正7年)9月小早川隆景は早速手切れとなった宇喜多領へと侵攻し、合戦が始まりました。しかし直家は今度は本当に病床にいて出陣できず、若い基家が総大将となり、直家の弟忠家が基家の後見となって出陣しました。のちに「辛川くずれ」といわれるように、最初の合戦では意外にも大軍の小早川勢が負けてしまったのです。続いて12月には毛利軍は吉備郡高田の忍山城を兵3万で囲み、城は援兵のないまま陥落しました。戦火は広がり、じわじわと宇喜多は押されていきましたが、秀吉はなかなか備前まで来ることができなかったのです。直家は悪性の腫瘍にむしばまれ、あいかわらず出陣することができませんでした。 ,
�� １５８１年(天正9年)2月14日、宇喜多直家は遂に息を引き取つたのです。53歳でした。喪は秘されて、弟の忠家が家政をとりしきりました。もちろんお福も子の八郎(秀家)を擁して、大きな発言力を持っていた事でしょう。8月には毛利軍との間に八浜の合戦があり、大将の宇喜多基家が戦死するというハプニングがありましたが、直家の死はなお秘密とされ、同盟軍の秀吉にさえ知らされなかったのです。しかし直家は宇喜多家と八郎の将来を秀吉に託すべき事をお福に遺言していたようです。
備前の国の一隅から身をおこし、才覚と謀略によって一国を統一した直家の人生は、ともすると暗い面ばかりが強調されますが、戦国時代においてはむしろ平和的に統一を為し遂げた方であり、もっと評価されるべきです。さらに宇喜多家の去就が天下統一のキーポイントともなっていたのです。
第2部 宇喜多秀家と豪姫、秀吉とお福
�� １５８２年(天正10年)正月、ついに宇喜多直家の喪が発表されました。お福は重臣達と協議の上織田家にその由を通告し、織田信長は羽柴秀吉の後見のもと宇喜多家に本領を安堵したのです。この年の4月4日秀吉は岡山城にはじめて入城してお福と八郎に出会ったのでした。秀吉はお福に一目ぼれしてしまったので、秀家をことのほかかわいがり、自分の名前から一字とって秀家と名付けたのです。お福は宇喜多家と秀家を守るために秀吉を受け入れ、秀吉はお福に惑溺してしまったのです。当時の秀吉は足軽以下から取り立ててもらったの信長の一武将であったのですから、信長には全く頭があがりません。以前長浜城主時代に側室をもうけたところ、正室のねねが岐阜の信長の所へ行って愚痴を言ったことがあります。信長はすぐに秀吉を呼び付けて叱ったものですから、後の関白時代のように多くの女性をはべらせることなど到底できませんでした。女にうつつをぬかす間には、いくさでもしておれというわけです。だから秀吉にとって正室ねね以外にははじめて勇気づけられ相談できる存在の女性となったのがお福であったろうと思われます。しかもお福は二度も夫に先立たれ、謙虚に振舞う事を知っていましたから、後の淀君のような問題もなかったでしょう。お福はこれから中国平定という大事業にむかう秀吉にとって、最良のパートナーであったし、子のない秀吉は本気で秀家を養子にしようと考えていたのです。
�¬嗟�と宇喜多の手切れ以後、備中には毛利勢が続々と侵攻していました。秀吉は宇喜多勢と共同して毛利との前線に出ていきました。毛利氏は前線に宮山路城(足守)、冠山城(下足守)、高松城、加茂城(岡山市加茂)、日幡城(倉敷市日畑)、岩崎城、鴨荘城、松島城、庭瀬城等をまるで連珠のように連ねており、宇喜多羽柴連合軍はこれらをひとつひとつ落としてゆかねばならなかったのです。結局これらの城のうち、名将清水宗治が城兵5千とともに守る備中高松城が両軍の対峙点となり、秀吉は3万の兵で城を包囲し、小早川隆景は西の日差山に本陣を置いたのです。秀吉は2回にわたり力攻めに失敗し、毛利本隊4万の来援の情報を得るに及んで、急拠織田信長本人の来援を要請するとともに、黒田官兵衛孝高の献策により、高松城を水攻めにすることに決定し、早速堤防工事がはじまり高松城は陸の孤島となったのです。一方毛利方の政治僧安国寺恵瓊と秀吉の間で毛利織田の講和条件が話し合われましたが、なかなか決着をみることができません。
