226 名前:ある中将と教導官の日々[sage] 投稿日:2009/01/12(月) 17:54:38 ID:iZQSr7L/
227 名前:ある中将と教導官の日々[sage] 投稿日:2009/01/12(月) 17:56:44 ID:iZQSr7L/
228 名前:ある中将と教導官の日々[sage] 投稿日:2009/01/12(月) 17:58:12 ID:iZQSr7L/
229 名前:ある中将と教導官の日々[sage] 投稿日:2009/01/12(月) 17:59:23 ID:iZQSr7L/

ある中将と教導官の日々8


 カーテンの隙間から朝日が差し込み、ベッドの上でシーツに包まっていた女性を照らす。
 シーツの上からもその女性が素晴らしいプロポーションを誇る肉感的なボディラインを有することが良く分かる。
 肉体だけでなく安らかに眠りにつく美貌、ストレートに解かれた栗色の髪から香る甘やかな芳香と相まって女性は一個の芸術のように美しい。
 顔に降り注ぐ朝日の光に、女性はしばしのうちに悩ましい声をあげ、うんと伸びをして目を覚ます。
 ゆっくりと瞳を開くその様はまるで童話の眠り姫だった。


「う、ん……もう朝……か」


 眠りから覚めたばかりのトロンとした目を擦り、女性は身体を起こして周囲を見渡した。
 部屋のどこに視線を向けてもそこには彼女以外に誰もいない。
 昨日まで一緒にいたあの人の姿は影も形もなかった。
 この事実に胸が締め付けられるような思いを感じる。
 男と女が床を同じくしてするべき事をした訳ではないが、それでも一緒に朝を迎えるくらいはしたかったから。
 そんな事を考えていると、ふとベッドの枕元にメモ用紙がある事に気付く。
 拾い上げてみれば、それは彼からのメッセージだった。

『朝から地上本部で会議があるので先にチェックアウトをする事にした。本当にすまない、君一人を残して先に出ることを許して欲しい。
 レジアス・ゲイズ』

 簡潔に用件を書いてある言伝、人目見たとき彼らしいという思いからふと口元に微笑が浮かぶがそれも一瞬だった。
 それはすぐに一人になった孤独感からくる悲しみにと寂しさに変わる。
 誰にでもなく、彼女の唇からは独り言が漏れた。


「レジアスさんの……バカ……」





 さて、なのはは先日のデートで遂に朝帰りという快挙を成し遂げた訳なのだが、彼女に対する尾行は諸般の事情により中断されてしまった。
 つまりはなのはの乙女的なモノが喪失された有無が分からない訳である。
 無論、これが気にならぬ六課の人間はいないのだが、問題は直球で話題を触れる者が皆無な事だった。
 なにせ寮に帰ってからの彼女ときたら。


「……」

「おい」

「……」

「おいなのは!」

「ふえ? ああ、ヴィータちゃんか」

「ああ、じゃねえよ。シャンとしろ」

「うん……ゴメンね」


 訓練場で日々のトレーニングに勤しむフォワード見つめるなのはにヴィータの叱責が飛ぶ。
 これが一度で済めば大した問題ではないのだが、件のデートそしてその朝帰りからなのははずっとこんな調子だった。
 いつもボンヤリとしてどこか遠くを見るような目で、デスクワークに就けばミスを連発、教導に就いても注意力が散漫として上手く指導が出来ないでいる。
 とりあえず今はヴィータの補佐をして形だけでも訓練に参加しているのが現状だ。
 どんな辛い時でも空元気を見せていた彼女のらしくない姿に、ヴィータは歯痒い気持ちで複雑な表情を見せる。
 戦闘の事なら少しは助言できるだろうし、身体の不調なら無理矢理でも休ませるだろう、だが男との関係ではあまりに無力だ。
 こういう時ほど、色恋沙汰に疎い自分たちを恨めしく思うことは無い。
 自身に責があるわけでもないのだが、ヴィータは少しやりきれない気持ちになった。


(フェイトあたりが聞いてやれれば良いんだけど……アイツは無理に聞きだすってタマじゃねえしなぁ……どうしたもんか)


 フォワード陣の訓練を眺めつつヴィータは頭を捻った、少しでも友の苦悩を解決する方法を探すべく。
 そしてそんな時だった、今までボンヤリとしていたなのはの口が開いたのは。


「ねえ、ヴィータちゃん……」

「ん? なんだ?」

「私ってさ、魅力ないのかな……その、女の子として」

「は?」


 思わず聞き返すと同時に、ヴィータはなのはに視線を向ける。
 そして彼女を頭の天辺から足の先まで見る、そして考察・結論。


「お前に魅力がなかったら、世界の女のほとんどが魅力ねえよ」


 小さな守護騎士は、そうはっきりと言い切った。
 凄まじく巨乳という訳ではないが、実に良く実った乳房の果実。
 キュッとくびれたウエストの描くラインは芸術的ですらあり、さらにそこから繋がる臀部の尻肉も女性らしく豊満。
 太股から足首に至る曲線も見事の一言に尽きる美麗さを誇り。
 栗色の髪は艶やかで美しく、漂う甘やかな芳香が鼻腔をくすぐる。
 顔立ちはやや幼さを残しながらも麗しいモノで、恐らく町を歩けば幾人もの男を振り向かせるだろう。
 そして肝心要の性格も問題なしと来る。
 これで魅力がないのならヴィータの言うとおり世の女性のほとんどは女性らしい魅力を持ち得ぬだろう。


