[57] Little Lancer 二話 1/8 ◆vyCuygcBYc sage 2008/02/06(水) 23:30:19 ID:VexGnZM5
[58] Little Lancer 二話 2/8 ◆vyCuygcBYc sage 2008/02/06(水) 23:31:35 ID:VexGnZM5
[59] Little Lancer 二話 3/8 ◆vyCuygcBYc sage 2008/02/06(水) 23:33:55 ID:VexGnZM5
[60] Little Lancer 二話 4/8 ◆vyCuygcBYc sage 2008/02/06(水) 23:35:18 ID:VexGnZM5
[61] Little Lancer 二話 5/8 ◆vyCuygcBYc sage 2008/02/06(水) 23:38:16 ID:VexGnZM5
[62] Little Lancer 二話 6/8 ◆vyCuygcBYc sage 2008/02/06(水) 23:40:09 ID:VexGnZM5
[64] Little Lancer 二話 7/8 ◆vyCuygcBYc sage 2008/02/06(水) 23:40:44 ID:VexGnZM5
[65] Little Lancer 二話 8/8 ◆vyCuygcBYc sage 2008/02/06(水) 23:42:11 ID:VexGnZM5
[66] Little Lancer 二話 8の2/8 ◆vyCuygcBYc sage 2008/02/06(水) 23:44:20 ID:VexGnZM5

 死闘。
 正しくそう呼ぶに相応しい光景だった。
 雲霞のように空を舞うガジェットドローンの数は数えるだに意味はなく、安穏と見掛けだけの平和を貪ってきたミッドチルダ市街は各所で黒煙を吹き上げている。
 首都防衛の要たる地上本部は秘匿していた破壊兵器アインヘリアルを全て失い、その威光を地に堕としていた。
 目に見えない部分で言うなら、戦闘機人達が各所に暗躍し、最高評議会メンバーの暗殺さえ敢行されている。
 ミッドチルダの治安の均衡は、正に風前の灯である。

 だが、この酸鼻極まる都市の状況も、天空の中枢に座す威容に比べれば瑣末事に過ぎない。
 空に浮かぶ巨大な船。
 古代ベルカより黄泉帰りし第一級危険ロストロギア「聖王のゆりかご」
 その実態は、衛星軌道上に達すると二つの月からの魔力を得て無敵の攻撃力と防御力、如何なる場所へも到達可能な航行力を得るという暴君の具現である。
 もしも聖王のゆりかごの衛星軌道上への到達を許せば、ミッドチルダは聖王のゆりかごの保有者への絶対服従を強いられる。
 そんな誰にとっても悪夢でしかない事態を回避するため、古代遺物管理部機動六課を始めとする地上部隊が抵抗を開始した。
 機動六課はゆりかごへの侵入、スカリエッティのアジトの制圧、首都防衛の3グループに分かれて行動を開始。
 程なくしてミッドチルダの空は更なる業火に覆われることとなる。

 これが、後にジェイル・スカリエッティ事件と称されるミッドチルダ史に残る一大騒乱事件の始まりだった。

 空には絶え間ない爆音が響き渡る。
 本局の魔導師がガジェットドローンを粉砕する破壊音は遠雷のようだ。
 どんな屈強な大男でさえ、家の中で膝を抱えて震えるしかない状況である。

 そんな戦場と化したミッドチルダの空を、竜に乗った少年と少女が駆けた。
 竜の字は「白銀の飛竜」フリードリヒ。
 白銀の竜を駆るは機動六課ライトニング分隊の竜使いキャロ・ル・ルシエと、槍手エリオ・モンディアル。
 竜の灼熱の吐息―――ブラストレイは一撃でガジェットの群れを蒸発させ、竜の懐に潜り込もうとする小物達は槍手の煌く魔槍によって壊滅した。
 見る者が見たらなら、そんな苛烈な戦いをしている二人組が、10を超えたか超えないか位のほんの小さな子供で在ることに驚愕を覚えただろう。
 だが、いくら年若くとも彼等は牙を持った兵士である。
 自分の職務を全うする為に。
 自分の大切なものを守る為に。
 彼等は戦い続ける。

