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「桜川のサクラ」関連資料室

磯部桜川公園



国指定史跡名勝(大正13年12月9日)の指定を受けた櫻川磯部稲村神社(※次項参照)
参道付近を広げる形で昭和55年から造成された都市公園。

園内には山桜を中心に755本の桜が植えられているが、造成部分には天然記念物指定の桜は殆どなく、染井吉野や八重系の園芸品種が多いのは残念である。

近年、管理不足から山桜の樹勢が急激に弱っており、当プロジェクトが調査・保護に乗り出した。

また、園内には数々の記念碑等も見られる。
先の名勝指定記念碑の他に、国指定天然記念物(昭和49年7月16日)記念碑、『桜川事蹟考』(※次々項参照)の著者である石倉翆葉氏の句碑、諷咏堂桜川顕揚記念碑 他、薬師如来堂や二十三夜尊などがある。

毎年4月には市観光協会による「名勝桜川のさくら祭り」が行われている。

◇概要
昭和54年10月11日都市公園として計画決定
造成期間 昭和55年〜昭和61年
規模 全体面積44,000平方(うち7,000平方辰鰐松〇慊蠱)
総工費 3億円

桜川市磯部740番地2

櫻川磯部稲村神社



謡曲「桜川」の聖地であり、「桜川のサクラ」に縁の深い神社。
毎年、数多くの謡曲団体が奉納に訪れている。

宮司である磯部亮氏は、サクラサク里プロジェクトの良き理解者であり、協力者。
「桜川のサクラ保存会」の会長として、保存活動にも孤軍奮闘で取り組まれて来られた方。

◆由緒
景行天皇四十年(西暦111)十月、日本武尊、伊勢神宮の荒祭宮である礒宮を此の地へ移祀したと伝えられる。

◆沿革
天慶二年(939)平貞盛、将門追討祈願、常陸西大社稲田姫神社関係文書(常陸国分寺極楽寺蔵)に新治郡礒部稲村宮として常陸二十八社(延喜式内社) の一に載せられ、仁明天皇嘉祥二年(849)水旱の際に折鏡ヶ池(桜川の源)において祈雨祭執行のことが伝えられている。
更に人皇百八代後水尾天皇礒部大明神の勅額を賜る(現存)
特に古来より安産守護神として崇敬され神札を授与する。

◆御神徳
天照皇大神 国土安泰 勝運 農業振興 学業上達 教育振興
栲幡千々姫命 産業振興 農工商振典
瀬織津姫命 厄払い 方位 方災除け
木花佐久耶姫命 安産子育て 山火鎮護 酒造守護
天太王命 開拓振興
玉依姫命 海上安全
天手力雄命 家内安全 作業労働振興
玉柱屋姫命 病気平癒
天宇受売命 芸事上達 長寿 成就祈願
倭姫命 心願成就
天児屋根命 災難除け
日本武尊 出世開運 金運 福徳

茨城県桜川市磯部779
Tel:0296-75-2838/Fax:0296-75-5967

櫻川事蹟考


明治28年、当時衰退の危機にあった「桜川のサクラ」を憂う旧岩瀬町出身の俳人「石倉翠葉(重継)」氏が、「もう一度広く世人に訴えん」と若干20歳にして私財を投げ売って出版した「桜川のサクラ」を主題とする郷土資料。

「万葉集」や「古今和歌集」などの歌書、和文書はもとより、地理・紀行、謡書・花譜、神書、国史など参考資料は80冊近くにも上り、氏がどれだけの熱意を持ってこの書籍を出版されたかが伺える。
「櫻川の源委考」に始まり「櫻川の沿革」「櫻川の名跡地」「櫻川磯部稲村神社の縁起」「櫻川の歴史」「櫻川八景」(※)「櫻川の奇風俗」「櫻川の名産品」(※)などその内容は多岐にわたり、附録として「櫻川詠集」も載せられている。

挿絵は当時美術大学4年生で、氏と親交の深かった日本画の大家「木村武山(信太郎)」氏が描いている。

原書は「茨城県立歴史館」で閲覧できる。

この努力により、“桜博士”として有名な植物学者三好学氏が天然記念物として指定するに到る。

◆櫻川八景…「稲村の落雁」「姥が塚の秋月」「月山寺の晩鐘」「棟嶺の夕照」
        「桜橋晴嵐」「鏡が池の夜雨」「樺山暮雪」「櫻川の帰帆」

◆櫻川の名産品…「盃」(花筏等)「詩箋」(波に花)「櫻木の箸」「扇子」「封筒」
        「櫻川の硯」(本居宣長の紀行にも登場。石倉翠葉氏は同志と櫻川保勝會を
        立ち上げ、この硯の収益を櫻川のサクラの保存や和歌を募集し、その冊子の
        編集代に充てようとしていた)

小金井桜



1732(元文2年)八代将軍吉宗の命を受けた川崎平右衛門(武蔵野新田の発展に尽力した)の指揮の下、玉川上水沿いの小金井橋を中心とする東西4kmにわたって吉野山の桜と常陸桜川の桜が交互に植えられたのが始まりと言われる都内有数の桜の名所。

桜の花に解毒作用があるということや、花見客によって堤が踏み固められるという理由からの植樹であったと言われる。

以後数々の浮き沈みを経験しながらも植え継がれ、大正13年に国の名勝指定を受ける時には1,471本あったという。

以後も花見の名所として栄えたが、太平洋戦争や五日市街道の拡張などにより痛めつけられ、昭和43年〜53年にかけて小金井市が360本を補植するも、古木は枯れ、若木は育たずという状態に陥っている。

また、これに拍車を掛けるように、玉川上水が上水としての機能を停止してからは管理が行き届かなくなり、ケヤキなどの高木が桜を圧迫している。

現在「名勝!小金井桜に親しむ会」「名勝小金井桜を守る会」などが保存活動にあたっているが、これとは別に小金井公園内にも数多くの桜が植えられ、桜の名所となっている。
公園内の桜は「小金井公園桜守の会」の方達が守り育てている。

※サクラサク里プロジェクトでは、平成17年11月21日に研修旅行として小金井を訪れ、「小金井桜」と小金井公園にある「桜の園」などを当地の各会の方々の案内のもと見学してきた。

※付記
平成18年3月25日に小金井近郊の桜守団体の上部組織である「(財)日本花の会東京多摩支部」として磯部来訪。
交流会の後、「小金井公園桜守の会」「くにたち桜守」による記念植樹が行われた。
その中には玉川上水に150年前(嘉永年間)されたヤマザクラ「嘉永桜」もあり「270年ぶりの里帰り」として多くのマスコミに取り上げられた。
他にも玉川上水の「三吉野桜」、小金井公園の「小金井薄紅桜」、くにたち市民のシンボルである「寒桜」「大寒桜」の計5本が磯部桜川公園に植樹された。
2006年11月07日(火) 09:03:59 Modified by sakurasakusato

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