「ったく……ナニ言ってんだよお前は」

「いや、何でもないの……気にしないで」


 少し哀しげな表情で返すなのはに、ヴィータは胸中で憤りを感じた。
 そんな顔で気にするなと言われて気にしないヤツがあるか、それが友ならなおさらだ。
 しかも、安易に口を挟めない事なので余計に腹が立つ。


(ったく……レジアス中将のヤツなのはとナニがあったんだよ……こっちは良い迷惑だよこれじゃあ)


 直接会った事のない、されど顔だけは良く知っている地上本部高官にヴィータは心中で苦言を漏らす。
 だが彼女は知らない。
 レジアスが凄まじい苦悩の末になのはの純潔を汚さなかった事を。
 彼の選択はある意味男気に満ちたモノだったが、果たしてそれは正しい事だったのか。
 乙女の貞操を守った事は賞賛に値するかもしれないが、その結果としてなのはの女性的な自信を完膚なきまでに粉砕した事は重い罪だろう。
 ただ何も知らぬ鉄槌の騎士は、かの中将の事を少しだけ恨めしく思った。





 管理世界の中心地とも呼ばれる地ミッドチルダ、その首都クラナガンのさらに中心、法と秩序の塔とも呼べる巨大高層ビルディング地上本部。
 最高責任者であるレジアス・ゲイズは執務室で秘書である娘のオーリスと打ち合わせの最中だった。


「それで、今回の予算案件についてですが」

「……」

「中将?」

「……」


 オーリスの問い掛けに対して、返ってきたのは沈黙。
 いつもの威厳と覇気に満ちた顔はどこへやら、レジアスはボンヤリと中空を見つめていた。
 地上本部の重鎮にあるまじき姿。
 全ては先日の、お父さんに近づきその淫らな色香で誘惑する憎き雌犬高町なのは(オーリス主観)とのデート&朝帰りからこんな感じだった。
 何度か目の前で手を振ってみても反応がないので、オーリスは父が最も反応するセリフをそっと呟いた。


「お父さんのバカ、大っ嫌い」

「へ!? なんだって!?」

「やっと目が覚めましたか?」

「あ、ああ……すまん、少しボーっとしていたよ」

「少し? “あの日”からずっとこうじゃないですか……やっぱり高町一等空尉とナニかあったんじゃないですか?」


 喋る口調は冷静そのもだが、オーリスはそれはもう凄まじい目でレジアスに問い掛けた。
 地獄の悪鬼とてもっと優しい眼差しだろう、そう思えるほどに彼女の瞳には憎悪と憤怒に満ちている。
 オーリス・ゲイズ、秘書官としては有能極まりないがファザコンに関しては最悪の部類だ。
 無論、愛娘のこの質問にレジアスは狼狽しつつも否定する。


「バ、バカな事を言うな! 私はなのは君とは何も……」

「なのは!? もう呼び捨てですか!? 自分の女ですか!? 結婚を前提にお付き合いですかああああ!?」


 レジアスのたった一言で、オーリスは今までの静かな様相が一変。
 掴み掛からんばかりの勢いでまくし立てる。
 娘のこの凄絶なる気迫に本気で怯えつつ、レジアスは勇気を振り絞って反論した。
 いや、というかぶっちゃけ反論しないと殺されると思った、わりと本気で。


「い、いや! 誤解だ落ち着けマイドーター、パパは本当に何もしていない!」

「本当ですか? 嘘ついてないですよね? もしついてたら……」

「いやいやいやいやいや! 本当! 本当に本当!! 神にかけて誓う!! 嘘じゃない!! 父さんを信じてくれっっ!!!」


 レジアスは力説した、いつも演説する時の数倍は言葉に魂を込めて。
 亡き妻にそっくりのこの娘は、下手をすると本当に刃傷沙汰になりかねない爆発物である。
 取り扱いを一歩間違えたら、戦闘機人二番の役割を彼女が奪いかねない。


「……分かりました。なら、良いんです」


 レジアスの汗だく・必死の形相で以って行われた弁明にようやく誤解が解けたのか、オーリスからすうと気迫が消える。
 娘から殺意やらなんやらのダークサイドの空気が消えた事に、中将は冷や汗を拭って安堵。
 まったく……母親に似すぎだな。
 と胸中でふと亡妻に想いを馳せる。
 そして、次に脳裏を駆けたのは“彼女”の事だった。


(そうだ……私はあの子とはナニもない。ナニもないんだ……)


 あの日レジアスは、誰がどう見ても断言できる程になのはに誘惑された。
 いくら男女の馴れ初めに疎い彼女とて、男のベッドに無防備に潜り込む事の意味くらいは知っていよう。
 乙女が純潔を差し出す意味も、それを喰らう甘美な味わいもレジアスは理解していた。
 でも彼はそれを見て見ぬ振りをした、無下に断った。
 あんなにも可憐で美しい少女の貞操を自分ごときが奪うなど、決して許されない行為だと思ったから。
 なのはにはきっと自分より良い男がいる。
 いつか彼女を愛し抱きしめるのは自分のような歳を食った中年男ではなく、そういう若者の仕事だ。
 レジアスはそう思った、そうであると、それが正しいと、間違ってはいないと。
 だがそれは彼の本心ではない。
 彼自身が自分の本当の気持ちを隠すために用意した詭弁に過ぎない。
 もはやレジアスも半分は自覚しているだろう、なのはを想う己が気持ちを。


 それは紛れもない、熱く深い“恋慕”だった。


 レジアスはただその気持ちから目をそらし、重い溜息を吐いた。
 自分の胸に宿るこの熱が思い違いである事を祈りながら。


続く。


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目次:ある中将と教導官の日々
著者:ザ・シガー

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