 フリードリヒのブラストレイは尚も周囲のガジェットドローンを焼き払う。
 もとより、心すら無い機械人形如きにかかずらっている暇はない。
 魂を賭けて対峙すべき相手はこの先にいるのだから。
  
 ガジェットドローンの雲が切れる。

「……殺して。……あいつらを、殺して」

 その先には、狂気と殺意に濁った瞳で敵を討てを繰り返す、小さな少女の姿があった。
 そして彼等は、スカリエッティ配下の召喚師、ルーテシア・アルピーノと対峙した。



『Little Lancer 二話』 



 ルーテシア・アルピーノ。
 彼女について解っていることは皆無に等しい。
 エリオとキャロの知る限りでは、虫を使役する召喚師であることと、人造魔導師であること。
 ―――何らかの目的でレリックを探していること。
 これで、ほぼ全てだ。
 何も知らないに等しい。
 ……だから、知りたいと思った。

「ルーちゃん、ルーちゃん、話を聞いて!!」

 キャロは騎上から必死に語りかけるも、ルーテシアからの返答はない。
 ただ、殺せ、殺せと配下の虫達に下知を繰り返すのみである。
 思えば、ルーテシアは表情を表さない少女だった。
 過去の戦闘で幾度か顔を合せたことがあるが、いつも彼女は静かな瞳で自分達を見つめていたように思える。
 そのルーテシアが、今激情に涙を流し殺意に狂って猛っている。

「エリオくん……何か、変だよ」
「……うん」

 一度は、こちらの言葉に耳を傾けようともしていたのだ。
 それが、何処からともなく聞こえてきた通信と共に、ルーテシアは暴走を始めたのだ。
 
「やっぱりあれが―――」

 キャロがエリオの方を向いた瞬間、黒い暴風が襲い掛かった。
 
「■■■■■■■ッ!」

 四つの赤い凶眼が、エリオを睨みつけていた。
 ぎちぎちと音を立てて、ストラーダと外骨格で覆われた拳が鍔競り合う。
 キャロには反応することすらできなかった。
 ルーテシアが全幅の信頼を置く人型召喚虫、ガリュー。
 高い知能と魔力運用能力を持ち、それらをヒトを超えた虫の身体能力をもって使用する強敵だ。
 
 高速で間合いの中に肉薄してくるガリューは、懐が大きすぎるフリードリヒと、対人戦力に欠くキャロには正に天敵たる相手だ。
 エリオはフリードリヒの背を蹴り、その身を宙に投げ出した。
 ストラーダがデューゼンフォルムへと変形する。
 陸戦魔導師であるエリオだが、デューゼンフォルム起動時にはその強力な魔力噴射によって擬似的な空戦を可能とするのだ。
 そこにキャロからの念話が入る。

『エリオくん、わたし、調べたいことがあるの。90秒……いや、70秒でいいから、ガリューを遠ざけてもらっていいかな?』

 エリオはストラーダをガリューへと突きつける。

『うん。手ごわい相手だけど、遠ざけるだけならなんとか』
『ありがとう―――フリードもお願い、今から約一分、相手の攻撃を徹底的に避けて!』
「きゅくる〜」

 銀の竜が空に嘶く。
 竜は空に舞い上がると、高高度からの攻撃に見せかけた回避行動を開始する。

「■■■■■■■ッッ!」

 エリオも低い唸り声と共に襲いかかる黒い召喚虫との戦闘を開始する。
 殺せという下知に従い、殺意を持って襲いかかる黒い暴風を、エリオはストラーダの噴射を利用して空中で受け流す。
 殆どの攻撃は右か左で体を入れる事によって裁き、キャロの方向と正反対へ向かう一撃のみストラーダで受け止め、弾き飛ばされる。
 その繰り返しで、ガリューに気付かれないようにキャロとの距離をとるのだ。
 それは、シグナムに「山猫のようだ」と賞されたエリオの平衡感覚とバランス能力抜きではできない、空中遊泳だった。