こんな緊迫した情勢のなかでも、秀吉は度々岡山城に帰ってお福に会っていたというのですから、お福にいかに惑溺していたかがわかります。
�� この時、天下をゆさぶる大事件がおこるのです。秀吉救援に赴く信長が近従のみで京都の本能寺に滞在したのは１５８２年(天正10年)6月2日でした。信長から秀吉救援を命ぜられた明智光秀は謀反を起こし、本能寺の信長はあえなく最期をとげました。秀吉が本能寺の変を知ったのは6月3日の夜半です。明智から毛利に宛てた密使を捕らえたのです。それまで信長の配下で馬車馬の様にこきつかわれていた秀吉は、大変な衝撃を受け、しばらくは放心状態であったようです。あまりに泣くものだから、側近の黒田官兵衛が「さてさて天の加護を得させ給ひ、もはや御心の儘になりたり」と言ったそうです。つまり「幸運にも上様が亡くなったのだから、誰に遠慮することもなく天下を取れ」と言ったわけです。この時もし官兵衛がいなかったら秀吉が中国大返しに成功していたかどうかを考えると、官兵衛が秀吉に天下を取らせたともいえるのです。
黒田官兵衛はすぐさま秀吉の意を受けて毛利方の政治外交僧の安国寺恵瓊と交渉し、清水宗治の切腹によって城兵の命を助け、毛利は織田方に領土を割譲するとの条件で講和を結んだのです。
�ぁ�6月4日の昼には清水宗治は切腹し、6月5日水攻めの堤防がこわされると同時に、秀吉軍は信長の弔い合戦にむけて走り出していたのでした。それは同時に天下取りの行軍でもあったのです。しかし秀吉は主君信長の死に結構ショックを受けて動揺していたので、黒田官兵衛は秀吉を元気づけようと本隊は沼城に先行させ、秀吉を岡山城まで帰らせて休息させ、お福に会わせたのです。おそらくここで天下取りという一世一代の大勝負に向かう秀吉をおおいに元気づけたでしょう。織田の他の武将の動きが一番気になる微妙な時期の一夜を秀吉はお福と共にすごしたのです。官兵衛としても、大将が元気でなければいかなる策も通じないと考えたのでしょう。そして見事秀吉は一晩のうちに精神的に立ち直り、天下取りに走りはじめるのです。たまたま梅雨の豪雨が吉井川を氾濫させ、秀吉は根拠地姫路に帰るまで結構苦労しましたが、それでも脅威的速さで山陽路を走ったのです。
�ァ＿�山城をあとにした秀吉は、姫路城で一休止し、天下取りに一気につき進みました。そして6月12日の山崎の合戦で勝利をおさめ、続いて織田家跡目相続会議ではわずか3歳の嫡孫三法師をたてて自分は後見役におさまったのです。さらに１５８３年(天正11年)4月21日の賤ヶ岳の戦いで柴田勝家を破り、織田の旧領をほぼ確保しました。なおこの戦いでは池田利隆の祖父中川清秀が亡くなったのです。
�� １５８４年(天正12年)3月の小牧長久手の戦いでは、秀吉は徳川家康と対峙したのですが、この時には宇喜多勢から岡利勝、長船貞親、花房職秀ら1万5千が参戦しました。これも一途に秀吉を頼みとしたお福の意思が反映されているのです。
一方のちに岡山城の主となる池田家では、当主の池田信輝と長男の之助が陽動作戦に失敗して戦死し、次男の輝政のみがかろうじて生き残り、後に岐阜城主(10万石)となりました。宇喜多勢はさらに四国征伐など秀吉の全国統一戦に次々と参戦していきました。
�В隠毅牽鞠�（天正13年）お福は秀吉のたっての要請で新装なった大坂城へ移りました。しかしお福はほかの多くの女達の様に秀吉の側室になったわけではありません。秀吉と寝室をともにすることはあっても、お福はおそらく秀吉のセカンド・レディーといった存在だったのでしょう。もちろん大名の母親が側室になるわけにもいかず、従って秀吉の側室リストに載らなかったのです。だから秀吉とお福の関係を証明するものは何もありません。ただ秀家の異例の出世がそれを証明しているのです。やがて秀家にはいまの中の島が与えられ、これを備前屋敷と呼びましたが、お福はいつも大坂城の西の丸にいて秀吉のよきパートナーとなったのです。
