リンディはもう少しだけ管理局に残り、エイミィだけが先に帰ってくるというメールが来た。
フェイトは、どうしてこうも都合の良いことが続くのだろうかと半ば軽い戦慄をも覚えながら、
姉のような人を迎えるのに余念がない。
その瞳には、暗い光だけがやどっていた。
「たっだいま〜!」
そして、エイミィが帰ってきた。
「お帰りなさい……」
フェイトが出迎える。
手には包丁、身体にはエプロン。
典型的な料理中の姿──だが。
「あれ? クロノ君は?」
エイミィは賢しくも感じ取ったようだった。
自分をすぐに迎えに来ないこと、代りにフェイトがいること。
そして何より、手に持った包丁。
そう、普段にはないこと。
「クロノ君、トイレにでも入ってるの?」
しかし悲しいかな、エイミィはそこから現実離れした結論を弾き出すことはできなかった。
そこで急用の一つでも思い出していれば、或いは免れえたのかもしれない。
だが。
「ううん。今、クロノお兄ちゃんは寝てるよ」
「あぁ、なるほど。ところでフェイト、今日のご飯は何? あたしお腹すいちゃってさあ。
何か摘むものがあったらそれでもいいんだけど、ある?」
靴を脱ぎ、スリッパに履き替えるエイミィ。
下を向いていたため、致命的にもフェイトの顔を見損ねてしまった。
「ごめんなさい、エイミィ姉さん……」
「ふぇ? ごめんなさいって、何が?」
フッと顔を上げたエイミィの顔に浮かんだのは、恐怖よりも疑問符が先立った。
「どうしたの、包丁なんて構えて。Gでもいた?」
フェイトは顔をフルフルと振ると、申し訳なさそうに、しかし狂疾に冒された声で言った。
「今日は、エイミィ姉さんを料理するんだ……」
「あたしを料理? え、まさか女体盛り? アハハ、フェイトにはまだ早いか」
母から受けた歪んだ愛は、矯正しきることはできなかった。
兇器を持ち、突きつけることで、その遺伝の恐ろしさを知った。
けれど、もう止まらない。もう止められない。
クロノとの恋路には、エイミィはいてはいけないのだ。
最初から、存在していてはならない存在だったのだ。
「さようなら」
独占の衝動が全身を覆いつくし、手に持った包丁をエイミィに突き立てた。
「えっ……がっ、ごほっ……」
心臓には刺さっただろうか。肺は突き抜けただろうか。
エイミィの顔は一瞬だけ疑問に、次いで驚愕。最後には苦痛からの開放を訴えていた。
その目が言う通りに、包丁を引き抜いた。動脈を貫いたのか、どくっ、どくっ、と鮮血が溢れてくる。
「姉さんが悪いんだよ? 私のクロノをたぶらかすから……私はクロノと一緒じゃないと幸せになれないのに。
ごめんね、姉さん。でも、私とクロノの幸せに、姉さんは邪魔だから……」
エイミィは何かを言おうとしていたが、血を吐いてそれも叶わなかった。
ガクガクと嫌な震えをしばらく続けていたが、やがて動かなくなった。
「これで、お兄ちゃんは私だけのものだね……待っててね、お兄ちゃん。私、お兄ちゃんだけの人になるから」
アルフが起きた時、どうなるだろう。
リンディが帰ってきた時、一体どうなるだろう。
フェイトは鼻歌を唄いながら、本物の料理を作り始めた。
クロノに、愛する人に食べてもらうために。
著者:
Foolish Form ◆UEcU7qAhfM