     ◆


 そして、エリオに満足に受け止められる限界がきた。
 元より体格で勝る相手、少年の未成熟な骨格でその攻撃を受け止めるには限度があった。
 ガリューの攻撃は単純で読みやすいが、それ故に常に最速で襲い掛かってくる。
 プロテクション越しにも骨が軋む拳打は、あと何発受け止められるだろうか。
 
「そろそろ、まずいかな……」

 エリオの額に冷や汗が浮かぶ。
 その時、キャロからの念話が入った。70秒、思いの外長かったらしい。

『エリオくん、大丈夫!?』
『うん、こっちは何とか大丈夫。そっちは何か解った?』
『うん、解った、解ったよ!
 ルーちゃんの使ってるデバイス、わたしのケリュケイオンと同形機なの。
 それでね、ケリュケイオンを仲介してルーちゃんのデバイスに侵入してみたの。
 そしたらね、デバイスの方からルーちゃんによく解らないデータが大量に流れ込んでたの』
『どういうこと?』
『つまり、ルーちゃんはあのデバイスに操られてる状態なの』
『成るほど、解りやすい、ならあのデバイスを壊せば―――』

 キャロはかぶりを振る。

『それが駄目なの。今デバイスを壊すと神経系に負担がかかり過ぎる。
 下手したら、ルーちゃんが廃人になっちゃう』
『じゃあ、どうすれば―――』
『方法が、一つだけ』

 キャロの提案は、勇敢なエリオをして躊躇させるような手段だった。

『この方法は……』
『ごめんエリオくん、わたし、エリオくんの危険も考えずに、』
『いや、やろう』

 エリオはガリューの攻撃を受け止めながらも、空のキャロに向かって微笑みかけた。

『……いいの?』
『キャロは、ルーを助けたいんだろ? なら、やらなくちゃ』
『……ありがとう』
『でもその前にやらなくちゃいけないことが幾つかあるね。
 まずはキャロの身を守るためにガリューの排除。
 それから、僕が離れる間の地上戦力の増強―――』
『地上戦力なら大丈夫。
 ヴォルテールを、呼ぶから』

 ヴォルテール。黒き火竜。神話の神を想像させるレベルの破壊力を持つ、キャロの究極召喚。

『大丈夫? ヴォルテールは危険な召喚じゃあ……?』
『大丈夫。エリオくんが手伝ってくれるなら、わたし、怖いものなんてないよ』

 キャロはそういって、ほにゃっと柔らかな笑みを見せた。
 エリオは頷いた。

『なら、僕はガリューをなんとかする。だから、キャロは用意を!』
『うんっ!』

 エリオは雑念を払って再びガリューと対峙する。
 成功するかどうかも判らない危険極まりない状況。無謀極まりない計画。
 それでも、胸には微かな高揚感がある。

 ―――守るべき相手にこれほど全幅の信頼を寄せられるなど、之こそ騎士の本懐ではないか!


     ◆


 エリオとガリューはビルの屋上で対峙していた。
 既に何合、槍と拳を交差させたのか。
 ガリューはまるで不沈船のようだった。
 途轍もなく速く、力強く、そしてタフだった。
 そして何より、ガリューは命令の儘に動く下僕ではなく、守るべきものの為に戦う戦士だった。
 再びガリューの拳が襲いかかる。子供の喧嘩のような乱打だが、その一撃ずつが必殺の威力を秘めている。
 エリオはそれを捌きながら叫んだ。

「ガリュー! 言葉判るんだろ! こんなことしても、ルーの為にならないのは判ってるんだろ!」
「■■■■■■■ッッ!」

 襲いくるガリューに、尚もエリオは言葉を重ねる。

「ルーは、僕達が助けるから。
 ルーを操ってる、悪い奴をやっつけるから、だから通してよ!」

 ガリューは聞く耳持たぬとばかりに、エリオの言葉に拳で返答する。

「ガリュー、僕は騎士に成りたい。
 騎士になって、大事な人を守りたい。
 ねえガリュー、君も大事な人を守りたくて戦ってるんだろ!
 君の守るってことは、あんな風にルーを泣かせることなの!?」