�� １５８７年(天正15年)2月、宇喜多秀家は秀吉の九州征伐で初陣を飾り、秀吉の贔屓で宮中の官位も異例の昇進であったのですが、これもお福の存在と秀家のすずやかさが秀吉の心を動かしていたからでしょう。１５８９年(天正17年)秀吉は若い時からの盟友の加賀百万石の当主前田利家の四女豪姫を秀家の正室として輿入れさせました。秀吉がいかに宇喜多家を信頼していたかがわかります。秀吉には子がなかったから、豪姫は生まれるとすぐ秀吉の養子となり、秀吉の妻ねねや大政所に育てられていただけに、秀吉の本当の子のようであったのです。豪姫には前田家から中村形部次郎兵衛が付家老としてやっ
てきました。
秀吉の養子といえば、まず信長の子の羽柴秀勝がいます。続いて徳川家康の次男であった結城秀康がいます。これは小牧長久手の戦い以後、徳川との融和の為に縁組みをしたものです。次の豊臣秀次は後に関白となるが切腹させられる事になる人です。秀吉の姉の子です。さらに秀吉の正室ねねの兄の子が小早川秀秋です。いずれも大大名か兄弟の子なのです。宇喜多秀家が秀吉の子として名実ともに遇されていたのがよくわかります。
�� １５９０年(天正18年)秀吉は小田原の北条氏を滅ぼし、徳川家康を関東に封じて天下統一をなしとげました。このとき池田輝政は家康の押さえとして三河国吉田15万2千石に封じられたのです。宇喜多秀家は豊臣政権の中枢におり、桃山文化の担い手として秀吉からかわいがられ、またそれにふさわしい姿を要求されたました。茶人としても洗練されており、貴公子然としたその立ち居振舞は秀吉のお眼鏡にかなっていたでしょう。おそらくお福は秀吉への忠誠心をとことん秀家にたたきこんだのでしょう。しかし秀吉の子として振舞うということは交際費など経費の必要も尋常ではなく、国家老の宇喜多左京亮詮家(宇喜多忠家の子、秀家のいとこ、後の坂崎出羽守)_と対立する原因ともなったのです。
�� １５９０年宇喜多秀家は秀吉の命により、その家格にふさわしい岡山城と城下町の造営に着手しました。早い話が、今日岡山の町があるのは、お福がいい女だったから秀家が出世したからなのです。金箔瓦のとる岡山城が完成したのは１５９７年（慶長２年）でした。おそらく秀吉自身が城の縄張りに口を出したでしょうし、秀吉の子の居城として、いわば豊臣政権の西の押さえといった意味もあったでしょう。岡山城の天守閣は、古式に属し、安土城の天守閣に似ているともいわれています。江戸初期の一連の天守閣群の先駆となるもののひとつなのです。
秀家は秀吉の指導のもと文禄検地を断行しましたが、このことは在地の家臣団との対立の火種となったのです。家臣をそれぞれの領地から分離し経済官僚化するこの改革は、まだまだ若すぎて苦労知らずの秀家にとって荷が重たかったようです。
��１５９２年(文禄元年)秀吉は朝鮮征伐を開始し、もちろん秀家も参戦しましたが、この事は当然藩の財政を圧迫したでしょぅ。１５９３年(文禄2年)秀吉に秀頼が誕生しますが、誠実な秀家は秀吉に何の疑念も抱かせず、その地位はかわりませんでした。
翌１５９４年(文禄3年)秀家は権中納言に昇進しましたが、この年に三河の池田輝政は秀吉の命により、徳川家康の二女良正院富子(督姫)を継室としたのです。富子はもともと北条氏直に嫁入りしていたのですが、北条氏滅亡後徳川に帰っていたのです。当時の政略結婚のすさまじさの一例です。なお輝政の元の妻は中川清秀の娘でしたが、長男利隆を生んだあと病弱を理由に離縁されてしまいました。しかしそれは表向きの話で、家康はこの結婚で池田輝政を取り込む為に、前妻を離縁させたのでしょう。それが証拠に、のちのち九州の大名となった中川家では、このことを恨んでいたふしがあるからです。
富子にはたくさんの子ができ、その子達は後に家康が将軍になってからは将軍の孫にあたるわけで、池田家の騒動の原因ともなっていくゎけです。