 ガリューの動きが止まった。
 ガリューは値踏みをするようにエリオの姿を見つめている。

「ガリュー?
 通して、くれるの?」

 ガリューは腕を広げて立ちはだかった。断じて否とその全身で告げている。
 だが、それだけだった。
 ガリューは腕を広げて立ちはだかったまま、不動である。
 エリオには、ガリューの声が聞こえた気がした。

 ―――我は主の命に逆らう事あたわず。ならば汝が。ならば汝が―――

「僕に、倒せ、って言うんだね」

 ガリューは視線だけで告げる。その槍で貫けと。
 エリオは静かに首を振った。

「君は、ストラーダに頼って戦うしかできない弱い僕に、拳で戦ってくれた。
 なら……最後くらいは、僕も、拳で応えないと」

 エリオはストラーダを、地面に突き立てる。
 右拳を矢のように引き絞る。
 その右拳に魔力が渦巻き、次第に紫電を帯びて放電を始める。

「これが、僕の一番尊敬している騎士の技だ―――
 ―――紫電、一閃!!」

 ガリューは最後まで微動だにしなかった。
 エリオの拳を水月で受け止め、そのままゆっくりと崩れ落ちた。
 ガリューを殴ったエリオの拳も又、堅い外皮で擦り切れてボロボロになっていた。
 だが、エリオはこの痛みを宝物だと思った。

 エリオはストラーダを手にキャロの元に戻りながら、一度だけガリューを振り返った。

「ガリュー、ごめんなさい。ありがとう。
 
 それから―――任せてて」

 ガリューが、小さく頷いた気がした。 


     ◆


「ごめんキャロ、遅くなった」
「大丈夫、あれから五分も経ってないよ」

 果てしなく長く思えたガリューとの戦いは、思いの外短かったらしい。
 極度の緊張で時間の感覚が狂ってるのかも知れない、とエリオは思った。

「準備はいい?」

 キャロが頷く。

「ガリューを倒したの? やっぱり貴方達は私の邪魔をしたいのね」

 狂気に曇った眼を向けるルーテシアが、猛る怒りを二人に向けていた。
 もう、言葉が通じないことを承知でエリオは告げた。

「君を、助けたいんだ……ガリューも、それを望んでる」
「違う! 違う違う違う違う!
 ガリューはいつでも私の傍にいてくれた、私の言うことを聞いてくれた―――白天王!!!」

 ルーテシアの叫び声に呼応して、巨大な魔方陣が回転を始める。
 そこから現れた見上げる程の威容、天を衝く巨体に、エリオは言葉を失った。

「何だよ、あれ……」
「きっとルーちゃんの究極召喚。あれが対抗できるのは、わたしのヴォルテールだけ。
 だから、エリオくんはもう行って。行って、ルーちゃんを止めてきて」

 そう言って、キャロは悲しげに顔を伏せた。

「本当にごめんね。こんな危険な―――」
「大丈夫、僕は、キャロの頼みなら聞くよ」

 そういって、エリオはにっこり笑んでキャロの頭を撫でた。
 その時の、エリオの笑顔をキャロは生涯忘れないだろう。

「行くよ、ストラーダ」
『Düsenform』

 第二形態のストラーダが膨大な量の魔力放出を行っている。
 ストラーダは、魔力放出によって擬似的な空戦を可能とする。
 だが、あくまで擬似的なものであり、高町なのはに代表されるような空戦魔導師のような長距離飛行は望むべきもない。
 だが、それを一直線の最短距離に限定し、更にブーストデバイスによるバックアップをかければどうだろうか?
 キャロは自身の魔力を限界近くまで削り、それをストラーダに注ぎ込んでいた。
 エリオは、箒で飛行する魔女のように自身の愛槍にしがみ付く。

「カウントダウン、行くよ。10、9、8、7、6、5、4―――」

 キャロもエリオも後先考えず、自分のリンカーコアから魔力を引きずりだしている。

「キャロ、帰ったら、君に伝えたいことがあるんだ」
「3、2、1、 ……―――ええっ!?」

 キャロが聞き返そうとした瞬間には、既にエリオは飛び立っていた。全身に紫電を纏わせて、全速力で空を駆けていく。
 行き先は無論、聖王のゆりかご、その制御室である。
 座標はケリュケイオンによって逆探知済み。
 ただ一直線に突き破るのみ。