�� １５９７年(慶長2年)慶長の役がおこり、秀家は再び参戦しました。この時秀吉の正室ねねの兄の木下家定(初代足守藩主)の第五子、小早川秀秋(金吾中納言、筑前の大名) は総大将として活躍しましたが、軽挙なふるまいがぁったとぃぅことで秀吉の不興をかい、越前北の庄に転封されかけたのです。しかし徳川家康の助言により許されて本領安堵されました。この事があったので、小早川秀秋は家康に借りができてしまったといわれています。関ヶ原での西軍から東軍への寝返りの一つの原因となっていくわけです。なおこの年岡山城が完成しました。
��一方宇喜多秀家の方も若くして五大老にはなったものの、まだまだ岡山57万4千石を背負っていくには未熟すぎたようです。１５９８年には後に宇喜多家家中騒動といわれるものがおこってしまうのです。この年豊臣秀吉が亡くなると同時に、くすぶっていた戸川達安、宇喜多忠家、宇喜多詮家、岡越前守、花房志摩守らの武将派と長船紀伊守、中村次郎兵衛らの文吏派の対立が激化し、秀家が日蓮宗を弾圧したことから対立は極限に達したのです
秀家とそりのあわない戸川達安が仕置家老となりましたが、武将派は中村の処分を要求し、ついに中村の取り立てた寺内道作が殺害され、激怒した秀家は戸川暗殺を企てたのです。そこで武将派は大坂玉造屋敷に250人で立てこもり、一触即発の事態となりましたが、家康の意を受けた大谷刑部、榊原式部大輔らのとりなしで事態は収拾されました。戸川、花房らは家康預かりとなりましたが、譜代の武将派が宇喜多家から離反した事は、関ヶ原の合戦を前に宇喜多家の弱体化という結果をもたらしたのです。
ところでこの事件と同じ事が豊臣政権本体でもおこっているのです。石田光成ら文吏派と、加藤清正・福島正則・黒田長政・池田輝政・細川忠興ら武将派の対立です。このときは武将派が石田光成を殺害しようとしたため、あろうことか光成が徳川家康のところへ逃げ込んだのです。家康の仲介で光成は助かりましたが、大坂城を出て居城の佐和山城にひきこもらされたのです。この二つの事件は、家康が巧妙に仕組んだ天下取りへの戦略の一環だったといわれています。
�� １６００年(慶長5年)9月15日 関ヶ原の戦いにおいて、宇喜多秀家は西軍8万5千の総大将として奮戦しましたが、小早川秀秋の寝返りによって西軍総崩れとなり、秀家は伊吹山に逃れたのです。お福、前田家などの努力により秀家は伊吹山にて自害したと報告され、家康は戦後処理として岡山城を没収し、小早川秀秋に与えました。
また東軍に加わった坂崎出羽守(宇喜多詮家)は石見の津和野3万石、戸川達安は備中の庭瀬2万9200石(庭瀬藩)、小早川秀秋の父である木下家定は足守2万5千石(足守藩)を与えられました。宇喜多家の元家老達が岡山の近くに配されているのも興味深いことです。
池田輝政は家康の娘婿として関ヶ原の戦いの前後で政治的にも大活躍し、三河吉田15万2千石から姫路52万石に加増され、また弟の池田長吉も鳥取6万石に封しられたのです。
第3部 将軍家と池田家
�。隠僑娃映�(慶長6年)6月京都の前田家屋敷に匿われていた宇喜多秀家は、薩摩の島津家をたよって鹿児島に行き、その保護下にはいりました。関ヶ原の合戦で西軍に属した島津義弘は、責任を取って隠居していましたが、島津家自体は和戦両面の構えで、徳川とにらみあっていたのです。徳川側も関ヶ原の直後で、とても遠く九州南部まで討伐軍を派遣する力はなかったのです。秀家にとって唯一安全な隠れ家であったわけです。またお福も豪姫も出家して京都に移りました。豪姫の実家の前田家は健在でしたから、二人は前田家の援助を得られたのです。
一方姫路の池田輝政は家康の命により、現存する姫路城の壮麗な天守閣の造営を開始しました。 '
�� １６０２年(慶長7年)秀家を匿っていた島津家は、粘り強い交渉の末、本領安堵を家康から獲得しました。一方岡山城の小早川秀秋は城郭を補修したり、二十日堀を作るなどしましたが、関ヶ原の戦いの精神的ダメージから立ち直れなかったのか、鷹狩りに没頭するだけでなく殺生をも好み、家中は乱れたのです。家老の稲葉正成も岡山を去ってしまいました。なお稲葉の妻は後の春日局(徳川家光の乳母)ですから、一時期春日局は岡山に住んだことになります。結局この年秀秋は死亡しますが、その死因については謎も多い様です。秀秋には嗣子がなく、お家は断絶となってしまいました。
�� １６０３年(慶長8年)2月、岡山28万石は姫路城主池田輝政の次男で家康の外孫にあたる池田忠継に与えられました。忠継の母は家康の次女良正院督姫富子ですから、富子が家康におねだりして岡山城を与えられたのでしょう。忠継はまだ4歳と幼く、輝政は長男の池田利隆を備前監国として岡山に派遣して治めさせ、忠継は姫路城の備前丸に住んだのです。自分の子がかわいいというただそれだけの理由の富子のおねだりはこの後も続きますが、それは大きな事件に発展していくのです。またこの年、家康はついに征夷大将軍に任じられて江戸幕府を開きました。
�ぁ‘映�8月島津藩から幕府に秀家を匿っている事が報告され、秀家は京都所司代に出頭しました。家康としても秀家の処遇は重要であったようです。大坂の豊臣秀頼はまだまだ豊臣氏恩顧の大名のよりどころとなっていましたし、島津家や前田家からは秀家赦免の嘆願書が出ていました。関ケ原の最終戦後処理として幕府は慎重に審査し、ついに「死一等を減じ駿河久能山に幽閉」と決まったのです。この年豊臣秀頼は11歳、秀忠の娘千姫(7歳)との婚義が整い、徳川と豊臣の関係は表面上穏やかにみえました。
�� １６０５年(慶長10年)秀頼は右大臣になり、次の将軍は秀頼ではないかという希望が豊臣恩顧の大名に生まれた矢先、家康は秀忠を2代将軍として、豊臣方の希望を断ち切ったのです。将軍職が徳川家に継承されると決まった事で、幽閉中の宇喜多秀家を総帥に担ぎ挙げて、徳川家に対抗しようといぅ大坂方の動きが始まりました。危険を察知した幕府は、翌１６０６年(慶長11年)宇喜多秀家を八丈島へ流罪としました。秀家はその後生活が困窮し、妻豪姫の実家前田家からは2年に一度白米70俵、金子35両が届けられ、それは豪姫の遺言で明治まで続いたということです。秀家は現地で妻をめとり、子孫はようやく明治になって赦免されたそうです。
�� １６０８年(慶長13年)西国将軍として徳川家康の信任厚い池田輝政は、姫路城を完成させました。輝政は外様大名とはいえ、譜代並みの待遇であったのです。１６０９年(慶長14年)岡山城にいた池田利隆に長男新太郎(光政)が生まれました。母は徳川秀忠の養女で榊原康政の娘の鶴姫です。１６１０年(慶長15年)輝政は駿府の家康に拝謁して三男忠雄に淡路6万3千石を賜わりました。これも富子のおねだりの結果でしょう。
�� １６１３年(慶長18年)正月池田輝政は姫路城で病死しました。長男利隆は10万石削られて姫路42万石の領主となりました。削った10万石は播磨の宍粟郡、赤穂郡、佐用郡でしたが、それはそっくり次男忠継に与えられ、岡山とあわせて38万石となりました。富子が駿府の家康に運動した結果でしょう。家康は富子の讒言によって利隆の国政執行に難癖をつけて詰問使を出し、利隆の重臣の若原右京と中村主殿が改易されるという事件さえおこりました。
�� 忠継は１６１４年(慶長19年)初めて岡山に入国しました。この年の冬大坂冬の陣がおこり、池田利隆勢も参戦しましたが、片桐且元の軍を見殺しにしたとして疑われ、家康から再三詰問されましたが、重臣の必死の努力で改易をまぬがれたのです。これらにもすべて富子の意思が感じられるのです。