「早く―――もっと早く―――」

 エリオは想像する。空を自在に駆ける、エース・オブ・エースと呼ばれる自身の教導官のことを。

『A.C.S Driver』

 槍の穂先から、四枚の光の翼が現われ、更に加速していく。

「白天王、撃ち落として!」

 忌々しげに叫ぶルーテシアに呼応して、白天王の肩の砲門に火が燈る。
 ゆりかごに向かうエリオに向けて、人一人殺すには余りに巨大な熱線が放たれる。
 直撃すれば骨も残るまい。
 だがその熱線は、突如横から出現した巨大な火球に相殺された。
 地には巨大な魔方陣が回転し、今正にキャロの究極召喚であるヴォルテールが姿を見せたのだ。

「……っ、今の魔力で、ヴォルテールを制御できるか判らないけど。
 やらせない。絶対にそれだけは、やらせないよ」

 キャロは唇を噛み締めながらルーテシアに対峙した。


     ◆


 エリオは自ら光の矢となって、聖王のゆりかごの最下層の装甲を突き破って侵入した。
 眼前には、キョトンとした顔のナンバーズ4、クアットロの姿があった。

「あらあら、これはこれは珍しいお客さんだこと。
 誰かのお家を訪ねる時は、ちゃんと玄関から入るように、ってママから教わらなかったのかしら?」

 彼女は冷たい嗜虐的な笑みを浮かべる。

「それとも、ママは子供もしつけられない駄目な人だったのかしら?
 最近は、駄目な親が多いって話ね。自分の子供を虐待したり、甘やかし過ぎたり。
 あ〜、それから自分の子供が死んだら複製を作って、コワいおじさんに怒られそうになったら時空管理局に売り渡したり……
 んふふふふ、ほんと駄目な親がいっぱいで世も末ね。そう思わない?
 二代目エリオ・モンディアル君?」

 エリオは平然とクアットロの顔を見つめる。
 
「ルーを解放して下さい。ルーを操ってる装置はここにあるんですよね?」

 クアットロは詰らなさそうに口を尖らせた。

「君、ひょっとしてノリの悪い子?
 駄目よ〜 いつでもテンション上げてきゃなきゃ、女の子にもモテないわよ〜」
「ルーを解放して下さい」
「あなた……」
「お願いします、ルーを解放して下さい」

 一切自分の言葉に耳を貸さず、ルーテシアを解放しろと繰り返すエリオの態度は、クアットロのプライドを微かに傷つけたようだ。
 彼女は人の悲哀や慟哭を好むのだ。
 エリオを出生の件でからかったのも、彼が逆上するのを期待したからに他ならない。

「お願いします、ルーを解放して下さい……できないならなら、ここにある装置を手当たり次第に壊すしかなくなるんですが」

 ちっ、と舌打ちして心底詰まらなそうな顔をすると、彼女はコントローラーのようなものを投げ捨てた。
 館内の戦闘担当ディエチはすでに高町なのはによって撃破されており、聖王ヴィヴィオもなのはと交戦中だ。
 非戦闘タイプの自分では、エリオと正面から戦うのは不利だと判断したのである。

「あげるわ。それ。ルーお嬢様はなかなか良く働いてくれたけど、余り面白い玩具じゃなかったからね。
 ほら、君も思わない?
 スマイルの出来ない女の子なんて、屑ほども価値も無いんだから。
 あんな笑いもしない餓鬼なら、泣き喚いてた方がまだ見ものになっるてもんよね?」