�� １６１５年(元和元年)2月、富子は先妻の子利隆が輝政の領地を相続したのが気に入らず、岡山城を訪ねた利隆を毒殺しようと、毒饅頭を用意したのです。この時給仕の女が利隆に危険を知らせようと、手の平に「どく」の文字を書いて知らせたので、律儀な利隆は申し分け程度に口をつけて全部を食べなかったそうです。これを見た17歳の岡山城主忠継は、母富子の陰謀を見抜き、自分がその利隆の食べ残した毒饅頭を食べてしまったのです。事の意外な展開に驚いた富子は自らも毒饅頭を食べたので、富子は即日亡くなり、忠継もしばらく後に亡くなったということです。これを俗に「毒饅頭事件」と呼びますが、真実かどうかはわからないということです。
�� 忠継死後、岡山城には弟の忠雄が淡路から入りました。忠雄は備前28万石と母富子の化粧料の備中4郡をあわせて領したので、ここに岡山藩31万5200石が確定したのです。なお富子の子であった輝政の4男輝澄には宍粟郡で3万5千石、5男政綱には赤穂郡で同じく3万5千石、6男輝興には佐用郡で2万5千石が与えられました。これも急死した富子への家康の配慮でしょう。
�� １６１５年(元和元年)大坂夏の陣では池田利隆勢も活躍しましたが、家康の疑いの目は厳しく、利隆は細心の注意を払って行動したようです。この戦いでは、宇喜多秀家のいとこの坂崎出羽守も参戦していました。秀頼助命嘆願のため大坂城から出てきた家康の孫千姫は、たまたま坂崎出羽守の陣中にきたので、出羽守は千姫を家康・秀忠の陣に案内しました。講談では、家康が「千姫を助けた者には千姫を与えよう」と言ったので、坂崎出羽守が火に飛び込んで助けたとなっていますが、これは違うようです。やがて大坂城は落ち、千姫は悲しみにうちひしがれていたので、出羽守は千姫の仲人を買って出て、公家
の九条家との縁談をまとめ、秀忠や千姫も承認しました。ところが千姫は江戸城拡張工事を見学中に本多忠刻(伊勢桑名城主の子)に一目ぼれしてしまい、九条家との縁談を破談にしたので、面子を潰された坂崎出羽守は婚礼の行列を襲撃しようとして発覚し、津和野4万石を没収され、切腹させられたというわけです。
�� １６１６年(元和2年)6月、池田利隆が京都の京極高広の屋敷で病死しました。嫡子光政は一旦その相続を許されましたが、翌年6月幕府は光政が9歳と幼少のため、交通の要地である播磨42万石の支配できずとのことで、32万石に減封の上、鳥取に転封させたのです。しかもそのあとの姫路に、千姫の夫本多忠刻の父・本多忠政を配置したのです。幕府の徹底的血縁主義の中で池田家も翻弄されていたということでしょう。
�� １６２３年(元和9年)鳥取の新太郎は元服し、池田光政と名乗りました。この年3代将軍家光が誕生し、幕藩体制はますます確固たるものになりました。光政の名は家光から一字賜わったのです。１６２８年(寛永5年)には光政は姫路城主本多忠刻の妻になっていた千姫の長女勝子と結婚しました。つまり大御所秀忠の孫と結婚したわけです。鳥取の池田家も将軍と縁続きになった事で、ようやく幕府からのいじめにあわなくなったことでしょう。なお翌年には家光の乳母が春日局の名を賜わったのです。
�� １６３０年(寛永7年)7月21日、岡山城下で池田忠雄の嫡子光仲誕生を祝って盛大な盆踊りが挙行されていた日、忠雄の家臣の河合又五郎が、忠雄の寵愛の厚かった渡辺源太夫を岡山城下で斬って逃走するという事件がおこりました。源太夫は美少年で言い寄る青年も多く、河合又五郎も言い寄ってはねつけられたのを恨んで犯行に及んだのでした。又五郎は岡山城下森下に潜伏したあと、江戸の旗本安藤治右衛門のもとに匿われました。
�� 参勤交替で上京した忠雄は翌１６３１年(寛永8年)又五郎の行方を知り、懇意にする旗本を通して又五郎の引き渡しを要求しました。しかし又五郎の叔父河合半左衛門はもともと殺人を犯して忠雄の行列に逃げ込んだのを忠雄が匿ったといういきさつがあったので、安藤は半左衛門と交換で又五郎を返すといってきたのです。そこで池田家では半左衛門を引き渡したところ、安藤は前言を翻して又五郎を返さなかったので、使者に立った忠雄の家臣二人は藩邸にも帰れず切腹してしまいました。怒った忠雄は一戦に及ばんとしたため、幕府は安藤ら旗本を寺入させて事態の収拾をはかりましたが、旗本連合の意気は盛んでした。忠雄には妹婿の伊達忠宗や妻の父の阿波の蜂須賀、鳥取の池田光政等池田一統の外様
大名連合がつき、旗本連合との大規模な対立となったのです。
この事件は幕藩体制がようやく安定期に入ろうとするこの時期、わずかの差で大名になれなかった多くの旗本のうっぷんが、家康の孫とはいえ外様大名の池田忠雄に向けて発散されたものだったようです。それだけに根は深く、幕府も困惑したのです。
�� １６３２年(寛永9年)春幕府は忠雄が家康の外孫であるだけに簡単に処罰するわけにもいかず、対策に苦慮していた矢先、忠雄が病死しました。一説によれば幕府が御典医を送って毒殺させたとも言われていますが、戦後忠雄の墓地が新京橋建設のため改葬された時、調査した結果は、毒殺ではなかったとされています。忠雄は臨終の末期に「いかなる供養よりも又五郎の首をわが墓前に供えよ」と言ったそうです。勝ち気な忠雄の性格から考えて、幕府による毒殺というのもありえたかもしれません。忠雄の死は4月2日、31歳でした。この年の4月15日いわゆる宇都宮釣天丼事件がおこる等、幕府を巡っても陰謀が絶えなかった時期でした。
�� 幕府は忠雄の嫡子光仲が3歳と幼少であることを理由に、鳥取の池田光政と領地を交換させました。実質的に幕府を騒がせた備前池田家に対する処罰でしょう。光政は父利隆が備前監国時代に岡山に生まれ、岡山に親しみがあっただけに、大層喜んだそうです。事件の処理としては、喧嘩相手の処罰も行なわれ、河合又五郎は江戸所払いとなりました。忠雄の弟輝澄、輝興らが再度幕府に抗議しましたが聞き入れられなかったということです。そこで仇討ちの場合の名義人となるべき渡辺源太夫の兄渡辺数馬は仇討ちのため浪人し、鳥取に転封になった光仲についてゆかなかったのです。
�� １６３４年(寛永11年)10月6日、渡辺数馬は姉婿の荒木又右衛門らの助太刀で、江戸に向かう河合又五郎―行を伊賀上野の鍵屋の辻で襲撃し、仇討ちを成し遂げました。この仇討ちは三大仇討ち事件の一つとして有名です。仇討ち後、数馬と又右衛門は鳥取藩に迎えられましたが、又右衛門は鳥取到着後わずか18日にして亡くなっているのです。この年、加賀前田家にいた豪姫も亡くなりました。
なお幕府は翌１６３５年(寛永12年)の武家諸法度の改正の第12条でこの一連の事件を教訓とした条文を追加しています。すなわちある武士が不都合あって浪人した場合、他藩に奉公しようとしても、旧主が意義を申し立てれば奉公できないとしたのです。まさに幕府の御政道をゆるがす大事件だったことがわかります。
�� 岡山に国替えとなった池田光政は、江戸時代初期の名君として有名になり、岡山池田藩は幕末まで続きます。児島湾の干拓は代を追って進行し、現在の後楽園や閑谷学校が築かれるのです。また鳥取池田藩も平和に幕末まで存続します。八丈島の宇喜多秀家は、すべてを見届けるかのように、１６５５年(明歴元年)11月20日に亡くなりました。
主要参考文献
「戦国の宇喜多一族」高山友禅著 山陽新聞社
「巣雄の妻」宇喜多直家夫人お福 森本 繁著 山陽新聞社
「傷ついた備前鳥」備前宰相秀家の母 森本 繁著 山陽新聞社
「揚羽蝶の飛翔」森本 繁著 山陽新聞社
「備前藩史談」荒木 臣著 日本文教出版
「岡山県の歴史」谷口澄夫著山川出版社
「岡山城物語」上・下 市川俊介著 岡山リビング新聞社
「岡山城と城下町」(岡山文庫) 巌津政右衛門著 日本文教出版
「岡山の女性」(岡山文庫) 吉岡三平著 日本文教出版
「岡山県百科辞典」上・下 山陽新聞社
「日本の歴史��江戸開幕」藤井譲治著集英社
「剣酢しょう草の乱舞」 森本 繁著 山陽新聞社
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