 そういって、クアットロは口の端を歪めてみせた。
 エリオは、ストラーダをコントローラーに突き立てると、ゆっくり押し潰した。

「よく、納得できました」

 エリオは無表情だ。

「んん〜 何が納得できたのかな?」

 エリオはざくざくと、既に稼動を止めているコントローラーを突き刺し続ける。

「ルー、泣いてました。どんな人ならあんな非道いことが出来るんだろう、ってずっと不思議だったんですけど。
 あなたみたいな人だったんなら、納得です」

 ふふん、とクアットロが鼻で笑った瞬間。
 その全身を、エリオのバインドが拘束した。

「時空管理局の名に於いて、貴方を逮捕します。貴方には弁護の機会が与えられ―――」

 クアットロはエリオのバインドに拘束されながらも、歪んだ笑みを消すことは無かった。
 彼女はエリオの言葉を上の空で聞きながら、何かを待つかのように宙を眺めていた。


     ◆


 ヴォルテールと白天王がぶつかりあう。
 二大召喚師の実力は全くの互角だった。
 魔力の消費分、キャロがじわじわと劣勢に追い込まれている。
 キャロのフリードリヒの背に乗って、ルーテシアの攻撃を回避し続ける。
 もう、長くは保たない。 
 キャロの額へ汗が浮かぶ。
 それでも、彼女はエリオを信じていた。エリオがルーテシアを解放することを信じて待っていた。
 キャロはぼんやりと思う。

(……エリオくんの言ってた、伝えたいことって何だろう?)

 その脇を巨大な火線が通過した。
 キャロは一瞬で緊張を取り戻し、敵の攻撃を掻い潜りルーテシアに肉薄する。
 その瞳を覗き込んで―――

(エリオくん、やったんだ!)

 彼女の瞳に、正気が戻っていることを確信した。
 ルーテシアは激情から醒めて今までの自分の行動が理解できないらしく、戸惑いを見せている。
 キャロは、フリードリヒの背を蹴って飛び出した。
 キャロは回想する。六課の初出動を。
 ヘリのコンテナから、エリオと二人で手を握って飛び降りたあの瞬間を。
 エリオに手を握って貰えなければ、飛び出すことも出来なかった頃の自分を。

(エリオくん、今なら、わたし、独りでも飛べるよ)

 バリヤー系魔術の応用で、自身の背後に凧の魔力の膜を形成し、ゆっくりと落下する。
 そのままルーテシアに目掛けて落下して―――抱きついた。
 ルーテシアが落下してきたキャロに抱きつかれて倒れ込む。
 よく事態が飲み込めず、目を白黒させて手足をばたつかせるルーテシアを、キャロは優しげに抱きしめて髪を撫でた。

「大丈夫、怖くないから」

 最初は激しく抵抗していたルーテシアだったが、段々とその動きが小さくなって、ついには無抵抗になった。
 ルーテシアは信じられないものを見るような瞳で、キャロの瞳を見つめた。

「信用してくれる?」

 キャロの言葉に、ルーテシアは戸惑いながらも言葉を紡ぐ。

「ドクターは、戦う力はくれたけど、……抱きしめてはくれなかった」

 キャロは、ルーテシアを強く、ぎゅっと抱きしめた。

「……なんだか、あったかい」

 ルーテシアは、ぽつりとそう漏らした。


 
 エリオの元にキャロからの通信が入った。

「ありがとうエリオくん、ルーちゃん、協力してくれるって!」
「良かった、こっちも制圧できたよ」
「でも、でもフェイトさんが―――」

 キャロを仲介して送られてきたフェイトへの通信には、スカリエッティによって拘束された彼女の姿があった。


     ◆


 そうして、一つの戦いが終わった。
 スカリエッティによって拘束されたフェイトは窮地に陥ったものの、エリオとキャロの言葉を受けて迷いを断ち切り、ライオットフォーム、ソニックフォームを使用してスカリエッティと戦闘機人を撃退したのだ。

「ふう、今日はあの子達に助けられちゃったな」

 フェイトは髪を掻上げ、周囲を見渡す。確保対象のスカリエッティと戦闘機人が二人……二人?
 ライオットザンバーによって壁にめり込むように叩き付けられているスカリエッティと、戦闘機人が一人。
 どう数えても一人だけ。
 自分がここで戦い始めた時には確かに二人いたはずなのに―――
 フェイトは速やかにヴェロッサやシスターシャッハに連絡を入れたが、該当する戦闘機人を確保したという報告は無い。
 一体何処へ行ったというのか?
 
「ねえ、もう一人戦闘機人の娘がいたでしょ? あの娘はどこに行ったの?」

 胸倉を掴み上げるようにして、ドクター・スカリエッティに問うた。
 彼は完全な劣勢にありながらも、その顔に張り付いた狂気の表情は微塵も曇っていなかった。
 スカリエッティは、大げさに手を広げて、やれやれと首を振った。

「要するに、ここで僕を捕まえても、何の意味も無いということだよ」
「訳の解らないことを……あの娘が何処へ行ったかと問うているんだ!」

 スカリエッティは再びやれやれと首を振ると、飲み込みの悪い生徒を教える教師のような優しげな瞳でフェイトを見つめた。

「私の可愛いトーレが何処に行ったか、だって?
 そんなの決まってるよ。
 ―――私の所に決まっているじゃないか!」
「なっ……」

 余りに支離滅裂な回答に、フェイトは顔色を無くす。

「ねえ、それは一体どういう意味!」

 再びスカリエッティに詰め寄る。
 だが、スカリエッティは応えない。狂気の笑みも消えている。
 その口許から、一筋の黒い血が流れ落ちた。

「……スカリエッティ?」

 フェイトが問いかける。スカリエッティは応えない。
 それもそのはず、稀代の天才魔術師にして犯罪者、ジェイル・スカリエッティは自らの奥歯に仕込んだ毒でその命を絶っていた。


     ◆


「良かった、フェイトさん、勝ったんだ」
「うん」

 エリオはキャロと微笑みを交し合う。
 エリオはバインドに巻かれて転がっているクアットロを一瞥する。この様子ではもう害は無さそうだ。

「キャロ、僕はこれから、他の場所へ行ったなのはさんとヴィータ副隊長の手伝いに行こうと思う。誘導、お願いしていいかな?」
「うんっ! こっちからだとね、ヴィータ副隊長の向かった動力炉の方か近いから、案内するねっ」
「うん、よろしく!」

 エリオは通信の向こう側のキャロの笑みを送りながら、左手でストラーダを持って目的地に向かおうと―――

 ずるり。

 ストラーダが甲高い音を立てて床に転がった。
 酷使しすぎて腕に疲労が溜まっていたのか、それとも大きな戦いが終わって気が抜けたのか。
 どっちにしても褒められたことじゃないな、と自省しながら、左手でストラーダを拾おうとした。

「―――?」

 左手が、床に転がったストラーダに届かない。
 更に手を伸ばそうとして、床に転がったストラーダを左手が握り締めていることに気付いた。
 左腕に視線を落とす。

 下腕部の切断面から、勢い良く血が噴出していた。

「うわぁぁぁぁぁぁ!?」

 振り向くと、そこにはインパルスブレードを装備し、最速の飛行・空戦能力を有する戦闘機人。
 ナンバーズの3、実戦リーダーのトーレが能面のような冷たい表情でエリオを見下ろしていた。
 既にトーレによってバインドの拘束を解かれていたのか、クアットロが冷酷な笑みを浮かべて立ち上がる。
 トーレは事務的な口調で告げた。

「クアットロ、ドクターは貴方を『母』に選らんだ」
「ええ〜 気がついているわ。お腹の中でドクターが動き出したのが判るもの」

 クアットロは慈愛さえ感じる表情を浮かべて下腹部を撫でた。

「その前に、随分ナメた真似をしてくれたこの糞餓鬼に、きっついおしおきをしてあげなくちゃね。
 ……子供をしつけるのは、母の役割ですもの」

 その優しげな笑みは、引き裂いて遊んでも心の痛まない人形に向ける笑みだ。
 エリオは自身の左手のぶら下がったままの槍を右手で持ち上げ、戦闘機人達に対峙した。

 ここで負ける訳にはいかない。帰らなきゃならないんだから。
 帰って、キャロに伝えなきゃいけないことがあるんだから。

 そんな思いを胸に、歯を食い縛った。



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目次:Little Lancer
著者アルカディア ◆vyCuygcBYc

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